ネットバンキングのWindows10対応 最近、銀行のIT担当者と話をすると、話題はもっぱらマイクロソフトへの不満ばかりです。というのは、平成27年7月29日に開始されたWindows10無償配布が発端です。今まで主流だったブラウザのIEに替わってMicrosoft Edgeが標準搭載されたのですが、銀行がプレビュー版での動作確認をしたところ、多数の問題のあることが判ったからです。業界紙ニッキンなどは、一部の銀行で推奨環境の対象外としたり、利用者に10へのアップグレードを見合わせるようにとアナウンスしていると報道しました。実際には、一部どころかほぼ全てのIB提供銀行が同様の対応をとっています。海外でも同じような状況です。 面白いのは、単に互換性に問題があるとの告示ではなく、Win10の導入を見合わせるようにと、10に問題があるかのような表現をしていることです。銀行界のMS社に対する不満が読めます。IEは日本では過半数シェアの実質ディファクトです。他の業種でも同じ問題が起きている筈ですが、銀行だけ突出した動きです。お金に係わるサービスを提供する銀行としては、慎重を期すほかないということでしょう。特に法人向けIBでは問題が深刻化する可能性があるので、Win10の導入は、銀行側の確認と対応が完了するまで待ってくれというのが銀行の本音なのでしょう。 Microsoftは更に銀行を怒らせる施策を打ち出しています。同社はブラウザ施策を大幅に変更しつつあり、来年1月12日からテクニカルサポートとセキュリティ更新対象を最新バージョンのIEのみとする旨発表しています。対象外となる組合せは、Vista/IE7&8、Win7/IE8〜10、Win8/IE10です。わが国IBは、XPとIE6をベースとしてきましたので、急にWin10とEdgeに変えろと言われても困りますし、そもそも、利用者にWin10への変更を強制することもできません。いっそ、ChromeかFirefoxに全面変更したいとの声も出ます。今は殆どの銀行がWindows/IEかMac/Safariの組合せだけです。 とはいえ、Microsoftにも都合があります。日本では法人も個人もWindowsとIEが実質標準ですが、グローバルではそうでもありません。ブラウザではChromeが約5割でIEは19.9%です。3位のFirefoxが17.9%とIEを抜くのは時間の問題とされています。更に、個人では脱PCが進みスマホ中心に変っています。モバイルのOSやブラウザでは、Android(ブラウザ機能はOSに組み込み)とiOS/Safariの組合せが殆どです。MS社としては、何としてでもモバイルの世界でも一定の地位を確保したいでしょうし、その為にはPCとモバイルを一体化させる必要があります。日本の為だけに製品戦略を変えるわけにはいきません。 モバイルの世界では、多様な動作環境が目まぐるしく進歩・変化しています。アプリ提供者は、頻繁な動作確認作業に悲鳴をあげます。それをカバーすべくマルチプラットフォームや確認テスト用のツールやサービスが欧米で普及し、日進月歩です。しかし、日本では余りニーズがありません。Microsoftに変化のスピードを抑えて貰えば済むからです。IT産業を垂直統合から水平分散させるというウィンテルの流れを日本では垂直統合ビジネスモデルが抑え込んだということです。 何故、こうなってしまったのでしょう。PC製造ベンダーが何社もあり、Mac以外の全社がウィンテルInsideというビジネスモデルにしたからです。ベンダーにとっては、厳しい技術開発競争を避けられましたし、利用者は安定して継続的な利用が可能でした。MS社にも居心地の良い市場だったことでしょう。ただ、日本以外は違いました。近年はIEで表示できないサイトが増えました。特に海外のサイトに多い。筆者は仕方ないのでChromeとSafariをPCにインストールしておき、ブラウザを使い分けるようにしています。IEがなくなっても特段困ることにはなりませんが、問題はIBです。どの銀行もIE前提だからです。その場合はスマホバンキングに変えようと思っています。IEとは関係ないからです。 ネットサービスを提供する金融機関は、今後、デバイスのOSやブラウザ更新にどう対応するつもりでしょう。経営陣はこんな問題があることも聞かされていません。今まで以上に動作環境は多様化して頻繁に変化します。今のように外部委託して、ネイティブでアプリを作らせていると、コストの殆どを動作確認に費やすことになります。汎用機による勘定系オンラインよりもレガシー化が進むことでしょう。動作環境変化を吸収させる仕組みが必要となります。それをコンテンツ・マネジメントやデバイス・マネジメントのツールやサービスで行なうのか、当該システムのレイヤー整理を行なってネイティブ対応するのか。それとも、ベンダー丸投げでアプリよりもプラットフォーム変更対応を重視するのか。大きな分岐点に差し掛かっているようです。十年もすれば、モバイルが銀行チャネルの主軸となります。今、判断することは、経営に大きな影響を与えます。 利用者の推奨環境の扱いも頭の痛い問題でしょう。特に法人向けの場合、ウチは当面XPを使い続けると言われて、責任は持てませんよと言いながらもXPサポートを継続している内は、リスクとコストを膨らませることになります。営業部門の要求に、IT部門が異を唱えることは難しい。経営陣は、良きに図らえと言えば良いのでしょうが、行政当局や株主にどう説明するのか。そういえば、最近、機関投資家の間で金融機関のIT戦略や投資に対する関心が急速に高まっています。皆さん、とても懐疑的です。IR説明会などで経営陣が回答に窮する場面が増えることでしょう。面白い動きです。
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