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スネークハント

作者:高城征希
この小説はお試し版です。
警視庁には閉ざされた地下10階がある。
その存在は一介の署員には知らされておらず、上の人間と一部の所属員だけが知っている。一番奥まった通路の先、その先の部屋には屈強な警備員が常駐しており、その人たちが守るIDゲートを通り、指紋認証式の専用エレベーターで降りると一枚のドアが立ちふさがる。そこ眼識認証で許可されると特務課への扉がやっと開かれるのだ。
1フロアに通常業務室、会議室、資料室を伴った機械室、そして居住区等全て詰まった広大な空間。その中の一室、私は通常業務室のドアを開けて踏む入れた。

「おはようございます!」

「おはようございます、磯山さん」

抑揚のない声で挨拶が返される。
この部屋に一番に出勤する人物は私が一週間前配属されてから変わらずすめらぎ 翔吾しょうご警部だ。艶のある黒髪をオールバックできっちり固め、一切姿勢を崩さずデスクを見渡せる一つだけ突出した席に座り、目を離さず淀みない速さでキーボードを叩いている。この態度に嫌われているわけではないとわかったのは昨日、誰に対しても何をしても感情の起伏が出ない彼に私はこういう人なのかとようやくわかったのだ。
私は自分のデスクに鞄を置き、給湯室に向かった。

「皇さん、珈琲淹れますが皇さんも飲みますか?」

「はい、お願い致します」

まるで機械のような上司への配慮も決して忘れはしない。決して冷たいわけではない、心身共に変化の少ない人なのだ。

「みうちゃーん、お・は・よ」

「うぎゃっ!!」

給湯室に入った瞬間後ろから抱きつかれて私は悲鳴を上げた。気配を消してこんな軽薄な事もするのはこの課では一人しかいない。後ろに手を回し、顔のそばにある頬を爪を立てて思いきり抓った。

「いだっ、いだいいだいっっ!!!」

「堂坂さんおはようございます!!朝からここにいるなんて珍しいですね!」

慌てて飛び退いた隙に彼との距離を空けて、手首に嵌っているサイコロジスタリに手を当てた。

「あんまりふざけるようなら首をパーンと飛ばしますからね」

「ちょ、わかった!わかったよ!!くび とばすのだけはやめて!」

片言のような独特なイントネーションで喋りながら慌てて首に埋まっている金属片に手を当てて、腰を引きながら堂坂慎どうさか しんは更に距離をとった。
サイコロジスタリは私たち特務課の刑事が身に着けている緊急時特務犯者対策措置システムで、堂坂たち特務犯者が着けている端末と連動してあり、いざという時身を守れるようになっている。例えば首を端末内部に設置してある内部爆弾で飛ばすなどだ。

通称、特務犯者。正式名称は特別刑務免除犯罪者。
近代日本で奇妙な事件が目立ち始めた。
加虐性の増した、普通の人間には決して不可能な殺され方で死んだ死体が増え、そしてその事件らを追う過程で、ある時一部の人間がもつ特殊能力が発見された。所謂超能力と言われるものや瞬間的に異常に筋肉を発達させたり体の一部を変化させたりするもの、IQ値が高いなど脳に関するものが異常に発達しているものたちだ。
彼らは反社会性を掲げる者たちが多く、不可解な事件はほぼ彼らによる犯行だった。
通常の警官では太刀打ち出来ないと悟った上層部は、既に捕まえたそれらの犯罪者の中でも従順な者と取引を交わし、特別刑務免除犯罪者と役職をつけ、同じ特殊能力で犯罪を行うものたちを確保する使い捨ての駒としてリードをつけて使役するようになった。
目には目を、歯には歯を。
彼らのおかげで一時は半数を割った検挙率も軒並み上昇し、犯罪を犯すものもグッと減った。
そしてその彼らのリードを持つ立場の人間、それが私たち特務課の刑事である。


「もう おれが ゲイってしってる くせに」

「知ってますけど、それとこれとは別ですし、堂坂さん別におかまさんってわけじゃないでしょ。心も体も立派な男だってわかってるんですからね!」

サイコロジスタリーから手を離し、距離を保ちつつも珈琲を淹れはじめるとちゃっかり自分の分のマグカップも用意して私と皇さんのマグカップの横に置いた。
地毛だという毛髪量の多い白髪によれよれの白衣。腰高めにワイシャツをぶかぶかのズボンの中にインし、昔流行ったと云われる“ヲタク”のような格好をしている。
人好きがする垂れ目の優しげな顔立ち。
人畜無害そうに見えるがこの男は爆弾テロとサイバーテロをゲームと言って繰り返した大量殺戮者だ。運動嫌いの彼の細いガリガリの腕では直接私のことをどうにかするなんて出来るようには見えないけど、特務犯者には要注意しなくてはいけない。
ヘッド型の堂坂は私には考え付かないような事を仕掛けてくるかもしれないからだ。

出来上がった珈琲を3つ分のマグカップに淹れ、ずいっと堂坂のカップを差し出すと嬉しそうにありがとうと言って受け取った。34歳には決して見えないのは焼けていない白い肌と笑っても一本も皺がないせいだ。
自分も皇のカップを持って移動しようと両手塞がった状態で彼の横を通り過ぎようとした瞬間、耳元に口を寄せられた。

「みうちゃん こころもカラダもなんて やらしい いいかた」

「っ、、堂坂さん!!」

火傷しても知るものか!!
ぶっかけてやろうと構えた途端、きゃあ、おこったぁ!と言って逃げだしていく自称ゲイに私は朝から疲れて長く息を吐き出した。
配属初日から変わらない態度に辟易しながら、皇のデスクにカップを置くと目線はPCのまま短くありがとうと返された。
この人も配属から何も変わらないんだっけ。
何度も言うが決して冷たい人でもないし、偉そうな態度をとっているわけでもないのだ。
そうではないけど、もう少しありがたみのある態度をして欲しいっていうのも本音ではある。

デスクに戻り、珈琲を飲みつつ近くにあった分厚いファイルを開く。
私の場合、配属して間もないので捜査要請がない今は過去のファイルを漁って、知識を頭にいれていく作業が優先になる。犯罪の検討をつけるためには似たような事件を思い出すのが手っ取り早い。特殊犯罪の場合犯行自体特殊なものばかりなので過去から推理することも多々あるのだ。

「うぃーす、磯山、はよ」

「おはようございます!八ツ木橋先輩」

顔をあげると隣のデスクに飄々とした見えてるのか見えてないのかわからない程の細目の持ち主がひらひらと手を振っていた。八ツ木橋健太郎やつぎばしけんたろうさん。役職的には同僚だが、もう何年もここにいる先輩だ。
元総合格闘家で腕っぷしの強いこの人は私と同じ警察に所属していて、犯罪者ではない。

「あ゛、だから先輩いらねって、柄でもねぇし。健太郎でかまわねぇよ」

「でも!私配属されてすぐの新人ですし」

「関係ねぇって!堅っ苦しいの嫌いなんだよ!」

「じゃ、じゃあケン・・さん、、とか?」

捜査上健太郎さんとはなんとも呼びずらいから、何とかあだ名っぽいものを提案してみると気に入ったのか次からそれで呼べ!と言われてしまった。本当は苗字で呼びたいのだが、苗字は呼ばれるのが嫌みたいだからしょうがない。もう、自分は私のこと苗字で呼んでる癖に自分だけずるい。
珈琲まだあるかと聞かれて頷くと、給湯室から湯気を立てたマグカップを持って部屋の外に出ていった。おそらくヤニ時間だろう。相当なヘビースモーカーな八ツ木橋は一日のほぼヤニ時間で過ごしている。
彼の黒いクセっ毛がドアの先に消えてすぐ、頭一個分ぐらい下にひょっこりと金色の頭が飛び出した。
金髪の低身長はここには一人しかいない。


「潤くん、おはようございます」

そう声をかけると、少年は嬉しそうに顔を赤らめこちらに走り寄ってきた。

「美雨さん、おはよう。美雨さんが出勤は朝にするっていうから僕頑張って起きたよぉ」

可愛らしい小鳥が囀るようなハイトーンボイスで話しかけてくるこの春日潤かすがじゅんくんもれっきとした特務犯者だ。美少年と言っても過言じゃない愛くるしい表情を浮かべて話しかけてくるこの子が人体をを捩じったものを美術品と呼び、かつて連続殺人事件を起こしていたなんて、捜査資料を見た今でもなかなか信じられないでいる。

「美雨さんの夢見たんだよー。美雨さんが初めてここに来た時の夢。ふふっ、ほんと理想の女神様が現れたって思ったんだ。僕が作りたかった美術品の理想そのままだったんだよぉ」

ただ、美術品という表現を使った時に現れる恍惚とした表情は決して常人とは違うもので、サイコロジスタリから出てる対特殊能力者用のシールドがなければ一瞬にして彼のサイコキネシスで私が彼の美術品になっていたんじゃないかという思いが離れることはない。
長い前髪から微かに見える彼の蒼い瞳は私ではなく私を加工した姿を常に見ているのだ。

「潤くんそんな女神様だなんて照れちゃうよ」

「ホントなんだよぉ!ずっと僕の部屋に飾っておきたいくらい」

社交辞令で返した私に更に熱を込めて語り、強張った私の手をぎゅっと握ってきた。
大丈夫、この部屋には皇さんがいる。
危ないと判断すれば彼のサイコロジスリが彼の首を飛ばしてくれるはず。
そう思っていても、泣き出しそうな程私の心臓は怯えバクバクと鼓動が早まっていった。

「おい、潤。あんま近づくと首飛ばされるぞ」

低く喉が焼けたような声がして、ハッと見上げると声の主は潤の後ろに立っていて、ポカリと軽くその頭をこずいた。

「興平くんが殴ったぁ!」

「ぅえっ!?」

「あ、コラッ!!」

決して痛くはないはずだが、こずかれた部分を押さえ、縋るように私の胸元に顔を押し付けてくる潤に狭山興平さやまこうへいは三白眼のせいで怖い顔を更に怖く歪ませて、春日の首根っこを摑まえて無理矢理引きはがした。

「あんたも、こいつの顔可愛いからって油断してると甘く見られるからな。19歳なんだから、あんたの胸に縋ってんのもわざとだかんな!隠してるようだがあんたそれなりに胸あるだろ。こいつはそれ、わかってんだよ」

「え、えぇっ!?ええぇぇっ」

慌てて胸元を押さえ、春日を見やるとバレちゃったというように舌を出し肯定していて私は顔がほてっていくのを感じた。そして何よりこの13歳くらいにしか見えない彼が19歳だったっていうのにものすごく衝撃を受けていた。

「こいつはそこらへん投げておくから、今度からは自分で自分の身は守れよ」

首根っこを摑まえたまま離れていく2人、いや狭山を見る。
180は超えている身長に細い体、長い手足。そのどこにボディ型の特殊能力が備わっているのか教えて欲しいものだ。荒くブリーチをかけ肩まで伸ばし束ねた髪が揺れ、まるで蛇のようだ。そういや彼の三白眼も細い顔立ちもどこか蛇を想像させる。


自分の身は自分で守れなんて言って、自分は強姦犯な癖に。


彼の犯罪歴は連続強姦致死罪、殺人罪。
珍しく自身の特殊能力とは関係のない犯罪を犯し捕まった犯罪者だ。
過去に何があったかは詳しくは知らないが、一週間彼と接した感じ強姦などそんな犯罪を感じさせない一番の人間だった。顔に似合わず真面目で世話焼き。
今も助け舟を出してくれたのだ。



やはり、彼らは私の追う犯罪者ではない。


デスクに向き直し、私は右手の薬指嵌るシルバーの指輪をそっと撫でた。
それは彼の形見の品だ。
私が誰もが嫌がる特務課に配属を希望した理由はたった一つしかない。



復讐。
私の恋人は特殊能力者に殺されたのだ。

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