少子化は誰のせいなのか? 産婦人科医・宋美玄と考える、原因と解決策
「少子化は誰のせい?」ーーそう問われたら、あなたはどう答えますか? 政治のせい、社会のせい、男性のせい、それとも私たち女性のせい?
20年以上前から問題視されながらも、これといった解決法が提示されることもなく、いっそう深刻化している少子化。2014年の合計特殊出生率は1.42でした。でも、その原因って実際はどこにあるか? それを見極めないことには、打開策も考えれらない。そんな考えから「少子化は誰のせい? まだ間に合う?」と題した将来医療構想勉強会が開催された。
第二次ベビーブーム世代へ効果のある政策がないまま
講師を務めるのは、産婦人科医の宋美玄氏。森まさこ前少子化担当大臣による有識者会議「少子化危機突破タスクフォース」の委員を務め、現在は有村治子少子化担当大臣のもとで引き続き子ども・子育て支援委員会委員を務める宋氏とともにこの問題を考えようと、医師や医療関係者のみならず、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)に関心のある一般男女が集まった。
宋氏は講演で次のように語った。
「少子化関連の委員会には私以外にも、産婦人科医が呼ばれることが多いのですが、そこで求められるのは、妊娠、出産の情報提供に関することが中心。それはもちろん必要な知識なんですが、『そこじゃない』『そこを話し合っても少子化対策に即効性はない』という思いが常にありました。なぜ少子化になってしまったか? を掘り下げないかぎり、取るべき政策も見えてこないですしね。
同時に、現状の把握が大事です。2013年、私が初めて有識者会議に出席させてもらった時点で、第二次ベビーブーム終盤に誕生した世代は40歳手前になっていました。まだ妊娠しようと思えばできる年齢。日本では第三次ベビーブームは起きず、このアラフォー世代が最後の人口ボリュームゾーンなんです。以後は毎年、数万人単位で産める年齢の女性の総数が減っていく。
だから、この世代の女性たちがいち早く『産みたい』『産もう』と思える政策を……と提言してきたのですが、効果のある政策がないうちに内閣改造で大臣が変わり、またイチから議論の仕切り直しとなっている状態です。いちばん人口の多い世代は41歳、生殖可能年齢を考えると妊娠がかなりむずかしい年齢に突入しようとしています」
高度経済成長期の働き方、長時間労働がマイナス要因
大臣間の引き継ぎにかかる時間や少子化問題にかけられる予算の少なさに焦れったさを感じる一方で、宋氏が気になっているのは、世間が思っているであろう少子化の原因。それは以下のようなものだといいます。
・若い男性が草食化したから
・日本人がセックスレスになったから
・女性が社会進出したから
・女性が体の産み時をしらずに、好きなことをして気づけば産めない年齢になっているから
・国民が子孫を残すという自分たちの義務を忘れてしまったから
「なかには極端なものもあり、少子化の原因を単純化して考えたがる人が多い印象ですね。でも、少子化も、それと切り離せない問題である晩婚化、晩産化も、ひとつの原因だけに帰結させるには無理があります。
2013年の平均初婚年齢は男性が30.9歳、女性が29.3歳、そして第1子出生時の母親の平均年齢は30.4歳でした。産婦人科医的には、初潮から30歳まで毎月排卵しているだけでいろんな病気のリスクが上がるので対策が必要だと思っているのですが……。いずれにしろ、少子化、晩婚化、晩産化を、個人やその世代の意識の変化のせいにしているうちは、議論が前に進むことはありません」
個人の問題ではなく社会構造の問題、と宋氏は指摘します。
「まず、男性の雇用形態によって結婚できる・できないが大きくわかれるというデータがあります。20代ではそれほど差がありませんが、30代になると正規雇用の男性は結婚していて、非正規雇用の男性は結婚できずにいる現実。一方で、非正規雇用に従事する男性の数は増えているのが現状です。加えて、不況が長らく続いているいまの日本社会にあっては、がんばって働いたからといって収入増を望めるとはかぎりません。
そのうえ、日本の男性は総じて長時間労働です。会社と家の往復で人生を費やしていて、出会いの場に行く時間がないんですね。結婚したとしても、長時間労働は夫婦関係に大きく影響します。私がセックスカウンセリングをするなかで気づいたのは、セックスレスで悩んでいる夫婦はどちらか、もしくは両方が長時間労働だということ。これでは性欲が落ちるものも仕方ないでしょう。
それで、そもそも子作りができないし、子どもが産まれたとしても育児への参加が期待できない……。高度経済成長期の働き方がいまだ根強く、それが出会い、結婚、子作り、育児すべてのマイナスになっているというのは、有識者会議でも全員一致で納得していることです」
少子化解決を邪魔する「伝統的家族観」
同じく日本社会に深く根を張っていて、少子化問題解消の歩みを止めているもののひとつに「伝統的家族観」があると宋氏。「保育園が足りないから、女性が子どもが産めない!」という主張に対して、「子どもを預けるなんてかわいそう」「女性が仕事をやめて家庭に入ればすべてがうまくいく」と反対意見が出るのは、もはや鉄板中の鉄板。そして、「三歳児神話」(母親は子どもが三歳になるまで子育てに専念しないと、成長に悪影響を及ぼすという考え)、「母源病」(子どもの病気はすべて母親に由来するという考え)を宋氏が自身のブログや記事で否定すると、賛否でコメント欄が盛り上がる(というか荒れる)といいます。
「先ほどいったとおり、男性の雇用が安定せず収入増が見込めない社会にあっては、共働きしながら子どもを産み、育てる前提で少子化対策を考えなければなりません。男女ともに働くのは、いまや先進国のスタンダードです。
でも日本の場合はそこに、キャリア形成の時期と出産適齢期が重なるとか、保育園問題などで産後も働く気があっても離職せざるをえないとか、日本は男性の育休取得率が先進国でワーストなので育児の負担が女性にばかり負わされるとか、種々の問題が横たわっています。それらすべてを女性の『あきらめ』と『がんばり』で解決しなければならない……。なのに、多くのワーキングマザーは罪悪感でいっぱいです。
これはひとえに、『子どもを預けるなんてかわいそう』という社会通念があるから。ここでいわれる『伝統的家族観』とは、お父さんは外で働き、お母さんは専業主婦となって家事をしながら子どもふたりほどを育てるというものですが、これは高度経済成長期に形成されたものでまったく“伝統的”ではないんですよね。
こうして女性ひとりに子ども関連の負担が押し付けられると、第二子が持てないという問題も出てきます。私も第一子の子育てをしながら、『もうひとり欲しいけど、これでさらに負担が増えるのは無理!』と何度思ったことか。実際、子どもを産んでも働きつづけやすい、子どもを預けやすい国は出生率が増えています。こうした家族観の撤廃は、少子化のためにマストです。
日本社会における『家族の問題は家族内で解決を』という意識の強さは、家庭を維持するために(主に)女性にかかる負担増にもつながっています。日本では介護や保育などは『家で嫁がやればタダ』と思われていて、保育士や介護士の待遇の悪さが社会問題になっていますね。もっと保育園やベビーシッターにかかる費用が公的資金でサポートされればいいのですが、政治の世界では高齢者がまず大事にされます。当分選挙権を持たない子どもにお金を使っても、次の選挙に結びつかないからです。
私がお会いした政治家の中には、『最近になって少子化に危機感を持ちはじめた、周囲の政治家はまだ持っていないけど』と正直におっしゃる方もいました。『子どもが欲しいのは個人の問題だから、個人でなんとかしなさい』という世論も大きく、いえいえ、ちゃんとお金を出して少子化対策しないと社会にひずみができ、日本は滅びちゃいますよ、という意識をどうしたら持ってもらえるか……。たいへんハードルが高いですが、あきらめずにアプローチしてきたいですね」
国の政策、民間による環境作りも必要
宋氏の講義を受けてのグループディスカッションでは、少子化の原因、短期的対策、長期的対策についてのアイデアが交わされた。
・生む前に女性がクリアしなければならないタスクが多すぎる
・シングルの女性でも産んで育てられる環境作りを
・飛び級などを認めて、早くキャリア形成できるような政策を
・国の政策ではなく民間ビジネスでできることはあるのか
・産後ケアの施設などぜひ民間に参入してほしいが、継続がむずかしいのが現状
産んだ、いつかは産みたい、産んでもらいたけど現状ではむずかしい……立場や置かれた状況の違いはあるにしても、「産む」ことにおいては誰もがその当事者であり、もしくは身近に当事者がいるはず。そして少子化によって必ず起こる社会構造の変化とは無関係ではいられない。専門家でない人たちがこの問題を意識し、議論していくことが、社会全体のコンセンサスにつながり、ゆくゆくは具体的な政策につながるのかもしれない。
(三浦ゆえ)
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