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R18僕の胸を君に捧ぐ 作者:エノキユウ
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13 夏合宿2

 真夏の夜の海は、寒さとは全く無縁だが、暑苦しさとも無縁だった。さざ波の音が繰り返し耳元で響き、ドクドクとやけにけたたましく自分の心音だけが体内に響く。

 見上げる先にはいつもとは全く違う顔をした上代。
 そんな顔の上代を僕は初めて見た。僕を小動物のように構う時の顔でもなければ、起こった時の顔とも違う。
 どんな時も見たことがない。だけど、とても凛々しくて、綺麗な顔だった。

 目つきの鋭い不良だと思っていた筈なのに、こんな時の上代の顔は、本当に綺麗だ。月光が照らす金の髪がキラキラとしていることも、まるで彼がどこか異国の男のように見せた。

「か、上代の髪って染めているとは思えない位綺麗なんだな」
 あまりにも見つめられ過ぎて、僕は目を反らしながらそんなどうでもいいことを言ってしまう。どうでもいいことではあったが、いつも綺麗に染め上げられた上代の髪は、黒い地毛が見えてプリンになったことがない。余程念入りにブリーチしているのだろうと思ったから、上代から思いがけない言葉を返される。
「いや、これ地毛」
「えっ!」
 まじまじと見上げる。すると上代は気まずそうに言う。
「親族は全員黒髪らしいんだが、俺だけ金髪で生まれた」

「ええええ……。そうなの? ごめん、ちょっとよく見せて!」
 僕がそう言うと、上代は苦笑しながら肩膝をついてくれる。砂の上だから痛くないだろう。
 片膝をついてくれた彼に近づくと、まじまじと上代の頭頂を見た。背の高い彼の頭頂なんてなかなか拝めるものではない。しっかりと確認すると、確かにどこにも黒が混じっていない。純粋な金髪だった。

「あれ、でも眉毛?」
 グイッと上代の顔を両手で掴んでこちらに向けさせる。
 まじまじと至近距離で眉毛を見つめると、その眉はダークブラウンだ。うっすらと金色の混じるそれに、僕は「あ」と声を上げる。
「もしかして、こっちを染めてる?」
「正解。眉まで金だと外国人に見られて色々うるさいんだ」
 男性自治区は国ごとの管理だ。他国への出国も、男性自治区の人間は当然男性自治区間でしか移動はできない。
 家族との面会は全て中間自治区でのみ認められているが、中間自治区に入区するにもいちいち申請をしなければいけないし、その間は政府が認可する男性用ピル──殺精子剤を飲み続けなければいけない。勿論女性自治区の女性も同じだ。
 そうやって、男性自治区や女性自治区の人間が、万が一中間自治区の人間とセックスしてしまっても人口が増えないように抑制されている。
 僕たちの世界は、そうやって自らが滅びないように、人口を調節して、成り立っているのだ。
 確かに遺伝子を残すという種の存続という点では、僕たちは弾かれてしまった存在なのかもしれないが、中間自治区の人間が……少なくとも僕の家族が他地区の人間を下に見た発言をしたことを見たことはない。
 それもそうだろう。その地区には必ず自分の血を分けた近い親族がいるのだから。

 それは国を跨いでも同じことだし、海外の人間がこの島国にくることも多い。
 だから上代が外国風の風貌をしていてもさして驚かれないだろうが……

「外人に同族と間違えられると日本人より面倒なんだ」
「ああ、そういうこともあるのか」

 外見で今度は外国人に道を尋ねられたりするのだろう。確かに異国の地で助けを求めるなら、近い種族の人間に話し掛けてしまう気持ちは分からなくもない。
 異国の言葉で話しかけられて、ムスっとしつつも実は困惑している上代は容易く想像できて、僕は寄せられた眉間の皺を見ながらクスクスと笑ってしまう。

 上代も笑っている僕を見て、眉間の皺を緩める。

 そして、自分の頬に触れていた僕の手を自らの手で上からかぶせるように掴む。

 自分の頬を抑えているような姿勢だが、僕の手が間に挟まれた状態では、僕は逃げられない。

 そんな体勢で、上代は卑怯にも僕に言う。


 僕は逃げられない。


「カイ、好きだ」


 シンプルな告白は、アツヤの絶叫とは全く違って、とても低い声だというのに、波音にも消されず僕の耳に届く。それは当然のことで、僕たちの距離はそれ位近い。
 片膝をつく上代を見下ろす形の僕は、逃ることもできずに、上代の視線に射抜かれる。

 月光の下、しっかりと見つめあう瞳も、漆黒ではなかった。確か濃鼠色と言った気がする。グレーに紫が混じる色だ。鼠と書くのに紫に近い色だったから印象に残っていた。

 上代の目はその色だった。月の光がいつもは黒く見える彼の真実を顕わにする。

 僕は飲まれる。

「カイは?」
 ふんわりと、優しく微笑む顔は、僕が今どんな表情か分かっている顔だ。僕だって見なくても分かる。
 アツヤの時は顔色一つ変えなかったであろう、僕は、今、真っ赤だ。頬がポッポッと熱くなって、それを海風が冷やそうと撫でるのだが、僕の頬の熱はさがるどころか上がる一方だろう。

 つまりは、そこに、アツヤと上代の大きな違いがある。
 そして、その意味を、理由を、上代も分かっているからこそ、こんなに嬉しそうに期待に満ちた目で僕を見ているのだ。


 何か、恋に落ちるきっかけなんて、僕と上代の間にあったっけ?


 上代が僕に恋を向けたきっかけは、多分、アンナのあの時だ。ついこの前。そうだというのに、彼の目は、まるでずっと探していた物を見つけたかのような熱でもって僕を欲する。
 彼の中の何が僕を欲したのか、僕にはわからない。
 分からないが、彼の熱は僕に伝播した。


 だって、移らないほうが無理だろう? 


 触れ合うことも嫌ではなくて、同じような感性で。


 それならアツヤと変わらないかもしれない。だけど、何よりも大きいのは──……


「嫌か?」
 上代の顔が一瞬曇る。僕の手に被せていた手を外そうとした瞬間、僕は上代の顔を引き寄せて、その唇に自分の唇を重ねていた。

 少しだけ唇を重ねるだけの口づけをかわした後、僕は吸い込まれそうに綺麗な瞳を見つめながら、その唇の側で告げる。

「僕も好き」

 触れようとすると逃げようとする。大きな体なのに、どこかしら臆病。
 そのアンバランスさが、僕にはたまらなく「くる」のだということを、上代は多分知らない。言うつもりもないから言わないが、この大きな男の不器用さを、僕は友情よりも強い感情で愛しく思うのだ。


 それが【恋】だというなら、多分そう。


 僕はこんなにも簡単に恋に落ちる。


 上代は僕の手に被せていた手を離すと、強い力で僕を引っ張った。
「うわっ」 
 僕は上代に引っ張られる。上代は後ろに尻もちをつきながら、足の間に僕を囲い込む。砂に両膝をついた僕を、ぎゅうっと上代が抱きしめてきた。

 本当はもっと強く抱きしめたいんだろうな、と分かるほど、上代はぎゅうぎゅうと僕を抱きしめてくる。それでも痛くないのは、上代が頑張ってくれているから。

「上代」
「仁だ」
 上代は自分の名前を僕に告げる。
「ジンと呼べ。カイ」
「了解、ジン」
 知っていたけれど、敢えて言わなかった名前を呼ぶように乞われ、僕はそれを了承した。

 互いに互いが好きだと告げて、キスをして、名前を呼び合う。

「あー……やばい、すごく嬉しい……」
 声を震わせてそうぼやくジンに、僕は彼の腕の中、笑いながら言い返す。

「僕がジンを好きだって知っていたくせに」
 それ位、態度には出ていただろう。ただ、二人が付き合うきっかけがなかっただけで、僕たちの関係は日に日に親密にはなっていたのだから。

「カイだって、俺が好きだって知ってただろう?」
「そりゃあ、あんなに毎日、好き好き言わんばかりの視線で見つめられれば……」
「でも、お前はアツヤからもそういう視線を受けていたから、慣れているのかも……とは思ってた」
 胸元に納められていたので、僕はジンの胸を押して彼の顔を見上げる。

 一瞬、わずかにビクリとジンは強張り、少しだけ僕とジンの間に距離を作った。

 僕は少しだけそれに違和感を覚えたが、ジンは照れたのであろうと勝手に解釈して、僕と同じ位赤い顔のジンを見上げる。

「僕はそんなに厚顔じゃない。情に絆されるときもある」
 僕が意地悪くそう言うと、ジンはヘニョリと眉を下げる。
 あー、もう、そう言うところが可愛いんだよな。

 僕よりずっと強くて大きいくせに、どこか弱い。

 そんなジンを僕は好きになっていた。


 僕はもう一度、今度は下から彼に顔を近づけて、ちゅっとキスをした。すると、ジンの手が僕の後頭部に回り、僕を捕える。
 逃げようとしたが、それは無理で、ジンの唇が僕に覆いかぶさってくる。

 まさに覆いかぶさるだ。

 僕の唇をはむはむと唇で噛みながら、舌先が僕に伺いをかけてくる。
 僕としてはキスさえも未経験だったのだから、もう少し教えてもらいたいのだが、そのまま開いた口の中に、ゆっくりとジンの舌が入り込んでくる。


 うわ。


 痺れるような甘い感覚だった。誰かの唾とか、汚いとしか思えなかったのに、舌先を絡めあい、溢れてくる互いの唾液に、僕は貪るように答えていた。
 声などでない筈なのに、喉奥から何かが溢れだす。

 それは好きだからこそなる現象なのか。それとも、キスってこんなに気持ちがいいものなのか。

 僕には分からない。分からないけれど、とても気持ちが良くて、混じり合う感覚が、病みつきになりそうで……

 気が付いたら、僕は両腕をジンの後頭部に絡ませて、ジンの膝に乗るような姿勢でキスをしていた。

「ん……」
 長いキスの後、口を離すと、銀糸がつーっと二人の唇の間を繋ぎ、やがてプツリと切れる。唾液までトロトロになるほどのキスって、なんだかいやらしい。

 恥ずかしくなって、だけど、なんだか物足りなくなって、もう一度と、ジンの顔を見ると、ジンも目尻を赤くさせて、僕に顔を近づけていた。


 それから、何度も何度もキスをして、なかなか終わらせることができなくて、しまいにはアンナからの携帯着信がキスの終了という、ちょっとムードに欠ける終わり方をした。

 火照った身体を冷ますのはなかなかに大変で、電話の後も少し帰れなくて、アツヤが炭酸水10本を自棄飲みしたと聞いた時は、流石に申し訳なく思ったが、なんだかアツヤらしくて笑ってしまった。
 可哀想だとは思うけど、僕はこんなキスをアツヤとは出来ないだろうなとも思った。

 どうして違う種類の好きが出てくるのか。
 どうしてジンだけが僕の特別になりえたのか。


 この臆病で、だけど勇敢な男はどうして僕に惚れ、どうして僕は彼に惚れたのか──





 どうして。


 ああ、



 どうして、


 僕たちは互いに惹かれあったのだろう。




 本当は、僕が一番好きになってはいけない人だったなんて、僕はこの時、全く分からなかった……
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