18/21
18 思慕と罪を胸に抱いて
私が狩りに出ている間にリアナは姿を消していた。
気絶した彼女の隣に置いた敷布と財布、冒険者の徽章は無くなっている。
たぶん、彼女が持って行ったのだろう。
あれは手元にある所持品で冒険者の決闘作法を再現したつもりだ。
それの意図するところは、私が知性ある生き物で冒険者の作法をしっているぞ、という宣言だ。
リアナとの戦いを望んでいるわけではない……のだが、勘違いされたらそれはそれで仕方ないだろうな、と思う。
私があれを見てもたぶん高確率で、こいつ喧嘩を売ってきやがったと判断するだろう。
はてさて、彼女はどうするだろう。
私の討伐を諦めるだろうか?
……いや、それだけは無いな。
私はリアナの事をそれなりに理解しているつもりである。
私の知る彼女は頑固で意地っ張りだから、必ずなんらかの決着を求めるだろう。
彼女はやや激し易く感情的になりがちだが、決して愚かではない。
先の戦いで私との間にある圧倒的な差を理解したはずだ。
仮に次も戦いになるとして、無為無策のまま挑んでくるとは思えない。
合理的な判断をするなら、仲間を募ってパーティで挑むあたりが妥当だが……。
獅子鬼に挑むと聞いて、その話にのる命知らずは居るだろうか?
……。
何人かの冒険者仲間の顔が脳裏を過ぎった。
組合のラグラ支部で集めるなら、結構簡単に集まるかもしれん。
とはいえ今の私なら、あそこの上位陣が全員揃って挑んできても負けない自信がある。
他には何が考えられる?
リアナの気性だと可能性として低いが、実家であるバーンスタイン侯爵家に頭を下げるという方法もあるか。
そうなった場合、その先どうなるかさっぱり分からんな……。
軍を送ってくるだけならどうにでもなるだろうが、人間は多数集まると様々な案を出す。
国単位で動き出したら、獅子鬼でも何とかする方法を見つけてしまうかもしれない。
うーむ、いっそ全て忘れて逃げてしまうか?
どうしたものかと頭を悩ませ続け、この場に留まり続けた。
何日も、何日も……。
※※※
結局、私の考えは杞憂だったようだ。
リアナはまた一人でやってきた。
その表情は硬く、相変わらず怒りや憎しみといった負の感情が見え隠れする。
しかし、以前のように行き成り斬りかかって来る心算はないようだ。
「お前は一体なんなんだ?」
それはなかなか返答は困る問いだな……。
私自身、疑問に思った事がある。
私という存在は、冒険者ジェラルドが獅子鬼の肉体を得たものなのか。
それとも獅子鬼という魔物がジェラルドの記憶を得たものなのか。
まあ、どれほど考えた所で答えがでない問題だな。
「あれから、お前の事を色々と調べたよ」
なるほど、しばらく姿を見せなかったのはそのせいか。
戦う前に情報を調べるのは良い事だ。
最初に出会った頃は敵など、出会ったその場でねじ伏せてしまえば良いと言ってたのになぁ。
自信過剰だったリアナが随分と変わったものだ。
「シャロンは食われそうになったと言っていたが……冷静に見ると豚鬼どもに襲われていた彼女を救出し、治療を施したようにも見える」
シャロン?
誰だそれは……って、ああ、あの時の新人冒険者か。
丁寧に処置したというのに食われそうとか心外である……勘違いされた原因に心当たりはあるのだが。
だがリアナ、君はきちんと分かってくれたようで嬉しいぞ。
「ラグラ港ではレグナム軍艦と大海魔の戦闘に乱入して大暴れしたという話が流れているが……乗組員の話では大海魔の動きを牽制したり、人の安全に配慮していたと言う」
話が聞けたという事は、彼らはきちんと港にたどり着けたのだな。
まあ、百点とは言い切れぬ対処だったが、一応できる事はさせてもらったよ。
私がのんびりと構えて構えていられたのはここまでだった。
リアナの感情が爆ぜる。
冷静であれと己に言い聞かせ、捩じ伏せ堪えていたものが吹き出したのだ。
「その一方で、お前は、私の師匠を、し、師匠を殺した!!」
暴走した心が唇を引き攣らせるのか、言葉を紡ぐのも辛そうだ。
私はどう答えるべきなのか。
ジェラルドを殺したのは確かに、この獅子鬼だ。
しかし、記憶を探ったところで、私になる前の獅子鬼が何を考えていたかの答えはない。
「お前は何がしたいんだ!?」
私は驚いた。
リアナが泣いている。
気位が高く意地っ張りで、絶対人に弱みを見せたがらない彼女が涙を零していた。
「何故だ!!
他の人は見逃したり、助けたりしたのに何故、師匠だけは殺した」
ああ、リアナ……。
君はそれほどまでに、私の死を悲しんでくれるのか、そして怒ってくれるのか。
「師匠はなぁ、師匠はなぁ……。
ちょっと天然入ってて、人をからかって遊ぶ意地悪で。
でもこんな、僕みたいな高慢ちきでバカな女でも見捨てず指導してくれて!
物凄く強くて……でも強いだけじゃなくて」
リアナの気持ちを嬉しく感じ、それ以上にもどかしく思う。
何とかしなくてはならない。
彼女を解放しなくてはならないと、強く思う。
だが、どうすれば良い?
獅子鬼の喉は人の言葉を話せる構造になっていない。
「凄い、本当に凄い人だったんだ!
師匠はいずれ英雄として名を馳せるはずの人だった」
おいおい、それは持ち上げすぎだろう。
お前さんの中の私はどんな超人なんだ、ちょいと美化しすぎだろう?
私は思わず苦笑いを浮かべた。
しかし、その笑みはリアナの絶叫で凍り付く事になる。
「あんな下らない依頼で命を落としていい人じゃなかった!
僕の代理依頼なんかで、死ぬべき人じゃないんだっ!」
……そうか、それか。
なるほど。
私への気持ちにそれが重なって、お前をそこまで追い詰め苦しめているのか。
リアナ、お前は自分こそが私の死の原因だと、そう思っているのだな?
ジェラルド・アボットへの思いと罪悪感が、獅子鬼への怒りと憎しみが絡み合って、彼女を焼き尽くそうとしていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。