久木良太 土佐茂生
2015年8月15日07時24分
安倍談話は注目された「侵略」「植民地支配」「痛切な反省」「心からのおわび」について、首相自らの歴史認識はあいまいにしつつ、言葉を盛り込む手法をとった。「私は」という主語を使い、首相の謝罪意思を明確にした村山・小泉両談話の姿勢とは大きく異なる。戦後の歩みで中国の「寛容」に触れて配慮を示す一方、慰安婦問題は明記せずに「女性の人権」を強調する表現となった。
約3300文字に及ぶ安倍談話は、「侵略」や「植民地支配」というキーワードについてこう言及した。
「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としてはもう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に決別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国はそう誓った」
この表現は有識者会議「21世紀構想懇談会」が提出した報告書に沿う。報告書は「満州事変以後、大陸への侵略を拡大し、世界の大勢を見失い、無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた」「特に1930年代後半から、植民地支配が過酷化した」と指摘していた。
さらに注目されたのは、先の大戦についての「反省」「おわび」の表現だ。
村山・小泉両談話は「わが国は、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」と明確に認め、「痛切な反省」と「心からのおわびの気持ち」を表明している。この点、安倍談話は「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきた。こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」と触れた。
しかし、同じ単語が盛り込まれたとはいえ、村山・小泉両談話と安倍談話には大きな違いがある。談話を語る「主語」だ。
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