熱戦続く夏の甲子園。うだるような暑さのなか、1回戦から決勝まで、バックネット裏から全試合を観戦している人たちがいるのをご存じだろうか。人呼んで「8号門クラブ」。毎年、全国から集う筋金入りのファンたちだ。8号門とは、バックネット裏の中央特別自由席に通じる門のこと。メンバーは100人ほどいるらしい。このうちの1人の男性(61)に甲子園にかける思いを語ってもらった。
甲子園で繰り広げられる熱戦。バックネット裏にはいつものオヤジたちが集う=西宮市の阪神甲子園球場 |
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試合が始まれば強い日差しを一日中浴びるから、顔は真っ黒。汗まみれでシャツは塩をふいて所どころ白くなる。それでも毎日が楽しくて、疲れなんてない。甲子園大会のために1年かけて体調を整えてきたからね。
高校野球は一度負けたら終わりのトーナメント。一瞬一瞬にかけるひたむきな姿がいい。その姿をおれは一番近いところで見たいだけ。
テレビをつけてごらん。どの試合だってバックネット裏はおれの仲間ばかり。いつもラガーシャツを着て観戦する「ラガーさん」、黒シャツを着た「黒シャツさん」。常に彼らが最前列近くに座っているはずだから。
ラガーさんは東京から来てる。開幕前日のリハーサルも最前列で見るために、その前の日から8号門前に並んだんだって。高校野球はすべて自由席だから、早く並んだ者がいい席をとれる。ラガーさんは1日の試合が終わると、翌日の試合に備えてすぐに並ぶんだ。そこで朝を迎える。
おれは朝4時半に球場に行く。阪神甲子園駅に始発電車が到着する前じゃないと、別の人に並ばれてしまうから。自宅は神戸だけど、この時期は球場近くの短期賃貸マンションを借りている。1日4千円ほど。大会期間中の15日間で6万円はかかる。
昼飯は朝のうちにコンビニで買ってベンチの下に氷水と一緒に置いておく。そうすれば腐らずにすむでしょ。球場の売店で15日間も食事をとると、高くて金がもたないよ。
甲子園の全試合を観戦したいがために、会社の慰留を断って退職した男もいる。勤め人は15日間も夏休みがとれないだろ。「熱闘裏甲子園」とロゴを入れた白いポロシャツを毎年作ってきて観戦している男だっている。「熱闘」を「ネット」とかけているのはわかるよね。
定年後に西宮に移り住んだ者もいる。80歳を超えた先輩もいるから、公務員を辞めて間もない60歳過ぎのおれなんて、ここでは若輩者ですよ。
仲間同士、争わず楽しく観戦するために暗黙のルールがある。プレーしている球児に失礼だと思うから、球場でビールは飲まない。他人のお気に入りの席は、いくら早く入場しても横取りしない。気持ちよく見るためには気遣いも必要だからね。