2015年8月16日13時06分
戦後日本の転換点を巡る二つのアンケートには、計1449件の回答が寄せられました。戦後のスタートから15日でちょうど70年。最終回の今回は、戦後はいつまで続くのか?という質問に対する回答から、作家の東浩紀さんに、私たちがいま生きる戦後社会の特徴を読み解いてもらいます。
70歳以上の人たちの回答に、はっとさせられるものが多かった気がします。激動の時代を生きてきた体験を通し、主張の違いはあれ、語らずにいられない大切なことを、自分の言葉で発していた。
■「敗戦」時12歳。友だちの死を何人も見てきました。せめて100年は「戦後」として為政者は反省して欲しい。二度と戦争はすべきではない。(男性・70歳以上、「戦後」はまだ当分続く)
■私たちは日本国憲法を支えに立ちあがったので、憲法の精神が根付かないうちは戦後。徹底した民主国家であるはずが、成熟せず崩れつつある現在は戦後です。(女性・70歳以上、「戦後」はまだ当分続く)
■今まで一度も戦後などと思ったことはありません。広島、長崎の人たちにとっては悲惨で70歳以上には忘れられないでしょう。ですが若い人たちにとっては意味のない言葉で、マスコミだけが使ってるような気がします。(男性・70歳以上、「戦後」はすでに終わっている)
そうした発見があった一方、全体として僕が抱いた印象は、「のっぺりして多様性に欠ける」でした。これだけの数の回答が寄せられながら、戦後について語られたのは憲法、日米安保、沖縄、中国・韓国との外交、経済成長やバブル経済といったテーマ。安保関連法案が大詰め、というタイミングが大きかったとはいえ、70年という時空間の大きさを考えれば、枠組みの狭さは否めないと思います。
同時に、「戦後がまだ続く」派と「すでに終わっている」派で、リベラルか保守派かがくっきり分かれるような、国家観や社会観の対立も見られない。ジャーナリズムや論客が使うクリシェ(決まり文句)も目につきました。「いまはすでに戦前」という表現とか。職業、地域、どんな生活を送っているのかなど、個人としての顔が見えにくかったですね。
極端な話、一度、先の戦争について考えることをやめたらどうでしょう? まず大戦の評価から入ることが、日本人の多様な政治的思考を奪っているように僕は感じますから。護憲か改憲か、議論が結局そこに収斂(しゅうれん)していってしまっていますから。
この70年の日本社会で、変わったこと、進んだことは、たくさんあると思う。たとえば水俣病などの悲惨な公害体験を経て、日本は環境に配慮する国になった。あるいは中森明夫さんが「戦後の転換点」でアイドルについて挙げておられましたが、米国の娯楽産業にある程度、拮抗(きっこう)する映像文化を作ったクールジャパンのような現象も、画期的です。戦後の転換点は幾つもあった。社会の実相はもっと多様で、一筋縄でいかない複雑さをはらんでいたのではないでしょうか。
もう一つ強調しておきたいのは、回答の多くが日本一国の平和や経済をどう守るか、といった内向きな話に終始していたことです。21世紀のグローバルな世界で日本がどんな役割を果たすのか。そういう未来への使命感がない。そんな死角を指摘した回答は、だから新鮮に映ります。
■世界のあちらこちらで戦争は続いています。自分の国が巻き込まれていないから、関係ないでは、グローバル社会には通用しない。現状の戦争とは全世界に被害が拡散する兵器も多い。サイバー攻撃などはあっと言う間に広がるでしょう。地球規模で考えなければ、国はおろか、地球という惑星の存亡に関わってくる。(男性・50代、「戦後」というとらえ方が間違っている)
山崎正和さんが先週掲載の対談で、「麻酔」という言葉を使っておられましたが、戦後日本は、国家論や文明論がまさに麻酔をかけられていたわけです。主権をめぐる議論をしてこなかった。日本という国が何をしたいのか、めざすのかという問題意識が希薄なまま、やってきた。結果として、人に面倒を見てもらうのはイヤだ、自分が先頭に立つのもイヤだ、嫌われたくもない――それが、今の日本ではありませんか。
戦後社会のある種のゆがみと呪縛を、今回のアンケートは反映しているといえます。なぜそういう状況にたどり着いたか。「論壇崩壊」と言われる、近年の言論状況の劣化が大きいのでは。連想ゲームのように、賛成か反対かの二者択一を迫り、「結局、××でしょう」と単純化させるやり方が蔓延(まんえん)しています。
人文的な知の衰退も関係している。デモや署名活動といった政治的行動が大切という風潮が強まっていますが、僕は懐疑的です。議論とは本来、短期的には役に立たないもの。それを承知のうえで、そもそも平和とは何か、そもそも国家とは何か、といった根底的な問いかけをしていくのが言論活動する僕らの役割ではないか。中長期的には、そこから別の視点が生まれ、豊かな言論文化をかたちづくっていく。
他方、いま人々が未来志向になれないのは、ここ数年の出来事も大きいでしょう。民主党政権が失敗に終わり、東日本大震災であれだけの被害をもたらした原発も、一部で再稼働した。本来、戦後社会の決定的な転換点になるはずだった出来事が、そうなりえませんでした。未来に期待が持てないから、人々の目が過去に向いても不思議はない。
「戦争について話すのをはやめたら」と提案しておいて、なんですが、戦争体験者が確実に減り、まずは知ろうという機運がここ数年盛り上がりつつあること自体は、もちろん悪いことじゃない。日本人はアジアへの加害者だった事実を「なかった」ことにするだけでなく、原爆や東京大空襲という戦争犯罪の被害者だった事実も忘れ、抗議一つ、米国の意向待ちですから。
■香月泰男という画家が好きだ。シベリア経験を絵で表現し続けた。戦争の記憶は、当事者のみではなくコミュニティーや民族としての痛みとして語り継がれると思う。記憶は70年経とうと時間の経過だけで忘れられるものではない。(男性・60代、「戦後」はまだ当分続く)
もともと血縁でなく地縁が強く、会社という中間共同体もこの20年で壊れてしまった日本社会は、ばらばらな個人化が進んでいます。そこで戦争という「痛みの共同性」をどうやって取り戻し、維持するのか。難しい問題ですが、やはり教育が重要になってくるはずです。
日本社会の可能性は、政治のとらえ方をいかに豊かに広げていくかに、かかっている。地域にいくらお金を落とすかが問われる現場べったりの政治と、イデオロギーの政治と。中間がすっぽり抜けている。でも、そのあいだに僕らの日常、ライフスタイルとつながる政治の芽があるはずです。「戦後」が次のステージに行くことがあるとすれば、僕はこの「ライフスタイルに根ざす政治」が本当に力を持ってくる時だと思います。(聞き手・藤生京子)
◇
71年生まれ。著書に「一般意志2・0」「弱いつながり」など。小説「クォンタム・ファミリーズ」で三島賞。新憲法草案の執筆、福島第一原発観光地化計画の企画ほか、出版社ゲンロンを拠点にイベントや講座を開催。
■捉えどころない、だから語り合う(高久潤)
「戦後」という言葉は、人をちょっと冗舌にさせる力を持っているのかもしれません。戦後はいつまで続くかを尋ねたアンケートへの回答は1309件。理由がぎっしりと書かれたものが多いのが特徴でした。
選択肢では「この先も『戦後』であり続けるべきである」(40代女性)など、「『戦後』はまだ当分続く」が最も多く、その次に「敗戦後の痛みやハングリーさを感じてる世代がほぼいない」(30代女性)など「『戦後』はすでに終わっている」が続きました=グラフ。
憲法や戦争への不安、戦後補償を巡る近隣国との関係といった、似通った記述が多かったのは、東浩紀さんの指摘の通りです。その意味で、回答から透けて見える戦後の社会像は、70年という長い年月を経ても多様とは言い難いのかもしれません。
1980年代生まれの私も答えを考えました。「当分続く」を選ぶところまでは、1秒で終わるのですが、理由を書こうとすると止まってしまう。「戦後」という言葉でイメージする社会像は確かにあるのですが、いざ書くと、平和や憲法、あの戦争といった言葉が出てきます。自分が生きている社会の実感から遠のいてしまう、そんなもどかしさを感じます。
戦争を実際に経験していない人が人口の8割を占める今、実感を伴って戦後を語るのは簡単ではないでしょう。かつて丸山真男も「戦後民主主義の虚妄の方に賭ける」(1964年)と語ったように、言ってみれば戦後という言葉は昔からずっと、捉えどころがなかったのかもしれません。でも、だからこそ、何かを書きたい、語りたい人が多いように、このアンケートを通じて感じるのです。語り合いながら、一緒に社会像をつくりあげていく――そのための言葉として「戦後」があるのではないでしょうか。
◇
このシリーズは藤生京子、高久潤、稲垣えみ子、鈴木繁、刀祢館正明、畑川剛毅、真鍋弘樹が担当しました。
◇
アンケート「いじめはなくせる?」を朝日新聞デジタルのフォーラムページ(http://t.asahi.com/forum)で実施中です。ご意見はasahi_forum@asahi.com
へ。
おすすめコンテンツ
PR比べてお得!