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無敵の怪物に転生した男がファンタジー世界で冒険する話(仮) 作者:戈止
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18 思慕と罪を胸に抱いて

 私が狩りに出ている間にリアナは姿を消していた。

 気絶した彼女の隣に置いた敷布と財布、冒険者の徽章は無くなっている。

 たぶん、彼女が持って行ったのだろう。

 あれは手元にある所持品で冒険者の決闘作法を再現したつもりだ。

 それの意図するところは、私が知性ある生き物で冒険者の作法をしっているぞ、という宣言だ。

 リアナとの戦いを望んでいるわけではない……のだが、勘違いされたらそれはそれで仕方ないだろうな、と思う。

 私があれを見てもたぶん高確率で、こいつ喧嘩を売ってきやがったと判断するだろう。

 はてさて、彼女はどうするだろう。

 私の討伐を諦めるだろうか?


 ……いや、それだけは無いな。


 私はリアナの事をそれなりに理解しているつもりである。

 私の知る彼女は頑固で意地っ張りだから、必ずなんらかの決着を求めるだろう。 

 彼女はやや激し易く感情的になりがちだが、決して愚かではない。

 先の戦いで私との間にある圧倒的な差を理解したはずだ。

 仮に次も戦いになるとして、無為無策のまま挑んでくるとは思えない。

 合理的な判断をするなら、仲間を募ってパーティで挑むあたりが妥当だが……。

 獅子鬼(ナラシンハ)に挑むと聞いて、その話にのる命知らずは居るだろうか?


 ……。


 何人かの冒険者仲間の顔が脳裏を過ぎった。

 組合のラグラ支部で集めるなら、結構簡単に集まるかもしれん。

 とはいえ今の私なら、あそこの上位陣が全員揃って挑んできても負けない自信がある。

 他には何が考えられる?

 リアナの気性だと可能性として低いが、実家であるバーンスタイン侯爵家に頭を下げるという方法もあるか。


 そうなった場合、その先どうなるかさっぱり分からんな……。


 軍を送ってくるだけならどうにでもなるだろうが、人間は多数集まると様々な案を出す。

 国単位で動き出したら、獅子鬼でも何とかする方法を見つけてしまうかもしれない。


 うーむ、いっそ全て忘れて逃げてしまうか?


 どうしたものかと頭を悩ませ続け、この場に留まり続けた。

 何日も、何日も……。


※※※ 


 結局、私の考えは杞憂だったようだ。

 リアナはまた一人でやってきた。

 その表情は硬く、相変わらず怒りや憎しみといった負の感情が見え隠れする。

 しかし、以前のように行き成り斬りかかって来る心算はないようだ。


「お前は一体なんなんだ?」


 それはなかなか返答は困る問いだな……。

 私自身、疑問に思った事がある。

 私という存在は、冒険者ジェラルドが獅子鬼の肉体を得たものなのか。

 それとも獅子鬼という魔物がジェラルドの記憶を得たものなのか。

 まあ、どれほど考えた所で答えがでない問題だな。


「あれから、お前の事を色々と調べたよ」


 なるほど、しばらく姿を見せなかったのはそのせいか。

 戦う前に情報を調べるのは良い事だ。

 最初に出会った頃は敵など、出会ったその場でねじ伏せてしまえば良いと言ってたのになぁ。

 自信過剰だったリアナが随分と変わったものだ。


「シャロンは食われそうになったと言っていたが……冷静に見ると豚鬼(オーク)どもに襲われていた彼女を救出し、治療を施したようにも見える」


 シャロン?

 誰だそれは……って、ああ、あの時の新人冒険者か。

 丁寧に処置したというのに食われそうとか心外である……勘違いされた原因に心当たりはあるのだが。

 だがリアナ、君はきちんと分かってくれたようで嬉しいぞ。


「ラグラ港ではレグナム軍艦と大海魔(クラーケン)の戦闘に乱入して大暴れしたという話が流れているが……乗組員の話では大海魔の動きを牽制したり、人の安全に配慮していたと言う」


 話が聞けたという事は、彼らはきちんと港にたどり着けたのだな。

 まあ、百点とは言い切れぬ対処だったが、一応できる事はさせてもらったよ。


 私がのんびりと構えて構えていられたのはここまでだった。

 リアナの感情が爆ぜる。

 冷静であれと己に言い聞かせ、捩じ伏せ堪えていたものが吹き出したのだ。


「その一方で、お前は、私の師匠を、し、師匠を殺した!!」


 暴走した心が唇を引き攣らせるのか、言葉を紡ぐのも辛そうだ。

 私はどう答えるべきなのか。

 ジェラルドを殺したのは確かに、この獅子鬼だ。

 しかし、記憶を探ったところで、私になる前の獅子鬼が何を考えていたかの答えはない。


「お前は何がしたいんだ!?」


 私は驚いた。

 リアナが泣いている。

 気位が高く意地っ張りで、絶対人に弱みを見せたがらない彼女が涙を零していた。


「何故だ!!
 他の人は見逃したり、助けたりしたのに何故、師匠だけは殺した」


 ああ、リアナ……。

 君はそれほどまでに、私の死を悲しんでくれるのか、そして怒ってくれるのか。


「師匠はなぁ、師匠はなぁ……。
 ちょっと天然入ってて、人をからかって遊ぶ意地悪で。
 でもこんな、僕みたいな高慢ちきでバカな女でも見捨てず指導してくれて!
 物凄く強くて……でも強いだけじゃなくて」


 リアナの気持ちを嬉しく感じ、それ以上にもどかしく思う。

 何とかしなくてはならない。

 彼女を解放しなくてはならないと、強く思う。

 だが、どうすれば良い?

 獅子鬼の喉は人の言葉を話せる構造になっていない。


「凄い、本当に凄い人だったんだ!
 師匠はいずれ英雄として名を馳せるはずの人だった」


 おいおい、それは持ち上げすぎだろう。

 お前さんの中の私はどんな超人なんだ、ちょいと美化しすぎだろう?


 私は思わず苦笑いを浮かべた。

 しかし、その笑みはリアナの絶叫で凍り付く事になる。


「あんな下らない依頼で命を落としていい人じゃなかった!
 僕の代理依頼なんかで、死ぬべき人じゃないんだっ!」


 ……そうか、それか。

 なるほど。

 私への気持ちにそれが重なって、お前をそこまで追い詰め苦しめているのか。

 リアナ、お前は自分こそが私の死の原因だと、そう思っているのだな?


 ジェラルド・アボットへの思いと罪悪感が、獅子鬼への怒りと憎しみが絡み合って、彼女を焼き尽くそうとしていた。



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