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汚い校舎に、割れ鐘のようなチャイムの音が響く。
「赤目さん、カバンお持ちしまっす」
「今日は真っ直ぐ帰りますか? 赤目さん」
「あ、赤目さん。先日は――」
ガタンッ。
わらわらと集まってくる不良共を威嚇するように、俺はわざと激しい音を立てて立ち上がる。
ウゼェ。
なんでこいつらに付きまとわれないといけないんだ。そして何より――
「なぜ、俺を赤目と呼ぶ」
「えっ、そ、そう呼ぶように言われましたがっ! 赤目さんがそう呼ばれたがってると、喜市さんが――」
あの野郎、殺す。
横目で喜市を睨むと、楽しそうにウインクしてきやがった。気持ち悪ぃ。
学校から出ても、相変わらず不良の団体は俺に付いて来た。
最近では俺たちWING――喜市が辞書から取ってきた名前だ――はここら一帯で有名なものになってきている。不本意ながらその親玉ということになっている俺の顔もそこそこ売れてしまっているらしい。
本当に、迷惑も甚だしい限りだ。
俺は後ろを付いてくる奴等を無視して、喜市の横を歩いて家へと向かう。
たまにこいつ等も家に押しかけて一しきり騒いでいく事もある。親こそめったに家にはいないが、いきなり不良集団を連れてくるようになった俺に家の使用人達は驚いているようだった。
……俺に一番身近なメイドのマリさんだけは、なぜか「いい傾向です! やっぱり萌えは不良ですよね!!」とか言われたが。普通、不良と付き合うのは悪い傾向なんじゃないだろうか。
「でも結局売られた喧嘩は買っちゃうんだよねー、秀たん」
俺の横を歩いていた喜市が楽しそうに言う。こんな地元商店街を歩いていても数人の女性から声をかけられる喜市に俺は内心呆れていた。どれだけ顔が広いんだ。
「当然だ。なぜ中学生相手に逃げなければならない」
「自分に売られた喧嘩じゃなくてもさ、皆が怪我したりしたら報復してるじゃん」
「? こいつらに怪我をさせたって事は、俺に喧嘩を売ったという事なんだろう? 当然の行動だ」
「……やっぱり秀たんは総長に向いてると思うよぉ? ちょっと惚れそう」
「気持ち悪い事を言ってんじゃねぇ。お前は例の西中のガキでも追いかけてろ」
「俺だって追いかけたいよ……って、あ、あれ!!」
ふと喜市が何かに気付いて大声を出した。
その視線の先には、西中のブレザーを着た一人の生徒。
俺たち東中に並ぶ不良校に相応しく、そいつの髪は金色に染められている。
いかにもな馬鹿な不良スタイルだ。
「うわ~、ラッキー。今日も見れたぁ」
「……って、おい。まさかあの金髪が例の可愛い子とか言うんじゃないだろうな」
俺はそいつを指差して思わず喜市に確認をとる。こんな、不良バリバリのガキが可愛い!?
しかし喜市は首を傾げて俺を見返してくる。
「そうだよ~。可愛いでしょ?」
「てめぇ眼科行って来い」
「あ、あの野郎!」
俺たちの話している後で、誰かが大声をあげた。
「間違いねぇ、この間のムカツク野郎だ!」
「赤目さん! あのチビに東中の奴はけっこう被害受けてるんスよ!!」
一人が叫ぶと、次々に他の奴等もその金髪についての情報を叫びだす。どうやら、こいつは相当東中から恨みを買っているらしい。
その金髪チビも俺らに気付いたのか、ゆっくりこちらを振り返った。
「……なんだテメーら。誰がチビだコラ」
それは、思わず人を黙らせるような威圧だった。
さっきまで口々にコイツの恨みを声にだしていた奴等が一斉に口をつぐむ。その横で、喜市だけが楽しそうに目を細めて笑っていた。
……仕方ねぇな、俺が返すしかないのか。
「どうみてもチビはお前だろ」
俺の言葉に、ソイツは「ああ?」と顔を顰めながら近づいてくる。
見かけも言動も完璧な中学生のガキ。本当に、喜市はコイツの何処がいいと思ったんだ。
「テメー、名前は?」
俺の事を睨みあげてくる、チビ。
そこら辺のブリーチで髪を染めた事が丸分かりの痛んだ金髪。
情けない事に俺の周りにいる奴等はビビッているから気付いていないだろうが、よく見れば肌の色がかなり白い。小さくて赤い口は可愛いと言われれば納得できないこともない。
しかし、この眼つきがそのすべてを裏切っていた。
何がそんなに気に入らないのかと、尋ねたくなってしまうような怒りを孕んだ目。
眉間のシワは、思わず触って確かめたくなるほど深い。
「やっほー。この人の名前はねぇ、赤目だよー」
まじまじと顔を見つめていると、横から喜市が覇王とかいうこのガキに話しかけた。
って、待てコラ。その名前を当然のように出すな。
「あか、目……?」
そいつは少し首を傾げながらもその名を口にする。
ああ、こうやってまた一人俺=赤目と呼ぶ奴が増えたじゃねーか。
「赤目さん、やっちまいましょう!」
俺の後で誰かが叫ぶ。その声を聞いて、金髪のチビが身構えた。
へえ、こいつ、この人数でもヤル気なのか。
少し感心しながらも、俺は片手を挙げて後のやつらを制した。
「大人数でかかるなんて、卑怯だろ」
俺はそういう事をするのは嫌いだ。
東中では入学早々毎日のようにやられたからな。
俺が周りの連中を黙らせると、金髪のチビが少しだけ意外そうに片眉をあげた。
「お前……名前は?」
さっきと同じ問い。けれど今度は俺が直接答えた。
「三枝、秀人だ。西中の覇王」
俺が「覇王」と呼ぶと、そいつは嫌そうに顔を顰める。ひょっとすると、「覇王」っていうのは俺と同じで不本意につけられた名前なのか。
「――哲也」
そいつは、一言、はっきりした声で言った。
「奥主 哲也だ」
オクヌシ テツヤ。
俺はその名前をを口内で呟く。
「お前の顔と名前は覚えたぜ、東中の赤目」
にやりと笑ってそいつは真っ直ぐ俺を見る。
西中の覇王が、まったく他人の名を覚えないなんて勿論この時の俺は知らなかった。
だから、周りの人間や喜市でさえも覇王のその言葉に驚いていたという事にも気づかなかった。
その次にソイツが口にした言葉に、気をとられていたから。
「でも――俺の方が、強い」
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