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【神奈川】

軍都の記憶(1) 反乱の厚木 緊迫の撤去作業

父明さんの手記を手にする安藤真吾さん。左奥は海軍の感謝状=東京都千代田区で

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 視界の先に広がる谷間に吹く風で樹木が揺れていた。二〇〇六年十月、海上自衛隊と米海軍が共同使用する厚木基地(大和市、綾瀬市)。安藤真吾さん(81)=埼玉県川口市=は、海自の担当者に滑走路西側の谷間へ案内された。

 終戦直後、そこは本土防衛を担った戦闘機が多数捨てられ、墓場となった。その作業に関わったのが、一九六二年に他界した父明さん。長男の真吾さんは足跡を確かめるため、初めて足を運んだ。「平和を享受してきた戦後日本はここから始まったのだ」とかみしめた。

 一九四五年八月十五日。玉音放送が流れると、第三〇二航空隊の小園安名大佐らは徹底抗戦を主張した。連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官のダグラス・マッカーサーが厚木飛行場から進駐することが決まっていたため、阻止しようと、滑走路上に約三百機もの戦闘機や機体を破壊した残骸を放置した。

 手記などによると、四十四歳だった明さんは東京都在住で、土建会社の社長。「破天荒で、情が厚かった」という親分肌で、旧知の海軍大佐から戦闘機などの撤去作業を頼まれた。事前に国からの資金提供はなかったが、総勢約二百五十人の作業員を飛行場に集めた。小学生で疎開中だった真吾さんは、明さんが自宅の金庫から全財産を取り出し、作業員への支払金として飛行場へ向かったことを母から聞かされた。

 二十五日の夜、反乱兵からの攻撃を警戒し、暗闇の中で明かりをともすことなく作業開始。「羽をもぎ取れ、脚を外せ」「気を付けろ、胴体が転がってくるぞ」。明さんや作業員らの怒声が飛び交った。土砂降りの中、重機で機体や残骸を次々と谷に落とした。

 三十日、マッカーサーはコーンパイプをくわえ、厚木飛行場に悠然と降り立った。明さんが海軍から工事代金とともに贈られた感謝状には「終戦時連合軍の進駐に際し 厚木飛行場急速整備に付 多大の障碍(しょうがい)を克服し短時日に 之を完成したる異常の努力に対し茲(ここ)に感謝の意を表す」と書かれていた。

 決死の作業を引き受けた明さんの心境について、真吾さんは「無血進駐できなかった場合、武力を伴った占領政策が予想された。武装解除できなかった天皇陛下の役割は低く評価され、裁判にかけられた揚げ句、天皇制を守れなくなる恐れがあると危機感を抱いたのだろう」と推察する。

 四六年二月、マッカーサーは新憲法の「三原則」として、「天皇は国家元首」「戦争と軍備の放棄」「封建制廃止」を示した。天皇制維持に向けて他の連合国を説得するため、憲法九条を抱き合わせにしたとされる。

 「戦後、われわれが平和を享受できた原点は憲法九条と天皇制維持を盛り込んだ日本国憲法にある」と真吾さん。マッカーサーが無血で厚木飛行場に降り立てなかったら、新憲法は違ったものになっていたに違いないと考える。「この平和を守り続けるためにどうするか、国民一人一人が考える必要がある」 (寺岡秀樹)

     ◇

 太平洋戦争終結から七十年。多数の旧日本軍施設があった神奈川は戦後、米軍基地が集中する「基地県」となった。県史を語るうえで欠かせない日米の接点を見つめ、「軍都」にまつわる人たちを訪ねた。

◆旧日本軍施設跡に米軍基地が9カ所

 県内に残る米軍基地十二カ所のうち九カ所は、旧日本軍施設の跡地にある。

 「米軍基地と神奈川」編著者の栗田尚弥・沖縄東アジア研究センター主任研究員によると、神奈川では幕末以降、首都・東京や軍需工場の防衛のため、多くの防衛施設が造られた。「日本で最も軍事施設が集積した『軍県』だった」

 太平洋戦争末期、米軍は部隊を神奈川から上陸させ、こうした施設を制圧する計画を立案。終戦で上陸作戦は幻に終わったが、施設の接収は進んだ。巨大な艦船ドックを持つ横須賀など有効利用できる基地も多く、首都と東日本を押さえる拠点となったという。

 現在、施設数は一割以下に減ったが、面積は半分以上が残る。「横浜の施設をキャンプ座間に移すなど集約化を進めている。神奈川の基地の重要性は変わっていない」

 <厚木基地> 現在の正式名称は「海上自衛隊厚木航空基地」「米海軍航空施設」。1941年、帝都防衛基地として使用を開始し、44年から第302海軍航空隊が本土防空作戦を担った。45年の終戦で米軍に接収され、50年に米海軍に移管。横須賀基地に配備される空母の艦載機の拠点となった。71年に基地の一部が海上自衛隊に移管され、日米両国が共同使用を開始した。海上自衛隊は日本周辺海域で他国の潜水艦の動きを監視する哨戒任務などに従事している。

 

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