パスタとあえるのもすごくお勧めなんです。
急に来客があってもばっちりこれならおもてなしできそうですね。
次回は「パスタとごはんのボトルサラダ」です
さあ皆様今宵も居酒屋「知恵泉」開店です。
今夜は西郷隆盛流「こじれた人間関係解消法」の後編です。
時代は明治維新。
薩摩の西郷は長州や土佐など有力な藩と協力し徳川幕府を倒します。
しかし明治新政府は多くの会社が合併したようないわば寄り合い所帯。
その人間関係は複雑でそれぞれの思惑の違いから衝突を繰り返していました。
そんな中西郷たちが挑んだ上野の彰義隊との戦い。
作戦を巡って薩摩の幹部と長州大村益次郎の意見が対立。
内輪もめに発展してしまいます。
この大村「軍事の天才」とされる一方周囲とのあつれきも恐れない強烈な個性の持ち主。
この大村との衝突を西郷はどのような知恵で解決したのか?更に西郷たちは大改革廃藩置県に乗り出します。
廃藩置県とはそれまで忠義を尽くしてきた藩主の地位を奪う行為。
しかも薩摩の実権を握る島津久光はその改革に強く反発していました。
新しい時代への改革か。
長年仕えてきた久光への忠義か。
西郷が下した決断とは?西郷の知恵を読み解くのは人呼んで「伝説の経営者」…繊維関連企業や商社の社長を歴任。
63歳の時負債1,000億円30年間赤字続きの会社を任されたった一年で経営再建を果たします。
業務の見直しや組織の再編。
改革を断行する田中さんに周囲からは反発の嵐。
そうした難しい人間関係をいかにして乗り越えたのか?向かうべき大きな目標とその前に立ちはだかる人間関係。
決断を迫られるリーダーにはどんな覚悟が必要なのか?前回に引き続きまして今夜も西郷隆盛の知恵味わって頂きたいと思います。
今回は明治維新という大きな大きな目的を達成するために人間関係の荒波をどうやって乗り越えていったのか?その知恵を味わって頂きたいと思うんですけれども明治維新って結構複雑な人間関係あったようですね。
そもそも私本書いてて誰と誰が仲良かったっけ仲悪かったっけと時々ゴチャゴチャになってしまう。
彼らというのは議論だけじゃなく血が流れていきますよね。
恨みを買います。
メンツを大事にします。
どんどんどんどん理性がとんでいってものすごく複雑な人間関係になっていくわけですね。
そういうものを一つにまとめて同じ方向に持っていった西郷さん。
これはすごい人物だと思いますね。
だって個性的な人がたくさんいるわけですもんね。
そういう事ですよね。
田中さん大きな目的を達成するために複雑に絡んだ人間関係をどういうふうにかき分けていくのかというのは難しいところですよね。
例えば私が最後にやった仕事はある会社の再建なんですけどうまくいってない会社というのはですね要は体制が時代に合ってないんですよ。
だから改革変革せざるをえない。
ところが人間ってやっぱり現状を変えるというのはすごく嫌なもんらしくて。
例えば家替える事でも何でもそうですよね。
だからその人たちは非常に真面目にやってこられた人でしかも一生懸命やってこられた。
こっち見えますからね。
それがつらいといえばつらいんだけどこれもう答えはやらなきゃしかたがないという事で頑張っていくしかないんですよね。
改革をやろうとするとまた込み入った人間関係が出来てしまうという事ですよね。
そこで今日にぴったりのメニューを開発してみたんですよ。
こちらなんですけどねこれ。
わ〜おいしそう!おいしそうでしょう。
是非味わってみて下さい。
いただきま〜す。
すごくおいしそう。
この「幕末ソース」というのは酸いも甘いもかみ分けた西郷さんにちなんで甘酢にしてありますのでね。
う〜んおいしい!どうですか?おいしい?おいしい。
よくからみ合ってますフグとサツマイモが。
食い合わせとしてどうなのかなと思うんですけど何かこれ大将の意味があってこの取り合わせなのかなと…。
そうなんですよ。
実はねサツマイモは薩摩フグは山口…長州の組み合わせなんですよね。
確かに一見交わらない感じの食材ですよねフグとサツマイモって。
一見交わらなそうな薩摩と長州をうまくミックスさせて明治維新に突き進んでいった西郷さんの知恵。
今日はこちら味わいながら見ていきたいと思います。
慶応4年西郷ら明治新政府はついに旧幕府勢力と武力衝突します。
戊辰戦争の始まりです。
西郷は新政府軍を取りしきる参謀として関東に攻め上ります。
そんな西郷たちを待っていたのが上野に立て籠もる旧幕府の軍勢彰義隊との戦いです。
その数三千人。
江戸では彰義隊を応援する市民も多く西郷たちにとっては敵地での戦いでした。
新政府軍の中心薩摩と長州には団結した戦いが求められます。
しかし両者には深い遺恨がありました。
戊辰戦争の4年前京都で勃発した禁門の変。
政治の主導権を巡り薩摩と長州は敵同士で激しくぶつかり合い共に同志を失いました。
わだかまりの残る薩摩と長州。
彰義隊との戦いを巡る軍議で互いの意見がぶつかり合います。
長州の代表は…「軍事の天才」と言われる一方で歯にきぬ着せぬ物言いで周囲との衝突もしばしばでした。
大村は現存する3,000の兵で彰義隊を攻撃する事を主張。
それに異を唱えたのが参謀の一人…海江田は大村の主張の3倍9,000の兵力が必要だと説きます。
すると大村が言い放ちます。
「心配無用」。
この言葉が海江田の軍人としてのプライドを深く傷つけ口論に発展。
軍議は紛糾します。
その時西郷は一つの決断を下します。
西郷は身内の薩摩にではなく長州の大村に指揮を一任します。
それはなぜか?西郷たちにはこのあとも新政府に反発する東北諸藩との戦いが待ち受けていました。
そのためここで新政府軍が分裂する事態を回避する必要がありました。
また大村は長州で兵学を教え更に実践の経験も豊富。
信用に足る人物だと見込んだのです。
大村は限られた兵力で彰義隊を殲滅するため各藩の軍勢を上野の周辺に配置していきます。
薩摩が任されたのは上野の正門黒門口。
彰義隊の抵抗が最も激しく多くの死者が出る事が予想されました。
作戦を打ち明けられた西郷は大村に尋ねます。
大村は答えます。
大村の不敵な回答。
しかし西郷はそれ以上追及せずあくまでも大村に計画を任せ続けました。
夜明けとともに進軍を開始した新政府軍は午前7時攻撃を開始。
西郷率いる薩摩兵は黒門口を守る彰義隊と激突します。
戦闘の舞台となった黒門が東京・荒川区の寺の境内に保存されています。
門に残る無数の銃弾の痕。
この黒門での戦闘はしれつを極めました。
穴だらけになってるのがこの黒門で。
実は大村が薩摩をこの最大の激戦地に配置したのには大きな理由がありました。
大村は薩摩兵を正面から攻めさせて彰義隊をくぎづけにし同時に裏から援軍と見せかけた長州兵に攻撃させたのです。
正面に薩摩背後から長州挟み撃ちとなった彰義隊は総崩れとなります。
大村の作戦は功を奏し西郷たち新政府軍は彰義隊を僅か半日で鎮圧します。
薩摩と長州は新政府軍の中心としてその後も足並みをそろえて各地の旧幕府勢力との戦いに勝利していきます。
西郷は大村に一貫して作戦を任せる事で新政府軍の分裂を防ぎ戦を勝利へと導いたのです。
この大村益次郎天才かもしれないですけどちょっと難しい人だったようですね。
結構有名な緒方洪庵の適塾というところで塾長までやった蘭学の天才ですよね。
でも理屈が勝っててちょっと情に薄いとこがあった。
実は長州の中でも煙たがれてたんですよ。
ですからそういう意味でいうと西郷さんは情報を持って大村というのはやはり天才だ。
これは従わないといけないと。
先ほどありましたけども白河口という奥羽越列藩同盟との戦いというのも控えてる。
これだけの人数で大村に戦ってもらわないといけない。
海江田…自分の部下があんな侮辱を受けてるにもかかわらず任せるわけですよね。
僕が驚くのはあの血の気の多い海江田がそれに従う。
これはものすごい度量器だと思いますよね。
でも薩摩藩と長州藩が分裂してしまってたらどうなってたんだろうというのありますよね。
というのは幕府が抵抗勢力で残ってしまったら明治新政府に対する求心力がなくなっちゃうわけですよね。
圧勝しないといけない。
ところが兵力は幕府軍の方が多いぐらいなんですよ。
錦の御旗の勢いで勝ってましたけどもしかし非常に危うい中を行ってたわけですね。
ですから西郷隆盛はそれが分かってましたから非常にどちらかというと薩摩の自分の部下よりも長州の方に気を遣ってるというそういうところがありましたね。
田中さんはあの1,000億円の経営再建の時ですねどうやって大義のためにみんなをまとめていく。
やるべき事をどんどんやりましたけれど何を提案しても全部反対します。
全て反対されます。
反対してる人もね「実はこうしなきゃいかん。
そりゃそうしなきゃいかんだろうな」と腹の中では思ってらっしゃるんだけど今までのいきさつ上反対しないと仲間に対して顔が立たないとかいろんな事があるんですよね。
それを根気よく根気よく1人ずつ落としながらですね変えていくんですけども。
その会社を直すのはそこの会社の人がその気にならないと絶対駄目です。
助っ人が無理やり直して助っ人が帰ったらまた元のとおりになるのは明らかであってそこの会社の人たちが直していく。
それを実行して頂かないと直した事にならない。
だから任せた相手にいかに当事者意識を持ってやってもらうのかという事なんですかね。
これ不思議なんですけど人間って本能だと思うんですね。
多分ねその辺は西郷さんなんかは完全に分かっておられたんじゃないかなと思いますね。
そしてついに西郷は明治維新総仕上げの大仕事に取りかかるわけですよね。
さあ本日最後の知恵となります西郷の知恵。
最後はちょっと辛口の知恵になります。
(田中井森北)おお〜。
戊辰戦争に勝利した西郷たち新政府。
しかし課題は山積みでした。
戦争で乱れた国内では農民の一揆や武士たちの反乱が頻発。
新政府はこうした反乱を抑える独自の軍事力を持ちませんでした。
更に日本はアジア諸国を次々に植民地化する欧米諸国の脅威にもさらされていました。
西郷たちは国内を安定的に統治し外国列強とも肩を並べられる中央集権国家の建設を急ぎます。
そのためには江戸時代それぞれの藩が独立国家のように管理していた軍事力や財力を政府に集中させる必要がありました。
そこで政府は藩を廃止し政府直轄の県を置く廃藩置県を目指します。
しかしこれには大きな反発が予想されました。
廃藩置県は各地でいまだ権威を振るう旧藩主たちの地位を奪う行為でもあったのです。
それは西郷にとって頭の痛い問題でした。
このころ薩摩の島津久光は中央集権化を目指す新政府の改革に不満を募らせ度々批判するようになっていたからです。
廃藩置県への反発は必至。
長年にわたって仕えてきた上司への忠義かそれとも未来のための改革か。
その中で西郷は決意を固めます。
「しかし廃藩置県は天下の向かうところである」。
西郷は旧来のしがらみを断ち切ってでも改革は断行すべきだと心に決めるのです。
明治4年2月西郷たちは天皇直轄の兵御親兵を1万人招集。
改革に反対する者がいればこの兵で征伐すべきだとしたのです。
そして廃藩置県を目前に控えた7月9日薩長の幹部による密議が行われました。
しかしここでも藩主たちの反発を心配する意見が。
そんな声を西郷が一喝します。
この号令に紛糾していた議論は静まります。
7月14日明治天皇が…西郷の提言どおり御親兵がにらみを利かせる中表立って異を唱える者は現れませんでした。
しかし不満を爆発させたのが島津久光でした。
廃藩置県の知らせを受けた久光は突如花火を打ち上げます。
自らの怒りを込めた抗議の花火でした。
更に久光は西郷たちを「人面獣心」獣の心を持つ者たちだと痛烈に批判します。
久光はなおも諦めません。
廃藩置県の4か月後自らを県令つまり県知事に就任させるよう政府に使者を派遣します。
その知らせを耳にした西郷はすぐさま行動します。
使者を説得し要望書の提出を取りやめさせてしまうのです。
従来のしがらみにとらわれ改革を停滞させるのではなく大きな目的のためには人間関係を断つ事も必要。
西郷はその覚悟で事に臨んだのです。
なかなかできる事じゃないですねこれ。
すごい。
これはすごいよ。
井森さんは実際どうですか?大きな目的のために人間関係を断つというようなご経験。
いやぁ…今のところないですね。
自分の人生振り返っても。
でもほんと私利私欲みたいなとこもやっぱり人間ってどこかあるじゃないですか。
そう思うとこれを大胆に言っちゃっていいのかという気遣いとかが生まれるじゃないですか。
そう思うとなかなか…。
別に長いものに巻かれろというわけじゃないんですけどなかなかやっぱ言えないですよね。
言いたい事とかって言うの。
しかも国を動かすっていうね。
直属の上司を切るという判断ですからね。
これはちょっと難しい事だったんだろうなと。
久光の心情としてはどうなんでしょうか?久光はやっぱりだまされたっていう彼は思いがものすごくあったわけです。
実は維新が終わった時に花火上げて「ふざけるな」と言って実は西郷隆盛に反省文を書かせたりするんです。
「お前反省文書け」と言って。
西郷隆盛が反省文書くんですよ。
自分の感情を押し殺してという事ですか?とにかく久光を静かにさせないといけないという事で折れるんですね。
大したもんです。
そこまで…それこそ土下座しようが何しようが明治維新を進めないと廃藩置県で進めないとって事です。
島津久光のように自分は江戸幕府に取って代わるはずだったんじゃないのという。
しかし要するにみんな違う方向人間関係も錯そうしてるのを一つの方向にまとめて最後は行ったわけですよね。
すごい大仕事だったんだね。
よくそれがまとまりましたよね。
向かってる方向性が全く違うんですもんねみんな。
明治維新というと歴史で幕府を倒すって習いません?でも私は西郷隆盛の最大の功績というのは幕府を倒した事じゃなくてこの廃藩置県ですよ。
間違いない。
当時の武士は国家のために働いたんじゃないですよ。
藩のためにと言って戦って血を流していったわけじゃないですか。
藩というのは何かといったら自分の生活の糧を頂ける対象あるいは生きがいである。
これを失わせてしまうというのは大変な暴挙ですよ。
しかし西郷隆盛は分かってたわけですね。
この武士の特権を取って国民が心を一つにしないと日本という国は強くならない。
イノベーションを…社会改革何のために明治維新やったのか。
それは独立国家で維持するため。
日本が強くなるため植民地化にならないため。
そのためには廃藩置県が絶対大事だという事ですね。
私リーダーってものすごくいい人お人よしだけがすばらしい人だけがリーダーになれるのではなくて時には冷徹な決断ができる。
これは絶対にリーダーの条件だと思います。
企業も全く同じだと思いますね。
だから過去の偉い企業の先輩がおられて「これだけは絶対にやめちゃいかんぞ」なんてよくやるんですよ。
その呪縛がかかってる間それ触れないんですけども結局今社会で要らないでしょうという事になったらそれは精神だけ頂いてやっぱり会社というのは改革していかざるをえないと思いますね。
これがものすごく大事なんじゃないかなと思うんですよ。
要するにそういう私心がいつも意志決定の時に来るんですけどそれ離れてず〜っと考えたらですね何か知らんけどやるべき事って勝手にスッと見えてくるんです。
ほんと不思議です。
西郷さんが廃藩置県を島津公怒るの目に見えてて上司が怒るの目に見えててスッとやるのもね日本は一つの国にまとまらなきゃ駄目だよねっていうごくごく当たり前の事を私心を去るとスッと見えてくる。
結果として誰かに冷徹な措置を…。
これはもうしょうがない。
だからそれをせざるをえないからほんとはねリーダーなんかよっぽど頼まれなけりゃ…。
ほんと僕ね西郷さんだってこんな大任喜々としてやってらっしゃったかどうか分かんないと思いますよ。
ほんとはそれこそ上野の銅像みたいにね犬と戯れてる方が…。
ウサギ狩りをして。
今のお話をお伺いしててほんとに恨みをもらってでもこれはやるんだっていう冷徹な決断をしないといけないタイミングもあればそうじゃなくて実際にはやっても恨みを持たずにいい関係でいけるそういう事もある。
できれば後者にしたいですよね。
私一つ実はご紹介したいものを持ってきてるんですよ。
これ。
これなかなか…。
実は「南洲翁遺訓」といいまして我々がその西郷隆盛の言葉を…こう伝わってきてるのはまさにこれが残ってるからなんですがこれは薩摩藩の人が作ったんじゃないんです。
庄内藩。
戊辰戦争を戦って降伏した時に西郷さんが「寛大な措置をとれ」と言った。
これがものすごい燃えるような敵意が敬意に変わって「西郷さんは神のような人だ。
すばらしい人だ」と言ってこれを実は編んだ。
だからこれが残ってるんです。
どうぞどうぞ。
実はですね私はこの「許す力」というんですか?日本人のほんとに美徳だと思うんですけども。
この「南洲翁」というのは敵を敵として潰してしまうという事ではなくて許して自分の手駒にしてしまう。
今「駒」という言葉を言ったんですけど日本に将棋あるじゃないですか。
実はあれインドから発祥なんです。
西に行ってチェスになって東に行って中国将棋になって朝鮮将棋になって日本の将棋になるんですが日本の将棋以外って敵の駒は取ったらそのまま殺すんです。
日本の将棋だけが生かして使う。
これはですね人づきあいの最大の知恵ですよ。
他の国は違うんですか?チェスだって取っちゃうでしょ。
クイーンはキング守って死んじゃうわけですよ。
恨みを残すというのはほんとにこれをやるしかないなという時。
それ以外はできれば許して使う。
やはりこの精神というのが明治維新を成功に導いたんだというふうに思いますね。
是非読んでみて下さい。
もっと早くにね井森さんのように若い時に読んで…。
今からでも遅くはないです。
私が若いかどうかちょっと微妙ですけど。
まだまだお話尽きないようですけれどもこれから表も寒くなりますけれどもね寒い中で温かい日本酒でも飲んでこの「南洲翁遺訓」を読んでありがたい言葉に触れていくと。
ほんとすばらしいエピソードの数々ですよ。
いやいや…。
今スルッと流されましたけど。
さあ今宵は西郷にまつわるとっておきのコーナーをご用意しておりますよ。
1つ目は…。
西郷隆盛を更に深く知るためご当地鹿児島から旬のネタをお届けします。
そしてもう一つは「JIRO’sキッチン」。
「知恵泉」特製メニューの作り方を私自らお教え致します。
それではまいりましょう!「知恵泉」特命店員の木優吾でごわす。
この鹿児島には西郷隆盛さんの面白い話がまだまだあるんですよ。
まずは西郷さんの銅像。
東京の上野にあるって?何を言ってるんですか。
何といってもこの霧島市にある西郷さんの銅像が日本一!
(木)高さ10.5m。
上野の西郷さんの3倍近い大きさなんです。
いや〜ほんとに大きい!ちなみに鹿児島には他にも西郷隆盛の銅像があります。
軍服姿の西郷。
庄内藩士と対談する西郷。
そして島流しにされていた沖永良部島の西郷など。
銅像からも西郷の人生がうかがえますね。
西郷さんの人気は死後100年以上たった今も健在です。
実はここでは西郷さんの誕生日をお祝いする会が開かれているんです。
ここは西郷隆盛をはじめ西南戦争で亡くなった人々を祭る南洲神社です。
西郷隆盛が眠るこの場所には多くの人々が訪れます。
(宮司の祝詞)西郷の誕生日である12月7日は毎年こうしてたくさんの人が集まり生誕祭が開かれます。
「世界の西郷さん」というふうに言われてるわけですから鹿児島県人は自信と誇りを持ってですね我が郷土の大偉人だと。
西郷の精神を学びながらこれをきちんと自分の人生に生かしていきたいと思ってます。
ここである方を発見。
もしかして西郷さんの子孫の方ですか?はいそうです。
(木)似てらっしゃいますね。
そうですか?ありがとうございます。
いや〜それにしてもほら輪郭とか口元とかそっくり!大変なご先祖が私にはいらっしゃるんだなと。
西郷隆文さんは伝統工芸薩摩焼の陶芸家。
「他人とは同じものを作らない」を信条に40年間さまざまな作品を作り続けてきました。
釉薬を巧みに使った独自の文様…こうした職人の技術が認められ「現代の名工」に選ばれています。
あっ!これは西郷の言葉…脈々と受け継がれているんですね。
西郷精神っていうのを自分だけではなくてやっぱりいろんな方々に広めていくっていうのが今からの自分の仕事にのっかってくるのかなと思ってますけど。
西郷さんを身近に感じたい方にはこちらがお薦めです。
西郷南洲顕彰館は全国からの寄付で設立された西郷隆盛の博物館です。
西郷のさまざまな遺品が展示されています。
こちらは西郷が着た裃。
愛用した硯と筆。
西郷は立派な書を数多く残しています。
明治の初め…館長の高さんいろいろなものが展示されてますね。
そうですね。
でも鹿児島県内にはもっと貴重なものも残っておりますよ。
「産地直送知恵泉紀行」。
いよいよご当地自慢の一品の登場です。
これですけど。
(木)時計ですか。
(高)そうですね。
記録によれば西郷は3つの時計を大切にしていました。
こちらは島津久光の息子忠義が西郷に贈ったというスイス製の金時計です。
鎖についた金の地球儀は中を開けると方位磁針になっています。
しかし西郷はある時時計を手放してしまいます。
それは明治10年8月。
西南戦争で劣勢となった西郷軍が退却していた時の事でした。
道中彼らに一晩の宿を提供してくれた民家に西郷はお礼の品として時計を残していったのです。
西南戦争の決戦地城山に立て籠もる僅か4日前の事でした。
一晩お世話になったお礼に帰る時に…後で家人が掃除する時にどけたら金時計が置いてあった。
城山に帰って死のうという全員覚悟して帰ってくるわけですからある意味ではもう既にこういうものを持っていってもしかたがないという事はありますよね。
肌身離さず持ち歩いていた大切な時計を手放した西郷。
自らの最期の時を悟って時計を託したのかもしれません。
最後はこちら!歴史の知恵満載の当店特製メニュー。
私が腕を振るいます。
新コーナー「JIRO’sキッチン」
先ほど私がお出しした「フグとサツマイモのから揚げ幕末ソースがけ」。
そのレシピを皆さんにこっそりとご紹介します。
フグは酒と塩で下味を付けて10分ほど置きます
サツマイモは1cmほどの厚さで輪切りにし水にさらしておきます
次にフグに満遍なくかたくり粉をまぶしましょう
ではフグを揚げていきましょう。
多めの油で170℃くらいですね。
あんまりいじらずにじっくりと待ちましょう。
いい色に揚がってますね。
サツマイモはよ〜く水を切って素揚げします
これで長州と薩摩役者がそろいました。
いい色です。
では両者をまとめ上げる「幕末ソース」を作っていきましょう。
材料はだししょうゆ砂糖塩お酢
そして決め手がオレンジジュース。
これも合わせていきます。
火にかけて一煮立ちしたら水溶きかたくり粉を加えます
お〜いい感じにあんが出来てきましたね。
から揚げを皿に盛りソースをたっぷりかけて…
「フグとサツマイモのから揚げ幕末ソースがけ」完成です!ではいただきます!まずフグ。
うん!そしてサツマイモ。
フグのうまみとサツマイモの甘みが「幕末ソース」と一体になって我ながらおいしい!
材料はこちら。
皆さんも是非作ってみて下さいね
幕末の英雄西郷隆盛の知恵いかがでしたか?「知恵泉」ではこれからもご覧のように魅力的なネタをたっぷり用意して皆様のお越しをお待ちしております。
どうぞごひいきに!2015/08/11(火) 22:00〜22:45
NHKEテレ1大阪
先人たちの底力 知恵泉「西郷流!こじれた人間関係解消法」(後編)[解][字]
幕末維新のカリスマ・西郷隆盛。新政府内の藩どうしの対立や、旧藩主による改革への抵抗など、難しい人間関係を見事に解きほぐし、激動の時代を動かした西郷の知恵を探る。
詳細情報
番組内容
幕末のカリスマ、西郷隆盛。明治維新へと突き進む目の前には、難しい人間関係が次々と立ちはだかった。かつての遺恨が残る長州藩と組んだ新政府軍を、どのようにまとめていくのか? 廃藩置県にあたっては、かつての上司・島津久光との対立が決定的になる。武士としての忠義と、明治維新という大義の板挟みになった西郷が下した決断とは? こじれた人間関係を解消し、新しい時代を切り開いた西郷の知恵を探る。
出演者
【出演】東レインターナショナル元社長…田中健一,作家…北康利,井森美幸,【アナウンサー】井上二郎
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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