DEAD OR ALIVE 【SAMUEL RODRIGUES】   作:eohane
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少年と海賊

 ────ルフィをよろしくな、サム
 ────うああ"ぁぁ"!! 
 ────…………無視は困るな
 ────逃がさん言うとろう……っ!?



「…………う、ぐ……ぬぁ……?」

 ジェットストリームが、再び吹き荒れる。



「はっはっは。どうなってんだ……」

 サムは唸る。
 何故、生きている……?
 かなり異常な疑問が頭の中を埋めつくし、さらに唸る。
 もし、自分の記憶が正しければ。もし、狂ってしまった、頭がおかしくなった、など、そういう類いのものでなければ────自分は死んだはずである。
 雷電から決闘を申し込まれ、それを受けてたち、そして敗北し死んだはず……。
 なのにサムは生きている。
 どくん、どくん、と常人以上の力強さで脈動を続ける心臓。まったく異常が感じられない肉体、そしてサイボーグ化された右腕と右胸。跡形もなく消えた胸の裂傷と刺傷、傷1つないその身に纏うパワーアシストスーツ。

 そして、愛刀“ムラサマ”。

 すべてが、自分が生きていた頃の姿のままだ。

「……地獄にしちゃぁずいぶんと、穏やかなところだな」

 鬼、悪魔がひしめき、死者の阿鼻叫喚が響く、という様々な文化が混ざりあった、かなりカオスな地獄を想像していたサムは、落胆────したわけではない。別に地獄に行きたかったわけではなく、ちょっとした現実逃避に走っていただけだ。
 冷静(表面上)を装いながら、ひとまず現状把握に集中する。
 サムを取り囲んでいるのは、森。故郷、ブラジルの森林を思い出させる光景だが、そこまで気温も湿度も高くない。唯一外気に触れている顔の感触だと、比較的乾燥しているように感じる。

「……ちょっと待った。ここはどこだ?」

 つい自分が生きている、そのことに気をとられてしまい、最も単純かつ当然な疑問を忘れてしまっていた。
 1番最後の記憶では、サムはアメリカ、それもこのような森ではなく、岩、泥、砂しかない荒原にいたはずだ。もしかすると、ワールド マーシャル社かデスペラード社が自分の体を回収し、VR訓練でもさせてるのではないか、と疑ってみるが、すぐに否定する。VR訓練を受けている者が、このように己の存在を疑問視することなど、あるはずがない。
 その時だった。背後の茂みから物音がしたのは。

「グルルルル……」

「ん?」

 猛獣のものであろう唸り声が聞こえ、振り向くとそこには虎が────。

「…………はっはっは……でかすぎるだろう」

 軽く大型トラックを超す体長の虎(と呼べるのか)が、獲物を見つけて喜ぶかのように涎を垂らし、サムに迫ってきていた。LQ-84i(ウルフ)の後継機として最新の技術を搭載しているのか、えらく凝った外装である。
 蠢く黒とオレンジの表皮、流動する筋肉……。本物を見たことがあるわけではないが、知識として知っている虎のイメージそのものだ(大きさ以外)。サムの初見の感想を言わせてもらうと、間違いなくミストラルは嫌う。
 その時だった。再度猛獣の唸り声らしきものが響いたのは。

「グルルルル……」
「……っ!?」

 驚いたのはサムではない。虎である。
 同時に先ほどの唸り声に一切の引けをとらない唸り声らしきものが響く。…………サムの腹から。

「……ほぉう」

 本能が告げていた。
 こいつは食える、と。
 こいつは無人機ではない、と。

 糧食は兵站の基本。腹が減れば運動能力は減衰し、思考力は鈍り、士気は下がる。スタミナは常に保っておくのがベストだ。とりあえずこのわけのわからない状況への対策を考える前に、気分転換といこう。

「…………」

 かなり滅茶苦茶な気がしなくもないが、気にしない。少しヤケになっていることを自覚しながらもスチャ……とムラサマを抜刀。調子の良さそうな我が愛刀(相棒)に、思わずにやり、とその口角を吊り上げた。
 いざ、参る。



 ***



「PARTYS BAR。……またずいぶんと木造の家が多いな」

 結局、腹を満たしてもたいして納得のいく答えが出なかったサムは、さ迷っているなか偶然山の麓に見つけた小さな港村に訪れた。
 比較的情報が集まりやすい酒場らしき家を見つけ、このコンクリートやらセメントやらを使った建物が主流の時代にほとんどが木造であるこの町に違和感を覚えながらも、サムは酒場の、これまた凝った西部劇の中でしか見たことのない扉──ウェスタンドアと言ったか──を開け中に入った。

「いらっしゃいま……せ……」

 混雑する時間帯ではないのか、中に客らしき姿は1人も見えない。
 奥のカウンターで、バンダナを頭に巻いた女がコップを拭きながら振り返り、挨拶してくるがそのサムの出で立ちと腰に携えた刀を見るなり顔を引き攣らせ、声が途切れ途切れになっていく。

「あぁすまない。別にとって食おうって訳じゃないんだ」

 左手で刀を腰の後に引き、怪しい者ではないということをアピールするがたいして効果はないようだ。

「あ、はい……御注文は?」
「とりあえず、水を1杯くれ。それとあんたに聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 ムラサマを腰から取り外し、カウンターの1番端に座りながらサムはこの酒場の店主、マキノに話しかけた。



 ***



「マキノ、あの変な服着たおっさん誰?」

 少年、モンキー・D・ルフィはジュースの入ったグラスを手に持ち、マキノに問う。

「わからないのよ……。サムって言うらしいけど、この辺じゃ見かけない顔だし…………それに変なこと聞いてくるのよ。ここはどこだ、とか今は何年だ、とか。それで教えたら今度はお酒飲みながらずっと無言であのまま。…………でも悪い人じゃないみたいよ? 前の山賊みたいな嫌な感じはしないわ」

 ふふふ、と笑いながらマキノは言った。
 それからルフィとマキノは、この村を拠点に活動しているシャンクスという海賊の話をしながら時を過ごす。

「邪魔するぜぇ」
「?」
「──っ! げっ……」

 噂をすればなんとやら、いつぞやの山賊、ヒグマだった。

「今日は海賊共はいねぇんだな。静かで……ん……?」

 山賊達にさして反応を示さず、黙々とカウンターの端で(ヤケ)酒を飲み続ける男、サムの姿を見とめたヒグマは、その脇に置かれた刀を見るなりにやり、と笑う。

「おい、あいつの刀ぁあとでいただくぞ。けっこう高そうだ」

 へい、と後ろの手下が揃って返事を返した。



 ***



「…………」

 店主マキノから聞いた限りで、サムが出した結論。
 ここはアメリカではない。
 ましてやサムがもといた世界とも違う。

(どうなってる……?)

 認めることに違和感を感じ、酒を煽ってみたがまったく酔う気配がない。それどころか頭は冴え渡っている。やはり……認めるしかない。
 自分は生まれ変わった、もしくは別世界へ来た、と。

(…………はっはっは……へへへ……)

 乾いた笑い声を心の中であげながら、またぐいっと、グラスに注がれた酒を煽った。きつめのアルコールが喉を焼く。
 その時、「おい、離せよ!」と、少年の叫び声が聞こえ、振り向くと先ほど入ってきた男が少年を掴みあげながら店を出ていくところだった。

「……ん?」

 何やらただ事ではない雰囲気を感じとる。あの少年が、何かやらかしたのだろうか。

「おい、あんた……マキノ、だっけか? 何かあった──」

 ムラサマを腰に装着し、椅子から立ち上がりマキノに声をかけようとすると、サムの目の前に3人の男が立ち塞がった。……邪魔なことこの上ない。

「…………」
「おうおう、てめえよぉ……いいもんもってんじゃねぇか」

 その中の1人が、にやにやしながらサムに話しかける。

「こんなもんてめえにゃぁもったいねぇよ。俺らがちゃんと使ってやるから、大人しく寄越しな」

 さらにもう1人、男がサムに話しかける。

「けっこういい刀じゃねぇか……え?」

 それに対し、サムはにやり、とその白い歯を見せて笑った。

「あぁ……これか?」

 賞賛の礼とばかりに、トリガーを引く。

「っぐぇ……────」

 ガス圧により弾き出されたムラサマの柄頭が男の顎に直撃、天井を頭で貫きながら吹き飛ばされる。衝撃で軽く頭蓋骨粉砕までいっただろうか。
 呆然とする残りの2人を瞬く間に打ちのめし、天井にぶつかりその反動で落ちてきたムラサマを受けとめた。
 排莢された薬莢がカンッと小気味良い音を立てて床に落ちる。

「……すまん、天井壊しちまった……まぁ、この騒ぎを静める、ってのでチャラにしてもらえるか?」

 ついでに酒代も、と納刀し、ぽかんと口を開けているマキノに言った。



 ***



「この船出でもうこの街に帰ってこないって本当!?」

 ルフィが驚きの声をあげる。

「あぁ。ずいぶん長い拠点だった。ついにお別れだな」

 悲しいだろ、とルフィとシャンクスのやり取りを、サムは隣であくびをしながら聞いていた。

「────海賊王になってやる!!」

 海賊がいる世界、とマキノに聞いたときは思わず笑ってしまったものだ(そのあと盛大に気落ちしたのだが)。
 ルフィが言う海賊王とは、この世の富、名声、力を手に入れた者の称号なのだそうだ。この世界において唯一、偉大なる航路(グランドライン)を制覇したゴールド・ロジャーという男が、この称号の持ち主なのだという。
 ────良い夢だ、とサムは思った。……あまり興味は無いが。
 泣きじゃくるルフィをおいて、麦わら帽子を彼に預け船に向かうシャンクスに声をかける。

「……シャンクス」
「おう、サムか。どうした?」

 シャンクスが振り返り、サムと向かい合った。

「その、なんだ…………左腕はすまなかったな」

 あの日、サムは山賊達をヒグマ以外すべて気絶させた。余裕ぶった態度をとっていたのは、やはり、少し酔っていたからなのかもしれない。そこへシャンクス達が合流し、ヒグマは追い詰められたのだが、煙玉を使ってルフィを人質にとり海へ逃走。それを追ったシャンクスは、ルフィを連れて帰っては来たのだが、代わりに左腕を失った。

「何言ってんだお前……ルフィを助けてくれた恩人でもあるんだ。そういうのはなしだぞ?」

 はっはっは、とシャンクスは豪快に笑う。
 それを見てサムも、はぁ、と溜め息をついた後、顎をしゃくりながらにやりと笑った。

「…………やっぱ俺らと一緒に来る気はねぇか? ……あ、俺の左腕を気にして入る、とかはなしな」

 実を言うと、この誘いを受けたのは2回目である。申し訳ない気持ちが無い訳ではないが、サムの答えは決まっていた。

「すまんな。俺は海賊をやろうとは思わん。だからと言って海軍に入るつもりもないがな」

 そりゃ残念、とシャンクスはまた笑う。
 すると突然サムの肩に腕を回し、ヒソヒソと話し出した。

「まぁもし、ここに残るんならルフィのジイさんに気をつけろよ」
「ルフィの?」

 ルフィに祖父がいたのか、と内心サムは驚く。

「あぁ。あの人“人使い”が荒いからなぁ……お前、扱き使われるかもしれんぜ?」

 くっくっく、とシャンクスが肩を震わせる。
 問い返そうとした時、副船長ベン ベックマンが呼ぶ声が聞こえてきた。それにシャンクスが反応し、サムは聞きそびれてしまう。まあ、そこまで気になる情報でもなかったので、サムが深く追求することはなかった。

「そんじゃぁな、サム。またいつか会おう」
「海賊にならん限りお前に会う機会は無さそうだがな」

 いぃや、とシャンクスは言う。

「予言してやるよ。お前は絶対に海賊になる。例え今じゃなくても、遅かれ早かれな」

 ほう? と、サムは顎をしゃくる。

「ルフィとお前の手配書が出回るのを楽しみにしてるよ」

 それじゃぁな、とシャンクス達は船に乗り込んだ。
 帆を張り、沖へ出たシャンクスの船はあっという間に水平線上の点となり、やがて見えなくなった。

「さみしくなりますね」

 いつの間にか真横に来ていたマキノが、海の彼方を眺めながら言う。

「はっはっは……大丈夫だ。まだここにはやかましいヤツがいる」

 2人で後ろを振り返り、村人に慰められているルフィを見つめた。

「海賊、ねぇ…………」
「なるんですか?」
「……さあな。この先のことは、正直俺にもわからん」
「……珍しく弱気ですね。やっぱり寂しいんじゃないですか?」
「……はっはっは。そうかも知れんな」

 肩を竦めるサムを見て、よしっとマキノは言った。

「サムさん、ルフィを連れてお店に来てください。ぱーっとやりましょう」
「お、いいねぇ。飲み放題食い放題か?」
「ばっちりツけておきます。あ、宝払いなら大丈夫ですよ」
「……考えておこう」

 3人で酒盛りしていれば、自然と村人達が集まり、いつの間にかドンチャン騒ぎになるのだろう。宴好きな彼らのことだ。そうに決まっている。
 慣れない平和過ぎる日々に若干戸惑いつつもそんな状況を楽しんでいるサムではあったが、ゴチャゴチャと難しいことを考えるのはやめた。まずは、ルフィを呼びに行かなければならない。
 またまた顎をしゃくり、サムはにやり、とその口角を吊り上げた。




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