米国が日本政府中枢や大企業などを盗聴していたとして、内部告発サイト「ウィキリークス」が2015年7月31日、機密文書などを公開した。問題発覚後、日本の在京6紙がどのように報じたか、検証する。(このページは随時更新する予定です)
初報の扱い
ー1面は朝日と毎日、出遅れた読売
ウィキリークスが米国の対日盗聴に関する資料を発表したのは7月31日午後4時ごろ。米国・国家安全保障局(NSA)の盗聴に関連した機密文書5点や盗聴対象の電話番号リストをサイト上に公開した。NHKは同日午後7時ごろには報道していた。
翌日、8月1日付朝刊1面に載せたのは朝日と毎日だけで、1面トップで扱った新聞はなかった。次に扱いが大きかったのは日経の2面(左肩)。他方、産経は2面の左下に見出し2段と目立たない扱い。読売は1日付朝刊では報じていなかった。読売は1日付夕刊3面で初めて報じ、2日付朝刊7面=国際面=にも前日の夕刊とほぼ同じ内容の記事を載せていた。大きなニュースの場合に記事を引き立てる「横見出し」を取った新聞はなく、比較的インパクトが大きい白抜き見出しも東京だけ(但し、6面で共同通信の原稿)だった。
第一報の分量(関連記事を含め、見出しと本文の文字数合計)は朝日が2629字で、2位の毎日の1178字を引き離して突出。朝日は5つの機密文書のうち2つについて背景事情も含めて詳しく伝えていた。
一番少なかったのは読売の543字。6日付朝刊の続報で改めて詳しめに事実関係を伝えていたが、いずれも盗聴対象は「経済産業相ら個人や財務省など政府機関、三菱、三井グループ企業」と伝え、内閣府や官房長官の秘書官、日本銀行が盗聴対象になっていることを報じていなかった(ただし、社説の中で言及した)。次いで少なかったのは産経の638字だった。
発覚後1週間の報道量
ー最多は朝日、最も少ない産経の1.8倍
8月1日~7日発行の在京6紙の朝夕刊(東京本社版)で、見出しに米国盗聴疑惑に関する表現を含む記事を対象に、各紙報道の分量や扱いを調査した。社説を除くと、読売6本、産経7本、日経8本、毎日8本、朝日7本、東京8本あり、これらの見出しと本文(図表を除く)の文字数を集計した。 その結果、最も多かったのが朝日の5483字、次いで多かったのは毎日で4433字。後は、東京、日経、読売の順に多く(いずれも3000字台)、最も少なかったのが産経(ただし朝刊のみ)の2018字だった。朝刊だけで比較しても朝日は産経の約1.8倍の分量があった。
なお、産経は大阪版夕刊に4本載せていたが、いずれも翌日の東京版朝刊と内容的に重複しているため、カウントしなかった。国会審議を報じた中で盗聴問題に言及した産経の記事2本は該当部分だけカウントした。読売は1日付夕刊と2日付朝刊の記事の大半が重複していたため、わずかに記述量が多い2日付朝刊の記事に一本化してカウントした。
社説の取り上げ方
ー「主権侵害」は朝日のみ、読売・産経は同盟への影響危惧
社説は、朝日と日経が4日、毎日が5日に取り上げた。これら3紙は第一報の扱いでも上位を占めていた。読売はやや遅れて6日に取り上げ、産経は問題発覚から10日を経て取り上げた。10日現在、東京は社説で立場を示していない。
朝日は米国の盗聴行為を「国家の主権が侵された疑いが濃い」と指摘し、日本政府の対応については「鈍すぎる」と問題視し、米国に「謝罪と再発防止の確約」を求めるべきだと主張した。
毎日も「日米同盟の信頼を揺るがしかねない背信行為」と位置付け、日本政府については「あまりに腰が引けた生ぬるい対応」と批判、米国に対して「真偽をただし、堂々と抗議すべき」と主張した。
読売も「同盟関係の信頼性を損なう行為」「違法な諜報活動は看過できない」と厳しく指摘。しかし、日本政府の対応は問題視せず、米国に対して全容の説明と誠意ある対応を求めるとともに、「情報収集のあり方について一定のルールを検討してはどうか」と提案した。
日経は盗聴行為を直接非難することはせず、「同盟国であっても警戒を怠ってはならない」と指摘するにとどめ、防止体制を改めて点検すべきなどと論じていた。
産経は盗聴行為について主権侵害や違法などの評価は示さなかったものの、朝日と同様「米国の謝罪や再発防止の確約を取り付けるべき」と踏み込み、「政府は腰が引け、米国の誠実さは足りない」と日米両政府を批判。バイデン副大統領の陳謝で幕引きとせず、安倍首相が直接オバマ大統領にただすべきと主張した。
特徴的な記事・論調
ー日本の抑制的対応を朝日、毎日、東京が問題視
問題発覚直後1週間の各紙報道の扱いは前述のとおり、朝日>毎日>東京>日経>読売>産経だった。ただ、バイデン副大統領が5日、電話首脳会談で「ご迷惑をおかけしていることを申し訳なく思っている」と陳謝した後は、各紙とも続報がほぼ途絶えている。
朝日は5日付朝刊で、米国の盗聴問題でドイツ、フランス、ブラジルは米国大使を呼び出したりオバマ大統領に直接抗議するなどの対応をとったことを紹介し、それに比べて日本が抑制的な対応をとっていると解説した。バイデン副大統領の陳謝を5日付夕刊2面で扱ったのを最後に続報はない。
毎日も1日付夕刊で米国務省副報道官が会見で説明を回避したことをとらえ、欧州などのケースと比べ「対応の差が際立っている」と指摘。6日付朝刊では、日本政府の対応が抑制的で「ブラジルや独仏政府との差が際立っている」として他国の対応を詳しく解説した。10日には、山田孝夫特別編集委員が2面大型コラムで取り上げ、日本政府の対応が腰が引けていると指摘しつつも、ドイツ・フランスの抗議には「米、英、豪、カナダ、ニュージーランドが独占している地球規模の通信傍受システムへの参入、情報提供を求めるかけひきの一環という側面がある」と独自の解説をしてみせた。
東京は第一報こそ共同通信の原稿だったが、2日付朝刊では独自に「米、仁義なき情報戦」と題する記事を国際面に掲載。中国サイバー攻撃を非難する米政府の二重基準や英語圏5カ国で盗聴情報が共有されていたことにクローズアップした。6日付で特報面でも取り上げ、「米追従『思考停止』」と見出しをつけ、発覚して4日後に安倍首相が「遺憾」表明したことをドイツ・フランスのケースと比較して問題視した。
日経は第一報で「貿易・温暖化交渉で関心」と米国側の盗聴対象事項に注目。バイデン副大統領の陳謝を5日付夕刊1面で伝え、これを翌日朝刊で「異例の陳謝」と評価した。他方、日本政府が抑制的に対応している理由は安倍首相が直接盗聴対象になっていないためだと解説。日米同盟強化を掲げる日本が外交問題化を回避しているとの見方を示したが、特に問題視しなかった。
読売も日経と同様、第一報では「通商・温暖化対策に関心」と米国の関心事項に着目。バイデン副大統領が陳謝したことを5日付夕刊1面で大きく扱い、安倍首相の「深刻な懸念」表明を「抗議」と表現。6日付朝刊では安倍首相が「深刻な懸念」という「厳しい表現」を用いたのは「対米弱腰」との批判をかわす狙いがあったと指摘し、日米両政府が早期沈静化を図っていると解説した。他方、9日付大阪版にだけ、専門編集委員の署名入りで「盗聴は犯罪であり、国家主権の侵害」と指摘し「実態解明に加えて、関係者の処分、関係者の国外退去を求めるべきではなかろうか。本当の独立国ならば」と論じたコラムが掲載されていた(後掲)。
産経は第一報以来ほとんどがベタ記事扱いで、独自の分析や解説はみられず、バイデン副大統領の陳謝も国際面のベタ記事だった。特徴的だったのは5日付朝刊で安保法制の国会審議を取り上げ、「民主 必死の印象操作」「米の盗聴疑惑に反省なし」と見出しをつけた記事。民主党の細野豪志政調会長が日米両政府を非難したことを紹介しつつ、盗聴が民主党政権期にもなされていたことを指摘。「細野氏が民主党政権時代の”反省”に言及することはなかった」と揶揄していた。
[今日のノート]独立国なら
友だちだと思っていたら、スマホも日記ものぞき見されていた。さて、どうしますか。
日本の政府機関などの電話をアメリカの国家安全保障局(NSA)が盗聴していたという。
「ターゲット トーキョー」。国際的な内部告発サイトのウィキリークスは、そんなタイトルを付けて資料を発表した。
盗聴対象とされる電話番号リストには「政府VIP回線」や経済産業大臣、財務省や日銀の部署、三菱、三井系の企業などが含まれている。日本の温暖化対策、通商政策の内情をリポートした文書も暴露された。
経済・産業分野で最も厳しい交渉相手は米国なのに、手の内をつかまれていたのか。
NSAを中心とする通信傍受網「エシュロン」が、世界の電波やネットの情報を収集していることは公然の秘密だ。
だが、日本の電気通信事業法は、通信の秘密を侵した者に2年以下の懲役などの罰則を定めている。盗聴は犯罪であり、国家主権の侵害でもある。
米副大統領は安倍首相に電話して「申し訳ない。今はやっていない」と謝り、首相は「事実なら深刻な懸念を表明せざるをえない」と語ったという。
ドイツ、フランス、ブラジルの首脳に対するNSAの電話盗聴が発覚したとき、各国は強く抗議した。実態解明に加えて責任者の処分、関係者の国外退去を求めるべきではなかろうか。
本当に独立国であれば。(編集委員 原昌平)読売新聞2015年8月9日大阪本社版朝刊11面
記者会見での扱い
メディア各社が問題発覚後、関係閣僚・与党幹部などの定例会見などでどれだけ質問しているかも調べてみた。
8月1日(土):会見なし
8月2日(日):会見なし
8月3日(月)
8月4日(火)
8月5日(水)
8月6日(木)
8月7日(金)
8月8日(土):会見なし
8月9日(日):会見なし
8月10日(月)
- (初稿:2015年8月11日 06:15)