(英エコノミスト誌 2015年8月15号)
中国共産党は、現在の野心を正当化するために歴史を不当に利用している。
中国の習近平国家主席〔AFPBB News〕
9月初め、中国の習近平国家主席は、北京で行われる大規模な軍事パレードで敬礼を受ける。その儀式は、2012年の政権発足以来、最も分かりやすい権力誇示の場になるだろう。ミサイルや戦車、脚をまっすぐ伸ばして行進する軍隊が居並ぶ場に、習主席が公に姿を見せるのは初めてのことだ。
公式には、今回のパレードは過去の出来事に関係するものだ。
その趣旨は、1945年の第2次世界大戦終結を記念し、中国の歴史の中でもひときわ多くの血が流された1937~45年の日本による中国侵略と占領の時代に亡くなった1500万人の中国人を追悼することにある。
軍事パレードの象徴的な意味
9月の軍事パレードは、中国兵の勇敢さと、アジアのおそろしく侵略的な帝国主義国家に立ち向かううえで彼らが果たした重要な役割を思い出させるものになる。そして、それは正当なことだ。その地獄のような時期に中国が払った犠牲は、もっと広く認識されてしかるべきだ。
中国で全面戦争が勃発した1937年から、真珠湾攻撃により米国が参戦する1941年までの間、中国は一国だけで日本と戦っていた。終戦までに命を落とした国民の数(軍人と民間人の合計)は、ソビエト連邦を除いたほかのどの国よりも多い。
だが、9月のパレードは、単なる過去の追悼ではない。未来に関係するものでもある。中国が第2次世界大戦の記念行事として、厳粛な儀式ではなく軍事的なショーを行うのは、今回が初めてだ。
その事実が象徴するものを、近隣諸国は見逃さず、不安を抱くことになるだろう。というのも、現在の東アジアでは、破壊的で非民主的な大国として勢いを増している国は、もはや神である天皇の支配する島国ではないからだ。その国は世界で最も多い人口を抱え、その国の指導者が抱く将来展望(より強い軍事力を持つ、より豊かな国)は、かつて大日本帝国が掲げていたスローガンにどことなく似ている。