ここから本文です

虐待に追われる児童相談所 養子縁組に手が回らず…実親記録の保管も不十分

産経新聞 8月18日(火)9時50分配信

 生みの親が育てられない乳幼児と、血縁関係のない大人が法律上の親子関係を結ぶ「特別養子縁組制度」。国が制度を推進する一方、平成25年度に縁組を仲介した児童相談所(児相)は全体の約6割にとどまることが厚生労働省研究班の調査で分かった。また、3割近い児相が、実親などに関する記録を一定期間後に廃棄していたことも判明。調査からは、虐待対応で仲介に手が回らないうえ「出自」を知る権利も十分に保障されていない実態が浮かび上がった。

 ■低調な児相の実績

 特別養子縁組制度は昭和63年から開始。養子は6歳未満、養親は結婚した夫婦で25歳以上が原則とされる。「普通養子縁組」とは異なり、成立すれば養親の実子として戸籍に記載され、実親との親子関係がなくなることが特徴だ。児相のほか、都道府県に届け出をした民間団体・個人が仲介やあっせんを行うことができる。

 この特別養子縁組について、厚労省研究班(代表は林浩康日本女子大教授)が初めて全国調査を実施。昨年8〜9月、全国207の児相を対象に質問を郵送し、197の児相から回答を得た(有効回答率約95%)。

 その結果、平成25年度に特別養子縁組を前提とした里親委託があった児相は計114(約57・9%)。内訳は1件が46児相、2件が34児相、3件以上が34児相で、計267件の特別養子縁組が成立した。これに対し、委託実績がなかったのは78児相(約39・6%)、5児相(約2・5%)が無回答だった。

 司法統計によると、25年度に成立した特別養子縁組は474件。ここ10年はおおむね300〜400件台で推移している。

 厚労省は児相が仲介した特別養子縁組の統計をとっていないが、15の民間団体・個人が仲介した件数は最新の24年度のデータで115件と、5年で5倍超に増えている。裏を返せば、児相経由での縁組成立はまだまだ低調といえる。

 ■専任職員も3割弱

 児相の仲介が伸び悩む背景は何か。元愛知県刈谷児童相談センター所長の萬屋(よろずや)育子・愛知教育大教職大学院特任教授(65)は「生命に直結し、一刻を争う可能性のある児童虐待への対応が優先されてしまう」ことを要因の1つに挙げる。

 全国の児相が25年度に対応した児童虐待の件数は前年度比で10・6%増の7万3802件。調査を始めた2年度から23年連続で増加している。萬屋教授によると、近年は夫が妻にドメスティック・バイオレンス(DV)を行う際、傍らに子供がいるようなケースも「心理的虐待」にあたるとみなされるようになった。特別養子縁組に関する会議中でも、通報が入ると2〜3人で現場へ急行せざるを得ないのだという。

 養子縁組は妊婦らから相談を受けて意思確認を重ねた上で、登録した養親希望者とのマッチングが必要で、職員にも高い専門性が求められる。だが、調査結果によると、児相のうち里親や養子縁組を担当する専任の常勤職員を置いているのは56児相と、全体の3割弱にとどまっている。

 厚労省は「養親希望者が少ない地域もあり、一概に職員配置と成立件数が比例すると限らない」(雇用均等・児童家庭局総務課)とする。しかし、市内の児相1カ所に、専門職の正規職員3人と非常勤職員2人の計5人を配置している大阪市では25年度、16件と多くの特別養子縁組を成立させているという実績もある。調査班代表の林教授は「マッチングは長年の経験が重要で、マニュアル化は困難。長期での勤務が可能となるよう職員を専門職化するなど、児相の体制強化が必要不可欠だ。制度活用のためには民間事業者と児相が連携を深め、どう共存していけるかということも検討事項の1つだろう」と指摘する。

 ■「出自を知る権利」意識低く

 調査ではもう1点、児相の「不備」が明らかになった。「出自」を知る権利の問題だ。

 実親の名前や委託した経緯、保育記録などを「永年保存している」と回答したのが135児相だった一方、53の児相が「有期保存」と回答(無回答は9児相)。「有期保存」とした児相の保存期間は異なるが「子供が25歳になるまで」が30カ所と最も多かったという。

 真実告知は養親が子供に対し、幼少期から丁寧に行うことが理想だ。民間の事業者では告知を里親登録の条件とする団体もあるが、必ずしも告知が義務付けられているわけではない。実際、調査では18の児相で子供から出自に対する問い合わせがあったことが確認されたが、このうち6児相が「情報提供しなかった」と回答していた。林教授は「子供自身が成人後、養親以外からもルーツを確認したいと思ったが、すでに記録が破棄されていたというケースも含まれていた」とみる。

 厚労省は児相に対し、記録の長期保存を求める通知を出しているが「『長期』の認識が児相によって異なり、子供の知る権利の意識が低かった」(雇用均等・児童家庭局総務課)としており、今後、記録保存を見直す方向で検討する方針だ。研究班では記録の永年保存とともに、児相によって提供される情報が異なることがないような態勢作りを提言している。

最終更新:8月18日(火)16時39分

産経新聞