昨日14日の18時からの会見で、安倍総理は、その直前に閣議決定した、戦後70年の安倍総理談話を発表しました。
歴代内閣が、謝罪を続けてきたと紹介する形で「おわび」を記述しました。一方で、「戦争に関わりのない世代に、謝罪を続ける宿命を負わせてはならない」と強調し、いつまでおわびを続けるのかという声に応え、謝罪に区切りをつけたい意向を示しました。
また、国際紛争を解決する手段としての「侵略」は否定しましたが、中国大陸などでの日本の行為を「侵略」とは明示しませんでした。21世紀構想懇談会の報告書には、「侵略」を明示すべきが多数意見とされていたので、それより後退しています。
注目されていた「侵略」「植民地支配」「反省」「おわび」は、文言としては入り、当初いわれていたように入れないという判断をしなかったこと自体は、評価してもよいと思います。
しかし、多くの指摘があるように、間接的表現や引用で、総理自身の考えは示されず、わかりにくいものになっています。
村山談話、小泉談話では、「私は」と主語がはっきりしていましたが、安倍談話では、「私たちは」「我が国は」とされていて、「私は」という主語はなく、安倍総理の「全体として引き継ぐ」といってきた姿勢が表れたものになっています。
戦後70年談話が、60年談話、50年談話を上塗りして、薄めてしまうことになると、後退した、といえると思います。
「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはならない」「そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい」と、いわゆる従軍慰安婦に、間接的にではありますが触れたことは、評価したいと思います。
中国には、一定の配慮をしながら、韓国には、あまり触れていないことは、気になります。
これまでの談話の3倍の長さになったということは、各方面に配慮した結果かとも思いますが、趣旨がはっきりしないことにもつながり、戦後70年目で新たな談話を出す必要があったのか、疑問でもあります。
これから、中国や韓国をはじめ、各国と、どのように歩んでいくのか、実践が求められます。その点からしても、現在国会で審議中の安保関連法案の方向性は、間違っていると思います。
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