70回目の終戦の日を迎えた。300万人を超えた国民の犠牲を悼むとともに、周辺国などに残した深い傷に思いをはせる。そして平和国家を築くことを決意した戦後の原点を見つめ直す日である。
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きのう、戦後70年の安倍晋三首相談話が閣議決定された。
注目の談話は、どう表現するかより戦後50年の村山富市首相談話の文言が入るかが問題になった。結局、それを引き継ぎ「植民地支配」「侵略」を認め、「反省」「おわび」を盛り込んだ。一方で「戦争と関わりのない世代に、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」とした。
談話の文言が焦点となったのは首相の言動ににじむ歴史認識に、中韓両国だけでなく、米国からも疑念を持たれたからだ。2年前の国会答弁では「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない」と述べ、「侵略への反省」を記した村山談話に否定的な見解を示した。
今回、安倍カラーを抑えて村山談話の「侵略」「おわび」などのキーワードを明記した背景には、政権への逆風が強まっていることがある。安全保障法案への厳しい批判は続き、11日に再稼働した川内(せんだい)原発1号機への反対の声も根強い。文言継承の是非で内外の論争を引き起こすことは避けたかったのだろう。
会見で首相は、大戦への反省とおわびを表明した「歴代内閣の立場は、今後も揺るぎない」とし、「不戦の誓いを堅持していく」と強調した。だが、談話発表までの複雑な経緯から、国民や周辺国の人々の心に響いたかは疑問と言うしかない。
埋まらぬ溝
70年を経ても、埋まらない歴史の溝がある。7月、中国と韓国を訪ね、あらためて考えさせられた。
中国南京市にある「南京大虐殺記念館」。炎天下でも入館ゲートで順番を待つ人の波は途切れない。
日中戦争中の1937年12月、旧日本軍が当時の中国国民政府の首都・南京を占領し、中国軍の敗残兵や捕虜、一般市民を虐殺した。
川辺に積み上げられた遺体の数々、裸で立たされている女性、幼い子どもの亡きがら…。当時の写真や文献、映像など約7千点を展示し、旧日本軍の残虐行為をあぶり出す。「抗日戦争勝利」70周年の今年、新館がオープンする。
韓国・ソウルでは、旧日本軍による従軍慰安婦の被害を象徴する「少女像」が、道路をはさんで立つ日本大使館を強いまなざしで見つめていた。普段は落ち着いたオフィス街だが、毎週水曜日になると元慰安婦を支援する団体などが日本政府の公式の謝罪を求めて抗議集会を開く。
歴史認識をめぐる対立は、虐殺による犠牲者数、慰安婦募集時の強制性の有無、といった点に集中しがちだ。しかし、その違いをもって事実を否定する論理は国際社会では通用しない。事実を受け止め、なぜ溝が埋まらないのかを議論しなければ、国際社会の信頼も得られない。
歴史認識とは、今を生きる私たちが過去の事実をどう受け止めるかであり、「今」が問われる。
歴史の逆説
だが、安全保障関連法案の審議で、安倍首相らが「中国脅威論」を持ち出して安保環境の厳しさを訴える場面が目立つ。韓国とは首脳同士が会えない状況が続いている。
希望があるとすれば、関係悪化を憂い、改善を求める日本の国民が多数を占めることだろう。
共同通信社の戦後70年に向けた世論調査では外交で最重視すべきは「アジア諸国との関係」が42%で最も多く、中国、韓国との関係改善を求める人はそれぞれ7割に上った。
平和国家の歩みを評価し、その礎となった憲法を尊重する国民の意識も鮮明になった。憲法を「このまま存続すべきだ」は60%。「変えるべきだ」の32%を上回った。
国民の懸念が高まる中、安倍政権は集団的自衛権の行使容認や自衛隊の海外活動拡大へと突き進む。70年談話では柔軟姿勢をアピールしようとしたが、「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げる安倍路線そのものは変わってはいない。
この国はどこへ向かうのか。
政治学者の丸山真男は半世紀前、「二十世紀最大のパラドックス」で歴史においては逆説(パラドックス)がしばしば起こるとし、「8・15」の意味についてこう述べた。「帝国主義の最後進国であった日本が、敗戦を契機として、平和主義の最先進国になった。これこそ二十世紀の最大のパラドックスである」と後世の歴史家に言わせることにある、「そういわせるように私達は努力したいものであります」と。
日本は「平和主義の最先進国」に向け歩む努力を70年間重ねてきた。それは誇るべきことだ。平和国家のかたちを変えてはならない。節目の終戦の日にあらためて誓いたい。