2015年8月14日 (金)

セカンドオピニオンはもらえない

 8月のコンビニシフトは白紙にした。 しょっぱなから息子は熱中症になり 娘のサチュが90以上あがらない。 近所とはいえ子供に鍵を持たせ留守番させるのは危険だと判断した。 自身が放課後教室で働いているので 夏休みも娘を小学校の放課後にあづけて・・・と思っていたが 「あの子が嫌だから行かない・・・」 になった。
 普通級の時はクラスが違っても友達で 支援級になったから口を聞かないでという発言は 子どもながらにショックだったらしい。 子供の言う一言二言まで スタッフが対応できるかと言えば そこまで監視出来ない。 現実に何かもめている雰囲気を察知してスタッフが声掛けしたら 女の子二人は 「何でもありません」 と蜘蛛の子を散らすように離れた。 だから現場スタッフでも対応しきれない問題なのだと母親として思う。 ・・・が サチュ87% 咳はしてるが元気なので・・・と放課後に行かせる訳には(上司の説得もあり)いかなかった。

 サチュレーションの数字の意味を 私も正確に理解出来ているか自分自身でも分からない。 血中酸素濃度なのだろうと思っているが グレン前は70%前後の数字も普通にあり酸素なしで退院し在宅介護(?)だった。 当時パルスオキシメーターは購入していなかった。 パソコンもなかったし ネットで買えることも知らなかった。 手術を重ねる度に数字が上がり 爪や唇の色がピンクになって 体重も増え身長も伸びた。 冬場気温が下がると 雪遊び等すると 顔色唇等が紫を通り越して黒くなる。 腎臓が悪くて黄疸の出ている茶色とは違い 拡張された血管の関係で赤味のある顔が黒くなる。 プールで体が冷え唇や爪が紫になるのと同じ色が 顔全体に広がる。 この色は恐怖である。
 87%の顔色は悪くない。 冬場の雪遊びに比べて赤味たっぷりである。 苦しいかと聞けば 咳が 痰が 苦しいという。 でも・・・ 歩けるし 笑えるし・・・である。 母親実験でもないが 宿題もやらせてみた。 答えの正解率やスピードに難ありだが 出来なくもない。 そしてだらける。
 ゲームやテレビは 苦しくないみたいである。 自宅に友達を招き静かにおしゃべりも可能であろう。 学校は行けるのだろうか? 遠足や運動も可能なのだろうか? 疑問は沢山のこった。

 そんな地元クリニックがお休みの木曜日 前日の駅前で映画見ただけで疲れて嘔吐したり(妹) 発熱したり(兄)が気になって胃カメラのんだ子供病院へ連れて行く。 自宅で計ったサチュは93%まで上昇。 元気になっているともいえる。 でも不安だった。 せっかく循環器科でカルテ作ってもらい 小児慢性に名前まで記入して入れてもらったのだ。 使わない手はない。 そんな考えが安易だった。
 予約以外はER扱いになる。 トリアージしてくれた看護婦さんは親切で サチュレーションの低さを 一緒になり心配してくれた。 ついでに高尾山登山遠足も 心臓の病院ではOKでたが ここまで体調が悪くない時に質問した。 漠然と70%台になるまで受診不要と言われるのは病院のありかたが手術メインの外科病院だからだと思った。 病院がかかげる医療連携プレーとは何か・・・ 親でさえその意味は不明である。 いや自分の仕事(心臓)以外見ませんと断言しているように聞こえるのは 気のせいだろうか。
 看護師は 私の話をきき 「おや・・・ まぁ・・・ お母さんも辛かったですね・・・」 と相槌を うってくれた。 それだけだったけど少し心が軽くなった。 私も不安なのだ。 前主治医は言った
「数字にとらわれず 子供の顔をみろ」 
 親なら自分の子どもしか見ないが 教師は娘の顔を 表情を読み分けられるものなのだろうか。 チャレンジさせるのはかまわないが 死亡事故につながらないか不安だった。 10年が寿命なら 娘は既に大往生である。 でもそれは考えたくない世界だった。

 ERのドクターは 一通り観察して胸の音など異常なしで あえて血液検査もレントゲンもとらず 娘の笑顔と自分で歩けるようすを観察し 心臓の医師(主治医)の意見に賛成した。 緊急性はないと・・・。 
「サチュレーション70%台まで緊急性はないと言われているのですが・・・ ぶっちゃけこの様子で運動会や遠足はどう思いますか?」 私は質問した。
 その医師はERなので心臓の専門でないことを断った上で教えてくれた。
「他の医者(多分循環器の先生だとおもわれる)と相談したのですが・・・ 通常 フォンタンまでたどりついた患者は 手術した病院で管理するのが通例です。 家庭の事情で北海道から神奈川へ引っ越し等なら話は別ですが・・・ そういう特殊な理由がない限り こちらも勝手な判断は下せません。」
 たてわり行政と同じで 医者の間にある見えない壁を 垣間見た気分だった。 
「遠足・運動会についても同じで もっと心臓の病院とお母さんがコミュニケーションを取って下さい」 と言われてお終いだった。 見学しろとも休ませろとも言われない。 心臓病院がOKなら OKなのだ。 

 ちょっと ショックだった。 まあ・・・ 咳だけでサチュは87%から93%まで上がったので元気になりつつあるとも言えよう。 家のベッドの中では トイレにも行けず 食事も出来ないとのたまわってた娘が 病院へ行くと言った瞬間 お出かけ気分で洋服着替え コンビニ弁当を要求する始末。 要は 甘えているのだ。 ベッドで動かず オムツをはいて食事を持ってきてもらえば満足だったのだ。 それだけの話である。 
 今日の分の薬があったので 文字通り何もせず 翌日地元クリニックへ行った。

「セカンドオピニオンが 欲しかったんです・・・」
 校医でもあり 娘の風邪などの症状のかかりつけ医である地元クリニックの医師に遠足や運動会の相談もした。 
「体育教師が 学校生活管理表のD判定で 外周道路のマラソンやシャトルランを頑張りすぎてしまうように 遠足前のサチュが87%で 娘のペースで登山OKなのか 本当にそれが大丈夫なのか自信がもてないのです」 
 医師は フォンタン術後患者の管理する病院=医者の住み分けの話に納得していて 
「それは教育委員会の管轄です」 と言った。 

 管轄・・・か。 見えないガラスの壁の中で 一人大声でさけんでいる気分だった。 結局障害者手帳(心臓)を 持っているから就学相談に呼び出され 出来ない事をマークされ 支援級に移って 噛まれて 保護者会の時に別室に待たせた子供の面倒をみてくれた学校職員(補助教員)の時給を 請求される… でも実際(まだ)支払ってはいない この状況に おもいっきり憂うつ(U2)な私がいる。 
 今まで土曜日は コンビニのシフトを入れていた。 子供の世話をしようと白紙にして 結局子供と一日一緒にいることに耐えられなくなった私。 フラッと駅前まで外出した矢先に 娘が耳を押えて異常なほど転がりまわった。 父親が救急対応の大学病院を探し連れて行った。

 咳が長引き・・・ 中耳炎になった。 だから 熱でもないのに頭(耳)を 冷やしていたのか・・・ そうすると楽になるから・・・と彼女自身の経験で 自分で対処していたのだ。 だから兄にも機嫌悪く乱暴な口ぶりだったのか・・・ と今頃気付いた ダメな母親が帰宅して 顔を見て大泣きする娘を抱きしめた。 
「今まで泣かなかったのだから 甘えさせるな・・・ くせになるぞ!」 
 と父親が言った。 耳が痛いと言ってくれれば助かったのだが それが伝えられなかった娘。 支援級に入れてからの日々 言葉がでなくなってきた娘。 乱暴になったと感じた。 
「辛かったね・・・」 泣き叫ぶ娘を抱きしめていたら 気付けば 眠ってしまった。 

 いつから耳が痛かったのか定かではないが 木曜日に行った 子供病院のERドクターはペンライトを照らし 耳の中も見ていたっけ。 あれで中耳炎が見えるのか 見えないのか 医者同志の住み分けがあるから気付いたけど言わなかったのか分からないが とにかく見落とした。

 この一週間は病院ばかりで 久しぶりに忙しかった。

  
 
 

2015年8月12日 (水)

サチュ90%以下で出来る事

 通常夏場は調子が良い。 でも咳が続くと嘔吐したり 食欲落ちたり・・・と具合の悪くなる病弱児(心臓病児)を 抱えた母親の観察日記です。 連日35℃を越える猛暑日が続く中 熱中症対策として昼夜を問わず冷房を フル回転し体調管理に気を配っても体調を崩しまくる子供達。 娘の咳を心配して地元クリニックに連れて行ったら サチュが90%以下の87~89%でストップしていることが発覚。 それを聞いてしまえば 数字にとらわれ始め 逐一 パルスオキシメーターで 体温とサチュを 確認し始めた私。 
 地元クリニックで処方された咳止めの風邪薬は アスベリンとムコダインを 3日分。 飲めばすぐに咳が止まるものでもない事も分かっていた。 コンビニも放課後教室も 娘(最初は息子の発熱)の体調不良 = サチュ87%で入院なしの事実に 私以上にひるむ。 
「こども病院のERに連れて行って セカンドオピニオンを もらったら?」 
 自身の子供もVSDでオペした経験のある上司は サチュ87%の意味を 誰よりも理解してくれている私の理解者でもある。 
「明日も 明後日も お休みして良いからね~。 その先のことは また話そうね。」
 面倒見の良い彼女は 私が働く = 娘を 地元小学校の放課後教室に預けることを理解していた。 この状態で放課後教室に行かせるのは キケン。 
 主治医が この子はそれが普通・・・ と言えば いや 私達もそれが娘にとって普通で +α 咳が止まらないなぁ・・・ 冬ならいつものことだけど 今は夏なんだよなぁ・・・ 位に思っていた。 だから普通と言われれば あぁ・・・ 普通なら 普通に放課後教室に預けて半日働きに行こうかなぁ・・・ 位に思っていた。 
「それは やめましょうsweat01」 まさかの上司のストップが 入る ← 多分この感覚が 正常です。

 だって・・・ 冬は 丸々3か月以上 咳してるし嘔吐するし サチュ90%あるかないかで 体育のお着替え(傷跡をののしられて)出来なくなって 自主的にお休みするまで 普通に学校行ってました。 2年生の時は 嘔吐と逆流はワンセットなので 感染性の病気じゃないし 学校で暴れなければ(でも休み時間走りまわってるみたいだけど) 授業も行けてた。 逆に医者がOKと言ってるのに学校行かせないのは 親の児童虐待になり 養護との復籍かねて冬場だけでも在宅で教師派遣できないか 教育委員会に相談したが 出来ないの一点張り。 前校長は予算の話ばかり 補助教員不可だから・・・・・・ 決断せよとせまり 養護の知的と肢体不自由見学して話を聞いて 地元教育委員会(市の職員か都の職員か不明)と話し合いを重ねて 支援級に移籍した。
 支援級移籍しても 放課後教室の利用は可能だったが ・・・ 言わなきゃバレナイと思っていたが 内部からバレタか・・・

 つまり この状態の娘を預かる担任の先生のストレスは相当なものだろうと思った。 ならこの状態で どんな勉強が出来るのか観察してみた。
①算数プリント
 両手で足りる簡単なたし算・引き算・・・・ 指を使っても計算ミスする
 10円・50円・100円玉の絵がかいてあり 金額を数字に直すプリント 例:100円玉1枚と50円玉1枚 = 150円 が・・・できないsweat02
 100円玉が1枚づつ増えていき 150円・250円・・・・ 100円玉3枚が300円と理解できなかった。 というか考える事に疲れた様子だったので とりあえず中止。
「ちなみに・・・ 300円(100円玉3枚)と500円玉1枚 どっちが多い?」 の質問に無回答sweat01 多いの意味が 金額なのか玉の数なのか悩んだとしても何に悩んでいるのか言えなければNG (相手に伝わらない)・・・ので
「・・・ これじゃぁ・・・ 週末の盆踊りにお小遣いあげられないね・・・」 とつぶやいたら 大きな瞳から 大粒の涙が ポロリ・ポロリとこぼれ始めた。 悔し涙か 悲しい涙か分からないけど 見守った。 努力でなんとかなるものか 数の概念が理解できない障害なのか見た目で判断できない私。 

 とりあえず 一時中断

 してたら 勝手に立ち直って 国語の書き取りプリントを 始める。
③書き取りプリント 「」 や 、。に注意して書こう・・・ 見本を見ながら書ける事にはかけたが あり得ないほど汚い字だった。 サチュ90% 酸素なしで 本人も頑張って書いたといっていたが サチュ96~98%(小1夏の宿題)に比べて 字が乱雑である。 漢字を覚える前に ひらがなを 頑張りましょうというかんじでした。

④言葉の語彙を 増やすプリント 課題は小さなや・ゆ・よである。 絵を見て文字を書こう・・・ 言葉が浮かばない 知ってる単語だと思うが 言葉が出て来ない。 また聞き取った音を 言葉(ひらがな)に直せない。

 ・・・ うちの娘 ここまで できなかったっけ? ・・・・ 

 と言う位 1年生レベルの問題がとけてない。 幼児時代にドリルでスラスラ 一人で絵をみてしりとり書いてた時は サチュ98%あったっけ・・・ と思い出す。 そして思った この状態の娘は1年生レベルの問題も出来ない = 知的障害児と呼ばれる存在かもしれないが・・・ 小1レベルの子を 富士山の頂上とは言わないが7-8合目で100マス計算1分で出来ないのと同じ状態ではないのではないかと 思った。 
 心臓の 循環器の奇形で低酸素で育った娘は 至る所の血管が拡張している。 だから命が助かったのかも知れないが・・・ この先90%前後の数字が続くなら この状態で勉強させることの意味って何なのだろうか。 
 それこそ 前校長のおっしゃる通り 体調悪いなら家でおとなしくしれてばいい・・・ 学校に行っても行かなくても義務教育の終了になる。 その方が他人に迷惑をかけずに済んだだけの話かもしれない。 自分の足で歩けることが問題なのだろうか。 自分の足で歩いて学校に行けるから養護の肢体不自由の受け入れ枠から外れるのだろうか。

 その日の午後 駅前の映画館でポケモンを観た。 片道2Kmを 日陰を探しながらバス代けちって歩いてみた。 結果 歩けた ← 普通の親は サチュ90%で歩かせないでしょう。 秋の高尾山遠足も 主治医OKが出たので 検温して熱なくニコニコしてたのでやらせてみました
 オニギリで昼食にして 映画みて DSキャラクターGETして・・・ 夕方バスに乗って帰る。 それだけだった。 その日は 父の命日だったので駅前の花やでアレンジメントされた花かごを購入して 手土産にお茶を選んだ。 娘に花を持たせていたら 体が疲れたせいか いきなり咳き込みゲロッた。 花は一応プレゼント用にラッピングされていたので その上だったので 花自体はセーフ。 息子大騒ぎ。 昼に飲んだ風邪薬の色の液体が逆流したと意外に冷静な私。

 ・・・ あら お昼に食べたのが夕方消化できなかったのね ・・・

 サチュ90%で 出来る事と出来ない事。 出来る事は 勉強と映画鑑賞 静かに動かない事。 出来ない事は 運動。 動くと咳が止まらず 吐く。 

 この結果を踏まえて 私は2学期の遠足 体力をつけさせるお楽しみ的カリキュラム支援級の遠足 高尾山登山を ・・・主治医OK出たよ・・・ と担任に伝えるべきか 一人胸に秘めてお休みさせるべきか悩む。
 文科省も東京都の教育委員会どちらも 特別支援学級の位置づけに 知的障害児もそうだけど病弱児の受け入れも可能と書いてある。 病弱児のことも 本当に考えているのなら なぜ遠足メニューに高尾山の登山があるのでしょうかsweat02 
 父親の仏壇に手を合わせながら 心の中で祈った。

・・・ 先に逝ったのは勝手だけど 私の娘を呼ばないでよね! もう少しキチント見守って下さい ・・・  チ~ン

 娘がゲロッたラッピングをはずし花を飾り 涼しい顔してお線香をあげる。 父親の好きだったキリンビールで乾杯し 独り言をこぼす。 娘がつまみの焼き鳥をはこぶ。 誰もいない空間。 仏壇の父の遺影を見ながら 頭悪いけど気の利く可愛い娘(孫)に二人で乾杯beer

2015年8月10日 (月)

猛暑 *サチュ87%*

 連日 暑い日々が続く。 朝も夜も冷房を効かせたのに子供達が次々と発熱した。 最初は兄だった。 二段ベッドの上段で眠る兄はクーラーの風が直撃する。 だから布団は2種類用意してあった。 タオルケットと薄手の羽根布団。 親の心 子知らずというのか 寝ている時の人格をどうのこうの言うべきでないのか 昔から兄は寝相が悪い。 なんど布団を掛けても蹴り倒す。 その結果・・・ 発熱・頭痛・倦怠感と 熱中症の初期症状を 母子で外出した道中で訴えた。 速攻で帰宅する。
 38・8度・・・ 体中冷やして 水分(スポーツドリンク)&梅干しを取らせる。 不思議と食欲はあった。 翌日も37.7℃からスタート。 放課後教室の受付だけして 人数数えて10人以下だったので 上司が帰って良いと言ってくれた。 家に帰ると具合の悪い子供達・・・ ちなみに娘も兄のマネして おでこにヒエピタ貼って 検温の結果 37・1度と主張 ・・・ 家中ぐうたらな雰囲気があふれていた。
 頭痛はするけど テレビはつけっぱなし・・・ でも宿題できないと主張。 まあ頭痛だからね・・・と 放置する。 30分毎の水分摂取&梅干しを指示。 水分は飲むが 梅干しは貝のような口になる。 水分と適度な塩分摂取で 汗やおしっこを 出し熱を体の中から下げる。
 この作戦で 兄は病院に行くこと無く 3日目には36℃台まで下がった。 反面 娘は怪しい咳をしていた。 食欲も不振。 水分はとっているが 利尿剤を入れた割には おしっこが出ていない気がする。 それは丸くなった顔が 証明しているが むくんでいるかというとそこまでではない。 親だから分かる 娘のブス加減は 別名親の神経質ともとれる。
 朝の検温で 37・4度 & 咳が止まらないので 地元クリニックに夫が連れて行った。
速攻で 電話がかかってきた。

「サチュレーションが 何度計っても 87~89% でストップする。 ねぇ・・・ 君 この前の外来で 心不全の疑いアリとか いわれてないよね」 
 
 サチュが低い。 低すぎる。 そう言えば・・・ 入院中も90~95% だったっけ。 でも 麻酔から覚めたばかりだったし 食事制限してたし・・・・ 一瞬で頭の中が 真っ白になる。 けど 医者からは何も言われていなかった。 前回も具合悪くて 胸の写真とったら 白い影と心臓が大きくなっていたので 心臓の病院を受診したら 日直の若手の医者から言われたっけ・・・
「その病院(地元クリニック)は 娘のレントゲン写真の何をみて 心不全と判断したんでしょうね・・・ お母さん」
「・・・ 私に言われても 知りません!」
 私も医者じゃない。 一緒にレントゲン写真見てるけど 心臓の病院でも 地元クリニックでも 見てるだけで医学的知識もないし判断は下せない。 分からないから 分からないと答えた。 若手の医者はみるからに不機嫌だった。
 そんな記憶もあり 洗濯物を干して 病み上がりの息子に留守番を命じた。 とりあえずクリニックに顔を出すと帰ったというので 薬局へ向かった。 咳止めの薬をもらい 娘は商店街でアイスを 食べていた。 店の前でタバコを吸っていた夫に声をかけた。
「こほうび?」
「ごほうび」

 家の冷凍庫はアイスクリームだらけだった。 何も外で食べさせなくても・・・ と思いながら 一息つきたかった夫の気持ちも理解した。
「何だったの?」
「結局 先生同士・・・ 心臓の主治医と直接(電話で)話してもらって 娘の心臓の大きさも 白い影も 昔からずーとそんな感じだから 問題ないということになった。」
 
 元から心臓の病院 前主治医からサチュ70%台まで 来なくて良いと言われている。 87%だろうが 89%だろうが 別にどうでもよいのだろう。 咳がでて ゼロゼロした感じだから数字が落ちたのかもしれない。 酸素を当てて どうこうしようというレベルではないのだろう。
 心不全も 私達から見たら 良く分からない。 この心臓の状態で 娘は普通に動いているから経過観察しているのかも知れない。 例え・・・ 死亡して 原因の究明をした時 心不全だったと後から分かったとしても フォンタン術後の10のリストの考えられる死亡原因の中に心不全は入っていた。 だから医者から言われたか 言われてないかだったら 説明を一度受けたことになるのだろう。

 もう・・・ 本当に 何もないのだと思った。 この体で やっていくしかないのだと思った。 心臓の専門医ではない 普通の医者が懸念するレベルでも 娘の症例を研究するレベルの医師達にとって それは何でもないことなのだと改めて思った。 

「普通に生活していいよ・・・ 小学校も普通で大丈夫だからね・・・」

 入学前の主治医の言葉を 思い出す。 普通って 何だろう。

2015年8月 8日 (土)

コンビニ・ブラック物語⑥ *クレーム*

 「すっかり週末の顔になったね」 とマネージャーから言われたのは6月の終わりだった。 娘の入院で精神が完全にテンパっていた。 とにかく新しい病院に緊張し 娘もポツリと寿命に関してつぶやいたり・・・ 母親の寿命が延びたり・縮んだりと 頭の中を白紙にするには仕事が簡単な逃げ道だった。 子供の出来ない具合は見ない。 だから朝6時から日曜日は入る。 本当は平日5日 9-13時働ければ契約書通り 週20時間働けた。 でもそうは問屋が卸さない。 やはりお金が欲しければ 人が働かない時間帯に入るべきであると悟る。
 結果・・・ すっかり週末の顔になった。 しかも働くスタッフは ありえないことに オーナー・マネージャー・私の3人である。 クレイジーな忙しさを体験すれば 平日の忙しさはそよ風みたいなものだった。

 店長がいなくなってから その負担は当然オーナーとマネージャーの方に降りかかる。 バイトは バイトである。 
「誰も 店のことを 考えてくれない・・・」 とマネージャーはぼやくが バイトとは本業(学生や主婦)など本業がある副業である。 主婦とは子供の病気や親の介護に振り回される存在である。 だから時給計算である。 学生は 学業が本業なので試験前には休むべき存在である。 そして各々の個人情報を管理し シフトのやりくりをするのが 管理職であるオーナーの仕事である。 
 だからマネージャーが 本部から来るキャンペーンの通知を バイトにノルマとして課す姿を 私はおもしろいと思ってみていた。 案の定 高校生が辞めた。 マネージャーだけが理由が分からないという。 自分が新人時代 言われるままに 同じように購入してきた中元やカードの申し込みを 月給1万・2万のバイトにも課す姿に 面と向かって反論したのは 私だけだったかもしれない。 オーナー以外社員は店長のみというのもコンビニならではのスタイルである。 雇用体系(時給計算か月給制)の違いはあれども 立ち場は同じバイトとぼやくマネージャーに同意するでもなく聞き流していた。 世代が同じだから 歯に衣着せず言えただけだが 所詮バイトと割り切っていたから 何でも言えた。 とても気楽な職場だった。 

 事態が一変したのは マネージャーの子供 大学生たちが各々保育園の実習や 看護学校の実習が入り 2歳の弟の面倒を 保育園が休みの日曜日に面倒見れなくなった時だった。 マネージャーが 息子を連れて店に来た。 2歳だからいう事はきかない。 何でもイヤイヤいう。 そして母親の後追いを 始める。 事務所に隠して仕事したい母親の気持ちは分かったが 扉を開けて レジやフライヤーなど出入り自由。 しかも 店内走り回り・・・ 仕事が出来る状態ではなかったが 空前絶後の人手不足である。 
 ゆとり教育のオーナーに対し スパルタ教育のマネージャー。 どちらも一長一短である。 
「このキャンペーン 何ですか?」 「俺 知らない。 何か案内きてたけど読んでるヒマない」 と言われるのと 朝入って 「オニギリ2個で 妖怪ウォッチのファイル配ってるから 声掛けしてね。」 と言われるのでは バイトとして対応の仕方が違う。 
 ちなみにオニギリの棚に ファイルが欲しい人は この紙をレジまで持って行ってね・・・的な案内は 書いてある。 だから小学校のプリント方式で言えば 案内を見落とした時点で顧客の自己責任である。 バイトのレジは 無関心を通して良いことになる。 
 でも・・・ プリントを一回読んだからと言って 小学校の年間予定表が頭の中に入らないバカな母親のたわごとであるが 小さなお子様や 孫がいそうな老人に 現物(年寄りにクリアファイルと言っても通じない)を見せる。 日本人はタダがお好きである。 明らかに見て分かる独身女性や男性は 「いらない」 と反応する。 
「お孫さんに・・・・ 喜びますよ・・・」 は 年寄りの殺し文句である。 第2次ベビーブームを席巻した多摩丘陵の団地である。 孫の喜ぶ顔を想像し オニギリ追加オーダー入りまくりである。 恐るべし孫パワー。 孫の為に オニギリで夫婦昼食を買いに来たと宣言する老夫婦まで現れた。 

 仕事が楽しいと感じ始めた頃 事件は起きた。 マネージャーが 子連れで現れた日曜日は 夏休みの始まりだった。 人の波が切れなかった。 店内には 山積みされた納品の山で 棚には品切れの状態だった。 が、 人手不足でレジ2台打つと 納品チェックや棚だしができなかった。 しかもマネージャーの子は 泣き叫んでいた。 マネージャーは仕事に出れる状態ではない。
 店自体がアップアップだった。 でもね・・・ 見たくないならシフトを削ればよかたのだ。 それを しなかったのは マネージャーの姿に 過去の自分を重ね合わせてしまった。 実家の自営業を 息子を連れて頑張った。 帳簿を付けた瞬間 ハイハイを始めた息子は 石油ストーブでつかまり立ちをして 手を焼いた。 
「母親が側にいて起こった事故だから 仕方ないよね・・・」 私の母親は簡単に言い放った。 
 寝返りを打ち始めた娘は 段差 畳の部屋から 縁側に落ちた。 ワーファリンを飲み転落注意の状態であることは母には伝えてあった。 でも理解してもらえなかった。 仕事を辞めたい。 実質賃貸物件は弟名義だから そっちでやってもらえないか何度も交渉した。 娘の命の話もした。 理解出来ないのかスルーした。 退院=普通と解釈された。 
 遠くへ引っ越したいと夫に何度も訴えた。 娘の手帳が1級の内に公団へ申し込んだ。 父から相続した 市街化区域(まだ区画整理はされてない地域)が足かせになり 1級の障害児がいても 都営住宅は落ちまくった。 抜け出せない負の連鎖だった。
 子どもがいるから 仕事はたいしてできない。 でも・・・ 仕事が気になって子連れで来てしまうマネジャー(40代)の姿を 見てられなくて週末のシフトが12時間労働になっても受けてしまった自分がいた。 女社会は 助け合いである。 無言で助け合った。

 でも一人の老人が この和を乱した。 喉が渇いて炭酸水を購入していた。 
「コップを ください」 その老人が言った。 
「申し訳ございませんが・・・ 当店は 紙コップは ございません」 やんわりと断った。 
「そこに あるじゃないか!!」 
 彼が指差したのは ホットコーヒーのカップだった。 
「これは 差し上げられる紙コップではなく ホットコーヒーを飲まれる方のコップで 一つ100円とお値段も高めなので 差し上げる訳には参りません。」 
 やんわりと断った。 しかし その老人は炭酸水151円と100円玉を財布から取り出し 
「金を払えばいいんだろう! つべこべ言わずにそのコップをよこせ!!」 とお金を投げた。 
 頑固な年寄りになれていたが 浮かぶ言葉がなかった。 
「コーヒーは飲まれないのですか?」
「金を払えば いいんだろう!!」 
 気持ち的には タダでこの老人に紙コップを差し上げたかった。 でも仕事だから出来なかった。 小銭を投げられ することは他に無かった。
「・・・ 本当によろしいんですか?」  最終確認だった。
「つべこべ言わずに そのコップをよこせ! 金は払っただろう!!」 
 これ以上 確認の使用がなかった。 だから100円でホットコーヒーのカップを売った。 それだけだった。 

 数分後 50代位の男性が 「父親が間違って ホットコーヒーのカップを購入したから返品したい」 と言ってきた。 さっきの老人のことだと思った。 店から出て持ち出したカップであるが 私は何も言わず返品に応じた。 返品出来ないと知らなかったから 老人だし あんだけ説明したが お客様である ・・・仕方ない・・・ と割り切った。 
 でもこの手の品は 返品出来ない事を 私は知らなかった。 だから返品項目の品名が出なかったのでレジ操作を 思いっきり手間取った。 お客様を お待たせしてはいけないと思い 操作は後にして「替」ボタンを押して レジを開いて100円返金した。 
 その瞬間 マネージャーが 納品の献品作業をしながら言った。 
「そのカップ 捨てて!!」 
 捨てるなら いっそ 差し上げてしまえば良いのに・・・と思ったが 捨ててと言われれば 何も考えずに捨てた私。 顧客の目の前だった。 彼は黙って出て言って 直ぐに戻ってきた。 
「俺の聞き間違えじゃなかったら・・・ 聞えよがしに そのカップ捨ててって言ったよなぁ!!!」 
 クレームである。
「俺の親父は 汚い病原体か何かだと思っているのか!!!」 
 大声で怒鳴りまくる男性。 
「そんなこと・・ 思っていません。」 私は答えた。 
「じゃあ・・・ お前は 返品したカップを どうしたか言ってみろ!!」 
「言え!! 答えろよ!! 捨てたのか! 捨ててないのか!! 捨てたなら 俺の親父は汚い病原体として 扱ったってことだよなぁ!!!!!」 
 捨てろと命令したのはマネージャーである。 バイト歴4か月の私は 何も考えずそれに従っただけである。 でもそれは この人にとって 言い訳にならないらしかった。
「捨てたのか! 捨ててないのか答えろよ!!」 彼は私のネームタッグを見て Kaoさん!! と呼んだ。 
 その質問には答えたくなかった。 けど正直に答えてしまった。 捨てろと命令されたから・・・ 
「捨てました・・・」 
 その瞬間 この男性は 父親を病原体として扱ったと大騒ぎし始めた。 そうではないと説明しても 頭上の防犯カメラが 私が返品されたカップを捨てた姿を捕えているから 覚悟しろ!! と何度も言い放った。 防犯カメラは全てを記載していた。 私が親切丁寧にお父様の対応を したことは 彼には関係ないと言い放った。 
 彼の言い分を聞いて涙が出そうになった。 捨ててとマネージャーに言われたから 条件反射で廃棄しただけだった。 何も考える頭はこの忙しさの中でなかった。 それを 責められているのだ。 
「捨てて!!って 聞えよがしにわざと言ったよなぁ・・・」 
「私は言ってません。 決してお父様を 汚い病原体扱いはしていません。」 
「じゃあ・・・ なんで お前はカップを捨てたんだぁ????」 
「・・・それは 彼女(マネージャァー)に聞いて下さい。」 それしか言葉が浮かばなかった。

 少し離れたもう一つのレジにいたマネージャーは 「もう客がいなくなったと思っていいました。 聞こえてるとは思えませんでした!」 と言い放ち 事務所に引っ込んだ。 表に出ているのはバイトの私だけ。 オーナーも マネージャーも事務所の中にいた。 出て来ない。 かばってはくれない。 マネージャーが引っ込んでしまったので その男性は私の方へ戻ってきた。 直接カップを捨てろと命令したマネージャーに理由を聞いてほしいと 男性にお願いした姿を レジ1からレジ2まで歩かせたことで 顧客をたらい回しにするなってない店だ。 それが客に対する対応かと 彼の怒りはヒートアップした。
「俺の親父は 汚い病原体だと思って扱ったんだなぁ! Kao!! 全ては防犯カメラが見ているんだぞう!!」 
 息子はそう言い放った。
「私は何度も お父様にコーヒーカップは 100円のコーヒーを購入するカップであることをご説明しました。」 泣きそうになるが 涙はこらえた。
「お前が 親父のカップを捨てた姿が そこの防犯カメラに全て収められているっていうのが 分からないのか バカ女が!!!」
 熱くなる顧客の応じて 私も自分を失った。 この大声で叫ぶ顧客がいても オーナーもマネージャーも助けに来ない。 クレーム処理も仕事の内と思っているのだろう。 オープン当日の出来事を 思い出した。
 野菜の直売を 店先にテントを張ってまかされた。 テントの設置は誰がしたのか知らないが 前足が駐車場の車輪止めの縁石より前に出ていた。 テントがあるのにそこに車を止めようとした客 数台が車をぶつけた。 普通パイロンか何かを置くのに本部が持って帰ったので店に用意してないのが原因だった。 車が傷つき何人もの運転手が激怒して怒鳴りつけた。
「申し訳ありませんでした・・・責任者に代わります」 オーナーもFCも倉庫に隠れて客が帰るまで出て来なかった。 本部から来たFCは 「クレーム処理も仕事の内だと」 言ってのけた。 これが時給800円台の仕事である。 男性に大声で罵倒されつづけるのに疲れ 自分を失う感覚だった。 
「そうですね・・・ 全て記録されてます。 私が キチント説明した過程も・・・」 
 反抗的な態度が気に入らなかったのだろう。 それが客に対する態度かと本社へ連絡してやるから 電話番号を教えろと言い放った。 
「申し訳ございません。 わたしもバイトなので 本社の番号は存知あげません!」 
 事実だった。 その事実を言えば 火に油を注いだ。
「バイトとか 客には関係ないだろう。 金もらってるんだろう! お前は!! それなら責任があるんだろうよ! お前の名前は覚えたからな! 覚悟しろ!!」 

 そう言って 自分で番号を調べ本部へ目の前で連絡した。 オーナーも捨てろと命令したマネージャーも出て来なかった。 たった一人で 涙を浮かべながら 私の名前を連呼して最低最悪のスタッフがいることを コーヒーカップ(店外に一度持ち出した品物を返品に応じた私を)ののしる彼のたわごとを聞きながら 他の顧客のレジ対応をした。
 相手が大声で怒鳴りながら電話をかける姿が横目に入った。 認知症の父親が間違って買ったカップを 返品しただけなのに客に対して店員がなってない。 四六時中録画された姿が映っている防犯ビデオを見せろと息巻いていた。 Kaoという店員が 父親が触っただけのコーヒーカップを捨てた証拠が映っているからと店中に響き渡る声でののしり始めた。
 そうしてやっとオーナーが出てきた。 大きな声でわめきたて 激怒していたのは分かっていたが 上司の指示に従って捨てたカップで 何でここまで言われなければいけないのか分からなかった。 社員教育なんて何もなしで入ったバイトである。 普通の企業であれば クレーム等は上司が対応する。 でもきっとマネージャーは自分の雇用体系がバイトだから 私と関係がイコールだと思った(宣言していた)のだろう。
 その日は6時から働きながら3時まで休憩もなく働いた。 2時にその顧客は戻ってきた。 
「申し訳ございません」 と謝る私に 「もう遅い」 と言い放った。 
 コーヒーカップを 購入した父親は 認知症だと言い放つ。 なら何故 買い物をする傍らに 貴方はいなかったのだろうか? 思ったけど 口にだせなかった。 
 俺様は お客様であると 何度も本社からきたエリアマネージャーに 罵倒していた。

 エリアマネージャーは 防犯カメラをチェックして コーヒーカップを購入した老人が カップの内側まで指を入れていたので このカップを捨てるよう指示したマネージャーに過失はないと養護していた。
 このコーヒーカップは 本来返品を受け入れてはいけない品物だった。 私はそれを 知らなかった。 その説明はない。 でも・・・ この問題をエリアマネージャーは 私にこう言った。 
「 (子連れで働く)マネージャーに休みを与えたいから 当分の間 Kaoさんとオーナーの二人体制でやってくれないか・・・」 
 無理ですと即答した。 勤続7年のマネージャーと バイト歴4か月の私が オーナーのフォローを 完璧に回せる訳がなかった。 
 ・・・ 何言ってるんだろう この人 ・・・・

 いっそ 私を切り捨ててくれと嘆願した。 すると相手の男性が この件でKaoを 首にして損害賠償請求されると困るので 彼女はクビにするなと言い放ったらしい。 民法は 理解しているらしかった。 憎たらしい程に・・・

 本部へ 目の前で名前を言われてクレームをあげられるストレスを 理解できるだろうか。 私はその後 眠ると男性の怒り狂った顔が浮かぶため不眠と嘔吐の日々連続の日々が始まった。
 顧客に 自分の雇用体系バイトであるということは言ってはいけないのだろうか。 以前の私なら客の立場に立ち それは言わなかっただろう。 でも学校も これは自分の仕事じゃないとか この職員は補助教員で時給計算だからという。 病院スタッフでさえ労働基準法だの日勤の仕事だの夜勤の仕事だの何だのと自分の都合ばかり押し付けていた。 サービス業で働いていた私なら言わない。
 けど母親になり病院スタッフや 保護者会で教室に待たせた娘の世話をしてくれた補助教員の時給を払えと担任から提案され 自分の中の常識が覆った。 雇用体系や自分の仕事を相手に伝えることに罪悪感はなくなっていた。

 私は そんなにいけないことを したのだろうか。 自分の社会性の感覚がマヒしてきたのが 自分でも分かる。 私は 今 頭がおかしいのだろうか。 狂い始めたのが 社会なのか 障害児を子育てする自分自身なのか分からない。 
 分からないけど 不眠と嘔吐の日々が始まり コンビニのレジに立つことと こんな未熟な自分が新人教育することに ストレスを感じるようになった。

2015年8月 7日 (金)

コンビニ・ブラック物語⑤ *人手不足*

 世代の違いというのだろうか・・・ キャンペーン始まります ヨロシク ・・・ 見たいな連絡をLINEで連絡をとりあっていた店長。 フェア(700円で1回くじが引ける)が始まっても 協賛企業とのタイアップ(本社的には何かあるんだろうが)等 難しい事(店全体の売り上げの問題等)は入りたてのアルバイトには理解できない。 説明なしにやってきたのはやるしかなかったからだった。 その場で当たる商品もあれば 応募券もある。 応募券を集めれば何がもらえるのか分からないが 6時から仕事始めた方々が そんなこと言ってるので 見よう見まねで真似しただけである。 9時から仕事始める私にとって詳細は不明。 オーナーに聞いても 「俺もしらねぇ。 何か来てたけど忙しすぎて読んでない」 だった。 小学校からプリント配布されても 読んでない保護者の言い分そのものだった。

 ガラケーの私はLINEとは関係ないので よくある中学校で 部活の連絡網がLINEで回って来るが 携帯持ってないと無視されたり 悪口の対象になったりと現代の子供トラブルみたいな プチ疎外感を感じた。 でも派遣社員である程度の孤独と 仕事出来ないと契約1か月で更新なしみたいな環境に慣れていたので 自分で仕事を見つけて4時間クリアするのは 学生バイトに比べて上手かったと思う。 
 気付くとシフトから店長の名前が消えていた。 長期の研修にでも行ったのかと思っていた呑気な私。 実は・・・ 元OLさんが夜間・早朝問わず 店長からのLINEでのやりとり内容の一部を見せ セクハラではないのかとやみくもに相談していた結果 オーナーとマネージャーが 自宅謹慎処分にしたらしかった。
 
 ・・・ LINEは 二人の秘密なんです ・・・ 確かに彼女はそう言っていた。 なのに自分からべらべらしゃべるだろうか。 仲良い姿は目撃していた。 しょっちゅう自宅まで店長が車で彼女をおくっていたらしいことも発覚した。 
「またバイトに手を出したから・・・」
 同世代のマネージャーが ある日こぼした。
「またって 前科ありなんですか?」
 仕事を始めて全く見なくなったワイドショー。 そういう話は大好きである。 
「店長の奥さんも バイトのスタッフだったのよ。」
 未成年なら問題だが 職場恋愛ならどこの会社でも良くある話である。 ・・・ つまんない ・・・ 20歳超えた男と女の問題は 直接相談されてないので 放っておくに限る。 後は店の問題なので 聞かず・言わざるを 決め込んだ。 余計なトラブルに介入すると 折角見つけた近所の仕事もフイにすることになる。 だから沈黙を決め込んだ。 

 この謹慎期間に 店長は妻の実家付近でコンビニオーナー募集セミナーに勝手に参加していたことが発覚した。 しかもセクハラ相談していた女性との関係は メールに♡マーク付レベルで 手も握って無ければ 一戦も越えてないらしい (by店長の話) 食い違う 男と女の話。 この辺からおもしろくなってきたかといえば・・・ やはり社員の抜けた穴は大きく いろんなところでしわ寄せが来た。 
 マネージャーの超過勤務である。 オープンスタッフのバイト学生が 一斉で辞めたので人手不足である。 この頃から 午後と週末に私は働き始めた。 

 男と女の問題で ろくな事情聴取もせずに 社員の方の首を切ろうとするかなぁ・・・ シフトのストップするなら 簡単に変わりが見つかるバイトの方でしょう・・・ と心の中で思いながら きっと以前の店で これを何度も繰り返したから 今回は店長が謹慎処分になったんだなぁと思った。

 1万・2万・3万と最初の3か月の給料を経て 4か月目で新人パートの教育係を マネージャーから任命された。 これは何かの嫌がらせか・・・と思いきや 低学年の宿題の丸付けを高学年にさせるのと同じである。 
「どこまで 仕事を 理解しているかの確認作業です」 とマネージャーが言う。 マニュアルを一度も手にしたことのない私が 新人教育するのは 店にとって危険ですと一回は拒否権を 発動したが聞く耳なんてある訳もなく・・・。 しかもこの頃になると 私の職場に夫や息子・娘もちょくちょく買い物に来る。 世間話が大好きなマネージャーは 夕飯の支度をしながら おかず一品(から揚げ等) 私のシフトが上がってから買い物に行く夫や息子たちに 今日のママの働きぶりを報告する始末。
「マネージャー・・・ 幼稚園や保育園のお迎えじゃないので いちいち家族を呼び止めて ママの働きぶりを 報告するの止めてくださいsweat01」 
 さすがに これにはオーナー始め スタッフ一同大爆笑だった。

 何が起こったかというと・・・ 働き始めたとはいえ 春休み・GWと子供の休みに合わせてがっつり休みを取った私が たった4か月で戦力になる訳ないのが 社会常識である。 ところが なぜか消去法で こんな私が仕事が出来る方の人間=新人さんの教育係になった。 ガラじゃないが上司命令である。 一応頑張った。 その頑張り具合を 何故かマネージャーは 夫に力説した。 夫は当然笑い飛ばした。 
 横で聞いていた息子と娘が 一目散に帰って来て ドアを開いて言った言葉は こうだった。
「ママー。 今日新しく入って来た人 しつけたんだってね。 えらかったって お店のお姉さん 言ってたよー。」 ・・・と息子。
 新人教育は しつけではありません。 しつけとは 大人が子供に 教師が児童に することを言いますと 即座に訂正する。 でもあんまりおもしろかったので 翌日オーナーに報告して マネージャーが朝からコーヒーを 噴出したらしい。

「・・・ あんたたち家族って 微妙なバランスが取れていて おもしろいね・・・」

 いろんなことを 乗り越えたから他人からみて一致団結しているように見えるのだろうか。 我が家も いろいろ いろいろ あるんですsweat02

 とにかく店の人手不足は深刻で そんな時に 事件が起こった。

2015年8月 5日 (水)

コンビニ・ブラック物語④ *電子マネー*

 子供の障害(特性)を勉強したことが レジの前に立つ私の役に立つことになるとは思わなかった。
 コンビニエンスストアと言えば お待たせしない便利な場所というイメージがある。 だから行列になると イライラして怒りだす人もいる。 支払いの形も現金・カード・電子マネー・商品券・お食事券・クオカードなど様々である。 公共料金も期限切れで持ってきたり(忙しいと仕方ないよね・・・忘れちゃう) 基本バーコード処理なんだけど期限が切れると処理できないものもある。 お客様はそれを知らないから バーコードのないもの(郵便局や銀行があらかじめ指定されているのかなぁ・・・) も持ってきちゃう人もいる。 
 そういう時に役立つ言葉は 「申し訳ございませんが・・・」 である。 たいていの人は 「・・・ ああ そう言えばそんなこと言ってたっけ・・・・」 とか 「そうだった・・・ そうだった・・・」 となる。 まれに 「コンビニなのに使えない!」 と怒り出す人がいる。 別にこちらが悪い訳ではないけど 私は自身の経験 クレーム処理等もしてたので 「申し訳ありません・・・」 を繰り返す。 相手が もういいよ と言い出すまで頭を下げる。 一件落着である。

 お年寄り等は1円単位まで現金を出す。 合計金額は液晶画面に数字が出ているのだが 自分の耳で聞くまで 財布を開かないタイプもいる。 レジの液晶に数字が出てることを知らないのか 字を目で見るより 耳で聞いて動くタイプである。 年をとると 白内障・緑内障など自然と目が悪くなるものである。 だから耳から情報が欲しいのかも知れない。 理由は分からないが 何度も値段を聞きなおすお年寄りには 行列できていても絶対急がせない。 100円単位・10円単位・1円単位まで財布から小銭を探すのを待つ。 手伝って欲しい合図 (財布を開いて目で合図とか 現金をテーブル一杯に広げる人)が見えれば 「失礼します」 と声掛けして手伝う。 電子マネーも便利だけど 亡くなった祖母を思い出しながら 思わず笑顔になる。 1円まで数える人はボケない。 脳を使って頭と指先の体操をしているのである。 私は待ってあげたいから待つ。
 2番目以降の方々には 「お待たせして申し訳ございません」と丁寧に謝る。 この街で このやり方で文句は 来た事ない・・・ 私は。

 ある日娘が コンビニで働く際 作った電子マネーのカード(可愛いキリンさんの絵) でピッと支払処理する私の姿を目撃した。 その日から算数の大切さを語る私に反抗し始めた。 
「品物を2個かって いくらかななぁ・・・ 持ってるお金で買えるかなぁ・・・ とか考えながら たし算・引き算を 頭の中でします」
 すると娘は 目を輝かせながら口ごたえした。
「え~ お金なんていらないよ。 そのカードで ピッってすれば お・し・ま・い♡」
 思いっきり 子供に見せてはいけない世界を 見せてしまった気分だった。
「これは ただのカードで 1000円単位でお金をチャージして使うのね。 いくら残っているのかなぁ・・・ 残高で買えるかなぁ・・・ とか考えながら使うのよ」 
 母親はやさしく娘を諭す。 あなたが持つには10年早い!!! と。
「大丈夫だよ~chick とりあえず品物出して ピーってレジで音が鳴ったら1000円とかお金チャージしてもらえばいいんだから 計算必要ないよ・・・」
 そこまで見ていたのかと 子供目線を侮っていた。 勉強できなくても観察力・生活力があるのが腹ただしい。
「だってお金じゃなくて カード渡されておつかい頼まれて お金入ってなかったら困るでしょう」
「心配しないで・・・ママchick ママがチャージしてお金入っているカードを 私に渡してくれればいいし・・・ キリンさんがダメなら電車のカード(Pasumoのこと) それがダメなら 飛行機のカード(クレジットカードのこと) 使えば どれか使えるよ♡」

 母親の財布の中身を よく観察していることにあきれた。 財布の中身に手をつけない辺りが 一応社会常識を身に付けさせることに成功したといえるだろう。 腹が立つくらい女の子である。 そして母の記憶の中で・・・ 障害関係なしで バブル期の女子大生やOLで あっちこっちに こんな感じの女の子 町中にあふれていたよなぁ・・・ と思い出す。

 改めて 娘の将来に必要なのは 王子様なのだと思った。

 レジに立つ午後 放課後子どもたちが大量の菓子を Pasumo等の電子マネーで購入する。 カップめんと菓子を買う 息子の同級生。 
「それ・・・ 夕飯?」 思わず聞いてしまった。 
「ちがうよ・・・ ちょっと食べるだけ・・・」
「一人で?」 後ろで見守る友人たちの姿が気になった。 おごり禁止である。 私の質問の意図を理解して 少年は先手を打った。
「・・・ おごりとか そういうのじゃないからね」 にっこりと少年が笑った。
「分かっているなら・・・ 大丈夫だよね」 にっこりと笑顔を返した。 
「箸は何膳つける?」 と聞いて 「一本」 と答えた少年の不自然さからカップめんの数だけ箸をつけた。 
 店を出る時 大勢の友人たちに肩を組まれ小突かれていた少年の背中を見守った。 見守る友人達にも支払いの時の私との世間話で微妙な空気・緊張感が走ったのが分かった。 彼らは大人を欺いたつもりでいるのだろうか。 電子マネーに きっと親が入金するのだろう。 塾に行く子供の為に お腹を空かせないようにと・・・ でも使い方のチェックをしないと危うい。 

 娘の電子マネーに関する感覚は 障害名をもらっているから怪しいのか 子供特融の危うさなのか 私は知らない。 ただ手元に 普通の子なら持っていないはずの障害者手帳が一冊あるだけ。 

 週末や放課後もコンビニで働くようになったら 子供達の行動が気になり始めた。 危うい子には声をかける。 おごり禁止と。 財布の中身を自慢する小学生。 堂々とレジの前で見せびらかす5千円札・1万円札。 
「お友達でも お金は見せちゃダメですよ・・・」 カードを大量に購入する息子の同級生を諭す。 まだ買える。 もっと買えると財布を開く時に 「それは本当にあなたに必要?」 息子と同じように言葉がけする。
 私の事をうるさいと思えば 子供達は他のコンビニへ行くだけである。 子供もある意味 顧客である。 それでも私は カップめんにお湯を入れ 友人と走り回る男の子達に 「ヤケドするから走っちゃダメ!」 と叱る。 
「俺たち 気を付けてるから大丈夫!」 と口ごたえする少年たち。 
「あなたたちのことも心配だけど お買いものしてるお年寄りのことも考えてね。」 
 私の言葉に少年たちは素直に理解したのか 店を離れた。 熱くなっている時男の子は周囲が見えなくなる時がある。 でもちょっと考えるきっかけを作れば素直に従う。 店内にイートインコーナーがある。 そこで座って食べてとお願いしたが 彼らは店を出た。 近くの公園で食べるのか やはり走りながら食べるのか その後の事は知らない。 

 他所の子を 観察し 娘や息子の育児は成功なのか 失敗なのか なぜかそればかり気になる私がいる。  
 

2015年8月 2日 (日)

外来にて *2015年7月*

 この日の外来では聞きたいことが山盛りだった。 夏の暑さと加齢と疲れから物忘れがひどくなった私は メモ帳にメモをとり 何度も復唱した。

①胃カメラ・腸カメラの結果の対応
②小児慢性のフォーム (てんかんやIQ そして高次脳機能障害の意味)
③小学校で 噛まれた時の対応を どうすればよいのか確認
④秋の遠足(支援級のみ) 高尾山登山を やらせてよいかどうか 

 これ全部を 診察室で顔見て言える自信がなかったので 先にソーシャルワーカーを 呼び出し相談した。 診察前に 私から聞き取り大事なポイントをメモして 医師と話し合ってくれたお蔭か話がスムーズにいった。

「学校でかまれちゃったんだ~。 小学生で 噛みつく子がいるなんて想定してなかったよ~」
 主治医は マスクで口元はかくれていたが 目が笑っていた。 本来なら私も笑うべきだろうが 体調不良もアリ笑えなかった。
「3年生から支援級へ移動したので・・・ 心臓だけでなく いろんな特性の子供達がいるんです・・・」 
 一応子供を見ているので小児科医に該当するのだろうが 心臓専門の医者である。 一般的な子供の精神発達面は学生時代に一通り勉強したかも知れないが 専門外だろう。 医者が想定してなかったように 私も噛まれることは想定してなかった。 だから噛まれて帰って来て娘から最初に報告を受けた時 私の体は文字通り もぬけの殻になった。 現実についていけなかった。 後日・・・ ああすればよかった こうすれば良かった的な情報が 流れてくる。 
 ケースbyケースで 子育ては対応するしかないのだが 二度目に備えて主治医の意見を 頂戴した。 結果・・・

 この日持参した学校生活管理表の その他注意することの欄に 抗凝固療法中のため外傷には注意して下さい と記入していただいた。 

 要約すれば ケガを させるな!! である。 教師目線のつきっきりにならないといけない子と 親・医師目線の 付きっ切りにならないと命に関係する問題に発展する子の概念が違う。 教育をうけさせるために = 机に45分座れず教室から飛び出す子は 行方不明対策で 教師(介助員)が つきっきりになる。 でも娘は座れるから この部分では放っておかれるのだ。
 私の中では 移籍前に 支援級は子供に対して教師の数も多いので そんな事故はおこらないと教育委員会の先生も断言していた。 母親の杞憂だと笑い飛ばした。 結果笑えない事故は起こってしまった。 ← 子供同士のよくあるトラブルで事故と言ってしまうのは日本中で きっと私だけでしょうsweat02 今 私の頭の中は心内膜炎の恐怖で いっぱいですsweat02

 胃カメラで見つかった食道静脈瘤もフォンタン後では よくある症例だねとつぶやいてお終いだった。 
「拡張剤は減らしませんか?」 一応聞いてみた。 「このままでいきましょう」 それだけだった。 血便問題は 胃の中の点状出血が確認されたから 出血原が分かってお終いだったのかな。 それ以降 話題にもでなかった。

 高尾山登山や運動会は 普通でOK。 決して無理させないこと 娘のペースで進むことが条件である。 つまり・・・ 娘が 無理 出来ないと言えば その場で下山の判断を 下す決断も必要という。 

 ・・・ きっと お母さん ついてきて下さいに なるんだろうなぁ ・・・ 

 そう思いながら ふと思った。 小学校の役目の一つに母子分離がある。 14名の児童に 3名の担任・3名の介助員の6名の大人がついて 勉強面では迷惑かけない娘が 体力面で他の子についていけないと手が足りないから 親呼び出しになるのかなぁ・・・・
 そして お母さんがついてこれないなら 遠足は遠慮して下さいという意味合いとも取れる。 体力勝負の知的障害児学級なら仕方ないだろう。 でも・・・ 特別支援学級って 普通と養護の中間点的役割ではないのだろうか。 
「お母さんだけ しょっちゅう学校に来てたらおかしいですよね! それって普通じゃないでしょう」 
 てんかん・貧血・フォンタン術後症候群で 朝弱く特に冬場は欠席・遅刻が多かった。 遅刻で付き添う私に 何度もそんな言葉を 前校長は投げかけた。 頑張って 少しでも学校に行きたいという娘の気持ちと 児童相談所の学校に行かせないのは育児放棄という言葉を受けて 頑張る私の気持ちは いつも空回りしていた。 
 実際 クラスメートも担任も 娘に付き添う私を笑う者はいなかった。 校長だけが気にして 問題にしていた。 それを 今度は担任から 皆と同じペースで登れないのなら お母さんに来てほしいと打診される。 

 ・・・ 何の為に私は 支援級に移籍させたのだろうか ・・・

 最後に聞きたくて 怖い言葉 高次脳機能障害について説明を お願いした。 これというポイント 診断は難しく 例えば時計が読めないとか 時間の概念が無いとか 言われると母親として心当たり満載 ある・ある・ある・・・chick 「・・・でも そのまま大人になったら困るよね」 時計が読めないと いつまでたっても帰って来ないことが起こるでしょう ← 夏休みしょっぱなから既に起こった。 
 母 仕事。 父 仕事で外出。 兄 プール。 娘 放課後教室を拒否して友人と遊び 昼飯時に行方不明 ・・・ でも母親の携帯メールに お友達ママから 「ママ仕事でお家にいないというので 昼ごはん一緒に食べさせますhappy01」 と連絡があった。 気付かず我が家は大騒ぎsweat01 困ってなかったのは 娘・・・ ただ一人scissors
 心当たり ありすぎであるsweat02 あった・あった・あった・・・ これは高次脳機能障害のせいなのか? ちゃっかりさんな娘の性格だと思っていたが これは障害の特性なのか? 大人は困るが・・・ 不思議と娘は 困ってないぞsweat01

 ただ薬を出してもらうためだけでは無く 意外に獲る物が多かった外来であった。 次回は 3か月後の11月。 血便問題 貧血問題が落ち着いた(?)からか 3か月後の経過観察になったことを 喜ぼう。 
 母親目線では 見た目 娘は何も変わっていない。 いつもどおりである。
 
 

 
 

2015年7月31日 (金)

矛盾 *障害者権利条約*

 「お母さんは娘さんのことを理解していません」 と何度も特別支援級のパンフレットを渡され娘の心臓障害(障害者手帳)を説明し平行線だった就学相談は 白紙撤回され普通学級に入学した娘。 心臓で障害者手帳を取得しても 1級の心疾患でも普通学級が当たり前という心臓病棟先輩ママ達からの情報で当然のように考えていた私。 そんな私が 教育委員会の勧めで発達検査(IQ等を知る)を受けた病院では 子供の人権を教えられた。 発達障害を勉強し でも・・・ 娘は知的障害児らしいと 「娘さんは知的障害児です」 と最初に指摘してくれたのは教師だった。
 学習障害(LD)だの発達障害だの低身長児だの就学相談を期会に知り得た娘の行動などを 聞いたことも無い言葉が羅列して あふれる情報(ネットや書籍)を整理しきれず パニックを起こしていた4年前・・・ 東京の障がい児教育を充実発展させる会が主催する勉強会に参加した。 何が娘に必要で 何が必要ないのか それを知りたいと思った。 娘が幼稚園に行ってくれたから 空いた時間を使った。 

 でも話を聞いていくと通級・・・ 就学相談時に担当者が娘は通級のタイプではないと断言・・・ でも通級で言葉のコミュニケーションや言葉のキャッチボールなど ボキャブラリーの足りない娘の役に立つかと思いきや(市立病院の医者の助言) なんか違うとも思った。 情緒障害という 障害がどうやらこの通級の目的らしいと悟った。 だから途中退席しても良かったのだが 最後までいたから コメントを求められた。 何故 このイベントに参加したのか。 娘の障害を理解したくて必死だった。 違ったとはいえ 相手の教職員に娘の心臓障害を 赤ちゃん時代の低酸素を説明すると 「その子は知的障害者です。 この会は救える障害者の話をする場所なんです」 と断言されたことに衝撃を受けた。 
 この時 私は 学校教師の定義する知的障害者と 社会福祉的な知的障害者(愛の手帳を取れるレベル)の違いを理解していなかったから 泣いた。 ただ悔しくて泣いた。

 それ以降イベント参加の知らせは来るが 行っても彼らの対象は 救える障害者(情緒障害=IQの高い障害者=愛の手帳の該当者ではない)なので 障害のタイプが違うのだろうな・・・と漠然と理解した。
 半年くらい前だったろうか させる会からダイレクトメールが届いた。 内容は書籍の案内だった。 えほん障害者権利条約のご案内だった。 実際 自分で働いている職場でネット予約して取り寄せてみた。 子供に読み聞かせるためのものというより 大人でも分かりやすく書いてある国際条約に関する本という感覚で読んでみるとよいでしょう。

 国連で 障害者権利条約が生まれたのは2006年12月13日です。 肌の色や性別等ちがうことがダメではなく みんなちがってみんないい世界を作る為の世界ルール それが人権条約です。 障害がある人でも働きやすい 受け入れやすい社会を作ろうと日本も2014年1月20日に この障害者権利条約に批准しました。 国連加盟国193か国中 141番目という遅さではありますが これには理由があり 国内法を整備していたと言われています。 
 障害者の雇用ばかり目がいってしまいがちですが やはり義務教育 障害があっても共同教育できる環境から整えていきたいですね。 障害に救える障害 救えない障害と決めつける壁はなんでしょうか。 IQの高さで計れば 情緒障害は愛の手帳が取得できないので 普通学級で救わなければいけない障害と決めつけていませんか。 決めつけているのは一部の教師です。 それが仕事だからそう見えるのでしょう。 
 心臓に障害を 持って生まれた娘にも 普通学級でやっていくチャンスが欲しかったです。 まだ・・・は 確かに多かったです。 休み時間が次の支度で飛んでしまうと トイレと言えなかった娘は おもらしをしました。 恥ずかしかったでしょう。 体が母子手帳通りに成長しなかった とか 利尿剤(不完全な心臓を助ける薬) は理由にならないと言われたら悲しいですよね。 もう少し体が 膀胱が成長する1年~2年 小学校に行かせるのを待って欲しいというのが 母親としての願いでした。 
 また冬の体育の長袖・長ズボンの着用や 冬場の朝礼での上着着用など 団体行動を重んじる日本では 一人だけ別な事をするのは おかしいという学校長の言い分でした。 ・・・ が味方してくれる担任の先生もいました。 
 でも学期に1~2回 校長室へ呼び出され 娘が他の子と違うことを言われ続けるのは辛かったです。 

 ・・・ ご了承ください ・・・ と学校側の方針を 押し付けられ普通は こうだ・・・ ああだ・・・ いわれ障害を持つ娘の 特別なお願いを 支援級ならできますと言われてしまえば 移籍の検討をせざる得なかった。 養護か支援級か・・・

 授業妨害をするタイプではなくて テストで平気で0点を 持って帰る娘は まるでドラえもんののびたくんみたいなタイプです。 何をやらせてもダメ。 でも友達は多かった。 みな優しさであふれていました。 
 算数の取り出し授業も 学校と保護者の秘密だったので 個別の質問には苦労しました。 算数少人数制で一人簡単なプリントをやる姿を バカにされる姿を シャッフルしたクラスに クラス担任以外の先生が教えるので 教師の個人情報守秘義務の関係で 助ける事ができないのか 黙認して授業を進める姿を 学校公開後の友人から報告を受け 一緒に泣いてしまいました。 
 生きるだけで・・・ 生き残るだけで 必死な子もいるということを どうして道徳授業の題材に出来ないのでしょうか。 他の児童の精神の安定の為に伏せる方針をとった前校長。
そのやり方も ある意味納得できます。 障害者手帳を持つ障害児が自分の管轄の学校に入学してくる動揺ぶりは 就学相談にあらわれてました。 入学後も 一言・・・二言・・・ 今では 何か言ってたなぁ・・・ くらいの思い出です。

 そんな彼女の個人情報を 支援級の保護者会に 保護者が参加する為に 共有しようとするのです。 多分 担任の先生は 保護者からの自主的な声があがっただけと思っているでしょう。 支援級にいる子供達の個人情報を 何だと思っているのでしょうか。

 息子の折れた定規の際 反省文を書かせられない理由を 子供の人権と言い切った教師もいました。 子供自身が人権とは何かを 小学生で分かっていません。 学校裁判の題材で 友人に牛乳をかけて食べれなくした子 給食の交換をさせなかったのは 子供の人権の為です。 飽食の国 日本。 24時間水分ストップの検査を 手術前・カテ入院前に何度も水分ストップを 経験したから 私自身 食事を1食抜くことに抵抗がなくなっていました。 病院だから出来る事かも知れません。 教師がこれをやったら 虐待になるのでしょうか。 
 在宅介護が始まる時に 医師から地方病院の看護婦のミスの例を 聞かされ 「まぁ・・・ お母さんが まちがって殺しちゃっても仕方がないよね。 諦めつくよね・・・」 と言われ驚愕し 思わず口ごたえしてしまいました。 「諦め・・・ つきません・・・」 と。 そんな乳児期を 乗り越えて手に入れた命。 次に病院に戻る(入院する)目安は サチュレーション 70%台。 もう次に出来る手術が無いから この数字をくれたんだなと思っています。
 限界ギリギリまで 病院ではなく 自宅で過ごすことを 喜びと感じるか 恐怖と感じるかは 自分次第。 でもどんな状況であれ教育は必要です。 その法整備と 教育の現場が 娘のような心臓病児には 備わってないと感じました。

 ちなみに・・・ サチュ80%で 学校行かせる親も親だけど ヨロシクと手渡される教師も嫌だろうなぁ・・・ ← でも 動ける限り・・・ 自分の足であるけるのなら 学校に行かせない状態が慢性化するのは 母親の児童虐待(義務教育違反)になるのです。 児童相談所に確認しました。 学校教育のことは 教育委員会なので管轄の問題がありますが 言葉は重たかったです。

 この悲しみを 国や教育機関は 重く受け止め 障害を抱える保護者の皆様には 分かりやすい えほん障害者権利条約 (ふじい かつのり/作 里圭/絵 汐文社出版) を 読んでみて下さい。 

 障害という名前を 診断をうけた者が 障害者になるのなら たぶん この国は障害者で あふれるでしょう。 そして 普通は ああだ・・・ こうだ・・・ と誰かの普通じゃない部分(授業中うろつくとか おとなしすぎて意見が言えないとか)を クローズアップして 親を呼び出す姿を 子供達は見ています。 
 困ったことを 困ったと言えず 我慢してしまう人は たくさんいます。 他人の話を 聞かない人もいます。 子供の医療証は無料・・・ でも高齢で 目が悪くなった人 足が不自由な人 妊娠して重たいものが持てない人は 障害者ではありません。 困った人を助ける教育こそ 今の時代に必要なのではないでしょうか。 

 娘を 普通に扱い 一緒に机を並べてやさしく手を差し伸べてくれたお友達に 感謝しています。 
「なんで 支援級に 行っちゃったの・・・?」 
 無邪気に質問するお友達に限って 勉強の出来るタイプではありません。 娘は首をかしげながら 分からないと一度は答えます。 
「・・・ 心臓病・・・ だからかなぁ・・・ 」 
 ひとことつぶやいて 別れの交差点まで 無言で二人で歩いたんだと語ってくれました。 子供達自身も 知りたいと思っているのです。 普通と支援のボーダーラインは何なのだろうかと。 

 個人情報守秘義務の向こう側を 誰でも覗いてみたいと思っているのです。
 

2015年7月28日 (火)

先生のお立場を考えて・・・ *保護者会時の対応*

 1学期終わりの保護者会問題 保護者会に親が出席するために子供の面倒を見る人間をアウトソーイングしろ = 保護者の責任で人を雇え(前校長の考え方)を受け 介助職員に1時間分の時給を親が持てと提案した担任の発言を受け 緊急招集会議(お迎え前の井戸端会議)があった。
 事態を飲み込めないのは 今年支援級に移動した私と 新1年生の親である。 介助職員はみな親切で 保護者会の度に 自主的にボランティアを申し出る。 それが(時給で働く人に時給を支払えない学校の現状 = 予算が無い)問題だという。 
管理職である校長と支援級の主任目線の考え方である。 そして自分の仕事内容ばかり保護者に押し付ける。 

 例えば4月頭の保護者会で 意見がでた。 学校のルールが変更になり 今まで8時25分から遅刻扱い(昇降口が閉まってしまうので 親付き添いで学校に送り届ける責任あり)だったのが 8時20分から遅刻扱いになることになった。 そうしないと朝の準備が間に合わないからだ。 でも昇降口は8時15分にならないと開かない。 5分間で校庭で待っている子供350人程度が雪崩のように教室に入る。 支援級だからといって入口は同じである。 支援級でなくても この波について行けない子はいる。 息子(1年生の時)もその一人だった。 
「・・・ 怖くて入れない。 みんな押して 倒れると踏まれる。 トロイといわれる。」 など家庭で訴えていた。 それが学校のルールと押し通すので 息子の心配事を連絡帳に記載した。 自分では言えなかったので・・・と。 すると学年主任と担任の聞き取り調査があり その結果 大人に囲まれ言えなかったから そんな事実はないということになった。
 担任から電話が来て 「6時半に起こして間に合わないなら 5時半に起こせ」 と家庭環境の問題点を指摘され(事実心臓障害アリの娘 フォンタン終了後1年目で 未だ赤ちゃんみたいでつきっきりだった) 問題は家庭にありということになった。 要は何を言おうと遅刻は遅刻。 結果担任の電話対応と家庭の状態を知り尽くした息子は さらに教師に言えなくなり 学校が始まる時間になると30分から1時間トイレに閉じこもるようになった。 登校拒否の始まりである。 
 そんな自身の子育て経験もあり思うことは この状況について行けない子がいても当然である。 普通級・支援級関係ない問題であるのは 社会に出ると仕事開始の10分15分前に会社に到着し仕事を始めるのが社会人の常識になる。 

 が、 支援級担任の回答はこうだった。
「私達の就業規則が 8時15分からなので それ以上前に子供が教室に入ることはないですね。 8時20分遅刻扱いというのは 2~3階の上級生に対してであり 支援級は1階なので あまり気にしなくていいでしょう。」 
 バッサリと切られていた。 質問者は 上に意見だけでもあげてくれと言っていたが 多分言わないと思った。 給料発生しないボランティアの仕事を 教師に求めるのは酷である。 するとその穴を埋めるのは 当然保護者になる。 なんせ子供の安全確保の問題である。一人一係制をとり 保護者が持ち回りで子供の安全に配慮することになる。 仕事してる・・とか 年下に幼い兄弟がいる・・・とか 親の介護(認知気味)で目が離せない・・・等は言い訳にならない問答無用の世界を作り上げるしかない。 娘の心臓障害が 就学猶予の言い訳にならなかったのと同じようにだ。 絶対無理と私は見立てた。 それを頭の中で想像して 咳き込むフリをしてタオルで口元を押え不覚にも笑ってしまった。

 娘が配られたはずのプリントを持ち帰っていなかった。 それが判明したのは クラス委員からのメールだった。 週末を挟んだので担任に連絡帳で記載したが回答はなかった。ので電話した。 金銭の支払いを提案した教師が電話対応した。
「私は配るようボックスに入れたので 持ち帰らなかったのなら お嬢さんがなくしのでしょう。 でもコピーがあるから明日渡します。」 という答えだった。
 低学年担当でもないのに 娘が無くしたと言い切るあたりが腹が立った(何せ支援が必要な子のクラスでほっとかれている状態の娘なのに)が 口から出たのは 「申し訳ありません」 と 「ありがとうございます」 だった。
 手紙の内容は緊急会議の要約であった。 管理職同席の提案は当然削除せれていたので Kaoからこんな意見が出たよと クラス委員が担任の先生に言ったのであれば確信犯として このプリントは配られなかったのではと後に思った。 

 その中で こんな一文が盛り込まれていた。
・・・・ 法律面で学校側に迷惑がかからず、 介助員の先生に負担を書けない事、 また保護者の金銭的負担を無くす子ことをふまえ 以下の様に話し合いました。
① 付き添いをしてくださる方に 子供の注意が必要な点 具体的な対処法を 必ず伝えて下さい。
②万が一怪我などのトラブルが起きた場合 学校内ではありますが 保護者会時の児童の管理は学校の管轄外となりますので 市の「災害共済給付保健」による保険の適応を受ける事ができません。 また付き添いに入る方は 一切の責任を負わない事とします。

 この文章を最初に読んだのは夫だった。 多分・・・ サッカーコーチ時代の責任追及問題を思い出し 2~3日手の震えが止まらなかった。 そして思った。 じゃあ・・・ 娘が 噛まれた問題は責任追及して良かったのかという疑問に感じた。
 あんだけ移籍前に養護の知的障害児学級では対応できない・肢体不自由じゃあもったいない・でも普通学級で一人取り出し授業や算数クラスで別内容をやっていて周囲からからかわれても担当教師は見て見ぬふりを決め込む始末・・・ 多動等の子と口でのコミュニケーションが出来ない子や手が出るのが早い子とワーファリン等薬の影響があり青あざのできやすい娘が同じクラスになって 娘の安全は確保できるのか何度も何度も確認した。 人数(14名)に比べて担任が3人なので 充分対応は出来ると言い切った教育委員会指導部先生。 
 災害共済保険に入っていたのなら 直ぐに注射や抗生剤などの対処をうければ 数年後に起きるか起きないか分からない心内膜炎の心配はしなくて良かったかも知れない訳だよね・・・ それって保険適用内か 適用外が聞きたいのだけど・・・。 純粋な疑問だった。

 2年前の話である。 外周道路を一周し最初に戻ってきたのは身体能力の高くリレーの選手に選ばれるタイプの子で落ち着きはなかった。 ・・・というか大人の言うことはきかないタイプ。 
「水分取って ヒマだから・・・」 と勝手にバスケボールのポストに登り始めた。 移動式なので不安定で危険だから 最初に気付いた夫(他のコーチは真面目に子供と走っていた)は 息子のクラスメートの少年に危険だからと降りろと注意していた。 でも土曜授業日で職員室から飛び出した女教師は言った。
「これは いったいどんな効果があって 子供にそんなところを登らせているんですか! ちゃんと説明して下さいKao旦那コーチ!!」 
 なぜ・・・ これがサッカーの練習風景に見えたのか理解できなかった。 周囲に当番の母親や古参のコーチもいたけど その女教師は 私の旦那を質問攻めにした。 そしてまず 高い所に登った子供を下すこと(子供の安全確保)が第一だと思った夫は 教師のくだらない問いかけを無視した。 その態度に 自分の欲しい答えを得られなかった女教師は 副校長を呼びに行き 見物する教師も含め 皆で夫を責め立てた。 責任問題を問いただした。 
 サッカーコーチ パパコーチを誘ったのは息子の保育園時代の同級生の父親で 夫はメタボ気味で力になれないが 人手不足なら手伝おうと軽い気持ちで引き受けた ボランティア(無償)コーチであった。 学校と青少年育成事業との関係もまだ良く理解してないくらいのヒヨコだった。 なのに・・・ これは憶測だが 娘の就学相談で 私達夫婦は学校の管理職に顔と名前を覚えられ 集中砲火を受けたのだ。 
 娘が怪我をする前から あざやけがの心配をしていた私を 鼻で笑った教育委員会。 心臓病を 教師は医療行為は出来ないからと勉強せず 母親のたわごとと受け流した結果 起きた事故だった。 子供同士 保育園や幼稚園でも もっと丁寧な対応をする。 それが・・・ 連絡帳に一行だけ・・・ しかもその場にいた教師は 介助職員で教員資格を持たない人間で 時給で働くお世話係で 噛みついた相手と やられたらやりかえす娘 = その間なぐりつづける姿を見て 「そろそろ 許してやったら・・・」 と言ったらしい。 娘からその報告を 受けた私はもぬけの殻になり心身喪失状態だった。 頭の中では検査入院の事でいっぱいだった。 だから連絡帳を見たのも翌朝。 学校から電話連絡が入らなかったのも 連絡帳に書いてあった 噛まれた原因は娘にあると読み取れる文章で勝手に納得した。 文章は文章で対応した。 さすがに翌日電話がかかってきたが 噛んだ相手の親から電話が入るということのみ。
 知的障害児だから 知的障害児のクラスだから こんなものだろうとその人(介助職員)は日常と割り切ったのだろうか。 何度も介助の先生は見ていても助けてくれない・・・ 担任に報告して ああ・・・そうですか・・・ でも私は見てませんので・・・ で終わってしまうと報告はきいていた。 娘は 先生は助けてくれないと悟った。 大人は助けてくれないと・・・ 私が子供時代 掴み取った感覚を 同じくらいの年齢で悟った。

 そして疑問点② : 娘の障害は他の児童の精神の安定を妨げるので伏せて欲しいと言われた1年目。 それを 普通から支援に移動したら 保護者会の為にカミングアウトしろというのか・・・? しかも 心臓障害 = 肢体不自由で 知的部分の遅れはIQで証明したけど 私自身 多動だの 発達障害 自閉症は 療育センターでも心臓病院でも 知的障害の種類が違うの一言だけで どちらの医者も 専門的すぎて素人の私に分かる言葉 理解出来る言葉で誰も 何も説明してくれていない。 だから現在 この支援級の移動も正解だったのか不安である。
 小児慢性更新のフォームに書いてあった言葉 高次脳機能障害と言う言葉の意味を知りたいと思うが 医者が時間をかけて丁寧に教えてくれるか不明である。 

 学校側がこんだけ口を挟んで提案して 保護者の自主的判断で決定したという形をとりたい姿が 透けて見えた。 他の親は それを素直に受け入れられるのか? 受けいれるのが当たり前なのか・・・ これを拒否すると 養護学校に担任判断で送られるのだろうか?

 いろんな疑問と 不安が 頭の中を渦巻いている。 プリントが配られなかったのは 娘のミスではなく 学校側の確信犯ではないかと 私は思っている。 この文章をみて 他の親は従うだろうが 私達夫婦の長い間の教育委員会とのやりとりを 知っているかこそ伏せたのでは・・・と思っている。 

 これを世間は 母親の被害妄想と言うのかも知れない。

 ただ一つ疑問に思うのは・・・ 保護者会は学校側が場所の提供を行う青少年育成活動(野球・サッカー・バレーボール等)と子供の親が組織して代表を決め 地元の祭り等に貢献したりする組織とは違う。 毎週日曜日にグランドやトイレを貸す契約と 子供の為に話し合いの場に参加した保護者との対応を どうして同じ目線で見れるのだろうか。 その感覚に 私は疑問を抱く。
 夏休みなので 小学校のプール開放もある。 でもそれは役所の体育課が安全管理の係り員(学生バイトやシルバー人材)を派遣し見守る。 体育大の学生が監視員と65歳や70歳の老人が見守る監視員の意味は違う。 でもどんな人材であれ見守る人間を配置したかどかの問題はクリアできるだろう。 そんな開放プールに娘は普通に兄や友人に誘われて遊びに行く。 一々役所まで電話して 娘の心臓の話はしない。 自己責任・親の責任で 普通の子どもと同じように送り出している。 危ない目にあったと子供達から聞いたことはない。
 そういう 学校の施設を借りて 子供の為を 子供の心身の成長を育成する事業契約(学校の場所の提供)する団体と 普通級に居られない理由を それぞれ抱えながらも義務教育 我が子の成長の為 何が必要か模索することに既に疲れ果てている母親達に同じ言葉をかける学校側(担任)の神経が分からない。
 何のために個人情報守秘義務があり その中で子供の特性を お話するのは 子供の安全(Kaoの娘の場合は命に関わる問題)の為である。 もしこれが普通学級で許されていたら・・・ 私は支援級へ娘を移動しなかった。 息子の保育園時代のママ友・娘の幼稚園時代のママ友・息子のサッカーチームで知り合った母親達(地元小学校のPTA役員含む) 皆 心臓病である娘の情報を公開しなくても助けると言ってくれていた。 それを妨げたのは 前校長の一言 他の児童の精神の安定の為娘の障害は伏せる方針である。 悩みに悩んで 訪れた市役所にある教育委員会の先生達も 口々に言った。 心臓等循環器を学ぶのは中学校だから 小学校の先生の仕事ではないと。 現実が見えてない母親とののしられ受けた娘の発達検査の内容も 知的障害の定義を知らなかった私には 学校側と結果の内容を 共有できなかった。 そして就学相談の白紙撤回。 

 今の私には 他所の子の障害を知りたいとも思わない。 言葉でコミュニケーションを取れない子が 噛んでしまったのは仕方ないと思っていた。 でも・・・ 責任追及して良いの? やりすぎれば支援級での娘の居場所はなくなるだろう。 支援級にいる親たちも同じようにギリギリのラインで立っている。 だから学校に協力したいと思っている。 それは保護者会出席の為に 誰か安全係り員を配置せよという学校側の言いなりになるということである。 1時間分の時給を払えというのなら払う。 この発言に問題点はないのだろうか。

 夏休みである。 スクールカウンセリングも受けられず悶々と時間が過ぎていく。

 

 

 

2015年7月26日 (日)

学校裁判 *5年生 1学期*

 1学期が終わった。 通知表の成績は散々たる結果だった。 90点以上でないと良くできるはつけないと1学期終わりの保護者会で言われていたが・・・ 折れた定規の事件で担任に逆らった結果であろうか 4年生とは雲泥の差であった。
 通知表を持ってくる朝 母親のショックを和らげよと思う息子の配慮だろうか その日の朝に告白される衝撃の事実・・・
「ねぇ・・・ ママ。 実はね・・・ 自主学習ノートほとんどやってないから あゆみは期待しないでね・・・」 
 息子の言葉を 理解出来ないで包丁を握る私がいる。 ・・・ 何だって? ・・・ 
とっても危険である。 だって宿題 (自主学習ノート)に 漢字ドリル・算数ドリル・音読は毎日やらなくてはいけないルールに なっている。 ← 注意: 4月の保護者会で説明を受ける
 そして口うるさく 宿題 自学ノートはやったのか毎日確認とっていた。
「僕を信じて・・・ ママ・・・」 
 可愛い息子に そう言われれば 親バカ1号は 信じてしまう。 働く親にありがちな(?)罠である。 音読はしてない・・ 聞く余裕もなく夕食の支度と風呂・・・ そしてビール。 やる気なしの母親である。 

 そして包丁を握りしめた朝に 傍らで息子がほざく。 通知表は期待しないでね・・・ だって自学やってないから・・・とsweat02
 心のバランス崩れまくりだが・・・ デザートのグレープフルーツを切り終えて包丁を置き 深呼吸して 朝食を食べる息子に 一言尋ねる。
「・・・ 今 ・・・ 何て言った?」 

 時計の針が8時を指すと 息子は 「行ってきまーす!!」 とテーブルを離れる。  空気を読めない娘が親切丁寧に復唱する。 
「何かね・・・ 宿題やってないから 成績悪いから期待しないでねって・・・」 
 国語のテスト 最高記録が60点の娘は それが地雷スイッチとは思わないで (知っているかもしれないが…) 話の内容を 要約する。 自学=宿題だと 何故知っているのだ・・・ お前は・・・ そんな感想を 心の中で一人唱える。
 結果 よくできるは ゼロ。 ガンバレは8個の通知表。 4年生は ガンバレ1個 良くできる7個 だったので落差は大きかった。 
 ボランティア業務にいそしみ 担任とのコミュニケーション 目で助けて合図を受けて保護者会で ボランティアに手を上げる あ・・・うん・・・の呼吸が出来ていた。 今回担任とは出だしが悪かった。 息子には 何度も 「親呼び出すよ・・・」 と脅しをかけているらしい。 私達夫婦は やりたいようにヤレ! 頭下げに学校にいつでも行くから・・・と息子には言ってある。 娘が支援級に移動して子供同士のトラブルを計算しての発言だった。 バカな妹がいるということをからかう同級生がいるかもしれない・・・ でも息子は友人に恵まれていた。 心臓障害(経管栄養の姿を)覚えている友人=保育園時代の友人が息子の味方になってくれる。 今では誰もそれをバカにしない。 ダメ親の代表だろうか・・・息子が切れた時を想定して そんな言葉がけもした。

 担任の考えは 全く読めない。 1学期終わりに 新聞会社を辞めたそうだ。 そして任命されたのは 学校裁判(昔の帰りの会)みたいなもので くらだない内容を 子供目線で意見を言い合うことだった。 息子は先生の一任で弁護士に任命された。
「・・・でもね… 俺 弁護出来ないって先生に言ったんだ。」 
 息子は語った。

 その日の給食の出来事らしい。 給食当番の一人が惣菜を均等に分けれなかったことが事の発端だった。 最初のグループに気前よく山盛りし 最後に配るものがなくなっていた。 みんなの意見で最初の方(見るからに量の多い子たち)から 回収しようという話になった。 でもそれをしたくない子が つばをかけたり・・・ 意思表示をする。 でも口で嫌と言えなかった子の一人が 自分の好きな惣菜を 減らされて その分が目の前の友人にあてがわれたのが悔しかったらしいく 肩を震わせていた(目撃情報)らしいのだが みんなで決めたことなので 口ごたえしなかった。 
 けど 怒りは爆発した。 目の前の友人に 牛乳をかけたらしい。 給食に牛乳をふりかけ食べれなくした。 
「・・・ それで 先生はどうしたの?」
「怒って 二人を校長室に連れて行って 話し合いした。」 
「そんなの単純じゃん! 牛乳掛けたやつに そいつの給食を食べさせればいいんだ。 交換だよ! 交換! お前がやったことだから 責任取らせろってんだぁ」 
 夫の意見である。
「それはダメだよ。 虐待だよ・・」 と息子は言う。 
 私は個人的に夫の意見に賛成だった。 1食食べなくても死なないから 牛乳かれられて食べれなくなったお友達の気持ちを 分からせる為に かけた本人が食べれば良いと思った。 でもそれは息子曰く 児童虐待になるらしい。 そんなこと 子供の前で入れ知恵する教師に共感できなかった。 結果他のクラスから その二人分の給食をかき集めたらしい。

 そんなトラブル小学校では日常なのだろうか・・・ でも 校長室で叱られた話を 担任命令で 帰りの会(?) 学校裁判で子供同士で審判するらしかった。 そして民主主義として 牛乳を 掛けた子の弁護士役に 先生は息子を任命した。 

 ・・・ それは折れた定規に対して 親が出たことに対する復讐ですか ・・・

 息子曰く かばう余地なしである。 元をただせば・・・ 均等に配れなかった給食当番が悪いが・・・ 予測できなくても 子どもである よくあることだと息子は言った。 その子の名前は出て来なかった。 問題は 皆で(意見が言える子達で) 決めた最初の量が多目の子から回収しようと声があがったのは 「いただきます」 をした後だったという。 だから 唾をかけたり 食べ始めた子からは 回収できなかったのだという。 

 ・・・ なんで その状態で いただきますに なるのだろう ・・・

 意思表示も出来ず 嫌とも言えない子が 嫌いな牛乳を 取られた子にかけた それだけの事件だった。 でも充分 大事件である。 でも校長室で叱られて結論が明らかな問題を 何故 どうして 学校裁判の題材にするのだろうか。 担任曰く 子供の自主性 = 子供の問題は 子供達で解決らしいsweat02 その考え方に 息子同様 同意できなかった。
 
「弁護できないって言ったんだよ。 でも弁護士は必要だから・・・ 友達なら出来るはずって・・・」 出来なかったと落ち込む息子。 
 出来なくて当然と 夫婦二人で(親バカ1号・2号) 息子をなぐさめた。

 子供の自主性って・・・ 何? 成績と親のあり方が比例するのか 私は知らない。 でも3-4年の担任に好かれていたことを 夫は改めて私(専業主婦の仕事を)評価した。
「君・・・ 頑張ったんだね・・」 と。 息子の出来ない具合は変わっていない。 変わったのは 評価だけ。 こんな学校裁判で役立たずの弁護士だったとしても 仕方ないよ・・・ だって将来の目標は 弁護士でも 裁判官でも 警察官でもなく カメの学者か水族館の飼育員だもの。 それでもクラスメイトとして弁護せよと 親として言うべきだったかしら・・・。 

 息子にとっては大事件だけど・・・ 親からみたらどうでもいい・・・ ありがちな日常の1コマと言ってもいいかしら。 それくらい 小学校には 今はもう 期待していないsweat02
 

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