それから三日ほどで滞りなく航海は終わり、ワシらは首都プロレアのある北の大陸の港町、イズへと辿り着いた。
ミリィは借りてきた猫のようにおとなしく、クロードもレディアもかなり心配している。
ワシが話しかけようとすると、あからさまに避けられてしまうし。
船が港に着き、下ろされた桟橋から乗客が次々と港を降りていく。
普段であれば我先にと駆け降りていくミリィであるが、レディアの後ろに隠れて、暗い表情のままだ。
(……大丈夫でしょうか?ミリィさん)
クロードがワシに顔近づけ、小声で聞いてくる。
ミリィの方を見ると、こちらをちらりと見たあとすぐに顔を隠してしまった。
(まぁ、なんとかするさ)
とはいえ船の上では殆ど口を聞いてくれなかった。
いつも騒がしいミリィがこんなだと、こちらの調子も狂ってしまう。
「ねーゼフっち、とりあえず宿を探す?」
「そうだな」
レディアの提案に乗る。
どちらにせよ、少し落ち着く必要があるか。
「おやゼフ、それに皆さん」
桟橋を降りて相談していると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
アードライである。
反射的にミリィの前に立ちふさがると、アードライは少し困ったような顔をした。
「ゼフ殿、商売人とはリスクとリターンを考えて行動いたします。君と構えるようなことはいたしませんよ?」
「どうだかな。商売人は大概しつこいものだが」
「それもそうですかね」
くっくっと口を押さえて笑うアードライ。
そういう仕草が信用出来ないと言うのに。
「まぁ今日のところは退散いたします。是非、首都に来たときは我がシロガネ商店をご贔屓に」
そう言ってアードライはレディアの後ろに隠れたミリィに視線を向ける。
「えぇと……ミリィ嬢でしたね。またお会いできる日を楽しみにしています」
レディアの後ろに隠れていたミリィが、ぴくりと反応する。
どこでミリィの名前を調べたこの野郎。
本当に抜け目のない奴だな。
ずい、とミリィの前に立ち塞がると、アードライはワシを見て肩をすくめた。
「挨拶だけですよ?」
「言っておくがミリィに手を出したらタダでは済まんぞ」
「ゼフ殿が怖くて手なんか出せませんよ。しかし怒らせてしまったなら申し訳ありません、これはお詫びと言う事で」
そう言ってワシのポケットに何かを入れると、アードライは早足で立ち去っていった。
馬車に乗ってこちらに手を振り、土煙を上げながら街の外へ移動していく。
何だったのだアイツは……。
アードライの行く先を見ていると、後ろから服を引っ張られる。
振り向くとミリィがワシの服を掴んでいた。
「ミリィ?」
「……ありがと……それと、ごめんなさい」
消え入りそうな小さい声で、礼を言うミリィ。
そういえば以前、死者の王と戦った時にミリィを庇って腕を折った時もすごくへこんでいたな。
ミリィは自分の失敗をやたらと気にする性格のようだ。
全く子供が気を使いおって……。
ミリィの近くまで行き、その小さな肩を抱きすくめる。
「きゃっ!」
「ミリィ、お前ワシに罰ゲームで何かさせようとしていたのだろう?何でもしてやるから言ってみろよ」
「そんな事言われても……ひゃあっ」
煮え切らないミリィの身体をひょいと抱き上げ、お姫様だっこのような形をとると、ミリィは恥ずかしそうに足をバタバタとさせているが、すぐに大人しくなる。
「んじゃさ、私とクロちゃんは宿取ってくるからミリィちゃんとゼフっちは二人で買い物でも行ってきてちょうだいよ♪」
「そうですね、そうしましょうか」
去っていく二人を見送りながら、首都のどこか、子供が喜ぶような場所があったかなと記憶を洗っていると、また襟首をくいと引っ張られる。
「……せめて下ろして」
ミリィの声は、先程のものより更に小さいものであった。
ミリィを降ろしてやり、その手を引きながら人通りの多い道を歩いて行く。
ここは港町イズの中央通り。
中々に人が多く、ミリィの手を離さないように注意する。
結局何処に行くか決められず、立ち往生も何なのでぶらぶらと店の多いここを歩くことにした。
この辺りなら色々な店があるし、ミリィの気にいるものもあるだろう。
ワシの考えはビンゴだったようで、しばらく歩いているとミリィが店の前で足を止める。
その視線の先はショーウィンドの中。
赤毛で、三つ編みの小さな人形だ。
む、このシチュエーション、どこかであったような……。
「懐かしいね」
ミリィの声で、やっと思い出す。
初めてミリィと二人で死者の王と戦い、ミリィの迂闊さを叱りつけ、その後ベルタの街に討伐用のアイテムを買いに行った時と同じだ。
あの時もワシに泣いて謝って、かなり落ち込んでいたっけな。
ベルタから帰る時、こんな感じで人形の前で釘付けになっていたのを無理やり引っぱって帰ったのを思い出した。
「あぁ……そう言えばそうだったな。くく」
思い出して、つい吹き出してしまう。
そんなワシの手をつねってくるミリィ。
いたいだろうが。
「あの時ね、あそこで立っていたのはもうちょっとだけ、ゼフと居たかったからなんだ。でも何て言っていいかわかんなくってさ」
「そんなことしなくても、あれからずっと一緒にいるではないか」
「だから、私にもわかんなかったの!……でもやっと、その理由がわかった」
そう言って、ミリィはワシの方を向き直り、唇を押し付けてきた。
勢いよく近づけたそれはワシの歯に当たり、カチンと鳴った。
ミリィもその小さな痛みに、口を押えている。
「ったた……へへ、中々上手くいかないものね」
「ミリィ……?」
「はいっ!これでゼフへの罰ゲームは終わりっ!さーて、皆が待ってるし、帰りましょっか♪」
くるりと後ろを向き、両手を後ろで組むミリィ。
気恥ずかしいのか、人混みの中を早足で歩いていく。
少し呆然とした後、はっと気づいた。
あの時ミリィの手を繋いだのは、あいつが迷子になりそうだったからではないか。
走って追いかけるが、時すでに時間切れ。
ミリィの姿は何処にもなく、しばらく探した後、念話で話しかけるとミリィの涙声が帰ってきた。
何とか待ち合わせに成功し、ぐすぐすと泣くミリィの手を取ると、両の手で強く握り返してきたのであった。
「泣くな馬鹿者。……それと、もうワシの手を離すなよ」
泣きながらこくりと頷くミリィの頭を撫でながら、レディアに連絡を取り、宿に戻る最中の事である。
(あぁゼフ殿、ミリィ嬢の調子は戻りましたか?)
頭の中に聞き覚えのある声が聞こえてくる。
アードライだ。
そう言えばあいつ、ワシのポケットに何か入れていたな。
ごそごそとポケットをまさぐると、円環の水晶の欠片が出てくる。
ワシにこんなものを渡して何を企んでいるのだろうか。
(アードライか。昼のあれはワシを焚き付けて、ミリィを元気づけようとでもしたのか?)
(まぁそんなところです。)
しれっと言い放つアードライ。
(やれやれ、まずはワシに取り入ってておこうというワケか?)
(将を射んとすればまず馬を射よ、という異国の言葉がありましてね)
よくわからんが、肯定ととっていいのだろうか。
今後ともシロガネ商店をご贔屓に、と言葉を残してアードライは念話を切ってしまった。
全くもって抜け目のない奴だ。