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0と1の世界 -デジタル・ガーデン- 作者:yoru
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村人Aと襲撃者

「な…な…な!!???」

 京介は一瞬のうちに目の前で起こったことに、魚の如く口をパクパクパクパクさせていた。
 二人の間に突如ガラス板が落ちてきたと思ったら、二人ともそれに向かって手をかざし、飛び散る破片を完全に操って互いにぶつけようとしていた。

「…はは。本日から新番組、超能力少年朔が始まります。乞うご期待!?」

 うわ言を呟き現実逃避を始める京介をよそに、会場内は熱狂に包まれ、皆割れんばかりの拍手を壇上の二人に送る。そして二人は新入生たちに一礼をし、舞台裏へと消えた。

「皆さんも授業をしっかりと学べば、彼らように戦うことも夢ではありません。しかし、人前で己の能力を曝すということは、己の術式を敵に解析され、クラックされるリスクが付きまとう事を肝に銘じてください。それでは新入生の皆さん。実りある学生生活を」

 チーフのその言葉で式は締めくくられた。
 やっと入学式が終わり、生徒は皆解放感を味わいつつ、校舎へ向かう。
外はまだ寒さを感じさせ、春の太陽は力不足だった。

 ホール玄関の花壇は朝露の煌めきを以て生徒を出迎える。
皆それぞれ思いは違うのだろうが、その目は共通して希望の色。学院での3年間に想いを馳せ、やる気に満ちているようだ。

 京介はワイスと1年xクラスの教室に向かいつつ、訊ねる。

「なあ、ワイス。俺、オカシクなったのかな? 何か皆ハッキングとか訳の分からんこと言うし、さっきの朔と会長のアレ、俺には二人がガラスを浮かせてるように見えたんだけど。あれ、CGなのかな」
「……え? 何、お前マジでそれ言ってる?」

 ワイスは創業200年の老舗寿司屋にてチョコレートパフェを注文された頑固主人のようなポカーン顔をしていた。

「いやいや、お前もハッキングは出来るんだろ。…もしかしてお前、天然か?」
「天然? えっと…俺、ハッキングなんてできないよ。てか普通に犯罪じゃん」
「いや、俺が言ってんのはパソコンのハッキングじゃなくてさぁ…。ふ~ん、そっか。まあ、たまにいるらしいけどな。そういうヤツ」

 ワイスはやれやれ、まいったね、どーもという顔で大げさに手のひらを広げ、首を振った。

「よし! 京介クンがクラスで大恥をかかないよう、このワイス様がレクチャーしてしんぜよう!」
「え…、急にどうした? 何でも教えてくれる村人Aみたいなキャラになったな」
「誰が村人Aじゃ! ってそれはまあいいか。お前さぁ…パソコンとかゲームとか詳しいの?」
「………まあ、それなりに知ってるよ」
「お、なら話は早ぇ。じゃあお前、俺の髪、何色に見える?」
突然何を言うのか。そんなもの、1日は24時間、くらい当たり前のことなわけで
「赤だろ?? え、まさか赤に見えるのはバカだから、とか言うのか?」
「いや、赤であってるよ。実はな、これもハッキングで色を変えてんだぜ」

 …何を言っているのか全然分からない。ワイスは、電波キャラなのか!?

「―――って、んな顔すんな! 俺、地毛は金色なんだけどな、この髪の色はヘアスタジオの人がハッキングで赤色のテクスチャを創って、俺の髪に貼り付けたっつーワケ」

 ブリーチで毛染めをするよりもキレイに仕上がり、質感も他ではだせないこだわり仕様。
ワイスの言葉は滑らかに重ねられていく。同時に京介のワイスへの不信感も重ねられていく。

「…へェ。成程。そうなんだ~」
「……………何かわいそうな人を見る目で見つめてんだよ! 一般人的反応すんな! 俺が変なこと言ってるみたいじゃねーか」
「いやいやそんなことないって。大変興味深い話だと思ってるよ。Hahahahaha!」
(やべーよ、コイツ。完全電波少年だよ。ここは適当に話合わせて逃げるしかねーよ)

 教室まであとちょっとで着く。それまでなら俺は耐えられる! そして今後はあまりワイスにはかかわらないようにしよう。この時京介は固く決心した。

「いやいや、待てよ。決心すんな! つーか情報処理科ってのはハッキングを勉強するトコだぜ。んでもってお前もその一員だから、お前もバッチリ干渉者(ハッカー)だからな!」
「モノローグにツッコみを入れるなよ! って、ええええええぇぇぇぇ! 何、この学科の人ってみんなそうなの? 朔も、あのちっちゃい情報処理科生徒会長(チーフ・エンジニア)の先輩も! あのイカツイ学院長も! 俺もその仲間って!?」

 ワイスは自分の赤い前髪をいじりながら自慢そうに笑う。
 京介はまったく話についていけず、なんとか笑顔を作ってみるも、うまくできなかった。

「…まあ、詳しい理論とかは授業で習うんじゃね? 俺はややこしい事はよく知らん。とにかく、目の前で見れば納得できるだろ」

 と、ワイスは目を閉じた。その顔は真剣そのものだ。
ふっと体が軽くなった気がした。何となく世の中のしがらみ、束縛その他なんやかんやから解放され自由になったような…。

「ほらな。今お前のカバンをハッキングしたぜ。カバンは世界から解放され俺の制御下にある」

 ワイスの傍らにはカバンが浮いていた。そして確かに京介の右手で持っていたはずのカバンは無くなっている。カバンは踊るようにワイスの周りを舞っていた。

「――って、はい!!?」
「カバンが浮いてんのが見えるだろ? ってことはお前やっぱハッカーだよ。ハッキングは普通の人には認識できないらしいからな。…へへ、ビックリしたか?」

 ワイスがほんのり頬を染め、ちらりと京介を窺う。男子高校生のほんのちょっとの照れ顔。
(………キモいな)

 これは夢だ。現実の自分は初登校で調子に乗って事故に会い、目が覚めるとそこは知らない天井…。

 京介は漫画でよくある頬をつねるという行為をとった。まさか現実でそんなことをする機会があるとは思っていなかった。が、いくらつねっても場面が変わったりはしない。

「お~い。京介くん? これは夢じゃないぞ~」
「ありえない。情報処理科全員超能力の持ち主だって? でもって俺もカバンを宙に浮かせたりできるって? 確かに俺もかつてはそんな妄想はしたさ。でもそんな妄想は中学生で卒業した。こんなこと、あるわけないだろう?」
「痛っ!」

 京介が現実逃避を始め一人ごちていると、突然ワイスの方から破裂音がし、入学式が終わって色めきだっていた広場に響き渡った。さっきまで踊っていたカバンはワイスの足元に落ちており、ワイスは顔を歪めて頭を押さえていた。

「やべ~。また失敗したわ。てへ♡」

 バカキャラなワイスだが、今は冗談を装ってはいるが本気で苦しそうなのが分かった。

「え、だ、大丈夫か?!」
「いや~、ハッキングって失敗したら頭痛くなんだよな。まあ、俺はこれから勉強してすげー技術身に着けるけどな。」

 本人は照れくさそうにそう言った。ちなみに男が「てへ♡」とか言ってもまったく萌えない!

「でも、この俺の体を張った実演で分かってくれただろ? ハッキングってのが何なのかさ」
「え?…ああ。どうやらワイスが痛い人って訳じゃないらしい。でも、俺そんなこと出来――」
「今√(ルート)を行使したのは誰?」

 言いかけた時、突然何もないところから声がした。それは怜悧な刃物のような声色だった。

「誰だ! どこから喋ってるんだ!? 姿を現せ!」

 京介は恐怖を感じ、見えない脅威に大声を張り上げていた。
その刹那、すさまじい寒気を感じた。まるで頸動脈にナイフを突きつけられているような…。

「君は失礼な奴ね。私はここに居る!」

 何か下の方から声が聞こえた気がしたので、目線を下げてみると…。入学式でステージにちょこんと立っていた情報処理科生徒会長(チーフ・エンジニア)その人がいた。

「ええい、私を見下すな!」

 釣り目で凛とした声。立ち振る舞いは威風堂々。でもちっちゃい。なんか可愛いな、と京介は思った。

 「今ちっちゃいなとか思ったわね。万死に値する!」

 チーフ、鷲月先輩はプルプル震えていたがその姿もやっぱりなんか可愛かった。それにしても、先輩はさっきまでこの辺りには居なかった。急に現れたような…。それともやっぱりちっちゃいから気づかな――

「はぐあぁ!」

 顎にすさまじい衝撃ひとつ。そして空を舞う京介。一体何が起こった!?

「また! ちっちゃいと思っただろう。君はすぐ表情にでるみたいね」

 どうやら鷲月先輩が何かしたらしい。悶絶しつつ抗議しようとした京介の眼下に先輩はいない。いつの間にか先輩はワイスの隣にいた。それでもやっぱりちっちゃ…。とそこまで思いかけたがすんでのところで止めた。次は半殺しにされかねない気がしたからだ。

「√を使ったのは君? 入学式で私の話を聞いてなかった? 学内での使用は原則禁止だと…」

 鷲月先輩は鋭い眼差しでワイスに対峙していた。

「いえいえ、すみませんセンパイ。はしゃぎ過ぎてハッキングをやっちゃいました。でも、√なんてまだ使えないッスよ。あと、こいつでもないッスよ。こいつはまだハッキングのハの字も知らねーみたいだし」

 ワイスは京介を指さして、必死に弁解をした。

「ふむ、そう。確かに君たちからは痕跡は感じられない…。確かにこの辺りで反応が出たんだけど…、まあいいわ。ただし、今後は無闇に授業外では使わないように。これを犯した場合、すぐに我々情報処理科生徒会(エンジニア)が駆けつけ、地獄を見ることになるので努々忘れないように。あと、私は今成長期なの! すぐに背も伸びる!」

 一通り注意を行った鷲月先輩は満足そうに頷いた。と思ったら次の一瞬文字通り、消えた…。

「おいおい、あれが“遍在者”鷲月レイ先輩かよ……。マジでどこでも現れるな」

 呆気にとられていた京介の隣でワイスが興奮気味に囁いた。もう頭痛は大丈夫そうだ。

「え、ワイスあの人のこと何か知ってんの? ってかヘンザイシャって?」
「ああ。この学院の情報処理科生徒会長、鷲月レイって言えばかなり有名だぜ。何か校則違反したり、“禁止ワード”を言ったりしたらどこでもすっ飛んで来るってな。んであまりにも神出鬼没だから“偏在者”……つまりどこにでもいるって異名が付けられたっつーわけだ」

 なるほど。たしかにいきなり現れた。それにしても“禁止ワード”とは何だろうか?
 もしかしてちっちゃ…。いや、やめとこう。そこはかとなく寒気を感じた京介は自重した。

「ちなみに偏在者って言うのもNGらしい。本人いわく犯罪者、と聞こえて不愉快、だそうだ」
「…なかなか面倒臭い人だな」
(あの変な人が束ねる生徒会っていったいどんな集団なんだ? 大丈夫かよこの学校)
「っておい、ヤバい。ホームルームの時間来てんじゃねーか」

 ワイスに言われて時計を見て、京介は顔を青くした。いきなりの遅刻はまずすぎる。
 特にこの学院は、何が起きるのか予想もつかない気がする。

 ふと周りを見渡すと、さっきまでの喧騒が嘘のように、世界に京介とワイスの二人だけ取り残されたかのように、その場には誰もいなくなっていた。
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