余録:ラジオで直接国民に呼びかけた最初の首相は戦前の…

毎日新聞 2015年08月14日 00時03分

 ラジオで直接国民に呼びかけた最初の首相は戦前の政党政治でライオン宰相と呼ばれた浜口雄幸だった。米英首脳と中継で結び、ロンドン軍縮会議の成果を「人類の文明に一新紀元を画した」とたたえた軍縮放送演説にはこんなくだりがある▲「不戦条約は戦争を絶対に否認したるものでありまするが故に、いやしくもこの厳粛なる約束に違反するものがありまするならば、その国は勿論、全世界を敵とすることになる」。もし侵略が起これば、各国は傍観しない。軍縮はこの相互信頼の精神に根ざすという▲米英との協調や中国の主権尊重を説いた浜口は国民の人気も高かった。だが関東軍の謀略による満州事変が起きたのは先の演説のわずか11カ月後である。以後、一時期の小康をはさんで15年に及んだ戦争の結末はまさに「全世界を敵」に回しての無残な敗戦であった▲欧州列強の勢力均衡と植民地支配を柱とする19世紀型の国際秩序に懸命に適応し、近代化を果たした日本人である。だが米国の主導する20世紀の国際秩序や産業文明の変化にはあまりにも鈍感すぎた。自己改革のできぬまま、迷い込んだのは侵略と戦争の迷路だった▲この文明の潮目にあって対外膨張を拒み、通商と産業高度化に日本の未来を求めた浜口のような政治家もいた。それが戦後に実現するまでに、なぜ内外の途方もない数の人が命を奪われねばならなかったのか。何度も問い直し、心に刻まねばならない戦後70年である▲21世紀の世界に即した構想力もその中でこそ鍛えられよう。新時代のビジョンを手にしながら、逆戻りの迷路にはまった昭和史の悪夢は繰り返せない。

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