オフザボール時に秀逸な動きを見せる岡崎慎司
この夏の始めに大勢の在日外国人と飲む機会があり、とある年配の米国人男性と話していると、話題はスポーツの話に移った。酒場の会話の接ぎ穂としてスポーツの話題を持ち出すのは常套手段であり、どちらからともなく、話の舳先はスポーツへと向いたのである。ところでどのスポーツが好きなんだい、と如何にもアメリカンなサイズをしたそのおじさんはビールを呷りながらぼくに訊いた。
「アメリカンじゃないほうのフットボール」
そう答えると、おじさんは、
「ああ、何も起こらない90分間の方のやつ」と悪戯っぽい表情を浮かべながら、ちょっと皮肉混じりに切り返した。これはちょっとした軽口なのだけど、ある意味正しい、とぼくは思う。スコアレスドローの試合なんて、見ようによっては“90分間何も起こらなかった”と受け止められても仕方ないのではなかろうか。
これは日常生活と似ているところがあって、借金まみれでその上方々に愛人をこさえ、毎週末競輪場で一発逆転を狙っているなんていう人以外は、大抵、一見するとほとんど何も起こっていない“ように見える”日々を送っている。平凡な日常、というやつである。この何も起こってないように見える日常のなかで、あほらしい些細なことに一喜一憂するところに人間の面白味があったりするのだけど、フットボールもこれと同じで、必ずしもゴールという一大事のみがこのゲームの醍醐味を独占しているわけではないのである。全体の分数に対する得点密度の少ないフットボールは、そのゲームの性質上、あたかも何も起こっていないかに見える時間帯のなかで、どれくらい些細な関心事をピックアップできるかによって、楽しみ方の深度が変わってくる。ここで、何もピックアップできないと、本当に何も起こらない90分間となってしまうのである。
オフ・ザ・ボール。これはよく言うやつで、ボールのないところで何が起こっているのかが、フットボールでは割合に大きなウェイトを占めているのであるが、テレビ桟敷でも、この辺の動きが分かると、フットボール観戦はぐっと面白味が増す。もう何年もフットボールファンをやっている人は、オフ・ザ・ボールの見方に長けているものである。
大勢が集まってフットボール観戦をしているなかで、「今の○○のダイアゴナルに走ってスペースを作る動き、秀逸だなあ」なんていうことを溜め息混じりに呟くように（それでいてちゃんと皆に聞こえるように）言えば、周囲のフットボール通を自認する人々から、「こやつ、侮りがたし」と一目置かれることになる。
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