8月14日がやってきた。明日が終戦記念日で、戦後70年であるわけだけど、その前日である今日も注目されている。戦後70年の首相談話が発表される日だからだ。
報道によると、安倍内閣は、本日の17時からの臨時閣議で、戦後70年の首相談話を閣議決定した上で18時から記者会見を行い、談話について自ら説明するという。
この件は、今年どころか、昨年くらいからずっと話題になっていたと認識している。過去に村山談話などで用いられた「侵略」や「お詫び」などのキーワードがどう盛りこまれるか(盛りこまれないのか)が焦点となり、話題となっている。過去の談話より長いものになると見られている。
「首相談話」と言いつつ、それは政治的なものであり、国際的影響力も持つものであるから、慎重に組み上げられてきたものである。突然、隣国で土下座してしまった元首相もいるのだけれど、一国の代表としての発言は慎重にならざるを得ないはずだ。なんせ、戦後70年の談話である。歴史認識などには国内外から注目が集まる。
一方、私はこのように取り巻きにより作られ、国民や諸外国に発信する「談話」なるものよりも、安倍晋三が本当はどう考えているのかという点に注目している。その腹の中はどうなのか、と。もちろん、前述したように首相の発言は常に責任が伴うし、諸外国が注目するので軽率なことを言えないのだけれども。「飲み屋でしゃべっているようなもの」という感覚で喋られても困るのだけど。
さて、戦後70年だ。何をもって終戦と呼ぶのか。終戦なのか敗戦なのか。終戦の日は本当はいつだとするべきなのか。開戦から考えるべきではないか。その開戦をいつだと捉えるべきなのだろうか。振り返るのは戦争だけでいいのか。この70年間の日本の歩みも振り返るべきではないのか。このこと自体、論点がいっぱいあるのだけれど、戦後70年だ。終戦記念日がやってくる。
今年は各メディアも戦後70年に関する特集を組んでいる。どの新聞を開いても、日々そんな特集が目に入る。戦争に関するドキュメンタリーも相当見た。そういえば、先日、キオスクでこんな本を見かけた。昔、愛読していた雑誌『ダ・カーポ』ブランドで、戦後70年に関するムックが出ていた。関連する書籍も多数出ている。
その割に、我々、庶民は「戦後70年」について語っているだろうか。
首相による「戦後70年談話」というものは注目せざるを得ない。ただ、そのような高度に政治的なものであり、打算の臭いすら感じるものよりも、庶民を美しい言葉で手なづけようとするものよりも、今、必要なのは庶民レベルの「戦後70年談義」ではないだろうか。
もちろん、政治に関する話というのは、普段のお茶や飲みの席にはそぐわない。何を語っていいのか分からない人だっている。もっと言うならば、いま報道されていること、起こっていることについて、何が問題なのかわからない人だっている。今週の飲みの席では、「何が問題かわからない」「何が論点なのかも分からない」という声をよく聞いた。教養がありそうな人においてもである。
そういう私だって、よく分からない。戦後70年と言うが、あの戦争とは何だったのか。興味があって、様々な立場の人が書いた本を読みあさった時期もあるのだけど、よく分からない。ただ、それを知りたいという興味関心はある。
とはいえ、別にブログやTwitter、Facebookで意見を表明しないまでも、親しい誰かと語り合う機会くらいは持ちたい。
そういえば、先日『日本のいちばん長い日』という映画の試写会に行ってきた。終戦(敗戦)にいたるプロセスを描いたノンフィクション作品を映画化したものである。映画化はこれが2回目だ。
国家間の戦争で「負ける」という意思決定をすることや、軍部という組織をまとめることがいかに大変かがよく分かる映画だった。天皇に対する見方も変わった。そもそも、8月15日の前日から当日にかけてクーデターが起こっていたという史実を私は知らなかったことに猛反省した。試写会が終わったあとの、田原総一朗氏、小林よしのり氏の公開対談も面白かった。
試写会のあと、私たち夫婦は実によく「戦争」や「戦後」についての話をした。もちろん、意見を言い合うだけでなく、そこで可視化されて言ったのは「戦争」や「戦後」についてまだまだ「分からない」ということであり、だから本を読もうという話になったのだが。ある意味、これが私たちの「戦後70年談義」だった。
「戦争」のことが、ますます分からなくなっていく。先日、NHKで再放送されていた原爆に関する立花隆氏のドキュメンタリーでは「被爆者という人たちが、今後、いなくなってしまう日がくる」という話が紹介されていた。つまり、広島や長崎で被曝した人も、高齢化が進んでおり、今後、それを実体験した人がいなくなることもあり得るという話だ。気づけば、家族も戦後生まれだらけになっていく。我が家においても、樺太に住んでいた祖父母も、シベリアで抑留されていた親戚もとっくに亡くなっている。
歴史というものの認識も、時に利用され、時に塗り替えられていく。
戦後70年の今年は、なんせ安保法制をめぐる攻防が話題だ。私はここで「何も語ってはいけない」という自主規制の空気を感じる。もちろん、それは言論統制と捉えかねられない政治家の姿勢もあるが、メディア関係者にもいつの間にか自主規制の空気が漂っていないか。
さらに言えば、「絶対に止める」と国会を取り囲む若者や、安保法制をめぐって反対声明を出す大学教員「有志」すら、実は物を言いづらい空気を作り出していないかと私は考える。
もちろん、デモはデモであり、デモであることに価値がある。そこは人を殺すなど過激な行為、公序良俗に反することをしない限り、いかにそこに建設的な提案がなかろうとも、市民としての姿勢を示すことが大事なので、どんなデモにでも価値は存在すると私は考える。
ついつい体制や社会、産業界に媚びてしまいがちな、日本の大学において、教員が声をあげていることにも私は価値があると思っている。なんせ、この局面なので、とにかく反対の姿勢を伝えることが大事だということなのだろう。
ただ、これもこれで、自由な議論というか、談義の空気に悪影響を与えていないかと思ったりもする。
「安保法制反対」という言葉ですら、実は様々な意味を持つ。内容に反対なのか、決め方に反対なのか、両方なのか。ざっくり言うだけでも違いはあるだろう。また、中長期でどう考えるかにもよる。もちろん、政権の暴走、切羽詰まった空気は感じるけれど「戦争法案」というレッテル貼りも、実は権力者が行ってきたワンフレーズ・ポリティクスとどう違うんだろうと思ったりもする。
大学教員有志の抗議の署名も話題になるが、「有志」というと、さも全員が立ち上がっているかのようにも聞こえるが、諸々の事情や、組織における立場から署名しない人の他に、意志をもって署名しない人もいるわけで。その立場も理解しなければならない。
よく今回の件について国会における「熟議が足りない」という批判があるが、実は庶民レベルの熟議も足りていないのではないだろうか。
人間の歴史とは、戦争の時には平和を願い、平和の時には戦争の準備をしてきた。その繰り返しである。平和とは何か、それは何によってもたらされるのか。答は簡単ではない。そうであるがゆえに、そのことについて議論する勇気を持ちたい。
歴史について、分からないことを自覚しつつ、愛惜の念だけでなく、因果の鎖を読み解きたい。
庶民レベルでの「戦後70年談義」を自主規制してはいけないのだ。