小型機墜落:ドーン、炎と悲鳴 「まだ娘が中に」
毎日新聞 2015年07月26日 21時33分(最終更新 07月27日 01時15分)
日曜日の昼前、くつろぎの住宅街に突如、惨禍が襲った。東京都調布市で26日起きた小型プロペラ機の墜落事故。搭乗者2人のほか、住民1人も巻き込まれて犠牲になった。飛行場のすぐそばで暮らしてきた付近住民に衝撃と恐怖が広がった。
「突然『ドーン』という音が聞こえ、下から突き上げるような揺れを感じた」。墜落現場近くの自宅2階でテレビを見ていた会社員、今野直樹さん(52)は話す。すぐ外に出ると、死亡したとみられる鈴木希望(のぞみ)さん(34)が住む2階建て住宅から、黒煙や火柱が数十メートルの高さまで立ち上っていた。
隣家の蛇口からホースを引っ張り消火しようとしたが、火勢が強くどうにもならない。中からは「キャー」と女性の声が聞こえた。今野さんは「飛行機が突っ込んだと聞き怖くなった」と話す。
墜落直後に現場に駆けつけた近くの男性(71)によると、住宅内から「熱い! 熱い!」と女性の悲鳴が聞こえ、付近住民が「早く逃げろ」と声をかけたが、2階から犬を逃がすのが精いっぱいの様子だった。住宅前では母親らしき女性が「まだ娘が中にいる」と叫び、燃えさかる家に入ろうとするのを近隣住民が必死で止めた。「何もできなかった」と男性は唇をかんだ。
現場の住宅は焼け落ち、尾翼付近だけが原形をとどめていた。近所の人の話を総合すると、この住宅には母娘が住んでおり、1階でけがをした女性(59)が母親、2階で死亡したのが鈴木さんとみられる。
最近まで母親の妹一家が住んでいたが転出し、代わりに母娘が10日から1週間ほど前、引っ越してきたばかりという。娘はトリマー(犬の美容師)で自宅で犬を10匹飼っており、住民の一人は「かわいらしく気立てもいい感じだった」と語った。
また、先の71歳男性の話では、現場近くの路上に搭乗していたとみられる3人が横たわっていた。服は焼け焦げ全身真っ赤。男性は近所の人たちと協力して離れた場所に運び、持ち寄った氷やタオルで冷やしたが、3人ともぐったりとした様子だったという。
現場は、調布飛行場の南端から約500メートルしか離れていない住宅密集地。騒音や安全面への懸念から、飛行場の閉鎖や規模縮小を求める住民の反対運動が根強く続いてきた。
住民によると、離陸した飛行機は通常、真っすぐ南に上昇するため、南東側にある現場付近は通らない。自治会役員の小野敬助さん(78)は「18年住んでいるが、こっちに飛んでこないと思っていたので驚いた」と話す。
1980年8月には離陸した小型機が近くの市立調布中学校のグラウンドに墜落し、乗っていた2人が死亡する事故が起きており、近くの自営業男性(77)は「あの時のことを思い出した」と話す。
この住宅街に引っ越してきて20年以上という端山純子さん(78)は「心配が現実になってしまった。住民は事故を予防できない。飛行機を操縦、整備する人は住宅地の上を飛んでいることを自覚してほしい」と訴えた。【黒川将光、青木英一、賀川智子、日下部聡】
◇巻き添え死、極めて異例
小型飛行機による事故は空港での着陸失敗や、山中や水田への墜落が多く、市街地への墜落は珍しい。地上にいた住民が巻き添えで死亡した事故となると、さらに異例だ。
2001年5月19日、三重県桑名市の上空でいずれも民間所有のヘリコプターと小型飛行機が空中衝突し、民家2棟と共に炎上した。今回と似た事故だったが、死亡したのは6人の搭乗者だけだった。
一方、米軍機には住民を巻き込んだ死亡事故があり、1977年に米軍の偵察機が横浜市内に墜落して民家2棟が全焼し、住民の幼児2人が死亡した。【日野行介】
◇グラウンド、異音に騒然
「普段の飛行機の音とは、うるささが違った。超低音というか、エンジンを吹かしているような音だった」
調布飛行場の滑走路のすぐ南側にあるグラウンドで、サッカーの練習試合に来ていた川崎市立中野島中学校3年生、河野和樹さん(15)は午前11時ごろ、木陰で休憩中に、ただならぬ異音を聞いて空を見た。機体を左右に揺らしながら飛ぶ小型飛行機が見えた。高度十数メートルくらいと思えるほど間近を飛んでいた。
河野さんによると、機体は一度は体勢を持ち直した。しかし、その後に「パン」という大きな破裂音がし、5〜6秒すると機体が左に傾き、左側を下にして滑るように落ちていった。急降下という感じではなかったが、わずか十数秒の出来事だったという。
この後、煙の臭いがフワーッと漂ってきて、さらに20分ほどすると灰のようなものも降ってきた。河野さんは「もし墜落現場があと数十メートルずれていたら……。僕らの方に落ちていたのかなと思うと怖い」と話した。【柴田朗】