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狂王の戦記 作者:第616特別情報大隊

第六の勇者

110/115

攻勢計画レッド・ストーン(5)

……………………

 地下下水道。それは都市の地下を走り、排水は川に出る。

「酷い臭いだ」

 下水道の入り口を封鎖している金属の柵をバーナーで焼き切り、下水道内に侵入した瀬戸とマーウッドのアルファ分遣隊の隊員たち。彼らは、生暖かく、廃液の臭いが漂う下水道の内部を進んでいた。

「上は騒いでいるようだが、地下まで目がいっていないな」
「そのようです。地下に敵の気配はしません」

 下水道の丈夫にある歩道は先ほどから頻繁に鎧の立てる金属音と蹄の音が響いているが、地下下水道にはそのような音はない。マーウッドのライカンとしての敏感な感覚器官も、地下に敵がいないことを知らせていた。

「これなら一気に屋敷の前に出れるな」

 瀬戸は下水道を辿り、東部方面軍総司令部が位置する屋敷の前に出る。出入り口はないが、そんなものは持ってきた爆薬で穿てばいい。

「戦闘準備をしておけ」

 瀬戸はそう告げて、静かに地下下水道を進んだ。僅かにしか足音を立てず、殺気と憎悪を押し殺し、幽霊のように彼らは進んだ。

「この地点です、魔王陛下」

 そしてついに目標である屋敷の前までやって来た。丁度、誰かが水道を使ったのか、汚物を含んだ排水が流れ込んで来る。嫌な臭いが周囲に立ち込め、汚物が粘着質な音を立てて、下水道を流れていく。

 だが、そんなことを瀬戸たちは気にしていない。彼らが気にしているのは、梱包爆薬を使って吹き飛ばす下水道の天井、その先にどれほどの敵が待ち受けているか。それだけだ。

「ブランド。爆薬を」
「オーケー、リーダー」

 マーウッドが指示を出し、ブランドが天井を吹き飛ばせるだけの爆薬の配置を開始した。持ってきた梱包爆薬を天井に粘着テープで貼り付け、吹き飛ばす準備を開始した。

「マーウッド。上の状態は分かるか?」
「人間の話し声がします。アルベリア語。それと複数の足音、巨大なのがいくつかあります。恐らくは例の装甲ゴーレムでしょう」

 瀬戸の問いに、マーウッドが耳をピクピクと揺らして答えた。

 歩哨のものだろうアルベリア語の会話が聞こえ、更には装甲ゴーレムのものだろう巨大な足音が響いていた。

「結構だ。連中をちょっとばかり驚かしてやろう」

 瀬戸は犬歯を剥き出しにして笑った。

「爆破準備完了だ」
「3カウント」

 3秒の秒読み。

 3。隊員たちがHK416自動小銃とミニミ軽機関銃を構え、戦闘態勢を整える。

 2。マーウッドが爆薬によって穴が穿たれるだろう天井を凝視する。

 1。瀬戸がドクドクと心臓を鼓動させ、あらん限りのアドレナリンを解放する。

「やれ」

 スイッチが2回押され、爆薬が炸裂した。

 爆音が響き、重量ある物体が崩れる音がそれに続く。

「な、なんだ!?」

 地下下水道の天井は完全に崩壊し、上にあった歩道の石畳や屋敷の石材が崩れ落ちてきた。土煙が舞い上がる中には爆発に巻き込まれて落下してきた連合軍の兵士や装甲ゴーレムが存在した。彼らは完全に混乱している。

「殺せ。片付けろ」

 瀬戸が引き金を引くのと同時に命令を出した。

 自動小銃が放つライフル弾が連合軍の兵士の額を貫き、下水道の汚物の中に脳漿が混じった。

「装甲ゴーレムを叩く。ブランド、やってくれ」
「任せとけって」

 マーウッドも兵士たちに銃撃を加えながら指示を出すのに、ブランドが時限信管を突き刺した梱包爆薬を手に装甲ゴーレムに駆けた。

 装甲ゴーレムはバランスを崩しており、立ち上がることもままならない状態でバタバタとしている。だが、手には巨大な長剣を握っており、十二分の脅威だ。

 ブランドは装甲ゴーレムが振り回す剣の潜り抜け、既に爆発までの秒読みが始まっている梱包爆薬を、ゴーレムの背中に放り込んだ。装甲ゴーレムは倒れており、背中と地面には僅かな隙間があるだけ。

「ドカン、だ!」

 狭い場所で炸裂した梱包爆薬は、そのほぼ全ての物理的エネルギーを装甲ゴーレムに叩き込んだ。装甲ゴーレムの体が引き千切られ、巨体が天井まで跳ね上がると、ボロボロと崩れ土に戻っていった。

「よくやった、ブランド。マーウッド、このまま屋敷を襲うぞ。2チームに分かれて、片方はお前が指揮し、裏口を押さえさせろ。正面の部隊は俺が指揮する」
「了解、魔王陛下」

 増幅された瀬戸の身体能力。エリザベートのデュラハンとしての身体能力。マーウッドたちのライカンとしての身体能力。それらを駆使し、彼らは下水道から表に開いた穴から飛び出るようにして、展開した。

「しゅ、襲撃──」

 ライカンたちが飛び出てきたのに、警備の兵士がラッパに手を伸ばそうとしたが、その腕ごとエリザベートが兵士の胴体を切断した。内臓がボトボトと零れ落ち、肉片がハルバードを伝って地に落ちた。

「魔王軍だ! 魔王軍だぞ!」

 だが、兵士たちはまだまだいる。

 生き残っている兵士が警報を鳴らし、各地で敵襲を知らせる甲高いリズムが鳴り響いた。怒号が響き、装甲ゴーレムの動く大きな足音が響いてくる。

「敵の歓迎委員会が来る前に仕事を済ませるぞ」

 瀬戸は連合軍の大部隊が押し寄せる前に、司令部の襲撃という任務を終わらせることにした。

 彼は正面のドアをブリーチングチャージで吹き飛ばし、屋敷内に押し入った。

「賊を通すな! 死守しろ!」

 このとき、東部方面軍総司令部の警備に当たっている戦力は僅かだ。

 まずは1個歩兵小隊。彼らの一部は既に瀬戸とマーウッドたちに殺され、屋敷内に防衛線を移しつつある。装甲ゴーレムも彼らの指揮下で、屋敷内に入った。

 そして伝令のために待機している騎兵が数十名。彼らは銃身の短いカービンモデルのHMK44小銃を手に、防衛部隊に加わった。

 最後は司令部要員だ。シェレンベルク元帥を除いた将軍と参謀たちが武器を手にし、司令部を死守するために立ち上がった。

「やる気があるようだな」

 家具でバリケードを展開し、徹底抗戦の構えを見せる司令部の警備に、瀬戸は満足そうに下で犬歯を舐めた。

「勇敢なものは敬意を持って殺せ。あらゆる火力を投入し、全力を尽くして敵を屠れ。それが優れた兵士のあり方だ」
「了解」

 バリケードと小銃で武装している兵士たちに、瀬戸とエリザベート、そして第666特殊作戦群アルファ分遣隊のライカンたちが襲い掛かった。

「ツヴァイヘンダー・リーダーより各員。手榴弾を使って突破するぞ。機関銃は制圧射撃で援護しろ」

 ツヴァイヘンダーはアルファ分遣隊のチームのひとつだ。彼らは狭い室内での戦闘の訓練も受けており、的確な動きを行えた。

 敵の位置を把握して銃撃を行い、手榴弾でバリケードを破壊し、制圧射撃を行いながら室内を移動した。アルファ分遣隊の隊員は互いに援護し、犠牲を抑えて前進している。

 瀬戸はといえば──。

「て、敵が来るぞ!」
「人間か……?」

 瀬戸はエリザベートを従え、廊下の真ん中を進んでいた。

 遮蔽物に隠れることも、手榴弾を使うことも、他の隊員の援護射撃を受けることなく、彼は堂々と廊下を進んでいた。

「どうするんだ?」
「ライカンと一緒に押し入ってきたんだ。敵として殺すしかない」

 見た目は人間にしか見えない瀬戸とエリザベートに兵士たちは困惑ながらも、指揮官の強い言葉で攻撃態勢に入った。

「構え!」

 ボルトを引いて銃弾をチャンバーに送り込み、銃口を瀬戸に向けた。

「撃て!」

 10名ほどの兵士たちが一斉に引き金を引き、轟音と共に硝煙が上がった。

「いいぞ。実にいい」

 銃弾の数発は瀬戸の体を貫いた。肩を、腕を、足を銃弾が貫いていき、血を帯びた弾丸が廊下を抜けていった。

「な、なんだあれは!?」

 だが、頭部などの致命的な部位に向かっていた弾丸が宙で止まっていた。銃弾は宙で停止し、全てのエネルギーを失った状態で床に落ちた。

「さあ。諸君、賭けを始めるぞ。チップを乗せろ」

 瀬戸はニイッと残忍な笑みを浮かべると、手に構えたHK416自動小銃と周囲に現出させたM2重機関銃の銃口を、バリケードで呆気にとられている警護の兵士たちに向けた。

「殺しに来い。さもなければ殺すぞ」

 瀬戸が賭けを始めた。

 銃弾が兵士に叩き込まれ、血飛沫が舞い散る。重機関銃の大口径弾が肉体を引き千切り、赤みがかった肉片で周囲を染める。ライフル弾が臓器の欠片を帯びたまま、バリケードの向こうにかかっていた美しい絵画に命中した。

 銃声が上がり、叫びが上がり、怒号が響いた。

 瀬戸は容赦なく兵士たちを殺そうとし、兵士たちも全力で瀬戸を殺そうとする。HMK44小銃で効果がないと分かれば手榴弾を使い、なんとしてもここで瀬戸を止めようとした。

「支援が必要か?」
「頼む! 相手は化け物だ!」

 バリケードに瀬戸が着実に迫って来る状態で、警護側に援軍が加わった。

「エリザベート。突っ込むぞ。お前は──」
「ケツを守れ、ですね。了承」

 もはや言葉は必要ない。瀬戸はエリザベートを連れて、着剣した自動小銃を手に突撃した。

「お、応戦──」

 指揮官が指示を出そうとしたのを、瀬戸が彼の喉に銃剣で引き裂いて遮った。

「殺し尽くせ。敬意を払って」

 次の兵士に向けて銃剣を振るいながら、瀬戸はどこまでも愉快そうに笑っていた。玩具を手にした子供のように笑っていた。

「殺しはします。敬意については困難です」

 エリザベートもハルバードを手に踊るように戦っていた。

 メイド服のスカートがフワリと柔らかに浮かび、ハルバードが鋭く振り下ろされる。赤いマフラーが靡き、血飛沫が同じような軌道を描いて飛ぶ。

 クルリと回っては敵の首を刎ね、前に進み出ては敵の胴体を引き裂き、後ろにステップしては頭部を叩き潰した。彼女が動くたびに、兵士たちが血の海を作り、その海に沈む。

 近寄れる人間はいない。ハルバードの届く範囲はエリザベートのキルゾーンであり、瀬戸の背後は完全に彼女によって守られている。

「なんだよ! こいつらはなんだよ!?」

 指揮官を失い、味方の半数以上を失った兵士たちは恐慌状態に陥った。

 あるものは瀬戸に向かって着剣したHMK44小銃を構えて突撃して返り討ちに遭い、あるものは逃げ出そうとして背中から瀬戸に銃撃された。

「命を賭けろ。兵士としての義務を果たせ」

 勇敢に向かってくるものを丁重に葬り、逃げるものを罵りながら殺し、瀬戸とエリザベートはバリケードで虐殺を繰り広げた。

「終わりだな。次にいくぞ。マーウッドたちよりも早く、多くの獲物を殺す」
「子供染みていますが、了承」

 動くもののいなくなり、血の海となったバリケードで、瀬戸は次の賭けを求めて廊下を進んだ。

 瀬戸とエリザベート。正面から突入したツヴァイヘンダー・チーム。裏から回り込んだマーウッドたち。

 屋敷は完全な戦場となり、あらゆる部屋で血が流れた。

「戦え! 敵を阻止するのだ!」
「援軍はまだ来ないのか!?」

 そして司令部の設置された広間に、魔王軍の手が伸びようとしている。

「正面玄関方面はもうダメです。完全に敵の手に落ちました」
「裏口にも敵が確認されています」

 悲痛な報告が入る司令部では地図や命令書の焼却が始まっていた。これは、もうこの司令部が敵の手に落ちるという考えの上での行動だ。

「に、逃げるしかない。敵を何とか押さえ込み、広場に向かうのだ。そこでフレズベルクを利用し、都市から離脱する!」

 最初は撤退することを渋ったシェレンベルク元帥も、銃声が屋敷内に響く状態になると外面を気にしている場合ではなくなった。

 このままこの場にいれば、殺される。それも高位の指揮官として拷問されてから殺されるだろう。どこまでも苦痛に満ちた死が待っているという事実に、シェレンベルク元帥の戦意は失われていた。

「では、窓から離脱しましょう。窓から出て、脇道から離脱するのです」
「いや。ここは援軍を待ってから確実に脱出していただきたい。我々の部下たちがここに向かっております。敵の規模はそう大きくはないことは明らかであり、慎重に行動した方が生存率が上がります」

 参謀が述べた意見を、この司令部の警備任務に当たっている歩兵連隊の指揮官が否定した。彼はこの状況でもまだ冷静に判断が行えている。

「元帥閣下には何としても生き延びていただきたい。元帥閣下が戦死なさってしまえば、指揮系統は混乱し、攻勢計画にも支障が生じます。よろしいですか?」
「そうだな。君の言う通りにしよう」

 大佐が告げるのに、シェレンベルク元帥はただ頷いた。

 シェレンベルク元帥は戦略規模での指揮を行う指揮官であり、前線での戦いからはなれて久しい。戦地での感覚はより前線に近い大佐の方が優れているといっていいだろう。

「ここには装甲ゴーレム部隊も配置されています。そう簡単には突破──」

 激しい爆音が大佐の言葉を遮った。

 その轟音と共に屋敷が揺れ、広間のシャンデリアがブラブラと左右し、悲鳴が遠くから聞こえてきた。

「……敵も中々派手にやるようですな」
「どこに行くのだ?」

 爆音が聞こえてきた方向が装甲ゴーレムを配置した地点であると確信した大佐は長剣を手に椅子から立ち上がり、部屋の外に向かった。

「どうやら敵は予想外の手を使うもののようです。元帥閣下は参謀方と窓からでも脱出し、増援部隊と合流してください」
「君はどうするのだ?」

 轟音と屋敷を揺らすほどの衝撃。押し入った敵がただの魔族ではないことは明らかだった。こうなっては、先ほど否定したいち早くこの屋敷から脱出するという選択肢を取らざるを得ない。

「可能な限り時間を稼ぎます。それが職務ですので」
「……分かった。君の勇敢な行為に敬意を払わせてもらう」

 時間稼ぎというが、この場合は死ににいくのと同義だ。

 大佐は胸に手を当てて敬礼して部屋から退出し、シェレンベルク元帥も敬礼を返した後、参謀たちと屋敷から脱出するための経路探しに向かった。

「さて、状況はどうだ?」
「非常に不味い状況です。脱出地点を確保しに向かった分隊はひとりも戻ってきていません。恐らくは全滅したかと」

 部屋の外ではこの屋敷の警護に当たっている歩兵小隊の指揮官が、大佐に現状を報告した。

「防衛線をここまで撤退させたまえ。装甲ゴーレムも集中配備だ。まだここに司令部があると敵に思わせる必要がある」
「了解!」

 大佐がこの状況では的確な指示を出し、小隊の指揮官が了承した。

 生き残っており部隊はこの広間に向かって撤退し、装甲ゴーレムも4体が姿を現した。

「バリケードを作れ。1秒でも長い時間を稼ぐことが責務だ」

 貴族の屋敷なだけあって豪華な家具だが、今はその豪華さを楽しむ余裕はない。純粋に自分のみを守るための遮蔽物として、椅子、テーブル、棚、そういった家具が廊下に配置された。

「既に交戦した部隊はいるな? 相手はどういった連中だ?」
「はっ! 敵はライカンです。ライカンたちが魔王軍の新兵器で武装して侵入してきております。敵の武器は恐ろしい火力です。まるで、野砲のような威力で装甲ゴーレムがいとも簡単に……」

 大佐の問いに答えるのは、既にマーウッドのアルファ分遣隊と交戦した分隊の下士官だ。彼の軍服は随所で裂け、生々しい裂傷が露になっていた。今も血が染み出し、床に滴っている。

「聞いたことはある。敵は小型の野砲を使うという話だった。ゴーレムのハンドキャノンのような武器だと」

 下士官が語り、大佐がそう認識した武器はRPG-29携行対戦車ロケットやカールグスタフ無反動砲のことだ。

 確かにそれらは小型の野砲といえる威力を発揮する。個人の持つ火力としてはかなり強大だ。

「敵が来ます!」

 大佐と下士官が会話を交わしていたとき、バリケードで守備についていた兵士が声を上げた。

「ライカンだな」

 姿を見せたのはマーウッドの指揮するアルファ分遣隊のライカンたちだ。

「殺せ。薄汚い魔族を、奴らに相応しい持て成しで歓迎しろ」
「了解」

 ライカンたちが銃を構えるのと、バリケードの兵士が発砲するのは同時だった。
 鋭い銃声が響き、銃弾が交錯した。

「グッ……」

 ライカンのひとりが銃弾を肩に浴び、廊下の角に下がる。が、それと入れ替わるように別のライカンが姿を見せ、ミニミ軽機関銃でバリケードを薙ぎ払うような射撃を浴びせた。

「アア! アガ……!」

 単発式の小銃と機関銃とでは性能に大きな差がある。機関銃の掃射によって、バリケードから身を乗り出していた不運な兵士たちが銃弾に倒れた。

「装甲ゴーレム、前へ!」

 大佐が指示を出し、装甲ゴーレムがバリケードの前方に歩み出た。

「手榴弾を使え。魔族に叩き込め」

 装甲ゴーレムという遮蔽物を得た状態で、大佐はすぐさま高火力の手榴弾の使用を命じた。兵士たちはそれに応じ、触発式でやや危険な手榴弾をライカンたちが隠れている廊下の角に放り込んだ。

「……頭が回る敵のようだな」

 手榴弾の炸裂音は響いたが、魔族の悲鳴は聞こえない。どうやらライカンたちは攻撃を察知して安全な場所に隠れたようだ。

「まあ、いい。このまま敵を押さえ──」
「大佐殿! 反対方向からも敵です!」

 大佐がこの調子で戦えば時間が稼げると考えていたとき、彼の背後から声が上がった。

「クソ。部隊を分けているんだったな。装甲ゴーレムのうち、2体を向こうに回せ」

 兵士の報告を受けて大佐は振り返りながら、新しい指示を出した。

「新しい敵もライカンか?」
「い、いえ。あれは……」

 大佐、そして兵士たちが視線を向ける先から現れたのは異様なものだった。

 ひとりは大柄な男で皮膚を刺青で覆っている。そしてその男の背後から続くのは場違いすぎるメイド服姿の少女。

「ほう。まだ逃げ出していないと感心だ」
「目標達成が可能であると考察します」

 そう、現れたのは瀬戸とエリザベートだ。

「大佐?」
「殺せ! 撃ち殺せ! 直ぐに、だ!」

 指示を求める兵士たちに大佐は急変したように叫んだ。

 彼の前線で養われた兵士としての直感が、目の前のふたりの人間に見える存在が危険なものだと知らせていた。彼の背筋に冷たい汗がツウッと流れ、心臓が異様なほど速く脈打った。

「了解!」

 大佐の叫びに呼応し、兵士たちは激しい銃撃を瀬戸とエリザベートに叩き込んだ。装甲ゴーレムも前に出て、ハンドキャノンで榴弾を放った。

「ほう。いいぞ。兵士としての義務を果たしている」

 銃弾も、榴弾も、瀬戸は見えざる力で受け止めた。榴弾が炸裂して撒き散らされた鉄片の中から危険なものだけを阻止した。

「愉快だな。そうだろう、エリザベート?」
「理解不能です。早期に戦闘を終結させるべきであると考察します」

 瀬戸が愉快そうに笑いながら自動小銃を構えるのに、エリザベートがハルバードをヒュンと鳴らして構えた。

「そうだな。目的は司令部を壊滅させることだ。だが、過程を楽しむのを大事なことだ。いや、俺にとっては過程こそが重要だ」

 そういって瀬戸は彼の好む戦いを始めた。

 自動小銃から銃弾を放ち、敵の銃弾を受け、痛みを感じながらアドレナリンが解放される心地よさを味わっている。銃声が空気を揺るがすのも、硝煙の臭いが鼻をくすぐるのも、どこまでも瀬戸を満足させてくれるものだった。

「撃ち続けろ! あの男を殺せ! 装甲ゴーレムは前進!」

 大佐は最上級の脅威として瀬戸を認識し、ライカンたちは少数の部隊に任せて銃弾を瀬戸に集中させた。

「フン。これぞ戦争だな」

 見えざる力で致命的な銃弾を受け止めているとは言えど、放たれてくる銃弾の数は膨大で、その速度も速い。

 瀬戸はスローモー──遅滞した体感時間でこの戦場を歩いていたが、それでもいつミスが生じるかは分からない。いつ致命的な銃弾を受け止め損ねて、死体のひとつになるかは分からない。

 だが、それこそが瀬戸の望む戦争なのだ。

「着剣しろ。白兵戦闘用意」

 銃弾を浴びても止まることなく接近してくる瀬戸とエリザベートに、大佐が静かに指示を出した。彼はもう覚悟を決めていた。

 兵士たちは大佐の指示に従い、小銃にスパイク状の銃剣を装着した。

「いいか。相手を殺すことだけを考えろ。それ以外のことは今は不要だ」

 大佐も長剣を構え、バリケード内での戦闘に備えた。

「──来る」

 瀬戸が加速した。増幅された身体能力はライカン以上の速度を出し、エリザベートがその後に続く。

「殺してやる!」

 兵士たちは大佐の命じたように瀬戸を殺すことだけを考え、構えた銃剣を繰り出した。瀬戸とエリザベートの2名に対して、10名近い兵士たちが一斉に攻撃を仕掛けた。

「ハハッ! いいぞ! 戦え! 兵士としての生き様を示せ!」

 瀬戸は自分に向かって突き出された銃剣を腕に突き刺させることで受け止め、他の銃剣を構える兵士には至近距離で銃弾を叩き込んだ。夥しい血が流れ続け、廊下は真っ赤に染まり始めていた。

「装甲ゴーレム! 奴を潰せ!」

 大佐は控えていた装甲ゴーレムに命令を出した。

 装甲ゴーレムはハンドキャノンを銃火器としてではなく、鈍器として使い、瀬戸に向かって恐ろしい力で振り下ろした。

「ゴーレムはつまらん」

 だが、瀬戸は2体のゴーレムが振り降ろしたハンドキャノンを見えざる力で受け止めた。瀬戸にとってゴーレムは彼の戦争を汚す存在だった。まともに相手をしてやるつもりなどなかった。

「爆ぜろ」

 瀬戸は見えざる力で装甲ゴーレムを“解体”した。手足を引き千切り、胴体を捻り切り、鋼鉄の塊を土の塊に戻した。

「さあ。血の通った兵士諸君。俺を殺しに来い」

 瀬戸はバリケードを越え、生き残っており兵士たちを見渡した。

 兵士たちは銃剣を構えているが、怯えてしまっていた。装甲ゴーレムを粘土で作った人形のように破壊した瀬戸に怯え、戦意がガリガリと削れてしまっていた。

「殺さないならば、俺がお前たちを殺すぞ」
「いいや。死ぬのはお前だ」

 瀬戸が侮蔑の眼差しで怯えている兵士たちを見るのに、大佐が長剣を手に瀬戸の前に立った。

「穢れた魔族に名乗る名はない。ただ、ここで死んでもらうぞ」
「結構だ。お前のような指揮官がいるのは素晴らしい。俺を殺しに来い」

 大佐は長剣を構え、瀬戸に向かって突撃した。

 瀬戸は勇敢な相手に敬意を払い、見えざる力というズルはせず、彼自身の力だけで大佐との戦いに臨んだ。

 大佐の振り下ろす長剣を銃剣で受け止め、更には受け流すと、自身の銃剣を大佐の胸に向かって突き出した。だが、大佐も身を翻し、瀬戸の攻撃を紙一重で回避し、次の攻撃姿勢に入る。

「た、大佐を援護しなければ!」
「残念ですが、あなた方の相手は私が勤めさせていただきます」

 他の兵士が瀬戸を背後から攻撃しようとしたのが、エリザベートのハルバードによって遮られた。振り下ろされたハルバードが兵士の両手を切断し、間髪おかず繰り出された攻撃が兵士の首を刎ね飛ばした。

 瀬戸と大佐。エリザベートと兵士。

 彼らの戦いは激しく、血と苦痛が溢れかえった。

「中々の相手だ。尊敬に値する兵士だ」
「当然だ。私は誇りあるアルベリア連邦陸軍軍人なのだ」

 瀬戸もいくつもの裂傷を負って血を流し、大佐も軍服を真っ赤な自身の血に染めている。

「楽しめる戦いだったが、目的を果たさなければならない。最後の決着といこう」

 瀬戸はそういうと大佐の喉に向けて銃剣を繰り出した。

「死ぬのはお前だ」

 大佐は銃剣を辛うじて長剣で受け止めようとしたが、瀬戸の身体能力と高度な戦闘技術によって失敗した。

「グガッ……!」

 大佐は喉に銃剣を受けた。銃剣が主要な血管を引き裂き、気道に血が溢れて口から垂れ落ちた。苦痛。息が出来ず、大量の出血で意識が薄れていく。

「お前はどこまでも勇敢な兵士だった。最大限の敬意を払い、尊敬すべき兵士だ。だが、賭けに勝ったのは俺だったな」

 大佐は出血によってショック状態となり、長剣を落とし、膝を突いた。

「エリザベート。他は片付けたか?」
「殲滅しました」

 瀬尾と大佐が戦っている間に、エリザベートはハルバードで兵士たちを皆殺しにしていた。

「よろしい。では、目的を果たすぞ」

 瀬戸はバリケードで守られた司令部のある広間を開いた。

 だが、そこは完全に無人だった。地図などの情報源は焼却され、残されたものは何もない。シェレンベルク元帥は窓から屋敷の外に出て、連合軍の増援と合流すると、フレズベルクが待機している広場に向かっていた。

「臆病者め。最高司令官であろうと戦うことが兵士の義務だというのに」

 瀬戸は無人になった司令部に不満に満ちた言葉を発した。

「包囲は行っている。逃げられらはせん。捕まえてやれ、マーウッド。そして首を刎ねろ」
「了解です、魔王陛下」

 瀬戸が告げるのに、合流したマーウッドが命令を承諾した。

「では、司令部を壊滅させるぞ。指揮官であるシェレンベルク元帥の首を取り、参謀たちも皆殺しにする。各員、迅速に行動しろ」

 瀬戸は命令を下すと、マーウッドのアルファ分遣隊は屋敷の周囲に各地に展開しつつ、司令部から逃亡したシェレンベルク元帥の捜索を開始した。

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