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二十五歳の地図

日記・詩・小説関係をつらつらと書き綴っています

創作活動

生きた証を残したいのならなにかを創作すればいい

出来上がった作品は”このわたし”にしか作れなかったものにほかならない

違う誰かがいかに真似しようが微細な差が生じる

俺は「いかに生きるか」とはすなわち「いかに創るか」だと考えている

マニュアル仕事を何十年も続けることはできない

自分ではない他の誰かでもできることなどやりたくはない

入れ替え可能な仕事、入れ替え可能な人間関係、入れ替え可能な趣味

そんなんじゃダメだ

なにもかもが”このわたし”に依っていることが生の証だと思っている

 

ひたすらつくりつづければそれでよし!

心の財産

通り抜けてゆく神秘的な雲に目もくれず、うつむいてあるく俺たち

家に帰ると親の期待とため息に窒息してしまいそうになる

学校では意味のない勉強に時間を奪われてゆく焦燥感

 

若者というのは、若いうちにとにかくなにかを成さなければとの強迫観念に支配された病人である

若さを特権化した時から腐敗がはじまり魂が濁りはじめる

 

勉強しろ!勉強しろ!勉強しろ!

友人をもて!友人をもて!友人をもて!

若いうちに心の財産をたんまり貯めこんでおけ

大人になると若い頃の蓄積で勝負することになるんのだから

ノイズ

努力すれば目標に届くだろう

しかし努力しても夢には届かないだろう

 

本当の自由があれば努力なんか必要ない

努力とは自分に合わないことをする時に放出する熱量のことなのだから、ただ疲れてしまうだけでリターンは望めないことも多い

他方、やり続けてしまうことを追求していく行為は努力ではなく、趣味や欲望につながっているものなので自然と実力がついていく

 

人は努力してしまう時点でなにかがこじれている

自分自身を分析し、これはなぜか苦なくやり続けてしまうということを見つけることが重要

それさえ見つかれば、あとはその道に沿って驀進すればいいんだから

 

仕事が向いてる向いてないとか悩む時点で向いてないのは自明なんだから、いますぐ辞めるべき。まともな大人ならすでに自分の中になにか譲れないもの、これだけはやり続けたいというものがあるはずだ。

一歩踏み出すには、まずは金と世間を完全にシャットアウトすること

金はどうでもいい、周囲の評価もどうでもいい、これでかなりの不自由さが除去できる

 

俺も昔は悩むことには意味があって〜などと考えていたけど、いまは完全に時間の無駄だと思うね。悩むってのは比較可能な対象を天秤にかけるわけだが、そんなものどんぐりの背比べなわけよ。もっと大胆に脱構築的してユニークな解を見つけ出さないと、延々とぐるぐるするだけになってしまう

 

結局、局所最適でのほほんと落ち着くんじゃなくて、もっと大胆にリスク取って全体最適に向かうようなノイズを纏った行動が必要なんだ

 

そのために何百回ミーティングや会議をしたって無意味なのであって、基本的には天啓、とまでは言わんが神秘主義的な体験を経て獲得した新たなパラメータによる人格改革が必要

 

神秘主義という言葉に拒否感があるならば、ある映画を見終わった後に人生変わったとか、ある偉人の伝記読んで目からウロコが落ちて人生観が変わったとか

 

俺が言いたいことはチンケだが、もっと映画や本や音楽に密に接して多種多様な刺激を受けながら人格改造を試みること

俺のライフワークはこれや!などという断言はたんに世界が狭い奴の妥協なので基本無視

様々な分野をとにかく観察してみる、その中でおもろいものがあったら儲けもの

 

でもいちばんラクなのは素直にやりたいこと追求してたら結構需要もあって運良く資本主義システムに乗れるようになること

 

あと問題なのは自分の能力と人格のバランスが悪くて失敗するパターン

能力は高いけど人格に難ありでうまく仕事が回らずとか

 

大学院時代、人工知能の研究をやっていて、局所最適をいかにノイズの力で這い出て全体最適に向かうかについて考え続けていた。全体最適が人類の幸せの最高地点だとすると、現代は人々が自分の心地良い局所最適空間でぼやや〜んと生きてることになる。いわゆる島宇宙化。それはマズいのでプログラマー的にはノイズを注入したいところなんだが、現実社会でのノイズとは一体なんなのか。普通に考えると、ある種の抑圧だったり強制的な習慣を義務付けたりなんだろうな。

 

個人的にはそんな世界に存在していたくないけれど。

 

You Love Me?

愛とはなにか

定義する必要があるのかないのか

それすらわからない

だから自分なりの愛の形を探さなければならない

 

まず、愛の形は変容するということ

そして、特定の人間にのみ内在していないということ

最後に、愛は超越的であり、かつ複数的であるということ

 

いうなれば『超越論的性愛の複数性』の可能性についての考察

処世術

不純物を除去するために俺は寿命を設定した

過去と未来を切断するために

さみしさと欲望を解除するために

 

夢に生き、夢に死のう

ただ、やればいいだけのこと

 

迷宮タウン

ここでじっとしているよりはマシだから夜の街へ出て行く

別ににいいことなんてありやしないけど、綺羅びやかなネオンを見てるとさみしさを紛らわすことはできる

どこにも帰りたくはない

帰る場所なんてとうに捨てちまった

俺は街をさまよう堕天使のよう

助けなんかいらない

助かりたいのなら死ねばいいのだから

人の行方、その先は

早朝、駅へ吸い込まれてゆく人々

足早に駆けて行きなんとか乗車してホッとする人

電車内では、人々の物理的な距離と心の距離の乖離が妙な空気を作り出す

それぞれが目的の駅へ降りていき、その後ろ姿を見てその人の生活を想像してみる

目の前の新聞を広げている中年の男性

この人にも幼少期があり、大切な人がいて今日も労働のために街へ出るのだろう

隣には厚化粧の真っ赤なルージュをつけた女性が足を組んでスマホをいじっている

 

みんなこれからどこへ行くというのだろうか

それは希望の今日か、憂うつな今日なのか

行き交う人々の一人ひとりが生きていて、過去があり生活がある

この東京という街で、人は他者にやさしくできるのだろうか

一人ひとりに優しさを向けられるのだろうか

俺もあなたも生きている

同じ時に同じ場所で出逢えたことに笑い合うことくらいはできる