自分は某難関美大のデザイン科を出た後に情報系の大学院を出て、今はエンジニア兼デザイナーやってる。出自の関係もあり、色々な顔を使い分けて仕事をしているので、(よほど極端な意見を除けば)デザイナーやそうじゃない人々の意見はどれもある程度は理解できる。
で、結論から言えば、盗用問題は「デザイン界云々」というよりは、日本のものづくりの環境がダメすぎるから起きているという認識だ。
一言で言えば「分野に関わらず、ものづくりに対する無理解と無リスペクション」の一点に帰結する。
諸環境が改善されなければ、(分野に関わらず)似たような問題は今後も頻繁に起こりうるだろう。(というか起こってる。)
ということで、「ものづくりに対する無理解と無リスペクション」に関して、「デザインじゃない分野でもあることだよね」ってことを出来るだけ分かりやすく書き殴っていこうと思う。個々の事例は馴染みのあるものだ。別に新しいことを書いてるわけでもない。また、最後には身内褒めの一側面について分かる範囲で書きます。
以下に前提をリスト化した。(また、匿名ダイアリーだと脚注が自動化できないので、脚注は手動で末尾にまとめた。見づらくて本当に申し訳ない。)
まず、馴染みのある例で説明したい。エンジニアやプログラマ畑では以下のような、精神を病みかねない惨状の中で仕事をしている人たちは多い。これをとりあえず「ダメな環境」と呼称する。
で、色々な分野のプロジェクトに顔を出していると、上に挙げたようなダメな環境ってのは、特定の職種に限った話ではなく「クリエイティブ系の仕事をしている人々に共通しているなー」と気付く。幾つかの単語を置き換えるだけで、別分野の炎上プロジェクトに置き換えられるのだ[3]。
御存知の通り、会社の規模が小さくなればなるほど、ダメ環境にさらされる可能性や頻度は上昇する。そして、話題のサノケンに限らず、広告代理店から独立したアートディレクターの個人事務所は、実はどこも社員が10人以下の零細企業だ[4]。で、事務所によっては環境が熾烈すぎて、ここには書けないような酷いこと[5]も普通に起きており、離職率も非常に高い。常に複数の案件を同時並行でやっているからチェック体制もろくに働かない。所属している下っ端デザイナーがダミーデータに既成品を使ったら、それがうっかり世に出て後からライセンス問題をクリアした話もたまに聞く。納品データの不備は日常茶飯事だ[6]。ましてや代理店に勤めてるアートディレクターやクリエイティブディレクターですら不眠不休の人が多い。(まあその分稼いでるからいいんだろうけど)
ん?これ、エンジニアの環境と一緒だ。と思い至るわけです。というか、コンピュータの前に座って働く系の人達みんなそうじゃね?
デザインクラスタの人が「デザイナーが不当に貶められている」と主張する匿名ダイアリーもサラッと読んだけど、別にそうは思わない。何かを作ることを生業にしている人々みんなが、ダメな環境下に置かれているだけなのだ。「誰かに上から目線でdisられてると思ったら、実はその人も同じ立場だった」って感じ。
ものをつくりだす仕事というのは、それがソフトウェアであれ、デザインであれ、音楽であれ、映像であれ、本当に大変な仕事。本当に大変な仕事なんだけれど、「ダメな環境」で挙げたような「周囲の無理解と無リスペクト」っていうのはあちこちに蔓延っていて、その仕事が大変だということが外野からだと分からない。それが結果的に労働環境を著しく悪くしている。「お前らずっと座ってるし、俺らと違って楽なんだから、もっと沢山仕事しろ。あ、でも予算はカットね!」みたいな。いやいや死んじゃいますって。
例えばWIREDにはアメリカのクリエイティブ環境についての記事があるが、そのタイトルにも「労働環境と教育と、つくり手へのリスペクト」とある。
http://wired.jp/2014/07/23/creative-hack-tour-in-la/2/
アメリカの環境がベストとは言わないが、日本の環境よりはまともそうである。少なくともこれくらいの環境になるように、様々な分野のつくり手に対する理解が必要なんじゃないかと思うわけです。
でも、現状は全然ダメだよねっていうのが、日本の座って作る系の労働者の環境問題で、その問題の一端が盗用問題に現れてるよね、というのが自分の考え。盗用問題というキャッチーなマターに注目しがちだけど、形は違えど傍観者だと思ってた自分達にも起こりうることだよね、とフンドシをキツく締め直してるわけです。
代理店畑の人たちが、お互いを褒めあってる件。(ダサイクルって言うのを初めて知った。)これって文芸・芸術系のどの分野でもある現象。良いか悪いかは別としてね。それについてもちょっと書きます。
極端な例を挙げれば、不協和音がガツガツ鳴ってるような現代音楽などは、シーンの規模が異様に小さく、一言で言えば「誰も聴いてない」ような状態。そんな状態のシーンを首の皮一枚で維持させているのが、○○現代音楽賞というような賞と、○○現代音楽作曲家協会みたいな組織。これによって受賞した現代音楽家を権威付けし、まあなんとか食える状態にしている[7]。
代理店畑の人たちがお互いペロペロしているのは正直どうかと思う(以前に有名な賞の審査風景を目の当たりにした時に強く思った)けれど、こういう同業者を評価するような制度が無いと、芸術ってどんどん矮小化していくので、それはそれで「ダメな環境」の素地になりかねないと考えている。
ただデザイン系の賞が、昨年だか一昨年に「日展」が問題になった[8]ようにはならないんじゃないかなと思う。上述のように、デザイン系の賞の審査過程審査過程に立ち会ったことがあるが、審査対象作品の作者は"一応"分からないようになっていて[9]、審査員もみんな真面目に全出品作品を熱心に審査していた。大雑把に言って、その審査過程にはある程度(ある程度ね)透明性と信頼性があるようには思えた。また、賞を取れてない作品の大部分が控えめに言っても箸にも棒にもかからないようなクオリティだったので、結果として同じ人たちが賞をとってしまうのも頷けた。(どの分野でも神がかったクオリティのモノを作れる人は数えるほどしかいない。)ここらへんは実際に現場に関わらないと分からないことだとは思う[10][11][12]。
「ダメな環境」に端を発する問題が起こると、それが原因で環境がどんどん悪化していって、最後にはアウトソーシング化 → ダメだ思ってた環境そのものが、気付いたら無くなってなるんじゃないかと危惧している。これはデザイナーに限らず、あらゆる分野で起こりそうだから気をつけた方がいいよね!と思っている次第です。
[1] エンジニア、プログラマー、デザイナー、音楽家、映像作家などなど。
[2] 法的にはベルギーのデザイナーが勝訴する可能性は低いらしい。また、個人的にエンブレムについてどう思うかは、このダイアリーの内容とは関係ないので割愛する。というか、ロゴの資料用に分厚い本を沢山持ってますが、鬼のように似たようなロゴ沢山あります。シンプルになればなるほど同じようなロゴは多い。寧ろそういうロゴの本では系統別に分類されて、似ているものを敢えて沢山並べている例だってある。一般的にロゴ・エンブレムが盗用かどうかというのは本当に微妙なラインの上で判断しなければならない。自分にはそういう判断は出来ない。
[3] トートバッグの件は分かりやすくて、「部下がライセンス的にアウトなコードをコピペしちゃった」のとかなり似ている(だからってサノケンに責任が無いわけじゃないけど)。因みに今の美大は著作権教育に熱心。それでも盗用しちゃったんだから、多分パンの写真撮りに行く時間すらなかったんだと思う(真面目に言ってます)。まあどんな理由があっても完全にアウトだけど。
[4] 乱暴に言えばスタークリエイター(例えばサノケン)がいなかったら吹いて飛ぶような会社である。どれほど貢献しようが、下っ端デザイナーの名前は小さくクレジットされるだけ。
[5] 書けません。
[6] かと言って下っ端デザイナーを沢山雇えば解決するかというとそういうわけでもない。スタークリエイターが沢山いれば変わるかも知れないが、個人事務所は大抵ワンマン体制である。
[7] 現代音楽なんてデザインと比較にならないくらい「食えない」分野だ。金持ち以外は作曲家になってはいけない。因みに、そういう芸術関連の賞には企業がお金を出してたりして、「ウチは文化的な企業ですよ!」とアピールできて一石二鳥。ウィンウィン。
[8] 権威ある人に菓子折り持って行ってヨロシク!って言うと受賞する。
[9] ただ、その年注目を浴びた有名な作品だと作者が誰かは分かっちゃう。これはしょうがない。
[10] そういう賞の審査はパクリを糾弾する場所じゃないので、盗用問題からは一旦切り離して考えよう。ただ、一般的に「これ、あれに似てない?」と思われたら評価は著しく下がる。因みに審査の際には大きいスペースを貸し切って、数百にも及ぶ作品を見逃しがないように並べ、場合によっては数日かけて侃々諤々と審査してます。審査する方スタッフも最後の方は憔悴。スタッフとして手伝ったけど、審査過程はオープンで、審査員間での談合のようなものはなかった。
[11] ここでは身内褒めと呼ばれる事例の内、デザイン系の賞のみを取り上げて語っている。出来レースと呼ばれてるっぽい?エンブレム審査の事例に関しては情報が少なすぎるので、曖昧模糊な憶測になってしまう。憶測は大声で言わない。
[12] 「デザイナーにしか判断出来ない賞に意味があるのか」という言説についても言いたいことは凄くよく分かる。ただ、例えば長い間歴史に埋もれていたバッハを、同じ作曲家であるメンデルスゾーンが再評価したように、本当に優れたモノは同業者にしか分からない場合も多々ある。そこらへんのおばちゃんに優れたコードを見せたところで、理解はしてくれないけど、それが糞コードを書いていい理由にはならない。現代美術も一見わけがわからないが、しっかり学ぶと美術史に限らず現代に通じるあらゆる思想や哲学の文脈を踏襲していて、評価軸が分かるようになる。物事を判断するためには「前提」となる知識が必要というのは、本当は敢えて書く必要すらない、知の本質的な一側面だよね。ただ、デザインや広告の場合には諸芸術とは違い「誰にでも伝わる」「不快に思う人がいない」ようにしなければいけないので難しい。そういう意味で、デザイン系の賞はデザイナーの技巧を評価し、一般層に対しての遡及度という点は広告系の賞(○○広告賞)で評価されると思ってもらってもいいかも。因みにメンデルスゾーンは、作曲家としてはよりは、バッハを再評価した人物としての評価が高いらしい。(10へぇ)
知らんけど、こういう、自称「内部の事情通」ってのはホント気持ち悪いな。 別にお前がどうこう言わんでも既に言われてることやちょっと調べりゃ分かることだけだわ。 匿名のい...
すごい、どこを読んだら承認欲求どうこうって読解できるんだろうか。。 はてな村は今日も平和です
みんな目を覚ませ!ホワイト企業なんて無いんだよ!!!
つまり十分な報酬、ゆったりとした環境が用意されればトートバッグのような問題は起こらなかったに ちがいない。という予想か。 俺は余り変わらないと思うけどね。 やっつけ仕事し...