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未来を先取りして今を変えよう――被爆70周年に考える

  • 秋葉忠利 (ヒロシマ・ピース・オフィス代表/前広島市長)
  • 2015年8月12日

被爆後70年の今年は、第二次世界大戦の体験者が未来世代に歴史の教訓を直接伝える上での節目の年です。被爆者の平均年齢は80歳を超え、被爆の実相と、被爆者の「こんな思いはほかの誰にもさせてはならない」という言葉に代表される「和解」の哲学を、劣化しない形で未来世代に送る努力をさらに強化する年でもあります。

そのためには、「広島・長崎講座」のような学問的な整理と若い世代への伝達が重要です。さらに、「ホロコースト学」のレベルでの知的理解が世界的に共有されることも目指したいと思います。それは、「安全保障のために強制収容所が必要だ」という為政者は皆無なのに対して、「安全保障のために核兵器が必要だ」と平気で主張する為政者が多いからです。

同時に、その為政者たちも世界の世論には従わざるを得ない事実にも注目すべきだと思います。核兵器禁止条約などはできていないにもかかわらず、世界全体の持つ核弾頭数は1986年をピークに右肩下がりになっています。また、包括的核実験禁止条約が発効していなくても、1996年以降、核実験数はほぼゼロになっているのです。


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こうした世論の力を有効に使って核保有国を動かすための大切な柱は、「法の支配」「話し合いによる問題解決」、そして「科学の力」です。昨年から今年にかけて起きた世界の重要な動きはこの線に沿っています。マーシャル群島共和国は、核保有9か国を核不拡散条約6条違反のかどで国際司法裁判所に提訴しました。また、イギリスの一方的核兵器廃棄を目指して、スコットランド独立の可否を問う住民投票もありました。さらに10年越しの努力が実ってイランの核問題が解決されたことも重要です。そしてノルウェー、メキシコ、オーストリアなどの国々が、科学的な知見に基づいて、核兵器廃絶のための世論作り、また世論を具現する法的枠組み作りのために、果敢な努力を続けています。

残念ながら日本政府は、こうした世界の動きを感知できず、アメリカの顔色だけを窺っています。1930年代から終戦まで、ヒットラーに代表される世界の危機に直面して、ヒットラーに対抗するために世界が選んだ道は、帝国主義・植民地主義を捨てて、民主的な政治を実現することでした。こうした世界の動きに付いて行けず、日本政府は周回遅れの世界観によってヒットラーと一体になって大きな過ちを犯しました。現在の日本の状況は、周回遅れという点では大日本帝国の二の舞としか思えません。

その大日本帝国から我が国が脱皮できたのは、新憲法があったからです。日本国憲法の特徴は、軍事力に依存しない世界を創るために、法と対話と科学を元に民主主義を実践する枠組みを提供していることにあります。欧州連合がただ単に経済的な協力関係にとどまるのではなく、連合内の「国家」があたかも軍隊を持たない都市であるかのように存在し、連合を構成している事実が、未来の世界の姿を象徴しています。


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軍事力を持つ国家の集合ではなく、軍事力を持たない都市の集合として未来の世界をデザインするにあたり、軍隊を持たず戦争をしない決意を明文化した日本国憲法が大きな役割を果たします。

その憲法を遵守する義務を、国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員だけでなく、天皇にまで負わせているのが99条です。解釈改憲によって立憲主義そのものが脅かされている今、私たちが最優先しなくてはならないのは、天皇そして公務員に憲法遵守義務を負わせている主権者として、あらゆる手段を使って自らの責任を果たすことです。その結果として、憲法の理念を具体的な未来図として描いた上で、世界の明日を構築するためのリーダーとしての世界的役割を我が国が果たし、真に平和な21世紀創りに貢献する日の来ることを切に願っています。


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著者プロフィール

秋葉忠利
あきば・ただとし

ヒロシマ・ピース・オフィス代表/前広島市長

1942年、東京生まれ。東京大学理学部数学科・同大学院修士課程卒業。マサチューセッツ工科大学(MIT)でPh.D.を取得後、ニューヨーク州立大学、タフツ大学等で教鞭をとる。1979年から世界のジャーナリストを広島・長崎に招待し、被曝の実相を伝えてもらう「ヒバクシャ・トラベル・グラント・プログラム」の運営に携わる。その後、広島修道大学教授に。1990年から衆議院議員。1999年に広島市長就任し、3期12年に渡り務める。市長在職中、平和市長会議会長を務める。2010年にアジアのノーベル賞と称されるマグサイサイ賞、2011年にはネパール政府により創設されたゴータマ・ブッダ国際平和賞を受賞。主な著書は、『元気です、広島―市民が創る豊かな未来』『報復ではなく和解を―いま、ヒロシマから世界へ』など。

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