半島国家の悲しきサバイバル術


 ――戦後に成立した大韓民国では、「日本憎し」のあまり、ありもしない歴史が教えられています。

 日本政府が今年の4月6日、中学校で使われるすべての社会科教科書に竹島領有権の主張を含めたことに対し、韓国政府は「日本政府は、韓国固有の領土である独島(ドクト)について不当な主張を強化し、歴史的事実を歪曲している」などと強く反発し、日本側に抗議しました。

ケント 日本政府の提案で教科書問題を2カ国間で話し合えばいい。「韓国側の教科書と根拠資料をすべて出してください。日本側も出します。内容が妥当かどうか話し合いましょう」と呼び掛けるのです。2002~10年まで二度にわたり行なわれた日韓歴史共同研究は残念ながら非公開でした。次は公開でやりましょう。

 ――なぜ韓国の歴史認識がここまで歪んでしまったのでしょうか。

2014年2月、ソウルの「朴正煕大統領記念図書館」を訪れた朴槿恵氏(共同)
ケント 韓国は戦後一貫して自国を「戦勝国の一員」だと主張し、「連合国側だった」と自己洗脳する努力を重ねてきました。しかし1945年の大東亜戦争終結まで、朝鮮半島は「日本領土」でした。これは歴史的ファクトです。いま韓国人と呼ばれる人たちの先祖は「日本人」として連合国と戦い、敗戦の日を迎えました。戦後に建国された大韓民国の国民ではなかったのです。存在しなかった国がどうして「戦勝国」になれますか。

 戦時賠償の件も同じです。いまになって韓国は慰安婦問題などで日本政府に対する個人補償を求めていますが、もともと日本は個人補償をするつもりでした。

 1965年に日韓基本条約を結ぶとき、かつての朝鮮人の軍人や軍属、役人らの未払い給与や恩給などに対する補償を求めた韓国政府に対して、日本政府は、「韓国側からの徴用者名簿等の資料提出を条件に個別償還を行なう」と提案しました。日本は、韓国政府の提出資料を個別に検討し、個人に対する補償として支払うべきは支払って、将来の友好関係へ繋げようとしたのです。日本政府の対応は、法律に適合した真摯なものでした。

 しかし韓国政府は日本の提案を拒絶しました。彼らの主張は、「個人への補償は韓国政府が行なう」ので、それらの補償金は「一括で韓国政府に支払ってほしい」というものでした。日本政府は相手の要求に従い、「独立祝賀金」という名目で、無償3億ドル、有償2億ドル、そして民間借款3億ドルの供与と融資を行なったのです。

 ――日本が支払った金は、当時の韓国政府の国家予算の2倍以上だったといわれています。

ケント 法律論でいえば、日本は韓国に対して、オランダがインドネシアに対して行なったように、過去に投じたインフラ整備費用を請求できましたが、当時の日本政府は請求権をすべて放棄したのです。日本は日韓基本条約において、当時の韓国政府の国家予算の2倍以上の金を支払ったばかりか、莫大な金を投じて朝鮮半島に整備した近代的インフラなどをすべて無償で贈与し、韓国の以後の飛躍的な発展を大いに助けたのです。

 そればかりではありません。日本は日韓基本条約後も、韓国政府に大金を支払い続けています。1997年に発生した韓国通貨危機や、2006年のウォン高騰に対する経済支援、そして08年のリーマン・ショック後の混乱を軽減するための支援など、日本は毎回韓国に兆単位の資金を提供し続けてきました。02年の日韓ワールドカップのときはスタジアム建設費用も提供しています。

 にもかかわらず、これまでに韓国に貸し付けたお金は、まだ一部しか返還されていませんし、日本人が本当に苦しんだ東日本大震災のあとには、サッカーの試合で「日本の大地震をお祝いします」という横断幕を掲げた韓国人サポーターまで出る始末です。

 ――実際に韓国では日本に降りかかった不幸を喜ぶ声が多かったようですね。

ケント 強い者には媚を売る事大主義。強い相手が複数だと二股三股。弱いとみた相手からは「ゆすり」「たかり」で金を巻き上げ、罵詈雑言を浴びせ、酷い仕打ちをする。それが伝統的な「両班」の精神です。大国に翻弄され続けた半島国家が身に付けた悲しきサバイバル術かもしれませんが、政府や国民が両班のような対応をしていたら、国際社会で評価や尊敬をされるはずがありません。良識ある韓国人は、声を上げるべきです。