日本の話芸 落語「もう半分」 2015.08.09


(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(拍手)一席おつきあいを願っておきます。
「もう半分」というお話でまあ怪談話のうちとされてるんでございますけれど。
しょせんは噺家のやりますもんさして怖いというほどのもんじゃございません。
話の種でおつきあいを願っておきます。
本所の林町に粗末な一軒の煮売り酒屋がございました。
煮売り酒屋というのは居酒屋の下でございまして食べる物といやせいぜい香の物とか豆ぐらいなもん。
入った所が土間でございまして片方が小上がりになっております。
奥に台を置いてここで燗を致しまして五郎八茶わん一杯を8文に売ろうという。
仕事の終わりました棒手振りの商人ですとか職人衆がやって来るとここでクッと一杯引っ掛けてうちへ帰るというそういう店でございます。
「おう銭はここに置いとくぜ」。
「へえ。
ありがとうござんす」。
「今夜はやけに蒸しやがるな」。
「ええ。
こう暑くちゃ寝るのもおっくうでございます」。
「じゃあまたな。
こらいけねえや。
やけに蒸すと思ったら降ってきやがったぜ」。
「そうですかい。
雨となっちゃこっちの仕事は上がったりでござんす。
お気を付けなすって。
またおいでなせえ」。
「おっかあ雨だぜ」。
「そうかい。
それじゃもう客も来ないだろうからこっちへ上がって一杯おやりな」。
「そうだな。
久しぶりに一杯飲ましてもらうとするか」。
「あの…ごめんくださいまし」。
入ってきたのを見ますと年の頃61〜62でございましょう。
痩せっこけた色の浅黒い頭にポヤポヤとした白髪を生やしまして目がギョロリっとしてわし鼻。
頬骨が張って口の所に黄色い歯が2〜3本見えております。
「あの…まだよろしゅうございますかな?」。
「とっつぁんか。
もう看板にしようと思ったんだがな。
とっつぁんじゃしょうがねえ。
まあやっていけ」。
「ありがとう存じます。
あの…半分頂きたいのでございますが」。
「半分だぜ。
…はい。
はいよ」。
「へえ。
ありがとう存じまして」。
「うまい!この世に極楽というものがあるとすればこの時ばかりでございます」。
「あの…もう半分頂きたいのでございますが」。
「とっつぁんの得意の『もう半分』が始まったな。
うちは量って売るから半分だろうが一杯だろうが同じ事なんです」。
「申し訳ございません。
意地が汚いのでございましょうな。
大きいので1杯2杯と頂きますよりはまあ半分ずつ2つ4つと頂いた方がたんと頂いたような了見になりまして…。
お手数おかけ致しましてまことに申し訳もございません」。
「あの…もう半分頂きたいのでございますが」。
「とっつぁん何だな今日は荷がねえんだな?」。
「へえ。
今日は仕事で出たのではございません」。
「休みかい?そらいいや。
たまには休みも取らなくちゃな。
俺も休んでみようとは思うんだがこうして開けときゃいくらかにはなるんでつい開けちまうんだがたまには骨休めもしなくちゃいけねえ」。
「でもお店があるだけ幸せでございます」。
「そうか。
とっつぁんもその年で天秤あてがって売って歩くのはつらかろうな」。
「何しろもう年でございますんで重い荷を担いだ明くる朝などは腰が張ってどうにもなりません。
それでも商いに出ませんでは釜の蓋が開きません」。
「どうもごちそうさまでございまして。
お鳥目はいつものとおりでよろしゅうございます?ああさようで。
へえ」。
「あの…もう半分頂いてもよろしゅうございます?申し訳もございません…。
お鳥目はこちらに置いておきますんで」。
「そら構わねえがとっつぁん今日はたんと行くんだな」。
「何しろこう暑くては酒の勢いでも借りませんと寝る事もできません」。
「それに違えねえ」。
「申し訳もございませんで」。
「どうもごちそうさまでございます。
遅くまで申し訳ございません。
お邪魔を致しました」。
「雨が降ってるからな足滑らせねえようにしねえ。
またおいでなせえ。
とっつぁん帰ったぜ」。
「じゃあこっち来て一杯おあがりな」。
「そうさせてもらう。
こりゃいけねえ。
とっつぁん包みを忘れてったぜ。
まだそんな遠くは行かねえだろうから行って持ってってやろう」。
「いいやね。
明日でもあさってでもまた来るんだからそん時に渡してやりゃ」。
「それもそうだ。
恐ろしく汚え包みだな」。
「やけに重いじゃねえか」。
「金が入ってるぜ」。
「そうかい。
どれ…。
50両じゃないかね」。
「あのとっつぁんがこれだけの金よくすぎだぜ。
やっぱりこいつは届けて…」。
「ちょいとお待ち。
届けてやるこたぁないやね」。
「え?」。
「お前いつも何と言ってるんだい?きちんとした暖簾を掛けて若い者の2〜3人も使った商いをしてみたいとそう言ってるんだ。
こんな1文2文の商売してたら生涯そんな店を持つ事はできないんだ。
この金がありゃそれがかなうんだ。
持ってってやる事はないやね。
忘れていった方がいけないんだよ」。
「そっちしまっとけ。
ひょっとして家捜しされるといけねえからたんすの裏へでも放り込んどけ」。
「恐れ入ります。
ちょっとお開けを願いたいのでございますが。
恐れ入ります」。
「おう待ちな。
今開けてやるから。
そんなにドンドンとたたいちゃいけねえ。
戸が壊れちまう。
さあ…。
とっつぁんかい。
どうした?」。
「ちょっ…ちょっとごめんくださいまし。
あっ…ここら辺りに包みはございませんでしたでしょうかな?」。
「包み?さあそんなものは見なかったがな」。
「汚いものでございますから取り片づけたかもしれません。
いま一度見て頂きたいのでございますが」。
「さてね。
とっつぁんが包みがなかったかとそう言ってんだが」。
「さあね。
そこら辺りは私が片したんだがそんなものは見なかったね。
ほかの店じゃないのか?」。
「いいえ。
ここよりほかに寄ってはいないのでございます。
実はあの包みの中には大事な金が入っているのでございます。
それを無くしたのとられたのという事になりますと自身番へお訴えをしなければなりません。
そうすればこの店の名前も出さなければならずご迷惑をかける事になりますのでいま一度見て頂きたいのでございますが」。
「とっつぁん。
そういう物言いをするてぇと何だか俺たちが猫ばばしているように聞こえるぜ。
『金金』てぇよ。
一体いくら入っていたというのだ?」。
「耳をそろえて50両でございまする」。
「とっつぁん。
てめえ俺の所へゆすりに来やがったな?」。
「めっそうもない事でござい…」。
「そうに違えねえじゃねえか。
てめえの境遇を考えてみろい。
朝早くに娘に起こされて薄いみそ汁でもって菜っぱ飯食らって僅かな元手で両国で青菜小菜を仕込んでおいて『今日は亀戸大根がよろしゅうございます。
今日は小松菜がよろしゅうございます』と30文から40文稼いでやっていくのがおめえのところじゃあねえのかい?それを夕去る夜更けに50両てぇ金を持っている方がおかしいじゃねえか。
おおそれながらと訴えて出りゃ腰に縄のつくのはそっちの方なんだぜ。
さして広いうちじゃねえや家捜ししてくれてもいいんだぜ」。
「そうだよ。
因縁つけて金にしようてぇ魂胆だろうよ」。
「めっそうもない事でございます。
お腹立ちでは恐れ入ります。
いやはなから話をしないでは分かりませんでね。
手前は以前深川の八幡前で青物問屋を営んでおりまして若い者も使って手広くやっていたのでございますが若い時分からの酒道楽でございます。
それも後から後から後を引く後引き上戸という悪い酒で。
それがために身を持ち崩しまして今では裏長屋住まいの棒手振り稼業。
ところが去年の暮れに女房が患いつきましてございます。
手前も寄る年で稼ぎが思うようにならず途方に暮れておりますところへ女房の連れ子で今年11になる娘これがいい娘でございます。
『お父っつぁんそうやって天秤をあてがって売って歩くのはつらかろう。
小さな店でも1軒構えて若い者の2人も置けば店番をするだけで済むだろうからその元手は私がこしらえてやる』と言って今のご時節にまともに働いていてはそのような金はできまいから吉原という所で『浮呉竹のつとめをすれば大枚なおあしをくれるとの事。
どうか私を吉原に売ってもらいたい』とこう申します。
私も女房も娘の心根においおいと泣きましてございます。
幸いと間に入って下さる方がありまして江戸町二丁目の朝日丸屋という所へ話がつきまして器量のいいところから百両の値がついて諸式を引かれて50両。
これを娘が渡してくれる時に『どうかお父っつぁんもうこの金で酒は飲まないでくれ。
体に障るからもう決して酒は飲まないでくれ』と申しますから『知れた事。
お前が身を売ってこしらえた金何で酒なぞ飲むものか』と50両の金を持って吉原を出ました。
こちら様の前を通って足がうちに向きません。
少しぐらいならよかろうとつい飲み始めたのがもう半分もう半分と後を引いてよい心地に食べよってこちらに包みを忘れたに違いないのでございます。
あの金を無くしたのどうのという事になりますと娘に顔が立ちません。
どうかいま一度見て頂きたいのでございます」。
「そうかい。
それで様子は分かったがだがとっつぁんそれほどの大事な金何で体から離したんだい?忘れていく方が悪いんじゃねえのかい?ここにはねえぜ」。
「そうだよ。
私も見なかったね」。
「ご亭主がないと言いおかみさんが見なかったと言った…。
もうしかたがございません。
あれほど飲まないと約束をしたのに飲んだ私が悪いのでございます。
お邪魔を致しました」。
「ひょっとして道に落としてるといけねえから気を付けて行くがいいや。
ちょうちんを貸してやれ」。
「ちょうちんはよろしゅうございます」。
「足滑らせねえようにな。
またおいでなせえ…。
行ったぜ」。
「うまくいったんで?」。
「いやああいう堅気なじいさんの事ひょっとしておおそれながらと訴え出られたらおめえも俺もあんな事こんな事はおろかお白州の砂利握りゃおめえも俺も首は胴についてはいねえ。
それよりなあのとっつぁんをバラした方が後腹は痛まねえ。
昨日魚屋のにいさんが持ってきた出刃包丁がある。
あれは切れそうだ。
こっちへ持ってこい」。
出刃包丁を手拭いでもってくるみますてぇと腰へ挟みまして雨の中をピタピタピタピタ…。
大川端の所でやっと後に追いつきました。
「おいとっつぁん」。
「これは酒屋のご亭主」。
「ちっとばかりおめえに話があって来たんだ」。
「それじゃあの包みは見つかりましてございますか?」。
「おうよ。
金はあったぜ」。
「ありましたか!ありがとう存じます」。
「てめえの言う金てぇのはこれの事だろうよ?」。
「へえ…。
人殺し〜!」。
逃げにかかるやつを後ろから浴びせましたからギャッと言って倒れる。
足にしがみついてくるのをあおむけに向き返しておきましてその上へ馬乗りになりましたから…。
「それでも己は金を巻き上げたばかりではなくこのわしを殺そうというのだな」。
「知れた事よ」。
(太鼓の音)「金の工面に差し支え難儀なところへ思いも寄らず耳をそろえた50両。
忘れていったはそっちの誤り。
一旦手にする上からは返されねえのが俺の性分。
金ばかりじゃ後の妨げ。
気の毒ながら命もろとももらうのだ。
今降る雨が末期の水。
これをこの世の引導と思って成仏…。
ウンウン…ウ〜ン。
しやがれ」。
…ととうとうこのじいさんを突き殺して死骸を大川へと放り込んでしまいます。
この50両の金で本所の相生町に居酒屋を出しました。
こんな金で始めた居酒屋だから客は来るまいと思いの外後から後から押しかけてまいります。
このごろでは若い者の5〜6人板場を2人奥の女中を1人置くというあんばいでございまして夫婦の者はもう店には出ません。
今日は浅草の観世音明日は妙見様と物見遊山にふけっております。
そのうちに女房がみごもりました。
「ありがてえ。
これで跡取りでもできてくれりゃもう何も言う事はねえ」。
楽しみに待っておりますうちに月が満ちました。
産気づきましたからすぐに産婆を呼びにやります。
奥の6畳で産をするのを隣座敷で今か今かと待っておりますうちに「おぎゃ〜!」という産声。
「生まれたか?ばあさん生まれたか?」。
「はい…」。
「どっちだ?」。
「あの…男の赤さん」。
「男か。
ちょいと俺に見せてくんな」。
「あの…赤さんというものは大きくなれば顔も変わりますし太りもするものでございますから」。
「何でい小せえのか?ああいや。
小さく産んで大きく育ってくれたらな。
いいから俺に見せてくんな」。
「どうぞ」。
「うん」。
ひょいっと見る。
赤ん坊のくせに痩せっこけた色の浅黒い頭にポヤポヤとした白髪を生やしまして目がギョロリっとしてわし鼻。
頬骨が張って口には黄色い歯が2〜3本見えております。
その顔であるじを見てニヤリと笑いましたから「これは…」。
「ちょいと私にも見せておくれ。
男の子だってね?どういう子だい?」。
「おめえまだ体が疲れてるから後にした方がよかろう」。
「そんな事言わないで見せておくれ。
私の子だよ。
どっちに似てるんだい?見せておくれ」。
「さっき産婆の言ったとおり赤ん坊は大きくなりゃ変わるもんだからそのつもりでな。
いいか?さあ」。
「私の子だよ。
私の…。
ヒェ〜ッ」。
そのまんま気を失って倒れてしまいます。
すぐに医者を呼びにやりましたが血の道が起こったという事でそのまんま亡くなってしまいます。
野辺の送りを済ませましたあるじが「因縁ってえのは怖えなあ。
あのじいさんを突き殺して50両の金を巻き上げてこの店を始めて今の繁盛。
跡取りができてやれうれしやと思えや女房には先立たれかてて加えてこの赤ん坊。
あのとっつぁんがたたっているにゃ違えねえがよしこの赤ん坊を殺したところでまた何かでたたってくるに違えねえ。
それよりはこの赤ん坊を無事に育ててやりゃとっつぁんの呪いも消えるかもしれねえ」。
これからすぐに口入れ屋に乳母を頼みに参りますとすぐにやって参りましたからいいあんばいだと思っていると明くる日。
「あの…おいとまを頂きたいのでございますが」。
しかたがないからまた呼びにやるってえとすぐに参りましたがまた明くる朝に「あの…おいとまを頂きたいのでございます」。
これじゃしかたがないってんで自身に口入れ屋へ乗り込みまして「給金は倍払うからちっとやそっとの事ではものおじをしない乳のたくさんに出るような乳母を世話してもらいたい」。
「承知を致しました」。
次にやって参りましたが太っちょの山出し赤ら顔の乳母でございますからこれならばよかろうと置いてみましたがやはり明くる朝。
「あの…おいとまを頂きてえのでごぜえますが」。
「困るじゃねえか。
長くいてもらうという事でもって給金も倍払ってあるんだ。
何か食いてえもんがあったら天ぷらだろうがうなぎだろうが勝手にあつらえて食ってくれて構わねえんだから」。
「でもあの…父っつぁまの墓参りをしなければなりません」。
「墓参りだったら彼岸に小遣え持たして出してやるんだ。
そりゃなああいう顔で気味が悪いだろうが乳をやらなかったら赤ん坊は育たねえんで。
辛抱して乳をやってくんな」。
「乳をやるのはいいんでごぜえやすがあの赤さん夜中に立ち上がるんでごぜえやす」。
「ばかを言え。
生まれたばかりの赤ん坊が立ち上がる…」。
「これが本当に立ち上がるんでごぜえます。
そして行灯の油を飲むんでごぜえやす」。
「おめえいとまが欲しいと思ってそんな作り話…」。
「うそじゃねえんでごぜえます。
本当の話でごぜえやす」。
「てめえにこれだけの小遣えをやる。
だからもう一晩いてくれ。
俺が隣座敷で様子をうかがっておめえの言うとおりだったら間違いなくいとまやる。
だからもう一晩だけいてくれ」。
「へえ…。
承知致しまして…」。
その晩は店を早じまいに致しまして奥の6畳に乳母と赤ん坊を寝かせまして隣座敷で様子をうかがっております。
四つと申しますから今の10時見当。
昔は夜が早いから表を通る者もございません。
襖を少〜し開けてのぞいてみましたが別段変わった様子もございません。
九つと申します真夜中時分様子をうかがってみましたが相変わらず赤ん坊は乳母の隣スースーと寝息を立てて寝ております。
八つと申しますただいまの午前2時。
草木も眠り水の流れも止まるという丑三つ時分。
両国回向院で打ち出す鐘がボ〜ンボ〜ン。
打ち切る途端今までスースーと寝息を立てて寝ておりました赤ん坊がパチリと目を開けましてむっくりと体を起こしますと隣に寝ている乳母の口元に手をかざしてしばらく寝息をうかがっておりましたがそのうちにニヤリと笑って痩せっこけた体でヒョロリと立ち上がりますとお盆の上の湯飲みを取りまして行灯の所までやって参りますと油差しから油をツ〜。
これを両方の手で包むように持ちましてさもうまそうにゴクリゴクリと飲み始めた。
最前から様子をうかがっておりました亭主は怖いのも忘れて襖を押し開けた。
「じい!化けたか!」。
「ハッハッハッハッハッハッ!もう半分」。
(拍手)ありがとうございます。
2015/08/09(日) 16:30〜17:00
NHKEテレ1大阪
日本の話芸 落語「もう半分」[解][字]

落語「もう半分」▽五街道雲助▽第671回東京落語会

詳細情報
番組内容
落語「もう半分」▽五街道雲助▽第671回東京落語会
出演者
【出演】五街道雲助

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

OriginalNetworkID:32721(0x7FD1)
TransportStreamID:32721(0x7FD1)
ServiceID:2056(0x0808)
EventID:227(0x00E3)

カテゴリー: 未分類 | 投稿日: | 投稿者: