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なんでもかんでも

主に個人的な忘備録です。

そうだSNSとブログをやめよう

 

数日前に書いたツイッターやめたことに関する記事が昨日よりさらにいろんな人に読まれているみたいで、たくさんの反応を頂いています。

なんかもう超個人的な話でお騒がせして申し訳ないっす、はずかしー!笑

 

つい懲りずにみなさんの反応を読んじゃってると、おいだからそれはここに書いてあるだろちゃんと読んだ!!?ってのもあれば、すいませんそれは私の言葉が足りませんでしたって謝りたいのもあれば、ひーーーそのご指摘はおっしゃるとおりです!!!って思うのもあれば、もうそれただの悪口ー!!っていうのもあればで、すごく…なんていうか…よい勉強になりました。

 

 

その中でも、心にグッサーーーーと刺さった言葉。

ツイッターやめて人生楽しくなったのに今度ははてなやってんのかよ!」

 

最初は、「うるせーー!!この記事はそもそも自分の頭整理するのと身近な人に私の現状はこうなりましたよってわかりやすく伝えるために書いたんであって、はてなで話題になるためじゃないし不特定多数の人間に読んでもらうためじゃないわい!!!」って反射的に思ったんですけど。

 

よく考えてみたら違ったんですね。こう書いてくださった方々の言うとおりだったんですよ。図星だったんですよ。

本当は、あわよくばいろんな人に読んでほしい!ってどっかで思って書いたもん。

本当に身近な人にだけ伝えたいって思ってたのなら、ブログというツールは選ばなかったでしょう。メールでも手紙でも直接会ってでも言えばいいんだからさ。

それをブログという形で書いたのはやっぱり、私が捨てたいと願ってたはずの「不特定多数の人に認めてもらいたい願望」がそこにあったからではないかと思う。

 

 

 

そして、そんな中でこのコメントを見てハッとしました。

「この人インターネット自体をやめたほうがいい」

 

そ、それだーーーー!!!!!

 

基本的なことに気がつきませんでした。そうか、インターネットそのものをやめればいいんだ。

「インターネットをやめる」って言うとまた語弊がありますね。正確にはSNSやブログをやめる」です。

自分の頭と心の中を整理したいんならブログじゃなくて日記帳に書けばいいし、本当に伝えたいことは、不特定多数の人間じゃなくて大切な人に伝わればそれでいいから、ブログじゃなくてメールすればいいし手紙書けばいいし何より直接会えばいいし。

 

ツイッターとかはてなブックマークのコメントとか、こういう類の媒体って基本一方通行じゃないですか。もちろんちゃんと私宛にコメントくださる方もみえるけれど。本人に宛てたわけじゃない独り言だから好きなこと言えちゃうっていうか。それが違和感の原因かもしれません。

本当は、グサリと刺さる反対意見を書いてくださる方とちゃんと議論してみたいし、言葉が足りないせいで真意が伝わってないと思う方には直接コミュニケーション取って伝えたいし。でもそれを何百件っていうコメントに対してするのは不可能に近い。

それが苦しくなる原因なのかな。本当インターネット向いてないですね私。

 

だったら、はじめからたっくさんの人に伝えようとしないで、身近な人にじっくり話して理解してもらうことを目指した方がずっと心安らかだと思ったのです。

 

 SNSを通した新しい出会いを失うことにはなるけれど、やめたら今度は、同じようないきさつでSNSやネットをやめた、インターネットやってないおもしろい人と出会えそうでわくわくするし。

 

 

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なのでさっそくかっちょいい日記用ノート買ってきました。形から入るタイプですね!笑

 

 

「本当にやめようと思ってんならこの内容自体をブログに書かずに日記帳に書けよ!」ってまた言われてしまいそうな気もする!からもう先に自分で言っとくね!!笑

それは、ツイッターやめたときもそうだったけど、こうやって自分以外の人に向けて宣言することですっぱり気持ちに踏ん切りがついて良いから。

というのと「批判に恐れをなして逃げやがったなコイツ!」と思われるのはなんか癪だという最後の見栄もあると思います。最後だし許して。

 

 いつかSNSやブログを自分のためにうまく使いこなせるような器用さや強さや頭の良さを身につけて「また使ってみたい」と思う時がきたら、戻ってくることもあるかもしれません。まあ先のことはわからんけど!! 

 

これで数週間後くらいに「インターネットをやめてみたけど結局人生楽しくならなかった話」とかいうエントリをネット上で見かけたら、壮大な捨て身ギャグだったと思って笑ってやってください!!!笑

 

 

 

 

あと最後に、自分のやりたいことが見えなくて困ってたり、生きることを窮屈に感じてる人にはぜひこの本読んでほしいなと思います。

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

「普通がいい」という病~「自分を取りもどす」10講 (講談社現代新書)

 

 

booklive.jp

 

 ものぐさな人はとりあえず同著者のこの連載コラム読んでください。うつじゃなくても読んでください。無料でいいのか不安になるほど内容つまってるから。

8人に1人が苦しんでいる!「うつ」にまつわる24の誤解 泉谷閑示

 

 

今週末までには自分用にログ保存してこのブログもろとも消そうと思うので、まあもしそんな奇特な方がみえたらですが、好きに魚拓とかメモとかしてください〜!

あと、もし私とサシでしゃべったろうじゃねーの!!っておもしろい方とか、何か個人的に直接言いたいご用があれば、よかったら  f:id:bruisekiss:20150818204629p:plain  までメールください。

 

 

 

ビビってます!!!

 

ひーーーー。なんか一個前の記事がすごい拡散されててびっくりしている。うひーなんかすんません!!笑

まさかこんないろんな人に読まれると思ってなかったんであまりに赤裸々に書きすぎました。たぶん言葉足らずな部分もいっぱいありました。

そういうことってあるよね。ツイッターもいっしょだったよね。それがインターネットだよ学べよ自分!!!

 

でも今まで関わり合いのなかったようないろんな人の意見きけるのはおもしろいなと思いました。

ほんとはてなの使い方全く分かっていないのでコメントの引用方法とかもわかんないんですけど、グササーって刺さったので。

 

「なんかやめたら上手くいきましたっていうことにしたい、しなきゃやめた意味が無いっぽく見えて、実際なんら上手くいってなさそうに感じた」

-tecepeさん

 

あ?ちげーしバーカバーカ!って一瞬なりかけたけどよく読んだらあ…そうかも…?と思った。ハッ!てなった。このコメントが胸に刺さったのは少なからず図星だったからだと思う。

ムキになっちゃう時ってだいたいが図星なんすよね。本当は自分自身でもその部分に納得いってないから核心つかれてうろたえるんでしょうね。克服したいもののひとつですね。

 

なんら上手くいってないことはなくって、本当に毎日楽しくなったんだけど、だからといって全く見栄はらずにあの記事書けてたかというとそうじゃないですもん。誰にも見栄はらないでありのまんま振る舞いたい!って思いながらも、まだ人に対してどこかで実像と違う形で自分を良く見せたい気持ちは捨てきれなくて。

そういう見栄を振り捨ててもっとありのまんまふるまえるようになりたいっす。刺さりました。精進します。

思い切って白状すると、ほんとは海にBBQはまだ行ってません。うそつきました。再来週行く予定です。笑

 

 

あとこちらのコメント

 

「年とともに波長の合う友達は変わっていくけれど、気軽に乗り換えていると新たに友達を作る気力を無くす年に差し掛かったあたりでいきなり孤立するので注意」

-sisyaさん

 

あああーーーそれはこわいかもしれない。ドキッとしました。 

ただ、将来孤立することを恐れて将来孤立しないことを目的に今波長の合わない人と無理して付き合っていくってのは謎だし結局苦しい気がするんで、今やりたいようにやってみて孤立したらまたその時考えます。

数年後にはほーらあの時コメントくれた人が言った通りだったじゃん!!ってなっとるかもしれないですね。

でもいくら親切な方が未来を忠告してくださったとしても自分で確かめないことにはどうにもならんし納得いかんのでとりあえずこのまま生きてってみようと思う。

 

 

あと「これツイッターやめた話じゃなくてオタクやめた話じゃね」っていうのもすごい言われてるんですけどオタクそのものはやめてないですね。

確かに友達が増えたことで休日の過ごし方はちょっと変わったけど、ニチアサはプリンセスプリキュア見ないと始まらないしトワきら超アツいし、ハロプロ動画見漁ってたら平日夜中3時とかになってるし、特に大好きなKAT-TUNカウコン2014のDVD見て部屋で一人で踊り出すし歌い出すし4Uの辺りで感極まってちょっと泣くし。

 

いやお前自分でヲタ卒って言ったやん。って感じですけど、記事でも言及してる通りディープな職業ヲタみたいなのじゃなくなっただけで、これからも楽しそう!!って心踊る現場があれば喜んで行くつもりです。

なのでやっぱり、「ヲタ卒したら楽しくなった」じゃなくて「ツイッターやめたら楽しくなった」が私の胸んなかではしっくりくる感じです。

 

まったく上手く言えてないですけどとりあえず思ったことはこんな感じ。

この記事も別に誰に宛ててるわけでもなく自分の頭と心整理するために書いたものなので、ビールでも片手に適当に流し読みしてください。

 

 

正式な引用方法がわからず直に貼り付けてしまいましたが、コメントを引用させていただいたお二方、問題ありましたらご一報ください。

あと、正しい引用方法をご存知の方が見えたらソッと教えてください。

はてなブックマーク」と「はてなブログ」の関連性もよくわかってません。なんだはてなブックマークって。

 

 

 

ツイッターやめたら人生楽しくなった話

 

今月の初め、私は約5年ほど続けていたツイッターのアカウントを削除しました。

やめるかやめまいか、いつかやめよう、このままじゃあかん、という迷いを1年くらい続けていましたが、ようやく踏ん切りをつけて、思い切りやめて、結論から言うと「やめてものすごくよかった」です。

 

どのへんがよかったのか、自分用の忘備録や整理のために書き出してみようと思う。

「ヲタやめたい」「ツイッターやめるか迷ってる」っていう方の少しでも参考になれば。個人的な話しすぎてなんの参考にもならなかったらすんません。そっ閉じしてください。

 

 

1.ヲタ卒できそう

そもそも私のKAT-TUNや上田くんに対する最近の情熱というのは、はまりたてだった中高生や二十歳くらいの頃に比べるとだいぶ穏やかなものになっていました。

例えば、夢中になって何度も観劇した昨年の舞台「冬眠する熊に添い寝してごらん」や、単純にエンターテイメントとして魅力的な東京ドームでのコンサートなど、すごく自分の好みや趣味とマッチングしたお仕事に関しては喜んで追いかけるのですが、さほど食指の動かない露出っちゅうのもあるわけです。

しかしながら、ツイッターを通してファンってのをやっていると、その取捨選択がきかないわけ。

どんなバラエティー番組も、そんな好きじゃない内容のライブも、「見ない・行かない」という選択肢はないわけです。とりあえずみんな行ってるから行くんです。他にやることもないし!!ってね。

ファン同士のコミュニティに参加している以上共通の語彙はKAT−TUNの露出に関することが大部分を占めており、それをなくすこと、つまり出演番組を見なかったり現場に行かなければ、その交流自体がなくなると言っても過言じゃない。

もちろん、KAT−TUN草々は抜きにしたって人として好きっス!!っていう人ともたくさん会えましたから、そればっかりじゃないんだけど。

 

で、こんな状況だったのが、ツイッターをやめたらどうなったかっていうと、毎週放送のレギュラー番組も見なくなりました。あと、現場も「まあいいや」ってチケットを取らなくなりました。

ちょっと予想していたことではあったけど、私がファンやってたのって、ファン同士の交流がかけがえのないものだったからだったんすよね。それを思い切ってスパッと断ってみて気づいたのは「私実はそこまで情熱を燃やしていなかったんだ」ってことでした。

 

それは好きじゃなくなったとも違くて、興味なくなったのでもなくて、ただ、彼らの活動において自分が本当に「イイ!!」って思ったものがやってきたときには心から賞賛すればいいなと思うわけです。誰に義理立てするでも気をつかうでもなく。

ろばまるがあれば軽率に大興奮するし。

 

まあそもそも現場にもあまり行かないわけですから、行かないとわからない魅力ってのはもちろんあるだろうけど。その判断は難しいし、どうしても見逃すものが多いでしょうが、それは仕方ないことだと思う。

そんなわけで、今は「ヲタ卒しちゃったぽい」と言ってもよさそうな状況かもしれません。先のことはわかんないけどね。

 

 

2.ジャニ趣味以外で気の合う友達がめっちゃできた

私、平たく言って、友達いませんでした。いわゆるリア友というやつです。いませんでした。

ツイッターにのめりこみすぎて、もうツイッターのヲタ友ばっかなんですよ、交遊が。

学生時代の友達との付き合いよりそっちのがめちゃんこ楽しかったんで、べつにいいわと思って連絡もしないし連絡がきても返さず終わるみたいなそういう感じで、そりゃ友達もいなくなるわっていう。

だからなんでしょうね。前項で申し上げた「私がファンやってたのは、ファン同士の交流がかけがえのないものだったから」っていうのはつまり、「その交流を失えば本当に正真正銘友達いなくなるから」だったんだと思います。それがおそろしかったのでしょう。

 

それがもう、ツイッターをいざやめちゃったら吹っ切れて、よし友達つくろう!!!どうせ友達いないから当たって砕けろ!!!ということでとりあえずひとりで街コン行きました。

最近の街コンって進んでて、趣味が近しい人同士が集まれるようテーマを決めてセッティングしてくれてんですよね〜。

車中泊とかしたり一人旅行ったりするのが好きな私は、たまたま見つけた旅好きが集まるコンパに行ったわけです。謎の吹っ切れテンションだった私は初対面のみなさんに対して驚くほど饒舌に喋り、驚くほど気を使わず自分をさらけ出し、そしたらもう、超〜〜〜楽しくて。

そこで知り合って意気投合した7,8人の男女まぜこぜグループで花火いったり盆踊り踊り狂ったり川でばっしゃばしゃ遊んだり海でバーベキューしたり、すんげえ夏満喫したと思います。今年。

 

あとこれは補足ですが、ツイッターにのめりこんでたことで疎遠になってた幼馴染や友達にも久しぶりに会ってみたらすんごい楽しかったです。

ツイッターを介して出会った友人に対しても、前よりずっと肩の力抜いて自然体で振る舞えるようになったと思います。

なんていうか、長い間忘れてた、生身の人間との接し方を思い出したんでしょうね。

 

 

 

3.自分自身の人生に金と時間を使うようになった

これ、ほんと、ひしひし実感している。

むしろ、なんで今まで他人の人生にあんなに金と時間をかけてたのか…?ってなってる。

これは、あくまで私の場合はですけれど、「自分が自分自身の生きたいように生きられてないという現実をごまかすため」だったんじゃないかと思っています。

どんなに老後や将来に希望が持てなくても、つまんねえ仕事に毎日通ってても、アイドルに夢中になればがんばれるじゃないですか。とりあえず安心していられるじゃないですか。周りを見回せば、似た状況の仲間もいるわけだし。

ジャニヲタでいえば「担当」であるところの、いちアイドルの人生に寄り添って、彼(彼女)の夢が叶えば自分の夢が叶ったみたいに喜んで、挫折があれば自分のことのように胸を痛め落ち込んでいたのはつまり、私が私自身の人生を戦えず諦めていたから、その代わりとして夢を彼に、彼らに託していたのだと思います。

 

ツイッターをやめてヲタク活動から距離を置いた今、自分のやりたいことがとても明確になりました。

「明確になった」というよりも、ヲタクをやめたことがきっかけで、胸の奥底に眠っていた「やりたいこと」を掘り出して、磨いて、それを追っかけることを自分に許せるようになったのだと思う。

そうしたら、もう、生きるの楽しくて楽しくて。やっぱり自分自身の夢を追っかけるのはすんごい楽しいです。

だからKAT-TUNメンバーのみなさんに対しても、今までは「自分の夢を託す」存在であったのが、「自身の人生の夢に向かって進んでいる、尊敬すべき先人」のような存在に(勝手に)感じるようになったかもしれません。勝手に。

 

あと、めっちゃ美容にお金も時間もかけるようになりました。というか、「かけたい」と思うようになりました。

前だったらもう、寝てる時間と仕事してる時間以外はずっとツイッター見てたんですよね。風呂ん中でも湯船つかりながらツイッター見て、風呂上がっても髪乾かすのも化粧水たたきこむのもそこそこにリプ返やらなにやらに夢中でした。

化粧水たたきこんで手のひらでプレスして美容液浸透させてとかなんとかそんなんしてる暇があったらツイッターでクソリプ飛ばしあってる方が楽しかったので。

まあそんな毎日を積み重ねていたら綺麗になるわけはないので、歳も歳ですし顕著に劣化してくるわけですよね。そうすると、だんだん人前に顔をさらすのが嫌んなって人前に出るのが億劫になりました。

周りからの評価は置いといて、自分自身が自分の見た目をあんまりに後ろめたく思ってたら、そりゃそうなりますよね。友達も減るわ。

それに、肌も髪もそれなりに手間かけたらちゃんと結果が返ってくるので単純にそれが楽しいです。

 

 

おおむねこんなところだろうか…。

他にも細かく挙げればたくさんあると思います。

 年間予定を自分のペースで立てられるようになった。とか、夜更かしが減ったので生活が健康的になって、仕事も捗るようになったとか。

 

 

要するに「ツイッターやめたら人生楽しくなった」です。

ヲタ卒したいとかもうツイッターやめたいっていう思いが自分の胸に芽生えている方がみえるなら、思い切ってやめてみるとすごくいいと思います。きっと。

 

断捨離っていうじゃないですか。古いもんを捨てることで新しいものが自分の中に入ってくる。その捨てるものの比重が大きければ大きいほど、それを捨てることができた時の自分の変化はものすごいです。すごかったっす。

ずっと抱えてきた分手放すのは勇気いるけど。慌ててやめなくていいんで、そのうちやめてみよっかなって方向で決意してみたら、きっと自分自身がいちばん楽になると思う。

 

重度の依存状態から、やめられるまでに、具体的にどういう手順や方法を踏んだかっていうのはまたもし気持ちが向けばそのうち書こうと思います。

それではおやすみなさい。

 

 

 

追記(2015.8.17 20:57):

なんだかいろんな方にこの記事お読み頂いてるみたいでびっくりしました。

いろんなコメントいただいて興味深いです。

これは!!ってぐさっときたのとか、ごめんそこは言葉足りんかった!!っていう部分とか、かんたんにとりあえず書いてみたのでもしご興味あればお読みください。

yuwry.hatenablog.com

 

  

 追記(2015.8.18 21:01):

ブログとSNSもやめてみようと思います!!

yuwry.hatenablog.com

 

 

次に読む本(2015.6)

 

女たち三百人の裏切りの書

女たち三百人の裏切りの書

 

 先日、Podcast「学問のススメ」の古川日出男氏の回を聞いて読みたくなった。

三百人だよ、三百人。古川さん「少なくとも三百人は女が出てくるってことだよね」ってさらっと言ってたけど、三百人て。

そのスケールにまずびっくりするし、なにより源氏物語という作品に今まで全く取っ掛かりがなかったので、これを機会になんらかの造詣を得られればなあという感じ。

古川日出男の小説は、読んでる間本当に言葉の濁流に飲まれてるっていう感じがして、その時代、その土地に深く潜り込んで溺れることができる。

「聖家族」を読んでたときなんか、まったくゆかりもないのに頭の中が東北弁に支配されてたもの。すごく体感的な読書ができる。

なのでとても楽しみです。

 

 

アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ)

アラビアの夜の種族 (文芸シリーズ)

 

 こちらも同じく、学問のススメで話が出ていた本。

ずーーっと気になってて、だけどまだ手が出せてない。

源氏物語」と同じく「千夜一夜物語」にもいままで触れたことがないので、ぜひ読んでみたい。頭の中アラビアに支配されたらどんな気分なんだろうな。

 

 

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

君たちはどう生きるか (岩波文庫)

 

 最近読んだ、暉峻淑子著「社会人の生き方」の中で引用されていた本。

「君たちはどう生きるか」っていう諸源的で曖昧にも聞こえてしまうような問いを、この本を通して、本当に自分の身に落とし込んで考えることができそうだと思う。

児童向けの作品であるとのことなので、もしかしたら「小さな宇宙人アミ」シリーズに近いものがあるのかな。こどもの目線で、とても素朴だけれど、そこには本質がつまっている。

そんな気持ちを与えてもらえそうなので、ぜひとも読みたい。

 

 

原発はなぜ危険か―元設計技師の証言 (岩波新書)

原発はなぜ危険か―元設計技師の証言 (岩波新書)

 

 「元設計技師」という立場からの原発への問題提起をされている本は珍しい気がする。

どちら側の立場にも立った人間だからこそ、原子力発電というシステムに対する様々な誤解や理解不足や曲解が少なく、公平な立場で冷静に書けるものがあるのでは。という気がするので。

その上で「脱原発」を唱えている。読んでみたいです。

 

 

健康帝国ナチス

健康帝国ナチス

 

 「ともかく歴史的な記録というものは選択的なもので、我々はともすればその時代の蛮行に目を向けがちである。そうすれば、神聖なる『我々』と堕ちた『奴ら』のあいだにきれいに線を引くことができるからである。」

この、本の序文かな?一節を読んでウワー読みたいーとなりました。

大した時代背景への知識理解があるわけではないのに「ナチスヒトラーの行い=悪であり人類の過ち」であるというイメージが私含め多くの人に植えつけられている。

その至極常識的なイメージを疑ってかかるのは新鮮だし、そうすることで初めて本当にこの時代に向き合うことができそうだという気がする。人間誰しも悪になり、人を殺める可能性だっていくらでもある。

 

 

 

 100年前の写真ってところがいい。観光客向け、パブリシティ向けにエンターテイメント化された民族衣装の写真集ではなさそう。

 それぞれの民族の生活・宗教・儀式に根ざした服装が見られそうで興味深い!

読みたいっていうか、手元に置きたい本かなこれは。

 

 

 

女装して、一年間暮らしてみました。

女装して、一年間暮らしてみました。

 

 興味深いのは、女装をやめて男性に戻るや、女装時代を知る女友達は距離を置き、行きつけのレストランのウェイターは気軽に声をかけてくれなくなるところだ。男であり女である存在から「単なる男」になったと周囲は落胆する。 

『女装して、一年間暮らしてみました。』マッチョな俺に、さようなら - HONZ

この部分にぐっときました。「男であり女である存在」はなぜ持て囃されるんでしょう。

 ものすごい興味あります。

 

 

 

イタリア料理の本

イタリア料理の本

 

パッと見たときに、ぐっと引き込むような派手さはまったくない。しかし、じっくりと眺めていると、ものすごく力強い写真であることかがわかる。手打ちパスタにしかないマチエール、加熱された完熟プチトマトの表面のしわ、ぎざぎざのナイフで切られた紫タマネギの表面の凹凸に染みた、トマト果汁とビネガーとオリーブオイル、そんな細部が素のままでむき出しにされ、料理のそのものの魅力が、じわりじわりと迫ってくる。太陽と土に育てられたものが、人間の手の力によって「料理」となったことが、生々しく感じられるのだ。

そんな写真たちが3分の2を占めるこの本は、どこにも媚びたところがなく、本質だけがごろりと提示されたような本である。

『イタリア料理の本』優しくたくましい、太陽と土とともにある手料理 - HONZ

単なるレシピ本じゃなくて、書き手・作り手の人となりが深い部分で伝わってくるような料理本。

媚びていなくて、物静かで真摯。その空気に触れてみたいです。 

でも料理の本ってあれだな、夜中とかに読むと毒だな。

 

 

 

 

舞台「冬眠する熊に添い寝してごらん」のモデル地新潟を巡ろう!

 

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昨年冬に上演された舞台「冬眠する熊に添い寝してごらん」の千秋楽から、約1年と4ヶ月が経ちました。
 
本当に物凄い熱量を持った作品で、上演が終わってからも長い間興奮が冷めやらず、これは、ぜひとも舞台となった新潟の地を訪れよう!と思い立ったのがちょうど1年前の5月です。
 
 
舞台のチケットに関して、ツイッターがきっかけで大変お世話になり、以来仲良くさせていただいているまことさん(@makoto94104)と一緒に、新潟駅で落ち合って1泊2日、車で新潟市内をまわりました。
 
 
とても印象的だった数々のスポットを、個人的な忘備録も兼ねてまとめておきたいという気持ちがあったので、こうして1年経った今こんな記事を書きました。
 
劇中の台詞を引用しながら、全部で9つのスポットとトピックについて書いております。
少々長いですが、さらっと流し読んでいただいて、少しでも旅の雰囲気が伝われば幸いです。
 

 

冬眠する熊に添い寝してごらん

冬眠する熊に添い寝してごらん

 

 

また、便宜上、記事タイトルを「モデル地」とさせていただいておりますが、あくまで「もしかするとここがモデルではないかと推測される」の省略形であることをご理解・ご了承くださいませ。

 
 
 
 
新潟について、最初に降り立ったのがこの新潟駅です。
一番最初の印象は「緑がまぶしい!」でした。
 

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ご覧いただくとわかるように、駅前通りには大きな木がずらりと植えられております。
とても天気の良い5月の晴天だったこともあり、空は真っ青で、空気もからりとしていてすっごく気持ちが良い!
 
 
のびのび茂る木の枝を見上げていて、さっそく戯曲のこの一節を思い出しました。
 
「僕は三回飛び降りたんだ。身投げですよ、身投げ。でもそのたびに、ゴミ置き場にかけられたネットがある、セーフティ・ネットになっちゃう、高く茂り過ぎた欅がある、まるで極上のハンモックになっちゃう、せいぜい擦り傷ですよできるのは。」
(p.178 - 多根彦)
 
 
実はこの駅前通りに「帝石ビルディング」という、石油会社の入ったビルがあります。
 

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昭和16年に「帝国石油」として作られたこの会社は、現在では日本最大の石油・天然ガス開発企業である「国際石油開発帝石」に合併されています。
(ちなみに本社オフィスは、あの感謝祭マラソンでおなじみの赤坂サカス「赤坂Bizタワー」に構えられているようです。)
 
 
まあ、新潟市内に事業所を構える石油会社は他にもいくつかあるので、ここだ!と言い切れるわけではありませんが、どっちにしろ新潟の石油会社というだけですごくテンションが上がります。
 
なによりこの立地!
極上のハンモックになりそうな茂り過ぎた木はばっちりここにあるし、勤め先かもしれない会社もあるし、ここはもしかして飛び降り自殺未遂の現場では…?多根彦さんはここでエリートへの道をひた進んでいるのでは…?と考えてみるのもアリではないでしょうか。

 

ちなみにこのサイト(年収ラボ)によると社員の平均年収は930万円。ワォ!エリートエグゼクティブ!

 

 
 
2.回転寿司
 
さて、この「冬眠する熊に添い寝してごらん」の中で外せないのが、回転寿司というモチーフでした。
物語の中で幾度となく繰り返される「廻る」というキーワードを象徴する場所です。
そして、多根彦の婚約者であるひばりと、兄である一が出会い、恋に落ちてしまう重要な場面の舞台でもあります。
 
ということで、新潟駅を後にして訪れたのは、駅から車で10分程度の「名在門」さん!
 

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舞台を観劇なさった新潟在住の方が「味も立地も”廻るお寿司”という点でも、ここの店が思い浮かんだ」という旨のツイートをされていたのを拝見したことがきっかけです。
旅の計画を立てる前から、新潟に行く機会があればぜったいここのお寿司屋さんに寄る!と決めていましたので、迷わず昼食場所に選びました。
 
 
店内に入ると、ド平日の14時過ぎという微妙な時間にもかかわらずお客さんの入りは結構なもの。
夕食時ともなればたいそう店内はにぎやかになることでしょう!
 
舞台で観たあの大掛かりな回転ずしのイメージよりもこぢんまりとはしていますが、回転ずしのコンベアの中で板前さんが寿司を握る様はまさにこれこれ!といった感じでした。
 

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なにより、ネタ!!!ネタが!!!!!
 
一兄さんとひばりちゃんのせりふを聞いているだけでよだれが出そうだったあの「鱸の昆布〆」「のどぐろの炙り」しっかりお品書きにありました。もちろん「煮アナゴ一本握り」も。
 

 

 

 
いや、本当においしかったです。他にもいろいろなネタをいただきましたが、どれを食べても新鮮でとろけるような美味しさ!
昆布〆なんて、プリップリで舌の上で踊るみたいでまことさんと二人「んん〜〜〜!!!」と顔見合わせて感動の唸りをあげてしまいました。
一兄さんの言葉を借りれば、まさに「蠱惑的」なお味だったと思います。
 
 
「色艶がいいな。これで一皿、二百五十…六十円」
「リーズナブルですね。二貫目でも、飽きないわ。」
「蠱惑的だな。」
 (p.92 - 一とひばり)

 

そう、そして、値段がめちゃくちゃリーズナブルなことに驚く。
こんな値段でこんな新鮮な新潟のお寿司を頂いてしまってよいのか!?新潟ってこれがふつうなの!?
比較可能な他のお店に入ったわけではないのでわかりませんが、少なくとも私の地元ではぜったい食べられません。こんな値段でこんなにおいしいお寿司!
 
 
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おすすめです。
 
 
 
 
3.迷宮新潟タウン
 
さて、生まれて初めていただく新潟のお寿司のお味に大満足で腹ごしらえをした後は、新潟市の郊外にある「石油の里公園」に向かいます。
 
ごきげんでお寿司の感動を語り合いながら、カーナビの指示に従い、バイパスに出ようと交差点を右へ曲がる。そのまましばらく車を走らせていたのですが…どうもおかしい。こっちじゃない。道を間違えたみたい。
インターを降りて、再度同じ交差点に戻り、今度は間違えないよう、斜め右へ。
…が、これもちがう!確かにナビ通りに進んだはずなのに、何度も何度も同じ道をぐるぐるぐるぐる。
 
 
ここで私たちは、回転寿司屋さんでのひばりちゃんとおばあちゃんの電話をハッと思い出したのです。
 
「え…どういうこと?車がおばあちゃんを降ろさないって。よくわかんないけど、新潟タウンが迷宮?道路がループ?幹線道路も裏道も?『結界ができてるみたい』ってどういうことよ。」
(p.95 - ひばり)
 
もしやこういうことだったのか、新潟タウンが迷宮って!?
いや、本当、結界でも張られているんじゃないかと思うくらい、新潟市の中心部から出られなかったんです。
 

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ただの方向音痴だろ!と言われたら本当その通りではあるんですが(笑)それにしてもこの交差点、本当にややこしい。
5つに分岐した交差点を過ぎたそのすぐ後、さらに2つも3つも分岐が続いて、その分岐を逃したらしばらくループにはまるよりほかない作りになっているようです。いやー迷った迷った!
 

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この交差点。だって今地図で見てもなんかエライことになってんだもん!

 
初めて新潟を車で訪れた人間は、少なからずこのループにはまってしまうのではないかなぁと思います。いや、単に私の方向音痴がひど過ぎるだけだったらすみません。
 
とにかく思わぬところで台詞どおりの体験ができて、道に迷って時間をロスしているはずなのになぜか「迷宮だ!新潟タウンは迷宮だ!」と二人ではしゃぎ、めちゃくちゃ楽しかったです。
 
 
 
 
4.石油の里
 
計3回ほどループにはまりつつも、なんとか新潟市街地から抜け出した後は、左右に広がる田園風景をつっきるように伸びる国道403号を30分ほど走って「石油の里」に到着!
 

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この「石油の里」なにせ情報が少なく、ガイドブック等には載っていないし、ネットで情報を探してみても、どんな施設なのかという詳しい情報が大変乏しいのです。
それゆえ、往復1時間をかけて行ってはみたけど、へえ、まあ、こんなものだよね…となってしまう事態を二人とも少なからず覚悟していたのですが。
 
いざ行ってみたら、めちゃくちゃ楽しいところでした
もう、何見ても、うわーー!これ、あの場面で観たやつだー!とはしゃいで写真撮りまくっちゃう施設や展示物のオンパレード。
まさに、舞台に出てくる明治の石油村にそのままトリップしてきたような場所だったのです。
 
「♪重いピストン巻き上げる 
  あそこの装置がプルオイル
  なんて文明開化なの 
  蒸気機関も付いちゃって
  とはいえ「ヒネ竹」下ろしてる 
  あそこの装置はヒネ車
  同じ車輪の装置でも
  こっちは人力優先です」
  (p.36 - 石油村の村歌)

 

 
観劇なさった方にはおなじみの、この歌を思い出さずにいられなかった。
原始的〜ああ原始的〜♪
 

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辺りの山を含む一帯が「石油の里公園」として整備されており、静かな山林の中に、石油村として栄えた当時そのままの状態で、油井戸の櫓、プルオイル装置、ヒネ車、大掛かりな濾過装置など、石油採掘・処理のための装置がたくさん残されています。
 

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地層の間から黒い油が染み出している「オイルサンド」を見ることもできました。
 
 
ちょっとしたハイキングのような感じで、山の中の遊歩道をぐるりと一周しながらその施設群を見学できるつくりになっています。もちろん無料です。
 
山の中を歩いて森林浴をしながら石油処理装置群を見て回るのはとっても気持ちがよく、少々体力を使いますがそれもまた心地よい運動でした。
それぞれの装置にはきちんと詳しい解説板も設けられていて、実物を前にして、装置の仕組みをとてもわかりやすく知ることができます。実際にヒネ車を回したりもできますよ。
 
 
 
 
5.石油の世界館
 
そして、山の麓には「石油の世界館」というこれまた見学無料の屋内展示施設があります。
コンパクトながらとても充実した展示内容で、この新津油田にまつわる歴史から、世界全体の石油資源開発にかかわる歩み、そして現代の最新エネルギー技術に関する解説など、私のようなエネルギー史に疎い素人にも、大変わかりやすい解説がなされています。
 

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一兄さんがひばりちゃんに熱ぅく語ったT型フォードと石油資源の関連についての解説や、多根彦さんが関わる日本海底の資源開発に関する最新の資料についても展示がありました。
 
「うちの会社は、そもそも地盤が北陸ですからね。日本海ならお手のものです。独自の海底地形データも持っています。海上自衛隊なんて目じゃない。」
(p.182 - 多根彦)
 
なるほど〜〜!!こんな事業を進めていたらそりゃ海底地形データも必要だわな!と納得。
 
資料展示のほか、石油村の当時を再現した大掛かりな立体模型などの見所もあり、これ無料でいいの!?という充実の展示でございました。
 
 
 
 
6.中野邸美術館
 

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そして、この「石油の世界館」に隣接しているのが、いわゆる「石油王の館」とでもいうべき中野貫一邸。
現在はその素晴らしい庭園とともに、屋敷内が美術館として一般に開放されています。
 
 
この中野貫一氏は、明治〜昭和初期にかけて石油王としてその名を馳せ、この新津油田を中心に事業を発展させていた地元の名士。晩年には帝国議会衆議院議員として社会事業にも携わっていたとのことです。
 
「そうなったら、ここ石油村の経営権も俺のもん、越後の県議会の主流ってのは丸々俺のもん、空いた代議士の座も、いつか…。いやいや、俺の野心はそんな衆議院なんていうのより、貴族院。ひとまずは石油王になって、それから…。」
(p.160 - 梅原)
 
そんな経歴を聞くと、石油村の責任者として登場した野心あふれる梅原という人物を思い出さずにはいられません。
屋敷の中には白黒の肖像写真が飾られていましたが、気のせいでしょうか、どことなく外見の雰囲気も似ているような…。
 
 
この中野邸美術館、敷地内に広い庭園があり、秋になると紅葉がとても美しいことから「もみじの里」とも呼ばれているそうです。
私たちの行った5月は石油の里公園内全体が閑散としていましたが、秋には紅葉目当てのお客さんがたくさん訪れるとのことですよ。
 
秋の庭園の様子は、美術館内に何枚もの写真作品として展示されていましたが、本当に夢のような美しさであることが伺えます。
ぜひまた秋に再訪したい!
 

 

 
 
 
7.燃える水
 
最後に、ビジターセンターでこんなものを発見!
 
 

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「それは火の、炎の詩。水の、しかも燃える水の詩。水が燃えるですって?私はどうかしている。でも結局、私はどうかしてしまっていたのよ。私は、犬詩人の私なのだから。ほら、水が燃える!」
(p.207 - ひばり)
 
も、燃える水〜〜!!!
これはもちろん、買って帰らずにはいられません。
 
旅を終えて帰宅後、しばらくたってから頂いたのですが、一口含むと喉がカーッと熱くなり燃えるようで、まさに「燃ゆる水」でありました。
この「燃ゆる水」石油の里がある新潟市秋葉区にお店を構える「酒井商店」さんオリジナルとのことで、まさにこの辺りでしか買えないであろう、石油の里の地酒です。
 
 
 
こうして石油の里を思う存分に堪能し、最高に充実した気分で新潟の街へ戻ったのでした。
 
 
 
 
8.新潟西港灯台
 
翌朝、ゆっくりめにホテルを出て向かったのは海!日本海!
舞台の場面の中でも、とりわけ思い入れの深い、川下兄弟の港でのシーンの舞台になった場所を見に行きます。
 
舞台上での背景が、赤い灯台を備えた突堤の上であったことから、「新潟市の赤い灯台」と検索をかけて見つけたのがこの新潟西港の灯台でした。
 
 
登場するやいなや、川下兄弟はあの狭い突堤の上でベビーカー引きまわすわ助走つけて抱きつくわ押し倒すわびんたをかますわズボンを下げるわ、落ちやしないかとこっちがハラハラするような激しいスキンシップを繰り広げていましたね。
 
 
ここも、観光地でもなんでもないただの灯台であるため、前情報がほとんどないまま現地へ向かいました。
近くまで行って様子を見てみましたが、落ちたらすぐ海の突堤の上はやはり危険らしく、関係者以外は立ち入り禁止との柵が立ててありました。
(現在は入れませんが、数年前までは歩いて突堤へ入ることが可能だったようです。)
 
 
突堤へ上がることはあきらめましたが、ここまできたら!と赤灯台のよく見える場所をGoogleMapで探します(GoogleMap様々です)。
海岸に沿って堤防があり、ここを歩けば赤灯台を近くに見られそうだったので、回り込んでそちらへ向かいました。
 

 

 
すると、見、見えたーーー!!!
 

 

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堤防を歩いて行くと、ちょうど正面に、まさに舞台で観たアングルのそのままの灯台が近づいてきます。
青い空と海に赤い灯台がくっきり浮かんで、それはそれは良い眺めでした。
 
なによりも、堤防を歩く間、吹いてくる海からの風がとってもスウィート!
 
「やっぱりな、これはいい港だよな。いい港だ…。そもそも海がいいから港がいい。ここは、太平洋とは匂いが違う。潮の香りが多少スウィート?いやモア・スウィート?」
(p.14 - 一)
 
一兄さんがこの港を激しく絶賛し、オフになったら佇みたいと言っていた意味が少しわかったような気がしました。
 
 
「汽笛!」
汽笛のようなものが鳴りわたる。
「やっぱりいい港だよなあ、ここは。僕は愛しちゃうぞ。ああ、いい港だよなあ。そもそも海がいいから港がいい。」
(p.193 - 多根彦)

 

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多根彦さんが叫んでいたように、港には佐渡島へ渡る大きなフェリーをはじめとして、いろんな船が頻繁に出入りしており、港を通る時には高らかな汽笛が聞こえてきます。
 
また、船の様子を眺めていると、外国からの輸送船もあるようです。
 
「ちょっとした爆弾も手に入れてみたんですがね。フィリピン製の、フィリピン船籍の船から、これは不発でした。抱いて寝たんだけれど駄目だった。」
(p.179 - 多根彦)
 
もしかして今通ったあんな感じの船から爆弾盗んだんかな、多根彦さん…。
などと考えるとわくわくしてしまいますね。
 
 
 
 
私たちの歩いた堤防は、右を見れば日本海、左を見れば大きな石油タンクが林立する備蓄施設!という感じで、地図で確かめてみても、港周辺の土地は石油関連の施設で埋め尽くされているようでした。
 
海からの潮の香りに混じって、陸からは時折石油の匂いも漂ってきて、まさにあの舞台のエッセンスを嗅ぎ取っているような気がして、感激したのを覚えています。
 
 
語彙が貧弱ゆえにいまいちお伝えしきれないのが無念ですが、まさに「スウィーテスト!」と叫びたくなるような空気でありました。あの香り、ぜひ訪れて体感していただきたく思います。
 

 

 

 
 
 
9.鳥屋野潟
 
「この西暦二〇〇〇年代のX月X日、俺たちは鳥屋野潟の湖畔のラブホテルにいる。」
(p.162 - 一)
 
鳥屋野潟。ここは唯一新潟市内の具体的な地名が戯曲の中で示された場所ではないでしょうか。
一兄さんとひばりちゃんが、世間から、多根彦から、隠れるようにして泊まっていたあのラブホテルの建つ場所です。
 
 
そもそも「潟」ってなんだ?
わりと海が遠い土地に住む私にとってあまりなじみのない言葉です。
簡単に言うと湖の仲間だそうなのですが、潟は「外海と切り離されてできた低地に水がたまったところ」であり、「海水が混ざっているため、潮の満ち干の影響を受ける」とのことです。
戯曲の中でも鳥屋野潟は、いわば「日本海の化石」であると表現されていました。
 
新潟は、地名にその文字が入っていることからもわかるように、「潟」がとても多いのですが、鳥屋野潟はその中でもかなり大きいものであるようです。
 
 
実際、訪れてみると、この鳥屋野潟は想像していたよりもずっとデカかった!
広大な潟のほとりには「鳥屋野潟公園」が整備されています。
とっても緑が多く、子供たちがのびのびと遊ぶ気持ちのいい公園でした。
 

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で、この公園からは少し離れた場所に位置する潟のほとりに、ラブホテルの立ち並ぶエリアがあります。
 

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ホテルニューモナコ、ホテル・ル・リバージュ、ホテルブルーシャトー、ホテルエンペラー、ホテルこのゆびとーまれ etc… よりどりみどりですね!
中にはいかにもレトロなネオンサインの昔ながら〜なホテルもいくつかあり、まさに舞台で観たイメージにとても近いところでした。
 
ホテル群のすぐそばには、同じく一兄さんのセリフに出てくる「弁天橋」も掛かっています。
 
「駅前から徒歩にして二、三十分って距離のこの鳥屋野潟には、潟畔に、連れ込み旅館ってものの林立がある。もちろん車道が潟を渡る橋もある。弁天橋…。そこでは高校生がよくデートをしてたっけ。」
(p.162 - 一)
 
訪れた時間帯が夕方でしたので、確かにたくさんの下校途中の高校生が橋を通り過ぎていました。橋桁の下でデートしている高校生カップルはいませんでしたが。
 
 
ちょっと話が逸れましたが、この鳥屋野潟の潟畔、とにかく!!!鳥のさえずりが激しい!
 

 

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戯曲の中でも、鳥の鳴き声がホテルの部屋まで聞こえてくるという描写がありましたが、この鳴き声のボリュームなら、ホテルの小さい窓でも確かに鳥のさえずりが聞こえるでしょう。
 
鳴き声の多いところだと、隣に立つ人との会話にも支障が出るくらい
チチチ、とかチュンチュン、とか、そんな可愛いもんではありません。
姿は見えませんが、ちょっとした茂みの中に、何百匹もの鳥たちが生息しているんですね。
 
 
その後、鳥屋野潟公園の事務所でこんな鳥屋野潟公園グッズをゲットしました!
 

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最後に潟畔に建つスターバックスで、2日間の思い出を振り返りつつ新幹線の時間までお茶をしてから、新潟駅でまことさんと別れたのでした。
 
 
 
 
 
いや〜〜〜〜本当に楽しかった!!!
1年前のことなのに、今でも鮮明に思い出せるくらい、印象的な旅行でした。
 
まとめとして、当時のツイートを引用するとわかりやすいかな。
 

 

 

 

 
舞台の千秋楽から1年と数ヶ月が経ちましたが、ぜひまた、もう一度新潟を訪れたいなと思っています。
 
もし同じような旅に興味のある方がいらっしゃれば、少しでも参考にしていただければ幸いです。