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無敵の怪物に転生した男がファンタジー世界で冒険する話(仮) 作者:戈止
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19 万の言葉に勝るものを

 リアナは私の目から見てぎりぎりだった。

 いや、誰が見たって同じ事を思うはずだ。

 彼女の心は壊れてしまう寸前である。

 心だけではなく、体もそうだ。

 先の戦いで見せた強さは、普通の鍛錬を繰り返す程度で辿り着ける領域ではない。

 特に風術自爆による捨身の機動戦術など、相当無茶な文字通り身を削る修練を重ねなければ身に付かない。

 だから、今この場所で私が何とかせねばならない。

 だが、どうすれば良い?

 獅子鬼の喉は人の言葉を紡げず、咆哮となるばかりだ。


「グルルルルゥ……」


 己の不甲斐なさに呻きが漏れる。

 一方、私が悩んでいる間にリアナは自分の背負い袋から荷物を取り出したようだ。


 おや、それは……。


 どれも見覚えがある品だ。

 私が使っていた腰巻に財布、そして聖銀の襟章である。


「この前、お前が僕の隣に並べた物だ。
 これが何を意味するのか、随分考え悩んだよ。
 分かったのは、お前にある程度の知恵と知識があるって事だけだ」


 リアナは毛皮を広げ、以前私がしていたように財布と襟章を重ねた。

 それだけではない。

 たくさんの金貨、宝石、以前自慢していた魔法の品々を積み上げた。

 たぶん彼女の全財産。

 そして最後に、自分の襟から引き千切るように冒険者章を外し、叩きつけた。


「これの意味、理解しているんだろう?
 もしもそうなら、構えろ。
 僕の挑戦を受けてもらう」


 私がリアナに教えた最初の一つ、冒険者間における決闘作法だ。

 敷布の上に互いの賭け金と魂を載せ合い、勝者がその全てを自由にする。

 私は目を瞑って暫し考え、覚悟を決めた。

 戦う為の構えを取る。

 私の動きを確認し、彼女もまた剣を抜いた。


「やはり、分かっているんだな。
 本当に、本当にお前は何なんだ」


 呟くリアナに軽く闘気を送る。

 お前の師匠で、今は世界最強の冒険者様だよ。


「ぐぅ、なんという……だが、まだ本気では無さそうだな」


 当たり前だ。

 さあ、この程度の気当たりで参ってないで掛かってこい。

 以前のように指導してやる。

 ここで私は武器を手にした……巨大木剣ではなく、人間時代に愛用していた魔剣の方をだ。

 そして、挑発するように牙を剥いてやる。


「き、きさ、貴様がその剣に触るなぁぁぁぁっ!!」


 案の定リアナは激昂し、こちらに向かって突進を仕掛ける。

 怒りは人の枷を外し強くする。だから、怒っても良い。

 しかし、静かに怒れ。戦う時は何があっても冷静であれ。 

 でなければ、色々付け込まれるぞ……ほら、こんな風に。

 距離を詰めるリアナに向かって足元の砂を蹴り上げてやる。

 狙うのは顔、魔力を一切流さぬように注意を払って目潰しを仕掛けた。


「ちぃっ! モンスターの癖に小賢しい真似を!」


 リアナはとっさに風を操り、防御した。

 無詠唱とは畏れ入る……しかし、こちらにはまだまだ小技の引き出しはあるんだ。

 今日は出し惜しみせず全部見せてやる。

 冒険者ジェラルド・アボットが身に付けていた全ての技をだ。

 とことん付き合って貰うから覚悟しろよ。



※※※



 私たちの戦いは半日に渡った。

 客観的に見て、これを戦いと呼べるかはわからない。

 側から見れば、私がリアナを中途半端で威力の乏しい攻撃を繰り返し嬲り続けただけだ。


「ふざけるな、ふざけるなよっ!」


 リアナはすでに満身創痍だ。

 だが、その意思は消えていない。


「なぜだ、なぜ被るんだっ!
 お前の動きが、師匠の動きと何故被るんだぁっ!」


 例の神速で肉薄し、全体重を乗せた一撃を放つ。

 私は見切り、最小の動きで回避し、斬撃を返す。


「くっ……」


 リアナの首筋に魔剣を突き付け、直ぐに外す。

 そして、また最初と同じように構え直す。


「……なぜだ、なぜ剣を止めた。
 どうして僕を殺さない」


 やはり、お前は死ぬ気でここに来たのだな?

 だが、残念だったな。

 私はお前を殺す気など全く無いよ。


 唇を噛み、爪で掌が傷つく程強く拳を握ったリアナを見つめる。


「くそぅ……」


 リアナは構えを解き、その場に膝をついた。

 どうやら先ほどの突撃で、力を使い切ったらしい。


 私は君に伝えたい事があったんだ。

 私はここにいるぞ、と。

 狡くて卑怯な嫌らしい戦い方をする底意地の悪い師匠はここにいるぞ、と。

 だから、君が負い目に感じる必要など無いのだ、と。

 ……ほんの一欠片でも、それは伝わっただろうか?


 リアナは大きく息を吐き、戸惑いながら言葉を紡ぐ。


「戦って分かったよ……。
 どういう状態なのか知らないけれど、お前の中に師匠の何かがあるということは」


 その表情は親の姿を見失った幼子を思わせる。

 自身の不安を迷いを乗せ、感情を吐き出す。


「……ねぇ師匠、そこに居るんですか?
 僕の声、届いてますか?
 もし、そうなら殺してください」


 なぜ、死を望むのかね。


「だって、本来死ぬべきは僕だったんだ。
 僕が貴方を殺したんだ。
 あの日、僕が指名依頼の代理なんて頼まなければ、貴方は死ななかった……」


 そんな偶然に責任を感じられても困るよ。

 それは私の運が悪かったというだけだ。

 街道沿いを行く隊商の護衛でこんな化け物と遭遇するなんて、誰が予想できる?


「貴方の遺品をご実家に届けたの、僕なんです。
 勿論、正直に全部伝えました。
 良いご家族ですね。
 嘆いて、とても悲しんで……でも、恨み言は一つも言わなかった。
 僕のことを恨んで当然なのに何も言わなかった。
 それどころか、遺品を届けてくれてありがとうって」


 そうか、ありがとう。

 君には辛い思いをさせてしまったな。

 なんとなくだが、みんなの姿が思い浮かぶなあ……うむ、彼らが人を責め立てる姿はちょっと思い付かない。


「全部僕のせいなのに……。
 殺意がわきましたよ、自分自身にね」


 ……。


「彼らだけじゃない。
 冒険者仲間だって、組合の人達だって悲しんだんだ。
 師匠、貴方は知ってましたか?
 自分がどれだけ信頼され、愛されていたか」


 はははっ、気の良い奴らが多いよな。

 連中は元気にしてるのかな?

 まあ、殺しても死ななそうなやつが多いし……って、何があっても死にそうにないと言われた私がこのザマだけれどな。


「僕だってそうだ。
 僕、貴方の事が好きだったんですよ。
 ……大好きだったんですよ」


 う、うむ、なんとなくだが……そうなのかなーという気はしてたような、しないような。

 だが勘違いだったら自意識過剰で格好悪いなあとか、色々思って黙っていました……すまん。


「本当に本当に、本当に大好きだったんだ。
 知ってました?
 僕、貴方の前で女なんて捨てたって宣言したの、後悔してたんですよ……。
 でも、前言撤回するのが恥ずかしくって」


 それは……女に戻りますなんて宣言したら、誰か好きな男が出来たって告白するようなもんだものなあ。

 いや、すまん、ヘタレで本当にすまんかった。


「まあ、良いんですけどね。
 師匠は他に気になってる人が居たっぽいし」


 うごぉっ!?


 リアナの独白はずっと続いた。

 私は頷きつつ、それを聴き続けた。



※※※



 リアナの言葉が尽きた。

 もう、その目に涙はない。

 言いたかった事、言うべき事は全て吐き出したようだ。 

 ここで終わりにしても良いのだけが、後少しだけ付き合って欲しい。


 私は今一度、剣を手に取って構える。


「構えろっていうのか?」


 いかにも。

 後一つ、約束が残っているからな。


 私の態度に何か感じるものがあったのだろう、リアナはふらつく体に鞭打って立ち上がった。

 疲労が溜まり切っているようで、剣先がブレて定まっていない。


「ああ、わかったよ。
 ……全力だ、全力で行く」


 そうだ全力で来い、全てを絞りきって最高の一撃を見せてくれ。


 リアナが来る。

 ボロボロだというのに、風を纏って駆ける姿が今までのどれよりも綺麗だ。

 白刃一閃。

 あまりにも美しい一太刀、私はそれに見惚れた。


「届いたのかな」


 彼女に見惚れ防御が一瞬、遅れた。

 それ故、横薙ぎが私の腹に浅い傷を刻んだ。


 ……とうとう、完璧な一本を取られてしまったなあ。


 だったら仕方ない、と魔剣を鞘に収め差し出した。


「……受け取れというのか、その剣を。
 まさか、僕の剣が届いたから?」


 随分前だが、約束しただろう?

 一本取れたら、譲ってやるって。


「でも、その約束は師匠とのもので、それを覚えているのは……って、え、ええぇっ!?」


 もちろん、覚えているさ。


「あ、ああ、ああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 おいおい、もう涙は流しきったんじゃなかったのか。

 私の弟子はとんでもない泣き虫だったんだなあ、知らなかったよ。



 リアナはぐすぐすと鼻をすする。

 そして大事そうに剣を抱えて、言った。


「この剣、重たいですね。
 まだ、上手く使いこなせそうにないや」


 うーん、元々男の私が使っていた物だからなあ。

 体格に恵まれた方とはいえ、女性には辛いかもしれないな。


「だからまた、教えてくれますか? 師匠……」


 当然だ。 いつだって来なさい。

 だって君は私の自慢の弟子なのだから、可愛い弟子なのだから。



※※※



 後年、レグナム王国には冒険者の頂点である神金級(スカーレット・サン)に至った人物が出た。

 女性として初の最上位者を、魔剣を振るい風に乗って舞う彼女を人は『風姫』と呼んだ。

 ある時、彼女の持つ強力な魔剣は何処で手に入れた物なのか問う者がいた。

 彼女はその時、凛とした日頃の態度からは考えられぬ様を見せたという。

 恋する乙女の様に熱っぽく蕩けた表情で「師匠から貰ったのだ」と答えたそうだ。

 彼女はこうも言った「師匠は自分よりも強い、彼こそ神金級に相応しい」と。

 『風姫』リアナの師匠の名は世間に知られていない。

 ただ、リアナは人里から離れた森林に度々出向き、彼の地に住まう主と武器を交えたという。

 その魔物こそ彼女の師匠ではないかという、やや眉唾な伝説が永く残った。

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