「歴代内閣の立場は今後も揺るぎない」。安倍晋三首相が戦後70年談話でこうした考えを明確にした。戦後50年の村山談話を大きく書き改める談話になるとの見方もあった。おおむね常識的な内容に落ち着いたことを評価したい。
談話作成の過程で注目されたのは、村山談話にある「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「心からのおわび」の4つのキーワードの有無だった。安倍首相が「侵略の定義は定まっていない」として戦前日本の行いが侵略かどうかについて明言を避けてきたからだ。
キーワード盛り込む
「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」。安倍談話は1931年の満州事変以降の日本が「世界の大勢を見失って」「進むべき針路を誤り、戦争への道を進んでいった」と断定した。「戦争の苦痛をなめ尽くした中国人」など、中国の国民にじかに語りかけたかのような記述もあった。
韓国を念頭に置いた部分は少ないが、「植民地支配から永遠に決別」すると誓い、戦地での女性の被害にも言及した。
村山談話の「遠くない過去の一時期、国策を誤り……」という表現と比べて、何を反省すべきかをはっきりさせたのはよいことだ。憲法9条を引用したような言い回しは憲法改正論議にも影響を与えよう。
安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を掲げ、村山談話や従軍慰安婦に関する河野談話に否定的な発言を過去にしてきた。
だが、昨年取り組んだ河野談話の検証は中身を全否定することにはならなかった。今回の安倍談話も村山談話と基本線は同じだ。
「できるだけ多くの国民と共有できる談話づくりを心がけた」。首相は記者会見でこう語った。今回の談話づくりでは閣議決定せずに安倍首相の個人的な見解の形で表明することが検討された。閣議決定のあるなしのニュアンスの違いなどは政権の内部でしか通用しない話だ。きちんと公明党と与党内調整を行い、閣議決定したのは当然である。
談話を発表し終えたから、これで一件落着ではない。大事なのは談話を踏まえ、これから何をするかだ。安倍首相は歴史の細部にこだわるのではなく、どうすれば未来志向の外交関係を築けるかに傾注してもらいたい。
4月のインドネシアでの日中首脳会談で中国の習近平国家主席は「歴史を直視する積極姿勢を発信してほしい」と注文を付けた。中国は9月3日、北京での軍事パレードなど「抗日戦争勝利70年」の記念行事を予定する。中国にとって特別な年である点も踏まえた日本へのけん制だった。
安倍首相の談話に対し、中国内からは批判的な見方も出ている。
とはいえ、キーワードがすべて盛り込まれたことで、中国政府は「主張が一定の範囲で取り入れられた」と自国民に説明できるのではないか。
3年もの長い間、停滞した日中関係は昨年11月以来、2回の首脳会談を経て、交流拡大に動き出している。特に4月のインドネシアでの会談では、習主席が首相に9月訪中を直接、招請した。
未来志向の外交を
軍事パレード参観は難しいにしても、首相は時機をはかって中国を訪れ、談話の中身を直接、丁寧に説明すべきだ。あわせて、談話でも意識したように、中国の一般民衆に向けたメッセージを現地で発信するのが望ましい。これを未来志向の新しい日中関係の礎にすべきだろう。
韓国ではメディアが安倍談話を早速批判した。日韓の和解は容易ではないが、今年は国交正常化50年という節目の年でもある。日韓はともに米国の同盟国で、主要な貿易相手国でもある。安全保障や防衛、経済で協力する余地はいくらでもある。日韓双方が未来に向けた善隣協力を進めるときだ。
いまだ実現していない日韓首脳会談を早期に実現させる必要がある。朴槿恵(パク・クネ)大統領に安倍政権の歴史認識への疑念があるのなら直接ただし、互いの信頼を築いていく道もある。
「できるだけ多くの国民と共有できる」というフレーズは70年談話にだけ当てはまることではない。安全保障関連法案への国民の理解はなぜ広がらないのか。安倍首相はこの機会にそうしたことにも思いを広げてほしい。
首相は日本という国を代表する立場にある。国民の多数の意見を幅広くくみ取って政権運営に努めねばならない。