旭化成が昨年11月に量産を始めた深紫外LED
3人の日本人研究者が昨年のノーベル物理学賞を同時受賞して話題となった青色発光ダイオード(LED)。白熱電球の置き換えなどで急速に普及しているが、一部の研究者やメーカーは早くも「次」を見据え、未来を手元にたぐり寄せようとしている。
深紫外(しんしがい)線を発するLEDはその一つだ。製造には高度な技術を要するものの、用途の広さでは勝るとも劣らないと期待されている。
「まさに未来の光だ」
旭化成の久世直洋UVCプロジェクト長は、深紫外LEDの魅力をそう表現する。同社は昨年11月、世界に先駆けて量産を始めた。
深紫外線は200~280ナノメートル(ナノは10億分の1)の短い波長を持つ紫外線の一種で、目に見えない。太陽光に含まれているが、通常はオゾン層に遮られ、地表には到達しない。強力な深紫外線を生物が浴びると、DNAが破壊されてしまうほど、危険な存在だ。
研究者らは、そうした深紫外線の性質を殺菌などに役立てられると考えた。
例えば、水の浄化。水道の蛇口に深紫外LEDを組み込んだ殺菌装置を取り付けて光を当てると、雑菌やウイルスの増殖を防ぐことが可能になる。
「たまった水に光を当てると、現状でも数分で浄化できる。将来的には浄水場で大量の水を数秒で処理できるようにもなるだろう」(久世プロジェクト長)
これまでこうした用途では、水銀ランプが用いられてきた。しかし、安定した光を出すのに時間がかかる上、膨大な電力を食う。水銀は人体に有害で、環境汚染の原因にもなる。これに対し、深紫外LEDには省スペース、長寿命といった特長もある。
水の浄化以外にも、空気清浄機や掃除機への搭載、皮膚病の治療、病院内の感染防止など、想定される利用シーンは多い。DNAを検出したり、工場で樹脂を硬化させたりするのにも役立つとみられている。
旭化成はもともと、スマートフォンで歩行者ナビゲーションに使うために搭載している磁気センサーの開発を通じ、半導体や基板材料に関する知見やノウハウを持っていた。その磁気センサー開発の技術を深紫外LEDの開発に応用することで、弾みがついたという。また、4年前に基板製造を行う米国のベンチャーを買収したことも、製品化で一番乗りを果たす決め手になった。
現在の製品は水質検査装置用だが、秋にはより出力が高い殺菌用の新製品投入を予定。「最も発光効率が高い260ナノメートルの波長に限りなく近い」と、久世プロジェクト長は自社製品の強みを強調する。
この分野への参入を目指すメーカーは多い。ポンプや人工心臓を製造する日機装は、ノーベル賞を受賞した赤崎勇名城大終身教授と天野浩名古屋大教授に指導を受けつつ、約10年にわたって深紫外LEDを研究。今年5月に検査装置用に加えて、殺菌や樹脂の硬化にも使える製品の量産に乗り出した。化学メーカーのトクヤマも、東京農工大などと試作を行い、来年の製品化を視野に入れている。
いずれも強力なライバルだが、旭化成の久世プロジェクト長は「有望となると多くの研究者やライバルメーカーが一気に集まるのが日本の良さ。互いに技術を磨いていければいい」と、こうした動きを歓迎する。青色に続くノーベル賞受賞も夢ではない。
(井田通人)
旭化成で深紫外LEDの開発を指揮する
久世直洋UVCプロジェクト長
――深紫外LED開発で旭化成の強みは
「深紫外LEDを構成する基板材料に窒化(ちっか)アルミニウムを使っている点だ。基板上に形成する薄膜の材料も同じ窒化アルミニウムなので、開発上、最も殺菌に適した260ナノメートルの波長を実現する上で有利だ」
――米ベンチャーの買収で、基板の製造ノウハウを手に入れた
「確かに買収効果は大きい。ただ、事業化には他にも生産技術や品質管理などさまざまなノウハウが要る。米国は新しい材料を見つけ出すのがうまいが、製品化は日本の得意分野。早期の製品化は互いの技術を融合できた結果だ」
――反応は
「さまざまな企業から問い合わせが殺到している。想定されていない用途が見つかる可能性がある。当社には深紫外LEDを使える製品が多いので、用途を考え出す力はある」
――今後の課題は
「引き合いが増えていけば、高品質な製品を安定供給する態勢が求められる。浄水場での使用には、発光効率が低下しないようにしつつ、出力をもっと高めないといけない」
――赤色のLEDは中国や韓国のメーカーに市場を奪われた。二の舞いにはならないのか
「赤色はもちろん、青色と比べてもはるかに量産しにくく、開発や製造に細心の注意を払う必要がある。当社は材料の組み合わせや製造方法をあらゆる視点からチェックしているが、日本メーカーにはそうした粘り、きめ細かさがある。日本の優位は揺るがない」