特集ワイド:「忘災」の原発列島 再稼働は許されるのか 露骨な優遇、国の「回帰」鮮明
2015年01月30日
暮れの衆院選で安倍晋三首相は原発について多くを語らなかったが、選挙後は「政権公約は進める義務がある」として着々と「原発回帰」を進めている。その姿勢は、経済産業省の原子力小委員会が昨年12月に政策の方向性を示した「中間整理」と、2015年度予算案に見て取れる。東日本大震災から間もなく4年。「原発ゼロ」は遠のくばかりなのか。
「再稼働という国策を認める自治体は優遇し、受け入れないと冷遇する。今回の『中間整理』には、安倍政権の特徴が表れています」。原子力小委員会委員で九州大大学院教授(科学技術史)の吉岡斉(ひとし)氏は言う。批判の矛先を向けるのは、12月26日に委員会がまとめた「中間整理」という文書の中の「稼働実績を踏まえた公平性の確保」という部分だ。「これは、原発が再稼働した自治体には国の電源立地地域対策交付金を重点的に配分する一方、それ以外の自治体については減らすことを意味します」と吉岡氏。
電源立地地域対策交付金とは本来、原発のある自治体に発電量に応じて支払われるものだ。だが福島第1原発事故が起き、現在は国内の全原発が停止しているため、国は一律に「稼働率81%」と見なして交付を続けている。14年度は総額987億円、15年度も912億円の予算を計上した。
経産省資源エネルギー庁電力基盤整備課は「公平性確保の具体的な手段は今後、検討する」としながらも「事故前の平均原発稼働率は約70%。原発が再稼働した自治体に対し、従来のように発電量に応じた交付金を配分すると、81%で算出した額よりも減る恐れがある。原発が停止中の自治体への交付金をそれ以下に減額し、公平性を確保するのも一つの考え方です」と説明する。早ければ16年度予算から配分を見直す方針だ。
この「重点配分」が実施されることになれば、再稼働に対する自治体の同意を得やすくなるのは間違いない。しかし、原発の安全性に不安を抱える住民も多い中、「先に転んだところに利を与える」かのようなやり方が果たして許されるのか。吉岡氏の目には「沖縄県民が選挙で米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対の意思表示をしたのに、振興予算の削減で応じた構図と同じではないのか」と映る。
それだけではない。経産省は15年度予算案で「原発施設立地地域基盤整備支援事業」の中に新たな交付金制度を創設し、15億円を計上した。再稼働など「地域環境の変化」があった自治体に交付し、地域振興や住民への安全説明会の費用などに充てられるというが、ここにも再稼働を選んだ自治体への配慮がにじむ。
とはいえ、交付金の魅力が大きいことは否定できない。エネ庁が示す財源効果のモデルケースによると、出力が最大規模の135万キロワットの原発を建設した場合、着工の3年前から運転開始40年までに計1384億円の交付金が立地自治体(周辺市町村や道県を含む)に落ちる=下図。使い道は幅広く、道路やスポーツ施設などの建設・維持費にも充てられる。固定資産税の収入、建設工事に伴う雇用拡大なども見込める。原発マネーが、やめることのできない「麻薬」に例えられるゆえんだ。
だからこそ吉岡氏は「重点配分」を「自治体の同意を金で買うようなもの」と危惧するのだ。「そもそも『中間整理』は事務方が一方的に示した案に、各委員が3~5分間ずつ述べた意見を付け加えただけ。どれほどの意味があるのでしょうか」
経産省は「中間整理」で、電力会社が「廃炉」で生じる負担を減らせるように、会計制度の見直しも打ち出した。原発を1基廃炉にすると、電力会社には210億円程度の損失が出る。現行ルールでは損失を一括計上しなければならず、経営が悪化する恐れがある。それを10年間に分割して計上でき、さらに電気料金に上乗せして回収できるようにしようというのだ。
改正原子炉等規制法で、運転期間は原則40年に制限(原子力規制委員会の認可で最長20年の延長が可能)され、今後は廃炉が進むとみられる。16年7月時点で40年の運転期限を超える原発は7基。うち関西電力美浜1、2号機(福井県)▽中国電力島根1号機(島根県)▽日本原電敦賀1号機(福井県)▽九州電力玄海1号機(佐賀県)の5基の廃炉が検討されている。
エネ庁原子力政策課は、廃炉負担を軽減する方針について「電力会社が経営を優先して廃炉判断を先送りするのを避けるため」と説明する。だが、原発のコストを研究している立命館大の大島堅一教授(環境経済学)は「なぜ電力会社の損失を国民が負担するのかという議論が欠落しているうえに、損失そのものの具体的な検証もない。原発事業のリスクを国が安易に取り除けば、電力会社は原発を維持することへの抵抗感がなくなり、かえって依存度を強めかねない。本末転倒と言わざるを得ません」と憤る。
電力会社への「優遇」ぶりは、廃炉のリスクに直面している自治体と対比すると鮮明になる。
規模が小さい自治体ほど電源立地地域対策交付金への依存度は高い。玄海原発を抱える佐賀県玄海町では、14年度当初予算100億8000万円のうち、同交付金からの歳入は約16億円。原発の固定資産税などを含めると予算総額の6割を超える。町は13年度までの39年間で総額331億円の原発関連交付金を受け取り、温泉などの公共施設を建設したが、原発以外の産業は育っていない。
町財政企画課の試算によると、1号機が廃炉となると、発電量の低下に伴い交付金は年間約4億円減る。危機感を抱く町は「廃炉を前提としたものではないが、新たに電力会社に対して核燃料税を課すことも検討している」(同課)という。原発作業員らの宿泊が減ることも予想されるため、地元の民宿組合は小中学生のスポーツ団体などの合宿誘致に力を入れ、町が宿泊費を助成している。
国際環境NGO「FoE Japan」で原発・エネルギーを担当する吉田明子さんは「政府が原発依存度の低減を目指すのであれば、再稼働に同意した自治体を優遇するよりも、依存からの脱却を目指す自治体の取り組みや、再生可能エネルギーを普及させる政策にこそ予算を振り分けるべきです」と語る。
◇「もんじゅ」はなお延命
「中間整理」でもう一つ見過ごせないのは、核燃料サイクル事業を推進する方針を明記したことだ。
高速増殖原型炉「もんじゅ」は、原発の使用済み核燃料から取り出したプルトニウムとウランを燃料とし、発電に使う以上のプルトニウムを生み出せるとして「夢の原子炉」と呼ばれてきた。建設開始から約30年の歳月と約1兆円の予算を投入したが、トラブルが相次ぎ、稼働したのはわずか約8カ月。それでも文部科学省は15年度予算案に安全対策・維持管理の名目で、前年度比2億円減ながら約197億円を計上した。
この予算を「もんじゅの運転再開を促す金額とまでは言えないが、研究開発は続けるというメッセージだ」と読み解くのは、NPO法人・原子力資料情報室の伴英幸共同代表だ。原子力小委員会委員でもある伴氏は「もんじゅの開発や設計に携わった技術者は既にリタイアしているし、技術的なトラブルを克服できず『夢の原子炉』との当初の目的もついえた。今の職員はモチベーションを失い、『何のための研究なのか』と悩んでいるだろう。事業を諦める潮時です」と語る。
大島氏も「核燃料サイクル事業は破綻している。政府は撤退予算を計上するのが本来の姿では」と、国の「冷静な判断」を求めるのだ。
国会議員60人で組織する「原発ゼロの会」の事務局長を務める阿部知子衆院議員(民主党)は、国会などでこう訴えるつもりだ。「福島第1原発では作業員の労災事故が後を絶たない。先の見えない研究開発ではなく、過酷な状況下で働く作業員の待遇改善や健康管理などにこそ、予算を回すべきでしょう」
「重要なベースロード電源」−−エネルギー基本計画(昨年4月に閣議決定)に盛り込んだこの文言を見るたび、伴氏は顔をしかめる。「脱原発の動きを進めようとしても、いつもこの言葉の力に妨害されてしまうんです」
「中間整理」や15年度予算案を見ていると、この「ベースロード電源」に起きた事故で福島県や周辺の人々の生活が破壊されたことなど、忘れてしまったかのようだ。「忘災」政策への監視をやめてはならない。【瀬尾忠義】
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■原子力政策の方向性をまとめた「中間整理」の骨子
【総論】
中間整理は、政府の具体的な政策立案に生かす
【原発事故の教訓】
原発事故後、原子力を重要なベースロード電源と位置付けつつ、原発依存度を可能な限り低減させるとの基本方針を決定。これは原子力政策の大きな方向転換
【競争環境下における原子力事業】
競争が進展した環境下においても、原子力事業者が安定供給の確保や円滑な廃炉、安全対策などの課題に対応できるよう事業者の損益を平準化し、安定的な資金の回収・確保を図るなど財務・会計面のリスクを合理的な範囲とする措置を講じることが必要。廃炉に関する計画外の費用が発生する場合、一定期間をかけて償却・費用化を認める会計措置を検討する
【核燃料サイクル政策の推進】
もんじゅを含めた核燃料サイクルの研究開発は、放射性廃棄物の減容化・有害度低減や高速炉を含めた将来のエネルギーオプションを開発していくという目的の下、進めていくべきだ
【国民、自治体との信頼関係構築】
限られた国の財源の中で、電源立地地域対策交付金の制度趣旨(発電用施設の設置・運転の円滑化)や現状を認識し、稼働実績を踏まえた公平性の確保など既存の支援措置の見直しなどと併せ、立地市町村の実態に即した必要な対策について検討を進める
*中間整理の各章には、原子力小委員会で出た主な意見が掲載されている。