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Blue angel <1>
※こちらはHPで公開中作品で、黒背景を苦手とする方向けに転載しております※
ジャンルを「ファンタジー」にしようか「恋愛」にしようか迷って前者としましたが、世界観は現代。メインの二人が異世界の人たちなので「ファンタジー風味」として読んで頂ければと思います。
光る空から白い羽。引き裂かれた空間から黒い翼。
ふたつが時を同じくしてこの世界に現れる。
特別なことではない、これは日常。決して人に目撃されることはない、日常。
何故ならばその刹那、この世は時間を止めている。
誰が管理するのか知る者はいない。
――ただどこかで全てを見届けたように。
ふたつの影が現世へ降り立つ絶妙なタイミングで、時は再び動き始める。
人に、幸福と勇気を与える為に降り立つ天使。
人に、誘惑と快楽を囁く為に降り立つ悪魔。
万人の心に潜む光と闇が形を成して現れる。
迷える人の心に呼び寄せられたふたつは、今日もまた葛藤を繰り返す。
ふわり、ふわり。
闇夜の空中遊泳を楽しむ一羽の白い鳥。――否、それは鳥ではなく人に近い姿をしていた。
くるくると全体的にカールしたプラチナブロンドの髪。髪の色より濃い金色の瞳。天使、と呼ばれるそれが悠然と動かしていた翼を閉じた。
細長く伸びた五階建てのマンションの一室。【kimoto】の表札が掛けられた扉の前で衣服の乱れをチェックする。全身を白で統一した“制服”の胸元に、黒い斑点を見つけた。汚れは軽く手で払えば簡単に落ちた。
「よかった。白は汚れが目立つから気を使うんだよなぁ」
几帳面な性格は時々損だと思う。
多種多様な汚れに対応するだけのブリーチ剤を揃えたりだとか、こまめにクリーニングに出したりだとか。稼ぎに見合わない消費をしている気がするからだ。
この仕事も頑張らなきゃ、と気持ちを切り替えて向き合った扉。一礼してから“抜けて”いく。
たやすく物体を擦り抜ける能力を持つ彼らは、どこからでも侵入は可能だ。けれど決まり事のように毎度玄関から失礼するのは、彼―クオン―独自の「礼儀として」の習慣だった。
「お邪魔しまーす」
挨拶も欠かさない。間延びした挨拶は印象を下げる、と常日頃から上司に叱られている。ふと思い出して舌を出した。
声はこちら側が意識に呼び掛けない以上、人に届くことはない。
「またあなたなの!? もう、なによこれ! 嫌がらせ? ストーカー? 全くいい度胸してるわ」
故に嫌悪感丸出しで反応を示した女の声は、人のものではないのだ。
一見するとレザーのような質感の黒い翼を背中につけた女。
ぴんと襟を立てたひと繋ぎのパンツ型ボディスーツは肩が剥き出しで、艶めかしい丸みとくびれをアピールしながら脚の付け根ギリギリのラインで終わっている。耳下で切り揃えられたショートボブの髪も、艶のある爪も形良い唇までも黒で統一された彼女、カンナ。
悪魔、と呼ばれる先客だった。
「いいえ、決してストーカーというワケじゃ。僕は仕事も少なくてヒマなので、すぐに呼ばれてしまうんです」
「クオン! ひとつ言っとくけどね」
「わああっ!!」
ずいと近付いたカンナにクオンが後ずさりする。
「カンナさんの格好は目のやり場に困るのであまり近寄らないで下さい、って言ってるじゃないですかぁっ」
「うるさい! 話を聞きなさいよ! いい? あたしをあなたと同じ暇人扱いしないで。この間【ラング】に昇格したんだから」
どうやら離れてくれる気はなさそうなカンナの態度に、両手で顔を覆っていたクオンが「えっ」と十本の指に隙間を作って驚きの声を上げた。
「それは凄いですね、中級ランクの最上位じゃないですか。おめでとうございます! さすがだなぁ。僕なんてあと何年【エンジェル】のままなんでしょうか……」
くしゃり表情を崩しながら頭を掻く天使が言うのは、天使の中でも最下級の階級だ。
「こんな僕ですが、何かのご縁。またどうぞヨロシクお願いします」
ニコニコと微笑みぺこりと頭を下げる天使に、「相変わらず嫌味も通じない男」とカンナは舌打ちをしてみせた。
尻から伸びる細い尻尾が柔軟にしなって、ぴしゃりと尾先が床に叩きつける。繰り返されるそれは苛立つ心境をあらわしているかのようだ。
「今回はあたしの方が有利みたいよ。さっさと手を引いたらどう?」
「それはこれから“彼女”と向き合ってみなければ分かりません」
悪びれもせず、クオンが穏やかな眼差しを向ける先に女がひとり。
カンナもまた、寝息を立てて眠る彼女をちらり横目で窺った。
彼らは彼女の“迷い”に呼び寄せられた。
人が気づかぬ内に発している“迷い”の信号は、天界と魔界で同時に受信される。別々の次元より派遣された彼らは常にワンセットで仕事に取り掛かるのがお定まり。
発信者の進むべき道が定まるまで、時に感情を司る脳の深層へ、時にダイレクトに耳元で声を掛けながら手を尽くすのが仕事の内容だ。
「彼女の迷いの振り幅は相当大きい様子でしたから、一気に覆ることだって考えられますよ?」
「毎度毎度そのどこからくるのか分からない余裕の態度、ホントむかつくわ」
「余裕なんてありませんよぉ」
ぶんぶんと顔の前で手を振って見せるクオンを、カンナは軽くにらみつけた。
最近十回の依頼中、半分の五回も顔を合わせている。
魔界の中でも一目置かれるほど好成績を上げてきたカンナ。あろうことかこの脱力系ゆるゆる天使に五戦中四敗を喫している。
(――あり得ない)
出来るなら一緒に仕事をするのはごめんだった。
敗因を何度振り返って分析してみても結論にまで至らない――よく、分からないのだ。分からないから読めない、脅威になる。最下級天使相手に時々怯える自分がイヤだった。
「今回は絶対負けないから」
躊躇いを振り払うようにカンナは宣言する。
これ以上プライドを傷つけられ、汚点を増やされてはかなわない。
「カンナさん。いつも言ってるじゃないですか。僕たちの仕事は道を示すことであって、勝ち負けじゃないんだって」
「綺麗ごと言わないでよ。結果に利益が生じたらそれは勝負よ」
「そうかなぁ……。選ばれなくても悔しいだなんて、僕思ったことないけどなぁ」
仕事の成果は発信者が最終的に選択した道を示した側へ、【達成ポイント】として与えられる。ポイントは賃金換算されて彼らの生活の糧となっていた。
「出来るなら僕のポイントを差しあげて、一日も早くカンナさんに魔界皇帝の座に君臨して欲しいと願ってます。女皇帝なんて前代未聞でしょう?」
すごいなー、カッコいいなーと。
嫌味でもなんでもなく心の底から言ってるのだからとことんお人好しだ、この天使は。
「……クオン。あなたには欲とかプライドってものがないわけ? 上を目指そうっていう気持ちにならないの?」
「欲? 僕は取り敢えず家賃と食費が稼げれば十分です。……あ、でも家庭を持ちたいのでそのための貯金分も……」
「くだらない。馬鹿げてるわ」
家賃と食費が稼げれば十分?家庭が持ちたいから貯金?
天界にはクオンのように平和ボケした天使ばかりなんだろうか。
隙あらば同士を騙し、蹴落とすのが日常茶飯事な魔界の常識からは考えられない。カンナがクオンを苦手とする一因に、こういった理解し得ない言動を繰り返すところがある。
「カンナさんにはいないんですか、好きなひと」
「……それこそ、くだらない質問ね」
魔界にも恋愛は常識として存在する。契りを交わして所帯を持つ者もいる。
けれどそういったことは家柄に恵まれているとか上級ランクの悪魔に許されたようなもので、自分のようなようやく中級ランクに足を踏み入れた青二才にはまだまだ遠い、夢のような話なのだ。
恋愛などにうつつを抜かすより、出世を目指す方が現実的だ。
「分からないわよ、私には。たかが男のコトで泣くほど悩むなんて――分からないわ」
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