辛格浩ロッテ会長、文学徒から半世紀で40兆ウォンのグループに育成(2)

辛格浩ロッテ会長、文学徒から半世紀で40兆ウォンのグループに育成(2)

2009年05月11日17時16分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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   辛会長はその投資家に借金を返すため全力を尽くし、1年半ですべて返済、感謝の気持ちで住宅1軒を贈った。 97年3月にオープンした釜山(プサン)ロッテワールドの開館式では、日本の元首相4人が韓国に来て一緒にテープカットを行った。 日本現地でも珍しいことで、辛会長の幅広い交遊が分かる。

  67年に辛会長は韓国にロッテ製菓を設立し、母国への投資を始めた。 ロッテグループの関係者は「この時から日本で稼いだ金を韓国に投資し始めたが、韓国で稼いだ金を日本に持って行くことは一度もなかった」と述べた。 辛会長は韓国に進出する際、食品会社ではなく重化学会社の設立を希望していたという。

  日本の工業化を見ながら将来性があると判断したのだ。 辛会長は石油化学事業を検討した後、政府に提示したが、LGグループが事業者に決定したため断念するしかなかった。 朴正煕(パク・ジョンヒ)元大統領の勧めで年産100万トン規模の製鉄所の建設を推進したが、これも韓国政府が後に「製鉄業は国家ですることにした」と伝えられ、あきらめた。

  結局、実現したのはホテル業だった。 辛会長はあるインタビューで「ホテル業は利益を出すのが難しいが、韓国に一流ホテルがなかったので将来性があると考えた。 ホテル業について何も知らなかったので世界各国の一流ホテルを回って勉強し、日本の帝国ホテルをモデルにした」と述べた。 ここから辛会長が生涯守ってきた3つの経営原則を窺うことができる。

  まず理解できない事業には手をつけず、可能性がある事業を始める時は徹底的に調査をしながら準備するということだ。 最後に事業に失敗しても誰も被害を受けない範囲で資金を借り入れるというのが辛会長の哲学だ。 ロッテグループの系列会社のうち非上場会社が多いのも「失敗した場合、株主に被害を与えたくない」という辛会長の信条のためだ。

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