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ムゲンループのカシコイ生き方 作者:koutori

千夜川編

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第六十七話

第六十七話、投稿しました。この章も始まってからかれこれ約四ヶ月も続いていると思うと、感慨深いものがあります。
「ふんふん、ふふ~ん」

 桜季は、C館一階にある職員室を訪れていた。人の気配がなく、がらんとしたこの場所を鼻唄混じりに闊歩し、鍵を保管しているボックスを物色している。
 その姿に、襲われるかもしれないという懸念はまるで感じられない。

「ふふふ、ふん、ふーん」

 桜季は生徒会長としての役職柄、ここから鍵を借りる機会はよくあった。
 そのため、どれがどこの鍵であるかは、ネームタグを見ずとも、ブレードの凹凸で判別がつく程だった。

「マスターキーは……これかな」

 そう言って、一本の鍵を取り出した。
 マスターキーは、これ一つで、全ての教室の錠前を回すことができる。閉鎖中の学校は、普段と違いどの教室も錠前が閉ざされている以上、これがなければ

「やれやれ、ちょっと面倒なことになっちゃったなあ……」

 ――――拓二と暁の姿を見失った。
 もうほとんど勝ちは決まりかけていたところで、最後の最後で決定的な瞬間を逃してしまった。
 しくじった、と彼女にしては本当に珍しく、失態を犯してしまったわけなのだが――――先程の爆発を逃れるためには、階下に飛び降りざるを得なかったのだ。
 もはやその発想もぶっ飛んでいるが、しかし結果的に、桜季は傷を負わずに逃げおおせた。

 しかし桜季は、そう焦ってはいなかった。
 二人は学校の隠れただけで、どこか遠くへ離れているわけではないという確信があったからだ。
 間違いなく、どこかに潜んでいる。火災報知器やスプリンクラー一つ作動しなかった。そして学校の中は漏れなく圏外。
 これは間違いなく、拓二の仕業だろう。
 そして、わざわざ学校外とのラインを絶っておいて、逃げたはずがない。

 だからこそ、このマスターキーだ。
 どこかの教室に隠れているのならば――――〝百程度の選択肢(すべてのきょうしつ)から、二人を探し当てればいい〟。

 彼女にとっては、たったそれだけのことだった。

「……あ、そうだ。いいこと思い付いた」

 一旦職員室の外に向かっていた足を返し、もう一度ボックスを漁る桜季。

「ふん、ふーんふふーん……」

 ……もし仮に、まともに爆発に巻き込まれていれば、今頃桜季であったとしても、死も過剰な表現ではなかっただろう。
 しかし、その様子にはあわや殺されかけたという恐れはなく、むしろ無邪気にご機嫌な鼻唄が職員室に響いたのだった。


◆◆◆


 一から状況を整理しよう。

 俺と暁は今、桜季といのりが通う清上学園にいる。そして紆余曲折あって、暁を殺す気の桜季と、それを守る俺の対決がついに起きた。
 決着は、どちらかの死。和解の道も妥協の言葉も既に潰えた。生か死か、の二者択一だ。

 三日ほど前から学校は閉鎖中で、周辺はネブリナ家の人間が囲い、俺達以外の人間はここにはいない。
 桜季にとっては見慣れたこの学校で、俺にとってはこの間の清上祭よりも前からお膳立てしてきたこの舞台で、お互いの決着を着けようとしている。

 先ほど、お互いに姿を見失った状態から約十分、特に何事もなく膠着している。
 俺と暁が身を隠し、桜季は俺達を探し回っているところだろう。
 さっきまでの激しさが嘘のように音沙汰こそないが、あいつが諦めるわけがない。

「…………」

 俺のそばで身を小さくし、すっかり黙りこくってしまっているのが、立花暁。桜季は、こいつを一番に狙っている。
 夕平の幼なじみで、一番の友達。それだけでなく、暁は、いつか桜季が夕平欲しさに自分を一度殺そうとしたところを見ていた。そして正直にも、それを二人だけの場で本人に告げたのだ。

 それを、桜季がどう解釈したのかは知らない。知っているということは、あいつにとっては脅威であるし、夕平への独占欲を満たすには、暁は初めから邪魔な存在だったろう。
 しかしこうなった以上、俺だって桜季の殺害対象になっているはずだ。もし仮に、暁を殺せたとして、俺を放っておくなんてことはないはずだ。
 だから、生き残るのは、桜季か俺達かということになる。これはそういう闘いだ。

 そしてそれらのことを、俺は暁にかいつまんで説明した。もちろん、ムゲンループのことやネブリナのことなど、言うだけ厄介なことは伏せてある。

 彼女は、全てを理解したとは到底言えない様子だった。
 いや、飲み込みが悪いというより、ただ一点のことについて、どうしても納得がいかないとばかりに俺に問い続けていた。

「……千夜川先輩……どうして、夕平だったんだろ」

 これだ。桜季が、ここまで夕平に固執する理由。
 暁にはどうしても、首を傾げる事項であるらしい。

「……さあな。俺には、夕平が千夜川にとって大きな存在だったろう、としか」

 肩を竦めた。
 俺には、千夜川の気持ちなどほとんどどうでもいいとしか思えない。考える気にもならない。
 暁が、何をあんな奴にどこか同情的なのか、とても分からなかった。

「夕平を譲るって言えば、こんなことにはならなかったのかな? 私が身を引くって、そう言えば……」
「さあな……ただ」

 言い聞かせるように、やや強めの語調で告げた。

「あんま余計なことは考えんなよ。俺はお前を夕平の元に帰す。お前は絶対に生き残れ。何がなんでも、な」
「……うん」

 弱々しく、俯くように暁は頷いた。

 ところで、彼女にはまだ話していないことがあった。
 拘留していたはずの夕平が、脱走したということ。
 もちろん、暁には拘束だのといった裏の事情についても話していないが。

 しかしあいつが、一体どうやって抜け出せたのか……あの場にはいのりがいた。いのりが何かしたのだろうか。

 そして、どこかへ行ってしまったとなれば――――間違いなく、行き先はここだ。
 いのりに話を聞いて、絶対にここに向かおうとするだろう。

 とにかく、夕平はベッキー達に任せるとして、懸念すべきはいのりだ。
 あいつのスタンスが読めない。あいつは何もかも知っていてなお、夕平がここに行くことを認めたことになる。
 夕平が俺達の闘いに付いてこれる訳がないというのは、いのりなら容易に想像がつくはずなのに。

 もしや、いのりの奴も一緒にここに向かっている……? あいつなら、その可能性も大いにありそうだ。

 だがしかし、この学校は、今やただの学校じゃない。マフィアが連中が直々に整えた戦場だ。
 この場に夕平やいのりという不確定要素が現れるということは、マクシミリアンやベッキーにとっても不本意である。駅から脱出したからといって、学園内に入ることは絶対に無い。

「……これから、どうしよっか?」

 暁が、小さな声で尋ねる。
 それが見つからないようにという心配りなのか、自身の不安と恐怖に押し負けまいと懸命に捻り出したものなのか。

「……取り敢えず、しばらくはここで待機。様子見する。それと……」
「……?」 

 そばに立っていた棚の中身を物色し、漁る。
 こういうところにも、前もっていくつか役立ちそうな物をしまっているのだ。

「暁、一応これ持っとけ」
「わっとと……え、なにこれ」

 暁に投げ渡したものは、缶スプレーだった。
 何の変哲もない、ギャ〇ビーのヘアスプレー。中身ももちろん、長持ちタイプのスーパーハードだ。

「……ブリーチ剤? なんで?」
「目に入れたら沁みるだろ? 千夜川が近づいてきたら、構わずぶっかけてやれ」
「ええと……う、うん」

 暁は素人だ。どうせスタンガンやらナイフやらを持たせたところで使えはしないだろう。
 あくまで慰め程度でしかないが……これなら奪われたところで大した害にはならない。

 そして俺にしても、所持している武器は限られている。
 装備は防刃ベストとレギンス、小振りのダガーナイフ、罠に使って余った十メートルワイヤーに、催涙スプレー、鉄板入りのシューズに加えて『S&W M29』。これでもあの桜季を前にしたら、拙い装備でしかない。
 しかし全て、千夜川に奪われてもリスクの低いもの、持っててもかさばらないものを選択している。
 後は、前もって複製しておいた学校のマスタキーと、その他の鍵束を持っているくらいだ。

「武器とか装備とか……まるでRPGみたいだな」

 とすると俺が勇者で、桜季はラスボスの竜か。
 今更ながら、冗談のような話だ。

「うん?」
「いや、何でもない。とにかく今は――――」

 その時だった。
 この部屋中に――――いや、おそらく校舎のなか全てに響き渡る、校内放送のチャイムだった。

「「――――っ!?」」

 突然の物音……というより、学生にとっては聞きなれたというべきその音に、俺達は飛び上がるほどに驚き、ばっと設置された音源(マイク)を見た。

 そして、そのすぐ後。


『……あー、マイクテスマイクテス。二人とも聞こえる? これ一回しか使ったことないから、上手くできてるといいんだけど』


 聞き覚えのある声が、流れてきた――――。


◆◆◆


 雨が降るなか、夕平は走っていた。
 放置されて長そうな、錆びだらけのボロいチャリを必死に漕いでいた。
 ここから学園近くに向かう電車の時刻は三十分以上あった上、タクシーを拾うにもそんな金もなく。

 赤信号を渡り、踏切を越え、全速力でペダルを踏み続けている。汗と雨が目に流れてうっとうしい。
 しかしここからなら、目一杯走れば二十分程で着く。雨は激しくなってきたが、気にもならない。

「くそっ……!」

 こうなったのも、元は全て自分のせいだからだ。
 自分がもっと気を配れて、頭がよくて、はっきりしていれば、こんなことにならなかったかもしれないのに。
 馬鹿だ馬鹿だと日頃から言われてきて、今初めて身に染みる心地だ。

「早く……もっと早く動けポンコツ……!!」

 祈の言葉からは、直接的な物言いではなかったものの、拓二が最初からこうなるように仕向けた可能性がある、と暗に聞こえた。桜季と正面切って対峙する機会を待ち望んでいたと。
 夕平を関わらせまいと企んでいたのだと。

 だが、逆に言えば。拓二は自分と、そして暁のためにずっと動いていたということでもある。ずっと一人で、今まで……そして今でさえ、二人に遠く及ばないところで、全てを終わらせようとしている。

 それが夕平には、とにかく堪らない。

 夕平には、自分に何が出来るかとか、どうしたいのかといった具体的なことはまだ何も思い付いていない。
 でもそれ以前に、自分の問題に、拓二や暁が巻き込まれることが――――歯がゆく、悔しく、そして情けなかった。

「――――おわっ!?」

 その時、バツンと大きな音を立てて、自転車のチェーンが勢いよく外れ、ペダルの重さが抜けた。
 反動を失い、次の瞬間には夕平の身体は地面へ投げ出されてしまった。自転車は倒れ、車輪が空しくから回る。

 雨でぐじゅぐじゅになった畦道に倒れたせいで、雨も気にならない程に土にまみれ、汚れる。

「いっててて……くっそ……」

 それでも、急いで起き上がる。
 自転車を直そうとして――――そんな時間も惜しく、諦めて道路の脇に立て掛けて捨てることにした。

「……あ、後でちゃんと拾ってくっから……!」

 夕平は、遠く視界の先に見える学校を仰ぎ見る。
 直線距離にして、後一キロメートル強といったところか。

「頼む、待っててくれよ……!」

 強く踏み出し、夕平は足を動かした。
 恐怖や不安と言ったものを感じている動きではなく、彼には今、他の感情を挟み込む余裕がなかったのだ。
 それは果たして、愚直と呼ぶべきか、実直と呼ぶべきか。

 一切の迷いなく、ただただ真っ直ぐと夕平は駆けていく。


◆◆◆


『相川くん、立花ちゃん。隠れてないで出てきてくれるとありがたいなあ 』

 学校中に、その声は流れている。
 まるで普段と同じ校内放送のように、ここが学校であるということを思い出させる方法で、俺達に話しかけてきている。

「相川くん、これって……」
「しっ……静かに」

 間違いない、これは桜季の声だ。
 もちろん、今この学校にいる人間と言えば分かりきっているが。

『出てこない気かしら? こんな無意味なかくれんぼ止めてさあ、諦めたらいいじゃない?』

 しかし、奴がどういうつもりなのかが分からない。
 一体何を考えているのか読めないからこそ、一際不気味だ。

『ね、立花ちゃん。私、貴方の気持ちはよく分かるよ。……本当は私の方が正しいんじゃないかって。どうしてこうなったのか、こんなこと望んでなかった……もしかして悪いのは自分なんじゃないか……耳元で囁かれてるみたいに私にはよく聞こえるよ?』
「う、う……」
『巻き込んじゃった相川くんが可哀想……まるで無関係だったのに。見捨てて逃げ出したって、立花ちゃんには文句なんて言えない……』

 まるで分かったかのような桜季の口振りに、暁は口から溢れそうになる声を、指を噛んで押し殺していた。

「聞くな、暁」

 俺はそのそばに寄り、震える身体を包むように肩を抱いて叩いてやる。
 あまり、この放送を聞かせるべきではないと思った。だからと言って、現状で止めようがないのだが。

 放送室から発しているということは、桜季も間違いなくそこにいるのだろうが……。
 と、俺達が身を隠す現在地と位置を照らし合わせ――――背筋が凍る思いがした。
 ここからすぐ一階下だ。
〝ほんのすぐそこに、桜季がいる〟。

『相川くん、君はもう分かってるんじゃない? 私にはもう勝てないよ』

 そして今度は俺に呼び掛けられる。

『君は本当に強いよ。でも、だからこそ、私達の差を正確に理解できる。手立てがことごとく潰されていって困ってる』
「…………」

 動揺を誘おうという魂胆だろうか。
 しかし実際、まるで心を読んだかのように的確に、タイミングよく揺さぶりを掛けてくる。

 勝てないというのも、差が開きすぎているというのも、的を得ている事実だからだ。
 数ヶ月前のグレイシーと同じくらい……いや、それ以上の格差さえ感じている。

『まあ出てこないなら、それでもいいよ。まだやるんなら、警察も救急車も呼ばないであげる。これから、二人を探しに行くね』

 探しに行く、という言葉に反応し、暁が身を震わせる。

『言ったよね? 私の予言は覆らない、生まれつき出来ないことはなかった……って』

 桜季の声は、朗々としていて、どこまでも大真面目だった。

『――――だから私は、夕方までにこの学校のなかから必ず二人を見つけて、それを証明してあげるよ』

 それを最後に、声は途切れた。
 言いたいことは言い切ったとでも言うように、再び校内は静まり返る。

 そして、その直後――――カツン、カツンと、閑静な廊下から、確かな足音が迫ってきていた。




初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。
【追記:三月一日】加筆修正しました。
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