レミングの集団自殺神話
Lemming Suicide Myth

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第一章 レミングの集団自殺について (Introduction)



   1-@ レミング(Lemming)

 皆さんは、レミング(Lemming)という小動物をご存知だろうか?

レミングとは、カナダ北部や北欧など、ツンドラ地帯(寒いとこ)に生息している小さな齧歯動物(ネズミの類)である。ネズミの類とは言っても、東京の地下鉄で目撃されるネズミとは比較にならないほど愛らしいばかりか、なんとなくドン臭くてかわいい。

そんなレミング族は、現在のところ20種ほどに分類されているが、今回の検証という物語では、北欧に分布するノルウェーレミングと、北米以北に散在するクビワレミングという、二種類のレミングが主役である。

 

主演

神話の主役

哀しき被害者

 ノルウェーレミング(タビネズミ)
 学名:Lemmus lemmus
 英語:Norway Lemming
 クビワレミング
 学名:Dicrostonyx groenlandicus
 英語:Collared lemming

 学術的な生物分類において、レミング族(Lemmini)には4つの属(Genus)があり、20前後の種が含まれる。
 また、亜種など、種内分類群(Infraspecific)を含めると総勢90種程度になる。「レミング族(Lemmin)の分類」参照

見ての通り、このように、尾と耳が短く、全体的に丸っこいあたりもたまらない。

しかしながら、可愛いばかりでは済まないところもある。

レミングは――とりわけスカンディナビア半島に生息
*1するノルウェーレミングは、しばしば、異常なほど大発生することでも知られており、近年でも、厚生労働省検疫所の「海外旅行者への感染症情報」において、2007年にノルウェー北部で報告された「野兎病(Tularemia)」の感染は、大発生したレミングの所業*2であるから、旅行者は注意せよという呼びかけが出されている。

このレミングの大発生は、不思議な特徴があり、増えるときは他の動物では考えられないほどの規模になるのだが、次のシーズンになると、なぜか絶滅しそうなほど個体数が激減する
*3場合がある。こうした、レミングの極端な個体数の激増と激減は、観察記録によれば、3〜4年の周期で生じていることが知られており、レミングサイクル(Lemming cycle)と呼ばれてきた。

こうした、レミングサイクルが生じる仕組みは、学術的に注目されてから80年以上たつが、生態学における未解決問題でもある。

しかしながら、2003年に大幅な進展
*4があり、少なくとも北極圏のレミングについては、周期性の仕組みが大筋で解明されている。ちなみに、こうした、動物の個体数に注目して生態を調査する学問のことを、個体群生態学(population ecology)*5というので知っておこう。

もっとも、レミングの大発生が有名な理由は、弊害や生態学上の謎ではなく、まったく別の理由である。そう――私たちにとって、レミングといえば集団自殺をするネズミに他ならないのである。

 
   1-A レミングの集団自殺 (Lemming Suicide)

 もしかしたら、ご存知ない方もおられるかもしれないので、簡単に説明しよう。

レミングの集団自殺というのは、個体が増えすぎたレミング達が、ある日あるとき突然ピキューンときて、大集団で崖まで暴走し、あろうことか次々と海へ飛び込んでいき、みんなで溺れ死ぬという現象である。

それが、意思をもった集団自殺なのか、集団事故死なのか、あるいはノルウェーレミング(タビネズミ)のみなのか、レミング族一般の習性なのかといった細部は、語り手によって異なる。

こうした、レミングの大集団が海へとずんずん直進する様子は、男塾名物「直進行軍」
*6を彷彿とさせ、しばしば、死の行進(death march)とも呼ばれているほど恐ろしい。

私のホラでなければ、このときばかりはレミングの目に狂気が宿るともいう…。やや専門的な表現になってしまうが、ボンヤリ(´・ω・`) → (´* ω *`)ピキューン、というほど凄いそうだ。

ともあれ、こういった現象なのだが、まとめて簡単に説明してみよう。

レミングの集団自殺

「 レミングとは、北極近辺のツンドラ生物群系に生息している齧歯動物である。分類学上、レミング族(Lemmini)には4つの属(Genus)があり、およそ20種程度が確認されている。

レミング族は、不思議な習性でも有名である。

たとえば『大辞林』は、レミングの項で「周期的に大発生し、大群で直線的に移動し、湖や海に入って大量死することがある」と記述している。

そう、レミングは、3〜4年の周期で個体数が大きく変動することでも知られ、個体数がピークに達すると、一斉に海を目指して大移動をはじめ、大群となったレミングたちの行列は、海に面した崖を前にしても止まらなずに暴走するのだ。

そして、次から次へと海へと身投げしていき、結局のところ大量のレミングは溺死する。なんとも無謀で自殺的な行動である。

この不思議な現象は学問的にも注目されてきた。たとえば1924年の学術論文には、スカンディナビア半島に生息する、ノルウェーレミングについて「まるで嵐が去った後の落ち葉のように、レミングの死体が散乱し、海面を覆う」という描写がある。

また1955年には、カナダ北部で、クビワレミング属のレミングが、集団で海へ向かって暴走し、次から次へと崖から海へ飛び込み、大量に溺死する決定的な瞬間も撮影された。

いったいなぜ、レミング族のネズミたちは、確実な死に向かう大行進をするのだろうか?

一説には、餌の枯渇による共倒れを回避するための、自発的な間引き行動なのだともいわれている。

あるいは、餌の豊富な新天地を目指す途中に海があり、無謀にもわたろうとしてしまったための大量事故死だという解釈もある。

他にも、故郷アトランティス大陸への帰巣本能、気候の影響、地磁気の異常、太陽黒点との関係など、仮説はいろいろである。

しかしながら、海を覆いつくす、哀れなレミングたちの水死体は、何も答えてくれない・・・。」完

以上、レミングの集団自殺神話のあらすじである。

だが、身も蓋もないが、レミングの集団自殺などという話はウソである。

レミングは、そんな気合の入った行動はしないのだ。当然、レミングの集団自殺が、ほぼ都市伝説に近いということは、専門家同士でも合意が得られている。

しかしながら、残念なことに、集団自殺がどのように誤りであり、どこまでは本当なのかという話になると、必ずしも明瞭には語られていない。

それどころか、明らかな誤解や受け売りが入り乱れているのが現状である。

とくに、この件についてまとめた深い日本語情報は皆無といってよく、英語情報でもニ三の重要文献があるが、大抵は誤った、不正確な解説のまま説明されているのが常である。
*7

せっかく、これほど面白い話題なのに、深く調査した情報が手に入らないという事態は遺憾であろう。そういうわけで、私は、レミングの集団自殺について、決定的な結論が出せるところまで調査をおこなった。

「なにもそこまで・・・」というくらい調べに調べたので、それだけのものにはなったと思う。

では、第二章以降が解明編になるので確認していただきたい。
第2章へ


 

脚注

 


1.スカンディナビア半島に生息
   

 レミングたちの主な生息地

 地図の黄色いところが、ノルウェーやフィンランドがあるスカンディナビア半島である。

中央上部の島がグリーンランドで左がアメリカ。

レミング(lemming)というとき、狭義には、タビネズミと呼ばれるノルウェーレミングのみを指す場合もあるが、本稿ではレミング族(Lemmin)に入る種ならばレミングと呼称することになる。なお、レミング族の種類はとても多いが、添付にて詳細を残したので、参照いただきたい。
 
   

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2.厚生労働省検疫所の「海外旅行者への感染症情報」では2007年にノルウェー北部で報告された「野兎病(Tularemia)」の感染が、大発生したレミングの所業

 まず、野兎病(Tularemia)は、野兎病菌(Francisella tularensis)を原因とする感染症で、CDC(Centers for Disease Control and Preventio)で、もっとも危険とされるカテゴリAに認定されている。ちなみに、「野兎病」の読み方だが、「野うさぎ病」なら、とても可愛いネーミングだが、残念なことに「やと病」と読む。

2007年に厚生労働省検疫所が出した「海外旅行者への感染症情報」を以下に引用する。

「 2006年11月以来、ノルウェー北部にある隣接した3市から野兎病患者9名が検査で診断確定された。臨床からの届け出によれば、患者8名は頚部リンパ節症を呈し、その内5名は口腔および咽頭部感染も記録されていた。

この報告投稿時には、患者1名の臨床像が確認できなかった。患者の年齢の中央値は22歳(範囲2〜54歳)で、7名が男性であった。届け出時点で、患者2名は回復し、2名が有症であり、他の5名については情報が確認できなかった。患者の内4名が入院した。

野兎病はノルウェーでは土着感染し、げっ歯類や野ウサギによって伝播されうる野兎病菌Francisella tularensisが病因となっている。患者が発生した地区では、昨年の秋にレミング
(タビネズミ)個体数が急増した後、現在多数の死亡したげっ歯類(レミング)が報告されている。」

その他;「Outbreak of severe gastroenteritis with multiple aetiologies caused by contaminated drinking water in Denmark, January 2007」Eurosurveillance, Volume 12,  March 2007等参照。

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3.酷いときには絶滅しそうなほど個体数が激減する

 『The Lemming Cycle』 Nils Christian, Stenseth on the population cycles of lemmings and other northern rodents.『Voles, Mice and Lemmings』 Charles Elton,Nicholson,1942 Oxford University Press

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4.レミングサイクル(Lemming cycle)―2003年にようやく大幅な進展

 『Cyclic dynamics in a simple vertebrate predator-prey community』(2003)
 Olivier Gilg, Ilkka Hanski, Benoit Sittleによる記念碑的な論文。詳細は別項にて。

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5.個体群生態学(population ecology)

 個体群とは、ある範囲内に生息する研究対象となる種の個体全体を意味している。個体群生態学では、個体群密度(人口密度)、死亡率、年齢の分布、個体数の変動や仕組みなどを研究する。つまり、個体群に注目した生態学(動物の生態を調査し、研究する学問)である。また、イメージよりもはるかに数学的手法が中心の研究になっており、論文を読むのがなかなか大変である。

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6.男熟名物直進行軍

 直進行軍(ちょくしんこうぐん)とは、高い理念によって運営される日本有数の私立高等学校「男塾」において、一号生の必須行事とされる名物行事である。

やることは単純で、方角の書かれた紙の上で棒を倒し、棒が倒れた方角へ、ただ直進するというだけである。
 だが、困ったことに、直進なので、正面に電柱があれば登らねばならないし、派出所や暴力団事務所であろうが穴を開けて直進しなくてはならないため、都会では非常に危険で困難な行事である。

こうした、男塾の教育方針に対しては、前近代的だと非難する声もあるが、卒業生たちの多くは驚くほど社会的に成功しており、一概に安易な評価をするのは難しいところだろう。死亡事故なども絶えないのである。

これら男塾の名物行事は民明書房大全に詳しいので、興味あるかたは読まれたし。

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7. 大抵は誤った、不正確な解説のまま説明されているのが常である

 本当に深い調査は、日本語情報では皆無である。英語文献では2冊ほど重要な調査があったので紹介しておきたい。

個体群生態学の側からの集団自殺神話解説
 『Do Lemmings Commit Suicide?: Beautiful Hypotheses and Ugly Facts
 Dennis Chitty, 1996 Oxford Univ Pr on Demand

タイトルは『レミングは自殺するか?美しい仮説と醜い事実』という意味である。タイトルが妙にかっこいいが、内容は、かなり本格的な生態学者の研究史といってよい。

著者は、個体群生態学の長老であり、チャールズ・エルトンの元で学んできた人物である。そのため、この神話の暴露にこれほど適した人物はそうそういない。本書では、まずレミングの集団自殺話からはじまり、研究する側のリアルタイム視点で論じられているため、ユニークで信頼性の高い情報が手に入る。

ただし、神話の起源やもろもろについての掘り下げはなく、個体群生態学の本なので当然だが、物足りない。

都市伝説・神話的な側面の解説
 『Great Mythconceptions: The Science Behind the Myths
Karl Kruszelnicki, Bradley Trevor Greive, 2006 Andrews Mcmeel Pub

こちらは、たくさんの都市伝説ネタを扱うが、レミングの集団自殺も大きく扱っている。WEB上にある記事のいくつかは、この文献を参照しているケースが多く、かなりきちんと調べてある。本稿でも、何箇所か参照している。

現状では、レミングの神話を解説したものとしては、この二冊がとくに重要である。

ただし前者は、レミングサイクル問題に、大きな進展のあった2003年以降の研究を参照できていないのが惜しい。(後者は参照している。)当然だが、私の目標は、レミングの集団自殺神話に限定した場合、この2冊を足したもの以上のモノを書くことである。

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