昨年冬に上演された舞台「冬眠する熊に添い寝してごらん」の千秋楽から、約1年と4ヶ月が経ちました。
本当に物凄い熱量を持った作品で、上演が終わってからも長い間興奮が冷めやらず、これは、ぜひとも舞台となった新潟の地を訪れよう!と思い立ったのがちょうど1年前の5月です。
舞台のチケットに関して、
ツイッターがきっかけで大変お世話になり、以来仲良くさせていただいているまことさん(@makoto94104)と一緒に、
新潟駅で落ち合って1泊2日、車で
新潟市内をまわりました。
とても印象的だった数々のスポットを、個人的な忘備録も兼ねてまとめておきたいという気持ちがあったので、こうして1年経った今こんな記事を書きました。
劇中の台詞を引用しながら、全部で9つのスポットとトピックについて書いております。
少々長いですが、さらっと流し読んでいただいて、少しでも旅の雰囲気が伝われば幸いです。
また、便宜上、記事タイトルを「モデル地」とさせていただいておりますが、あくまで「もしかするとここがモデルではないかと推測される地」の省略形であることをご理解・ご了承くださいませ。
新潟について、最初に降り立ったのがこの
新潟駅です。
一番最初の印象は「緑がまぶしい!」でした。
ご覧いただくとわかるように、駅前通りには大きな木がずらりと植えられております。
とても天気の良い5月の晴天だったこともあり、空は真っ青で、空気もからりとしていてすっごく気持ちが良い!
のびのび茂る木の枝を見上げていて、さっそく戯曲のこの一節を思い出しました。
「僕は三回飛び降りたんだ。身投げですよ、身投げ。でもそのたびに、ゴミ置き場にかけられたネットがある、セーフティ・ネットになっちゃう、高く茂り過ぎた欅がある、まるで極上のハンモックになっちゃう、せいぜい擦り傷ですよできるのは。」
(p.178 - 多根彦)
実はこの駅前通りに「帝石ビルディング」という、石油会社の入ったビルがあります。
(ちなみに本社オフィスは、あの感謝祭マラソンでおなじみの赤坂サカス「
赤坂Bizタワー」に構えられているようです。)
まあ、
新潟市内に
事業所を構える石油会社は他にもいくつかあるので、ここだ!と言い切れるわけではありませんが、どっちにしろ新潟の石油会社というだけですごくテンションが上がります。
なによりこの立地!
極上のハンモックになりそうな茂り過ぎた木はばっちりここにあるし、勤め先かもしれない会社もあるし、ここはもしかして飛び降り自殺未遂の現場では…?多根彦さんはここでエリートへの道をひた進んでいるのでは…?と考えてみるのもアリではないでしょうか。
ちなみにこのサイト(年収ラボ)によると社員の平均年収は930万円。ワォ!エリートエグゼクティブ!
2.回転寿司
さて、この「冬眠する熊に添い寝してごらん」の中で外せないのが、回転寿司というモチーフでした。
物語の中で幾度となく繰り返される「廻る」というキーワードを象徴する場所です。
そして、多根彦の婚約者であるひばりと、兄である一が出会い、恋に落ちてしまう重要な場面の舞台でもあります。
ということで、
新潟駅を後にして訪れたのは、駅から車で10分程度の「
名在門」さん!
舞台を観劇なさった新潟在住の方が「味も立地も”廻るお寿司”という点でも、ここの店が思い浮かんだ」という旨のツイートをされていたのを拝見したことがきっかけです。
旅の計画を立てる前から、新潟に行く機会があればぜったいここのお寿司屋さんに寄る!と決めていましたので、迷わず昼食場所に選びました。
店内に入ると、ド平日の14時過ぎという微妙な時間にもかかわらずお客さんの入りは結構なもの。
夕食時ともなればたいそう店内はにぎやかになることでしょう!
舞台で観たあの大掛かりな回転ずしのイメージよりもこぢんまりとはしていますが、回転ずしのコンベアの中で板前さんが寿司を握る様はまさにこれこれ!といった感じでした。
なにより、ネタ!!!ネタが!!!!!
一兄さんとひばりちゃんのせりふを聞いているだけでよだれが出そうだったあの「鱸の昆布〆」「のどぐろの炙り」しっかりお品書きにありました。もちろん「煮アナゴ一本握り」も。
いや、本当においしかったです。他にもいろいろなネタをいただきましたが、どれを食べても新鮮でとろけるような美味しさ!
昆布〆なんて、プリップリで舌の上で踊るみたいでまことさんと二人「んん〜〜〜!!!」と顔見合わせて感動の唸りをあげてしまいました。
一兄さんの言葉を借りれば、まさに「蠱惑的」なお味だったと思います。
「リーズナブルですね。二貫目でも、飽きないわ。」
「蠱惑的だな。」
(p.92 - 一とひばり)
そう、そして、値段がめちゃくちゃリーズナブルなことに驚く。
こんな値段でこんな新鮮な新潟のお寿司を頂いてしまってよいのか!?新潟ってこれがふつうなの!?
比較可能な他のお店に入ったわけではないのでわかりませんが、少なくとも私の地元ではぜったい食べられません。こんな値段でこんなにおいしいお寿司!
おすすめです。
3.迷宮新潟タウン
さて、生まれて初めていただく新潟のお寿司のお味に大満足で腹ごしらえをした後は、
新潟市の郊外にある「石油の里公園」に向かいます。
ごきげんでお寿司の感動を語り合いながら、カーナビの指示に従い、バイパスに出ようと交差点を右へ曲がる。そのまましばらく車を走らせていたのですが…どうもおかしい。こっちじゃない。道を間違えたみたい。
インターを降りて、再度同じ交差点に戻り、今度は間違えないよう、斜め右へ。
…が、これもちがう!確かにナビ通りに進んだはずなのに、何度も何度も同じ道をぐるぐるぐるぐる。
ここで私たちは、回転寿司屋さんでのひばりちゃんとおばあちゃんの電話をハッと思い出したのです。
「え…どういうこと?車がおばあちゃんを降ろさないって。よくわかんないけど、新潟タウンが迷宮?道路がループ?幹線道路も裏道も?『結界ができてるみたい』ってどういうことよ。」
(p.95 - ひばり)
もしやこういうことだったのか、新潟タウンが迷宮って!?
いや、本当、結界でも張られているんじゃないかと思うくらい、
新潟市の中心部から出られなかったんです。
ただの方向音痴だろ!と言われたら本当その通りではあるんですが(笑)それにしてもこの交差点、本当にややこしい。
5つに分岐した交差点を過ぎたそのすぐ後、さらに2つも3つも分岐が続いて、その分岐を逃したらしばらくループにはまるよりほかない作りになっているようです。いやー迷った迷った!

この交差点。だって今地図で見てもなんかエライことになってんだもん!
初めて新潟を車で訪れた人間は、少なからずこのループにはまってしまうのではないかなぁと思います。いや、単に私の方向音痴がひど過ぎるだけだったらすみません。
とにかく思わぬところで台詞どおりの体験ができて、道に迷って時間をロスしているはずなのになぜか「迷宮だ!新潟タウンは迷宮だ!」と二人ではしゃぎ、めちゃくちゃ楽しかったです。
4.石油の里
計3回ほどループにはまりつつも、なんとか
新潟市街地から抜け出した後は、左右に広がる田園風景をつっきるように伸びる
国道403号を30分ほど走って「
石油の里」に到着!

この「石油の里」なにせ情報が少なく、ガイドブック等には載っていないし、ネットで情報を探してみても、どんな施設なのかという詳しい情報が大変乏しいのです。
それゆえ、往復1時間をかけて行ってはみたけど、へえ、まあ、こんなものだよね…となってしまう事態を二人とも少なからず覚悟していたのですが。
いざ行ってみたら、めちゃくちゃ楽しいところでした。
もう、何見ても、うわーー!これ、あの場面で観たやつだー!とはしゃいで写真撮りまくっちゃう施設や展示物のオンパレード。
まさに、舞台に出てくる明治の石油村にそのままトリップしてきたような場所だったのです。
「♪重いピストン巻き上げる
あそこの装置がプルオイル
なんて文明開化なの
蒸気機関も付いちゃって
とはいえ「ヒネ竹」下ろしてる
あそこの装置はヒネ車
同じ車輪の装置でも
こっちは人力優先です」
(p.36 - 石油村の村歌)
観劇なさった方にはおなじみの、この歌を思い出さずにいられなかった。
原始的〜ああ原始的〜♪
辺りの山を含む一帯が「石油の里公園」として整備されており、静かな山林の中に、石油村として栄えた当時そのままの状態で、油井戸の櫓、プルオイル装置、ヒネ車、大掛かりな濾過装置など、石油採掘・処理のための装置がたくさん残されています。
地層の間から黒い油が染み出している「オイルサンド」を見ることもできました。
ちょっとしたハイキングのような感じで、山の中の遊歩道をぐるりと一周しながらその施設群を見学できるつくりになっています。もちろん無料です。
山の中を歩いて森林浴をしながら石油処理装置群を見て回るのはとっても気持ちがよく、少々体力を使いますがそれもまた心地よい運動でした。
それぞれの装置にはきちんと詳しい解説板も設けられていて、実物を前にして、装置の仕組みをとてもわかりやすく知ることができます。実際にヒネ車を回したりもできますよ。
5.石油の世界館
そして、山の麓には「石油の世界館」というこれまた見学無料の屋内展示施設があります。
コンパクトながらとても充実した展示内容で、この新津油田にまつわる歴史から、世界全体の
石油資源開発にかかわる歩み、そして現代の最新エネルギー技術に関する解説など、私のようなエネルギー史に疎い素人にも、大変わかりやすい解説がなされています。
一兄さんがひばりちゃんに熱ぅく語ったT型フォードと石油資源の関連についての解説や、多根彦さんが関わる日本海底の資源開発に関する最新の資料についても展示がありました。
「うちの会社は、そもそも地盤が北陸ですからね。日本海ならお手のものです。独自の海底地形データも持っています。
海上自衛隊なんて目じゃない。」
(p.182 - 多根彦)
なるほど〜〜!!こんな
事業を進めていたらそりゃ海底地形データも必要だわな!と納得。
資料展示のほか、石油村の当時を再現した大掛かりな立体模型などの見所もあり、これ無料でいいの!?という充実の展示でございました。
6.中野邸美術館
そして、この「石油の世界館」に隣接しているのが、いわゆる「石油王の館」とでもいうべき中野貫一邸。
現在はその素晴らしい庭園とともに、屋敷内が美術館として一般に開放されています。
この中野貫一氏は、明治〜昭和初期にかけて石油王としてその名を馳せ、この新津油田を中心に
事業を発展させていた地元の名士。晩年には
帝国議会衆議院議員として社会
事業にも携わっていたとのことです。
「そうなったら、ここ石油村の経営権も俺のもん、越後の県議会の主流ってのは丸々俺のもん、空いた代議士の座も、いつか…。いやいや、俺の野心はそんな
衆議院なんていうのより、
貴族院。ひとまずは石油王になって、それから…。」
(p.160 - 梅原)
そんな経歴を聞くと、石油村の責任者として登場した野心あふれる梅原という人物を思い出さずにはいられません。
屋敷の中には白黒の肖像写真が飾られていましたが、気のせいでしょうか、どことなく外見の雰囲気も似ているような…。
この中野邸美術館、敷地内に広い庭園があり、秋になると紅葉がとても美しいことから「もみじの里」とも呼ばれているそうです。
私たちの行った5月は石油の里公園内全体が閑散としていましたが、秋には紅葉目当てのお客さんがたくさん訪れるとのことですよ。
秋の庭園の様子は、美術館内に何枚もの写真作品として展示されていましたが、本当に夢のような美しさであることが伺えます。
ぜひまた秋に再訪したい!
7.燃える水
最後に、ビジターセンターでこんなものを発見!
「それは火の、炎の詩。水の、しかも燃える水の詩。水が燃えるですって?私はどうかしている。でも結局、私はどうかしてしまっていたのよ。私は、犬詩人の私なのだから。ほら、水が燃える!」
(p.207 - ひばり)
も、燃える水〜〜!!!
これはもちろん、買って帰らずにはいられません。
旅を終えて帰宅後、しばらくたってから頂いたのですが、一口含むと喉がカーッと熱くなり燃えるようで、まさに「燃ゆる水」でありました。
この「燃ゆる水」石油の里がある
新潟市秋葉区にお店を構える「酒井商店」さんオリジナルとのことで、まさにこの辺りでしか買えないであろう、石油の里の地酒です。
こうして石油の里を思う存分に堪能し、最高に充実した気分で新潟の街へ戻ったのでした。
8.新潟西港灯台
翌朝、ゆっくりめにホテルを出て向かったのは海!日本海!
舞台の場面の中でも、とりわけ思い入れの深い、川下兄弟の港でのシーンの舞台になった場所を見に行きます。
舞台上での背景が、赤い灯台を備えた突堤の上であったことから、「
新潟市の赤い灯台」と検索をかけて見つけたのがこの新潟西港の灯台でした。
登場するやいなや、川下兄弟はあの狭い突堤の上でベビーカー引きまわすわ助走つけて抱きつくわ押し倒すわびんたをかますわズボンを下げるわ、落ちやしないかとこっちがハラハラするような激しいスキンシップを繰り広げていましたね。
ここも、観光地でもなんでもないただの灯台であるため、前情報がほとんどないまま現地へ向かいました。
近くまで行って様子を見てみましたが、落ちたらすぐ海の突堤の上はやはり危険らしく、関係者以外は立ち入り禁止との柵が立ててありました。
(現在は入れませんが、数年前までは歩いて突堤へ入ることが可能だったようです。)
突堤へ上がることはあきらめましたが、ここまできたら!と赤灯台のよく見える場所をGoogleMapで探します(GoogleMap様々です)。
海岸に沿って堤防があり、ここを歩けば赤灯台を近くに見られそうだったので、回り込んでそちらへ向かいました。
すると、見、見えたーーー!!!
堤防を歩いて行くと、ちょうど正面に、まさに舞台で観たアングルのそのままの灯台が近づいてきます。
青い空と海に赤い灯台がくっきり浮かんで、それはそれは良い眺めでした。
なによりも、堤防を歩く間、吹いてくる海からの風がとってもスウィート!
「やっぱりな、これはいい港だよな。いい港だ…。そもそも海がいいから港がいい。ここは、太平洋とは匂いが違う。潮の香りが多少スウィート?いやモア・スウィート?」
(p.14 - 一)
一兄さんがこの港を激しく絶賛し、オフになったら佇みたいと言っていた意味が少しわかったような気がしました。
「汽笛!」
汽笛のようなものが鳴りわたる。
「やっぱりいい港だよなあ、ここは。僕は愛しちゃうぞ。ああ、いい港だよなあ。そもそも海がいいから港がいい。」
(p.193 - 多根彦)
多根彦さんが叫んでいたように、港には
佐渡島へ渡る大きなフェリーをはじめとして、いろんな船が頻繁に出入りしており、港を通る時には高らかな汽笛が聞こえてきます。
また、船の様子を眺めていると、外国からの輸送船もあるようです。
「ちょっとした爆弾も手に入れてみたんですがね。フィリピン製の、フィリピン船籍の船から、これは不発でした。抱いて寝たんだけれど駄目だった。」
(p.179 - 多根彦)
もしかして今通ったあんな感じの船から爆弾盗んだんかな、多根彦さん…。
などと考えるとわくわくしてしまいますね。
私たちの歩いた堤防は、右を見れば日本海、左を見れば大きな石油タンクが林立する備蓄施設!という感じで、地図で確かめてみても、港周辺の土地は石油関連の施設で埋め尽くされているようでした。
海からの潮の香りに混じって、陸からは時折石油の匂いも漂ってきて、まさにあの舞台のエッセンスを嗅ぎ取っているような気がして、感激したのを覚えています。
語彙が貧弱ゆえにいまいちお伝えしきれないのが無念ですが、まさに「スウィーテスト!」と叫びたくなるような空気でありました。あの香り、ぜひ訪れて体感していただきたく思います。
9.鳥屋野潟
「この西暦二〇〇〇年代のX月X日、俺たちは鳥屋野潟の湖畔のラブホテルにいる。」
(p.162 - 一)
鳥屋野潟。ここは唯一
新潟市内の具体的な地名が戯曲の中で示された場所ではないでしょうか。
一兄さんとひばりちゃんが、世間から、多根彦から、隠れるようにして泊まっていたあのラブホテルの建つ場所です。
そもそも「潟」ってなんだ?
わりと海が遠い土地に住む私にとってあまりなじみのない言葉です。
簡単に言うと湖の仲間だそうなのですが、潟は「外海と切り離されてできた低地に水がたまったところ」であり、「海水が混ざっているため、潮の満ち干の影響を受ける」とのことです。
戯曲の中でも鳥屋野潟は、いわば「日本海の化石」であると表現されていました。
新潟は、地名にその文字が入っていることからもわかるように、「潟」がとても多いのですが、鳥屋野潟はその中でもかなり大きいものであるようです。
実際、訪れてみると、この鳥屋野潟は想像していたよりもずっとデカかった!
広大な潟のほとりには「鳥屋野潟公園」が整備されています。
とっても緑が多く、子供たちがのびのびと遊ぶ気持ちのいい公園でした。
で、この公園からは少し離れた場所に位置する潟のほとりに、ラブホテルの立ち並ぶエリアがあります。
ホテルニュー
モナコ、ホテル・ル・リバージュ、ホテルブ
ルーシャトー、ホテルエンペラー、ホテルこのゆびとーまれ etc… よりどりみどりですね!
中にはいかにもレトロなネオンサインの昔ながら〜なホテルもいくつかあり、まさに舞台で観たイメージにとても近いところでした。
ホテル群のすぐそばには、同じく一兄さんのセリフに出てくる「
弁天橋」も掛かっています。
「駅前から徒歩にして二、三十分って距離のこの鳥屋野潟には、潟畔に、連れ込み旅館ってものの林立がある。もちろん車道が潟を渡る橋もある。
弁天橋…。そこでは高校生がよくデートをしてたっけ。」
(p.162 - 一)
訪れた時間帯が夕方でしたので、確かにたくさんの下校途中の高校生が橋を通り過ぎていました。橋桁の下でデートしている高校生カップルはいませんでしたが。
ちょっと話が逸れましたが、この鳥屋野潟の潟畔、とにかく!!!鳥のさえずりが激しい!
戯曲の中でも、鳥の鳴き声がホテルの部屋まで聞こえてくるという描写がありましたが、この鳴き声のボリュームなら、ホテルの小さい窓でも確かに鳥のさえずりが聞こえるでしょう。
鳴き声の多いところだと、隣に立つ人との会話にも支障が出るくらい。
チチチ、とかチュンチュン、とか、そんな可愛いもんではありません。
姿は見えませんが、ちょっとした茂みの中に、何百匹もの鳥たちが生息しているんですね。
その後、鳥屋野潟公園の事務所でこんな鳥屋野潟公園グッズをゲットしました!
最後に潟畔に建つ
スターバックスで、2日間の思い出を振り返りつつ新幹線の時間までお茶をしてから、
新潟駅でまことさんと別れたのでした。
いや〜〜〜〜本当に楽しかった!!!
1年前のことなのに、今でも鮮明に思い出せるくらい、印象的な旅行でした。
まとめとして、当時のツイートを引用するとわかりやすいかな。
舞台の千秋楽から1年と数ヶ月が経ちましたが、ぜひまた、もう一度新潟を訪れたいなと思っています。
もし同じような旅に興味のある方がいらっしゃれば、少しでも参考にしていただければ幸いです。