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二百九十一日目~三百日目
“二百九十一日目”
昨日から夜通し走り続けて数時間。
踏破は可能だが相応の時間が必要になる標高の高い山や深い渓谷を極力回避し、その隙間を通り抜ける危険だが最短となるルートを一定速度で走り続けた俺達は、道中では夜行性のモンスター達から襲撃される事もなく、皆の頑張りもあって予定よりもかなり早く王都に到着する事が出来た。
その代償としてまだメンバーの中でも若年――生後一年経過していない俺とカナ美ちゃんは例外として――で最近は多少マシになったが以前の生活環境が悪かったせいで華奢な体躯相応の体力しかない【簒奪者】や、得意分野が他の分野よりも大幅に伸びているため肉体面で劣る【妖炎の魔女】や【慈悲の聖女】という、彼・彼女等三名の消耗はかなり激しい事になっている。
最初の方はレベルアップなどの恩恵で底上げされた身体能力により何ともなさそうだったが、走り続けると次第に疲弊し、呼吸は乱れ、全身から汗が噴出した。
時間経過と共に大量の汗を吸って重くなった衣服や防具は暑苦しさもあって走るのにかなり邪魔だったらしく、各自が持つ収納系マジックアイテムに走りながら収納していたのは、器用なものだと感心させられたものだ。
それにしても、最終的に動きやすい薄着となって走る姿は少年である【簒奪者】はともかくとして、年若い女性である【妖炎の魔女】と【慈悲の聖女】までそうなるのはどうかと思う。
汗を吸って張り付いた肌着はメリハリのある二人の体型を浮かび上がらせ、火照った身体は独特の色気があったからだ。
まあ、時間や場所からして他に見ている者などいないのだから、気にする必要はないのかもしれないが。
別に少しくらいペースを遅くしてもよかったし、なんなら途中で休んでも良かった。
だが、どうやら連続して行った迷宮攻略の影響によって負けず嫌いというか、ド根性というか、メンタル面が以前よりも鍛えられた事で無駄に頑張ってしまったようだ。
もちろんその精神力は自身の限界を超え、更に成長する為に重要な要素なので悪い事ではない。
むしろ必須と言って良いし、全力を振り絞って俺達に最後までついてきて、脱落する事無く踏破したその姿は素直に賞賛すべきだろう。
一応、道中では流石に見かねたのかまだまだ余力を残した復讐者と、少女ながら前衛としての役割から肉体面で優れている【守護騎兵】に応援されたり力を貸してもらっていたが、それでも大したものである。
もっとも、この三人がここまで頑張ったのはもしかしたらだが俺達から遅れた場合、後からこれまで以上に恐ろしい訓練を俺から課せられる、と思っていたのかもしれない。
最後までやりきった三人の達成感と、目の奥に僅かにあった恐怖心から推察してみただけなのが、まあ、そこら辺はあまり深く探らない方がいいだろう。
俺は別にそんなつもりは、少ししかなかったけれども。
ともあれ、そんなこんなで予定より早く到着出来たのは良い。遅くなるよりかは、早め早めに動いて余裕を持つ事は何事も大切だ。
だが、到着したのはまだ星々が輝く時間帯だった為、王都の門は固く閉ざされていた。
つまり、早すぎたらしい。なんてこった。
一応壁の上には当直の見張りが明かりを灯して監視しているようだが、夜行性のモンスターなどの外敵が侵入する事を防ぐ為、原則として夜間の開門は禁じられている。
例え当直がいたとしても、王族などの例外は除くとして、俺達の為に門を開ける事は決して無いだろう。
とはいえ、別に壁を乗り越えて入る事は出来る。
これまでも必要ならばとっていた手段の一つなのだから、今更躊躇う理由は無い。しかし急いで入る理由もまた無いので、今回は普通に太陽が昇り、定刻に開門するまで外で待つ事にした。
待つ間は睡眠に使っても良かったのだが、走り続けてきた事で自然と上がった体温とテンションでは眠る事は少し難しい。
そこで開門までの数時間を有意義に過ごす為、俺達は鬱蒼と生い茂る王都からやや離れた場所に広がる森の中の開けた一画にまで移動し、時間がくるまで軽めの訓練を行う事にした。
これは復讐者の提案だったが、俺も朱槍の慣らしがしたかったので了承した。
やる気満々の俺達二名に、カナ美ちゃんと他四名は苦笑いである。
どうやらカナ美ちゃん達は飯が食べたかったようだ。
なるほど、確かに納得は出来る。
アイテムボックスには度重なる攻略によって得た迷宮産の食材が豊富にあるので、単純な調理でも美味い料理を楽しむ事ができるだろう。
朝食とするには早すぎるかもしれないが、今食べるのも悪くはない。
だが、一汗流した後の方がどんな料理でもより美味く感じるのはこの世界の法則だ。
ここまで走っただけでは俺の体力は大して消耗していないので、ここで思い切り動く事は、更なる美味を追求する為にも外せない。
え? 他のメンバーはいい感じに仕上がっている? だからしなくてもいいじゃないか? いやいや、それだと俺が困るじゃないか。だからやるぞ。と強権を発動する。
俺の命令に逆らう事などできるはずもなく、そんな感じで訓練をする事になったが、折角訓練するならやる気があった方が向上しやすいのもまた事実。
そこでやる気を上げる為に、今回の訓練はゲーム感覚でルールや報酬を設定した。
まずルールだが、流石に時間が時間だけに派手な騒音を撒き散らす訳にもいかない。下手に騒ぎ過ぎると、朝日が昇ると同時に勤勉な王国軍が調査に来るかもしれない。
王都からはそれなりに離れているので大丈夫だと思うが、可能性はゼロではない。別に見つかっても懇切丁寧に説明すればいいだけだがそれはそれで手間だし、王国民を無駄に不安にさせるのは商売のイメージ的に避けた方が良い。
なので基本的に周囲の被害が大きくなる広範囲攻撃系の【魔法】は制限し、基本的には物理メインで、その中でもあまり音が出ない攻撃を繰り出すようにする、などと簡単なモノばかりである。
次に勝利条件だが、復讐者達から一定回数以上攻撃を喰らえば俺の負けで、復讐者達全員を撃退できれば俺の勝ち、となる。
流石に訓練とはいえ、能力が制限された状態で今の俺を倒す事は難しいだろう。そこで妥協した結果がこれである。
そして肝心の報酬だが、今回の料理には“ダンジョンボス”という極上の食材を筆頭に、大量にある迷宮食材の中でも味や質などを厳選した各種特上の食材を使用するつもりなのだが、勝者はその料理をより多く食べる事ができる、とした。
そして俺が負けた場合でも、勝敗が決した時点で既に脱落していた者は量が減少する、とも決めた。
つまり報酬は食べられる量が個人によって変動する、という事である。
これは勝つにしろ負けるにしろ、朝食なので料理は最低限喰べる事はできるため、個々のやる気を出させる為に設定した。
美味い飯を腹一杯食べたければ、チームだけでなく、個としても奮起せよ、と理解してもらえればいいだろうか。
そんな訳で、俺達は美味い飯を求め、結構本気で訓練を行う予定である。
そうこうして準備を整えて対峙した復讐者達の陣形は、最前衛は俺が返却した【陽光之魂剣】と、かつて【賭博の聖地】だったが現在は【鬼哭の賭場】である迷宮にて、闘技場のチャンピオンを倒した事で手に入れた【栄光頂く豪運の金剛鎧】や【運命手繰る輝跡の外套】など、以前よりも装備が充実してより一層【陽光の勇者】らしくなった復讐者が陣取り。
そのすぐ後ろにはかつて【青薔薇の庭園守】だったが現在は【黒薔薇の鬼哭園】である迷宮にて、階層ボス相当の強さがある“赤き女王の薔薇騎士団”を討伐した時に得た【赤き女王の薔薇剣】や【赤き女王の薔薇騎士鎧】、【赤き女王の守護盾】といった【赤き女王一式】を装備した【守護騎兵】が構え。
中衛にはかつて【石像の展覧回廊】だったが現在は【石像の鬼哭回廊】である迷宮にて、階層ボスである“美麗なるヴィルベラス”を倒して得た【石薔薇の刺突剣】と【石毒の解体ナイフ】を両手に持ち、隠密性の高い外套【影縫いの迷彩衣】を羽織る【簒奪者】が俺の隙を窺い。
後衛では【鬼哭の賭場】の第五区にある雑貨店で購入した【轟炎天の竜杖】や【轟炎の指輪】、【緋密技のローブ】など、【炎熱系魔術】の効果を飛躍的に高める装備を充実させた【妖炎の魔女】が詠唱し。
その隣には【妖炎の魔女】と同じく、【鬼哭の賭場】の第五区にある雑貨店で購入した【聖癒の銀槌】や【再生の蛇の腕輪】、【浮遊する守護盾】など回復役としてその能力を十全に発揮するだけでなく、防御面も向上させる装備を充実させた【慈悲の聖女】が一瞬でも早く仲間を助ける為に準備している。
ここ最近はずっと同じ連携を繰り返してきただけに、復讐者達の動きも慣れたモノになってきている。
声をかけずとも目と目で、あるいは僅かな挙動で味方の意思を汲み取って動けるようになってきたのは大きな進歩だろう。
滞りなくスムーズに、それでいて高速で切り替わる連携はまだまだ荒はあるものの、十分及第点と言えるだろう。
そして今回はそこに【氷血真祖・超越種】となったカナ美ちゃんと、【氷血真祖・超越種】が種族として備える能力の一つである【氷血眷属召喚】によって召喚されてカナ美ちゃんの周囲を守る“氷血多頭毒龍”や“氷血天狼”が加わった事もあり、磐石な布陣となっていた。
“氷血多頭毒龍”は【知恵ある蛇/龍】の一種だが、体長は約三十メートル以上と細長い胴体が特徴的な龍にしては少し小さい部類に入る。
しかしその肉体性能は非常に高いだけでなく、多頭の名に相応しい数の頭部は下手に切り落とすとその傷口から即座に倍に増えるほど再生力が強く、全身を覆う赤みを帯びた氷のような鱗は堅牢で、その血は触れた生物を即座に壊死させる程の猛毒だ。
氷や毒などに関する特殊能力も多数保有しているので、単体でもその脅威度は高い。下手なダンジョンボスなら、瞬殺できるだろう。
“氷血天狼”はクロ三郎と同じくらいの体躯を誇る巨狼であり、銀色の毛皮は光を反射させて煌めいている。
その特殊な毛皮による光の屈折を操作した透明化や氷に関する多数の特殊能力だけでも手強いのだが、そこに狼系特有の高い肉体性能による攻撃速度が加わる事により、脅威度は普通の“天狼”よりも遥かに高い。
死角から不可視化した状態で奇襲を仕掛けてくる事が多く、“氷血天狼”の存在に気がついた時には身体の一部を持っていかれた、なんて事もある。
こちらも下手なダンジョンボスなら、瞬殺する事が可能である。
カナ美ちゃん自身も当然だが油断出来ないのに、強力無比な眷属を従えた状態では気を抜く事などできるはずもない。
そんなメンバーを加えた復讐者達六名と二匹を相手に、俺は朱槍と呪槍を構えて対峙していた。
そして簡単なルールに則って行った訓練は、中々に有意義だった。
残念ながらカナ美ちゃんと復讐者を撃退する前に俺の敗北条件が満たされてしまったが、四名と二匹は撃退している。
今回は攻撃が限定されているので、まあ、こんなものだろう。
それでも朱槍の慣らしは達成できたので、問題はない。
いい感じに汗を流し、疲労した身体。
これなら美味い飯が食べられそうだ。
そう思いながら、既に開門時刻となっていたが、慌てる事なく朝食の調理を開始する。
主な材料はダンジョンボスである“青薔薇の女帝華”を始め、これまでクリアしてきた迷宮で採れた食材を厳選したモノと、肉が欲しいので適当に生成したモノだ。
とりあえず今回のメインとなる“青薔薇の女帝華”はヒト型なので、そのまま使用するのは復讐者達の為に避けるべきだろう。
という事で解体を行った。ヒト型とはいえ、植物系のモンスターに分類できる“青薔薇の女帝華”を包丁でテキパキ解体していく。
身を斬る感触は部位によって違っていた。表面は肉のような感触があり、それを過ぎると植物の茎や蔦を切るような手応えになる。
不思議な感触ではあるが似たような構造をしている薔薇騎士などで解体し慣れている事もあり、数分後には原型を留めない状態になった。
赤い血液は流れていないので解体後はスプラッタな事になる事もなく、一部は保存のためアイテムボックスに再収納した後は部位ごとに他の食材と一緒に鍋に放り込んだり、炒めたり、あるいはそのままの状態で調理していく。
そうこうして出来上がったのは野菜炒めならぬ“薔薇炒め”や、“青薔薇の女帝華とブラックブルオーク・ナイトの生ハムサラダ”、“薔薇の生パスタ”、“薔薇のフレッシュハーブティー”、“ブラックミノタウロスのサーロイン”などといった品揃えだ。
朝食としてはかなり豪華な部類だろう。
そんな朝食の用意ができ、では早速一口、と手を出す前にアイテムボックスから黄金に輝く三つのサイコロ――【賭博神之賽子】を取り出した。
【賭博神之賽子】はサイコロなので戦闘面では全く役に立たないが、補助としてはある意味これ以上ないほど効果を発揮する【神器】である。
今回は幾つかある能力の中でも特に有用な【気紛れで流転する運命】を発動させる為、それに必要な魔力を大量に注入し、南無南無南無、当たりよ来い、と念を込めながらしばし握り込む。
そして丁度良い器があったのでその中に転がしたのだが、傍目からはチンチロリンをしているように見えるだろう。
器に当たってカラコロ音を発しながら転がったサイコロの目はピンゾロ。
どこぞのハンチョーが『ノーカン! ノーカン! ノーカン!』と必死に叫んでいるような幻覚と幻聴があった気がしたが、それはさて置き。
無事発動した【気紛れで流転する運命】は転がした【賭博神之賽子】のピンゾロ効果によって普通に発動させた時の約十倍という桁外れな効力を持ち、俺の全身を淡い黄金の光が包んだ。
それによしよしと思いつつ、駄目出しとばかりに【確率変動】や【幸運】なども発動させる。
準備が整ったので気を取り直して、“青薔薇の女帝華とブラックブルオーク・ナイトの生ハムサラダ”を食べてみる。
青薔薇の女帝華と、生ハムを巻いて造った肉バラが添えられたサラダは、それぞれ違った味わいを楽しめた。
生ハムは使用された肉が肉だけに、普通に美味い。
だが青薔薇と比べれば、明らかに格が違う事がよく分かる。
青薔薇はまるで肉のような野菜だった。新鮮なシャキシャキとした食感は噛めば噛むほど楽しむ事ができ、味わい深い天然の甘味は極上で、かつ腹に収めた時にはまるで肉を食べたような満足感がある。
しかも部位によって食感も味も香りすら変化するので、食べれば食べるほど新しい発見ができ、何度も楽しむ事ができる。
青薔薇ウマー、と言いながら皆で勢い良く堪能した。
【能力名【薔薇の演舞】のラーニング完了】
【能力名【女帝の芳香】のラーニング完了】
【能力名【発汗体質】のラーニング完了】
【能力名【香しき薔薇の軍勢】のラーニング完了】
【能力名【猪鬼騎士の護身術】のラーニング完了】
じっくり堪能していると、ついでにかなり久しぶりにラーニングできた。
鬼神になって、竜女帝と【神器】以外でラーニングできなかったのだが、こうしてラーニング出来た事に思わずニヤリ、と頬を緩めた。
【賭博神之賽子】の能力の一つ【気紛れで流転する運命】は、膨大な魔力を代償に、出目で効果が増減する。
詳細な説明は省くとして、この効果で鬼神としてラーニングできる可能性を大幅に底上げし、結果としてそれに成功した、という事だ。
毎回最大倍率であるピンゾロが出るとは思えないが、今後もラーニングできる可能性を底上げできる手段が増えたのは喜ばしい事である。
ちなみに【賭博神之賽子】を食べてラーニングすればサイコロを転がす必要が無いのではないか、と思うかもしれないが、サイコロを転がす事が全ての能力の発動条件の一つなので喰べる事は避けた方が良さそうだ。
下手に食べて、使えません、となるのだけは避けたい。
今後お世話になるだろう【賭博神之賽子】に南無南無と祈りを捧げてアイテムボックスに収納する。
そしてまだ残っている薔薇とは思えない濃厚で繊細で、それでいてまた次に手が伸びてしまう美味なる料理を堪能した後は開門してからそれなりの時間が経過し、ヒトの流れができている王都の門に向かった。
普段通り列に並ばず横を通り、【王認手形】を見せて中に入る。
久しぶりの王都を眺めながら屋敷に直行し、赤髪ショートなどに帰ってきた事を報告。
一休みする間もなく、今度は単鬼でお転婆姫の下に向かった。
そして王城に到着し、案内された先にいたお転婆姫と世間話やらをした後、お土産を渡した。
お土産は頼まれていた少年騎士の新装備だ。
流石に強力なマジックアイテムは団員に支給するので渡せないが、今回は“薔薇騎士”のドロップアイテムが大量にストックされているので、それのシリーズ一式を纏めてプレゼントした。
【薔薇騎士の華鎧】から始まり、【薔薇騎士の華兜】や【薔薇騎士の毒棘槍】といった具合で、全てを装着した少年騎士はまさに薔薇騎士というべき外見になっていた。
全身を覆う金属鎧なので相応の重量感はあるものの、しかしマジックアイテムなので装備者である少年騎士には革鎧程度の重さにしか感じられないはずだ。
軽く訓練をしてみても動きを阻害されるどころか、防具の効果によって強化された肉体は以前より動きがいいくらいだ。
装備によって底上げされた身体能力が少年騎士の戦闘能力を底上げしているのがよく分かる。
そしてお土産という対価を支払った事で、お転婆姫から酒造の為の正式な許可証を貰った。
これで問題はなくなったという事で、雑談もそこそこにお暇し、早速屋敷に戻って酒蔵造りの為に動き出した。
以前お世話になった親方――職人を束ねる五十代男性――に連絡を入れ、事前に依頼していた作業を明日から開始してもらう事になった。
時間があったので既に酒蔵の設計図は完成済みで、材料も用意できている。後は組み立て、エルフや雇った職人達に頑張ってもらう事になるだろう。
――俺達の酒造りはこれからだッ。
“二百九十二日目”
屋敷のベッドで目を覚ます。
それなりに値の張る高級ベッドだけに寝心地は抜群で、スッキリとした目覚めだった。
そして皆で朝食をとった後、朝早くからやって来た親方達に早速仕事に取り掛かってもらう事になった。
前回の経験もあるので下働きくらいはできる団員という労働力を多用し、急ピッチで作業に取り掛かってもらう。
地盤などは能力でチョチョイと弄り、【鬼哭水の滝壺】のとある階層にあった木材と、【石像の鬼哭回廊】で採れる石材を使う事で短期間で頑丈な酒蔵ができるだろう。
後はその道のプロである親方達に任せ、他の雑務をこなした後、鬼神に【存在進化】した際に四本の腕全てを包んだ銀腕に対して【道具上位鑑定】を行使した。
俺の銀腕――正式名称は【白銀の義腕】――は、最早俺の一部となったといっても過言ではない状態にある。
それでも一応【伝説】級のマジックアイテムなのだから、改めて【神力】を込める事で朱槍のように【現鬼神器】となるのではないか、そう思って確認したのだが――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名称:【孤高なる白銀の鬼神腕】
分類:【現神器/防具/義手】
等級:【幻想】級
能力:【武装殺し】【魔法殺し】
【自己進化】【属性反響】
【呪詛射ち】【蘇りの鬼水銀】
【孤高なる王の猛威】【灼熱圧縮吸引】
【黒銀鎧瞬装】【自己瞬間復元】
【王者の威風】【鬼餓の怪腕】
【■■■■】【■■■■】
【■■■■】【■■■■】
備考:かつてはとある【神代ダンジョン】の奥深くで発見された神製の義手だった。現在は【孤高なる王の猛威】などを取り込み、夜天童子の四本腕と化している。
夜天童子が鬼神となった事で【神力】を自動的に取り込み、鬼神の血が通った腕であると同時に【現鬼神器】でもある。
他の金属を取り込むなど以前と変わらぬ能力を保持しつつ、強度などあらゆる面で既に以前とは別物と化している。
破壊は例外を除き、絶対に不可能。
さらに情報を閲覧しますか?
≪YES≫ ≪NO≫
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――という結果になった。
どうやら既に【現鬼神器】と成っていたらしい。まあ、身体の一部と化して長いのだ。既に本当の腕のようなものであり、【存在進化】した時に連動してこうなっていたとしても変ではない。
全く、近すぎて見落としていたとは何たる不覚。
聖戦に向けて準備しているのはいいとして、そちらにばかり目がいっていたようだ。
もう少し足元も見ないと思わぬ失敗をしてしまうだろう、と反省して、少し緩んでいた気持ちに喝を入れた。
分体経由で皆に指示を出し、予定を少し繰り上げる。
余裕をもって迎える為、まだまだ忙しくなりそうだ。
まあ、迷宮攻略続きだったので、しばらくは休暇を楽しむ事にしよう。
気を張ってばかりでは、疲れるからな。
“二百九十三日目”
昨日から始まった酒蔵造り。
それに今日は俺も参加し、急ピッチで作業をこなしていく。
重い物でも簡単に運ぶ事ができるし、雑務をこなす人数も居るので、細かい部分は基本的に親方達が担当し、誰でもやれるのは雑用が担当するなど作業分担する事により、普通では考えられないスピードで構築していく事になる。
経験を積んで低レベルながら【大工】など新しい【職業】を得た団員もいるので、やればやるだけ早く完成を迎える事ができそうだ。
石材に関しては【神器】である【石像神之石工具】を使う事により容易に形状を変化させる事ができたので、想定以上に早く、それでいて頑丈なまま精密に仕上げる事が出来た。
思わぬ使いやすさに、【石像神之石工具】を食べるべきかどうか悩んでしまう。
まあ、悩んだ所で食べるつもりだが。しかしそれは後日のお楽しみとしよう。
そしてそれ以外にも訓練したり、色々仕事する。
そこまで忙しくはない、休日としては有意義な一日だった。
“二百九十四日目”
今日は朝から生憎の雨だった。
室内で軽い朝練を終えた後、揃って朝食を食べていると、お転婆姫から連絡が来た。
何事かと思いつつ話を聞いてみると、どうやら依頼があるらしい。
その依頼内容は、王国の【勇者】とその仲間達全員と一度でいいから内密に実戦形式の訓練をして欲しい、というものだった。
以前にも受けた依頼と似たような内容だったので、それはいいのだが。
気になるのは何故そんな依頼を出したのか、についてである。
詳しく聞いてみると、お転婆姫はどうやら【勇者】達の戦闘力強化がお望みらしい。
単純に言って、王国は聖王国などと比べて国力は低い。
国土の広さからくる生産力の差も大きいが、何より保有する【英勇】の数の差が歴然だ。
一応、先の内乱は短期間で決着した事により、一時的に落ちた国力はお転婆姫達の努力によって何とか立て直されている範疇ではあった。
だが国力の低下は他国に狙われる重要な要素であり、軽視していいものではない。
普通なら内乱の混乱に乗じて隣国が手を伸ばす事はあるだろう。
しかし幸いな事に、その隣国であり同盟国でもある帝国との関係は王族同士の政略結婚――大森林のエルフに両国が侵略した切欠でもある二人は今も愛を深めているので、恋愛結婚と言ってもいいが――などによって深まっていた事もあり、変わらず一定のラインで落ち着いている。
ただ国同士の関係に絶対はないし、不安は生きている限り無くならない。
国を統治する者の責務として、将来の不安を取り除くために努力を惜しむべきではない。
一応、王国は兵の質はそこそこいいので侵略戦争を仕掛けられても自衛できるだろうし、上手くすれば敵国本土に攻め込む事も可能だろう。
しかし、例えば迫る聖戦が終わった後など、世界情勢がどうなるかはまだ分からない。
俺は負けるつもりなどさらさら無いし、そもそも勝算の無い戦いはしないが、それでも未来は確定されているものではない。
それでも聖戦の結末がどうなろうとも大なり小なり世界は確実に荒れる、とだけは断言できる。
だから将来、聖戦後の乱れた国際関係によって他国が攻め込んでくる可能性はあるし、【盗賊】などが無数に発生して乱れた政治の間隙を狙ってくるかもしれないし、あるいは屈強なモンスターが出現する可能性も否定できない。
どんな状況に直面しようとも自衛するには戦力があればあるほど良く、それを向上させるにはやはり実戦が一番手っ取り早い。
レベルという短期間で強さを得られる法則がこの世界にはあるのだから尚更だ。
しかし無数の兵士を揃えて鍛えるには相応の時間が必要であり、全体的に底上げするのは簡単な事ではない。それができるのなら、大国との差はもっと絶対的で絶望的なモノになるだろう。
そこで全体的な戦力の向上よりは短時間で、かつ金もそれほどかからず、それでいて今後の重要な要因となるだろう最高戦力の一つである【勇者】の質を高める事にお転婆姫は着眼した訳だが、【勇者】といっても死ぬ時は死ぬ。
歴史を紐解けば、死んだ【英勇】などの例は枚挙に遑がない。
国力向上の為にと言いながら、王国の重要な戦力である【勇者】をもし仮に、万が一にでも失う事があればその損失は測り知れない。
だからこの時期に互角以上の存在と戦うリスクは悩ましいそうだ。
聖戦に参加するのは一パーティだけとはいえ、他の三パーティには国の守護など仕事は多い。
無茶をして大怪我でもすれば本末転倒であり、やや格下の迷宮に挑むだけでは時間も必要だし、その成長は緩やかにしかならない。
そこで白羽の矢が立ったのが、俺だった。
依頼すれば最低限殺される事はないし、大怪我させても依頼内なら治療してくれるだろう。そして明らかな格上で、【勇者】達の成長を促す事ができる。聖戦の最重要殲滅対象が相手をしてくれるのなら、今後を見据えて悪い話ではない。
という事らしい。合理的というか、何というか。
これまでの関係が無ければ絶対に有り得ない発想だろうな、と思いつつ、依頼を受ける事にした。
報酬も俺達の現状を知っているからか欲しい物を欲しいだけ用意してくれているので、断り難いという事もあったが、最も大きな要因は俺の予行演習にもなるから、という事である。
それにしても、お転婆姫も最近は俺との交渉に慣れてきたというかなんというか。
成長しているのだなと実感できるお転婆姫の頭を撫で、依頼は準備があるだろうからという事で明日にする事になった。
今後の予定はまだまだあるので、二日間だけという限定的なモノだが、まあ、何とかなるだろう。
“二百九十五日目”
朝食をとり、準備していると闇勇が迎えに来た。
何だか闇勇が張り切っているなと思いつつ、今日の依頼について行きたいと言うオーロとアルジェント、自力で歩けるまで成長したオプシーと赤髪ショートを伴ってお転婆姫が待つ琥珀宮に赴く。
普段ならここにカナ美ちゃんも加わるのだが、今日は用事があるという事で別行動である。
カナ美ちゃんと別行動は何だか久しぶりだなと思いつつ、しばらく離れていた赤髪ショートや子供達との触れ合いを大事にしていこう。
骸骨蜘蛛に揺られながら最近のあれやこれやで談笑し、到着すれば既に待ち構えているお転婆姫と少年騎士に軽く挨拶してから、王城のとある一室に案内される。
王城内らしく豪華な内装の室内には、俺達を迎えに来た闇勇を除いた全員が既に揃っていた。
俺達と一緒に来た闇勇は三勇者の近くに居る仲間達――全員闇勇と同じく独特の暗さがある――のところまで進んで並んだので、俺は初めて【四象勇者】全員が揃った光景を見た事になる。
水勇は不機嫌そうに顔を背け、岩勇は腕を組んでドンと構え、闇勇は少しヤバそうな笑みを浮かべ、樹勇は気怠げで眠たそうにしているのが印象的だ。
水勇は以前パーティメンバー諸共撃破したので、それが原因で不機嫌そうにしているのだろう。
岩勇は普段と変わらず自然体のようだ。ただ一つ重大な秘密があるので、それを知っていると微妙に笑えるから不思議である。
闇勇は何かよからぬ妄想をしている笑みを浮かべ、俺に向ける視線に篭る熱は背中がゾワゾワする領域に達している。
そして樹勇は、傍目からは面倒そうにしながら、しかし実際には俺を観察しているのが分かる。
樹勇は【四象勇者】の中で、唯一のエルフだ。そのエルフ特有の鋭い観察眼は僅かな動作で俺の内面や能力を測っているのだろう。長命なだけあって、樹勇は演技も熟練であるらしい。
聞いた話だと本気で戦った事は無いらしいが、【四象勇者】の中でほぼ間違いなく最強は樹勇だとされ、次いで岩勇が強く、水勇と闇勇が同じくらいだそうだ。
樹勇は以前の内乱時でも不参加だった事から何となく予想できるように、普段はあまり動かないらしい。いや、動いてはいるが、興味がない事には積極的に関わろうとはしないそうだ。
長く王国と共に在る彼女からすれば、王国内の多少のゴタゴタは干渉する意味すら見いだせないのだとか。
まあ、長命種として自然とそういう考え方になるのだろう。
ともかく、直接会うのは初めてなので、短く挨拶をする事にした。
特に荒れる事もなく挨拶は順調に終わり、さて実戦的な訓練を、とはいかなかった。
流石に王城にある訓練場は狭く、使用すればどんなに加減したとしても王城に何らかの影響があるのは確実だ。
殺さないように手加減するのは当然であるが、手加減し過ぎても訓練にならない。
それに内密に、という話なのに、王城とはいえ派手にする訳にもいかないだろう。どこに他国の草が紛れ込んでいるのか分からないのだから。
という事で、今日はまだ仕事が残っているのでついてこれないというお転婆姫と少年騎士を残し、俺達は骸骨百足に乗り込み、王城を出発。
王城から伸びる大通りを突き進み、門番に【王認手形】を提示して王都≪オウスヴェル≫を極僅かな時間で出た後は、王都から最も近い迷宮都市≪パーガトリ≫に移動する。
道中では乗客達が骸骨百足の走行速度に驚く声を聞いたり、色々と質問されながら過ごした後、迷宮都市≪パーガトリ≫にも問題なく入場した後は総合商会≪戦に備えよ≫の≪パーガトリ≫支店の倉庫に入る。
商品を持ち込むのは普段から骸骨百足を使っているため、自然と偽装になって誰も不思議そうにはしていない。誰も王国の【勇者】全員が一度に支店へ入ったとは思わないだろう。
そして倉庫では全員に高い【隠蔽】効果がある外套、顔を見られても【勇者】だと分からないように【認識誤認】効果がある帽子とマスク、通信ができるように分体をはめ込んだ名鉄、そして派生迷宮に入る為の【迷宮踏破許可具】を配布してから一旦解散する。
後はパーティ毎にバラバラに動き、ココにある派生迷宮の一つ【サクロプの採掘場】の地下十階にある大広間に現地集合、という事にした。
大広間は下に進む階段がある最短ルートからは大きく外れた場所にあり、しかもダンジョンモンスター達が一度に大量に出現する、俗に言う【怪物の巣窟】系の普通なら全滅必死の極悪トラップが多い区画にあるため、迷宮内でも特に人気がない。
それでいて大暴れしても周囲の被害を気にする必要がなく、追跡者の類が居れば補足しやすく始末も容易である為、今回のような時には非常に使い勝手がいい場所でもあった。
ある意味最適な場所なのだ。
そしてそこに全員が揃ったのは、解散してから一時間も経過していないだろう。
流石に派生迷宮の難易度は【神代ダンジョン】などと比べればかなり低い。【勇者】パーティを阻む事はできないし、王都に最も近い迷宮都市である為、そもそも全員が最低一度は攻略していた経験もあり、迷う事もなかったようだ。
そして大広間に到着し、先んじてダンジョンモンスターを一掃した俺は場を整え、赤髪ショートやオプシーなど見学者用の一角を確保してから、お転婆姫の依頼通りに【勇者】達と対峙した。
水勇パーティは六名。
岩勇パーティは五名。
闇勇パーティは六名。
樹勇パーティは四名。
合計して二十一名。
かつて無い規模で【勇者】という≪主要人物≫と、仲間という≪副要人物≫に囲まれた事になる。
今回はあくまでも実戦的な訓練なので【異教天罰】は発動せず、【終末論・征服戦争】における特殊強化が無い、普段通りの実力で訓練は行われる。
今回の訓練で俺は手加減するが、他は手加減無用、とした。これは【勇者】達の訓練であると同時に俺の訓練でもある為、これは必要な制約だった。
この制約は【勇者】達からすれば『格下である』と言われているようなものだ。
プライドは傷つけられるだろうし、少なからず反感を抱くだろう。
だが、事実としてそうしなければならない程度には、俺との間に実力差がある。
それを自覚しているからか覚悟を決めた表情を全員浮かべているのだが、特に水勇パーティのやる気が違う。
以前の屈辱と恨み、ここで晴らさでおくべきか、とでも言うのだろうか。
玉砕覚悟で一矢報いてやる、という決意がヒシヒシと伝わってきている。
まあ、別にそれはいいとして。
俺は強化された朱槍と、変化していない呪槍、そして鍛冶師さん渾身のハルバードと、【召雷黒龍・鬼鮫縄】を手に構える。
本当ならハルバードではなく、【水震之魂剣】を装備した方が武装としては適切だ。
鍛冶師さんのハルバードは上質な素材と優れた技術によって鍛えられた優秀なマジックアイテムであり、個人的にも慣れているので非常に使いやすいのだが、流石に他の武装と比べれば見劣りしてしまうからだ。
だがしかし、今回は水勇が居るので【水震之魂剣】は止めた。変に突っかかられても困るので、少し自重した結果である。
さて、そんな感じで昼前から始まった依頼は、全方位から容赦なく繰り出された攻撃から始まった。
とりあえず、皆の体力が尽きるまで、行けるところまで行ってみよう。
“二百九十六日目”
訓練を開始してから約一日が経過した訳だが、俺の周囲には死屍累々が転がっている。
いや、誰も死んでいないのでその表現は的確ではないのだが、それに近い状態だ。
最も前線で突っ込んできた水勇とその仲間達は最も激しく嬲られ、装備の大半が破損している。修復できない段階には至っていないが、後でもっといい装備品を売ってやろう。
その時は今回発揮した根性に免じて、少し値引きしてやるつもりだ。
水勇に次いで損耗の激しい岩勇とその仲間達にもいい装備品を売ってやろうと思いつつ、岩勇に思いっきり殴られた頬を摩る。
流石【四象勇者】の中で物理攻撃最強の岩勇だ。仲間達の連携攻撃で造った僅かな隙を狙い、【イスンバルの鉄槌】で渾身の一撃を叩き込まれた時は驚かされた。
今も少しヒリヒリしていて、痛撃の感触が残っている。
徹底して死角からの攻撃に終始していた闇勇とその仲間達は、先の【勇者】パーティ二組と比べれば装備の損耗は少ない。
他の誰かの攻撃に合わせ、死角から急所を狙う攻撃ばかりで直接仕掛けてくる事はなかったのだから、それもある意味当然だろう。
しかしそれが的確に、執拗に繰り返されるので、結構面倒だった。
俺だったから良かったものの、普通なら急所ばかり狙う闇勇は脅威だったに違いない。【暗殺者】系は乱戦時に相手にすると面倒である。
だが最も厄介だったのは、水勇でも、岩勇でも、ましてや闇勇でもなかった。
樹勇とその仲間達だ。
そもそも樹勇こと【樹砦の勇者】は全体的に高い水準を維持しているが、特に防御面に秀でた【勇者】である。
そのため徹底した防御、または仲間の補助に回った時、熟練の技術と膨大な戦闘経験から導き出された行動は、俺が他の【勇者】達を倒すチャンスを幾度も阻んできた。
あくまでも訓練なので本気ではなかったとは言え、折り重なる大樹の守りは二秒程度だが攻撃を止める事が可能な硬度と密度があった。
二秒も遅滞すれば、【勇者】なら最低限回避する事が可能だ。
それに普段の数倍の人数で単体の敵と戦うのは、慣れていなければ同士討ちする可能性が高い。協力するどころか、邪魔し合う事などよくある事だ。
しかしそんな欠点も樹勇が全て補っていた。
個としても優れているだけでなく、指揮官としても優れている。
【四象勇者】最強は伊達ではないらしい。
まあ、それでも俺に勝つ事は出来なかった。
流石に数が多くて幾度も攻撃を受けたが、どれも致命的なモノは防いだため、重傷には至っていない。その多くが浅く、容易に再生する程度の攻撃だった。
これも本気だったならもっと違った結果になっただろうが、訓練である今回ならばこんなものだろう。
しかし、鬼神となってここまで長時間動いたのは初めてかもしれない。俺にとっても充実した一時だったのは間違いないだろう。
ともあれ、幾度となく訓練と休憩を繰り返した依頼は終わった。
訓練中、迷宮なので自然発生したダンジョンモンスター達が訓練の余波だけて死んでいくという思わぬハプニングにより、想定外の経験値が入ってくるなど誤算はあったが、概ね予想通りの結末に至った。
さて、そんな訓練が終われば、打ち上げとして飯を食べよう、という事になった。
疲れた後の飯は最高だ。それは既に実証済みであり、間違いない事実である。
せっかくなので、振舞う食材はまだまだ山のようにある女竜帝の肉を筆頭に、迷宮食材を多数使う事にした。
材料が材料だけに普通に調理しても美味いだろうが、今回は嬉しい事に樹勇の仲間に【宮廷料理人】を持つ女性が居たので一任した。
やはり本業に任せるに限るだろう。【宮廷料理人】は【料理人】などの上位職で、特に稀少な食材をより美味しく調理できるボーナスが発生するようだ。
調理する姿は貫禄があり、これは期待せざるを得ない。
料理ができるまでの間は迷宮酒を取り出し、先に始める事にした。
流石に詩篇をクリアして得た二種類の鬼酒――【尽きぬ夜桜の一滴】や【鬼酔殺・無尽】は出せないが、ストックしている酒は多種多様で大量にある。
ドンドン、と樽単位で幾つかアイテムボックスから取り出し、思い思いに飲んでもらう事にした。
今回のメンバーの中では特に岩勇が飲めるらしく、酒を酌み交わす。楽しんでいると竜肉料理が出てきたので、まずサイコロを転がした。
器の中で転がるサイコロの目は、残念ながら目無しだった。
今回は効果が発揮されないようなので、普通に料理を楽しむ事にする。
一言、竜肉ウマー!
高レベルの【宮廷料理人】による竜肉料理は、以前食べた竜肉料理よりもさらに美味かった。
思わず口と目から光が放出されるような反応になってしまっても、何ら不思議ではないだろう。
一口食べて脳内トリップをする事しばし、意識が肉体に戻ってきた後には即座にスカウトしてみたが、呆気なく断られた。
残念だが、まあ、仕方ない。
勧誘は諦めるとして、今は少しでも多く喰べる為に手を動かした。他のメンバーも遠慮なく食べ尽くす勢いなので、油断しているとアッと言う間に無くなってしまう。
提供した素材は多く、山のようにあるのだが、美味すぎて次から次へと欲しくなる。
大量にあっても、油断はできなかった。
酒と料理を楽しんでいると、隅の方で水勇が何やらブツブツ言っているのが視界に入った。
宴会の席で闇勇以上にウジウジされると飯が不味くなるので、酔っ払っている岩勇と共に水勇を挟み、逃げられないようにしてから酒を無理矢理飲ます。
水勇はどうやら酒に弱いらしく、一杯飲んだだけで顔を真っ赤にして酒を吹き出した。その後も飲ませ続けると、笑い上戸である事が判明した。
別に知りたくもない情報だが、それはさて置き、酔い潰れてしまった水勇はとりあえずそこら辺に転がしておく。後は勝手に水勇の仲間達が介抱なりなんなりするだろう。
その他には赤髪ショート達と美味い料理を楽しんだり、闇勇に酌をしてもらったり、樹勇と大森林の話――どうも父親エルフ達と縁があるらしい。世界は広いようで狭いようだ――をして盛り上がったり、時折湧き出るダンジョンモンスターを討伐するオーロとアルジェントに指導したりして楽しんだ。
夕方には宴会もお開きとなり、入ってきた時と同じように各パーティに分かれて支店に戻り、そこから骸骨百足に乗って王都に帰還した。
程よい疲れは心地よくすらあり、色々と再確認する事のできた今日はいい一日だった。
明日からは後幾つかの【神代ダンジョン】を攻略した後、大森林の拠点に戻り、そこでしばらくの間は全体的な底上げをするつもりである。
“二百九十七日目”
短いが有意義だった休暇は終わり、早朝から骸骨百足に乗って迷宮都市≪アクリアム≫に向かう。
道中は何事もなく無事に到着し、サッサと【鬼哭水の滝壺】に潜って新しく造った隠し部屋にワープゲートで跳躍した後そこにある【鬼哭門】を潜り、一瞬で魔帝国と獣王国の国境近くに存在する迷宮都市≪ディギャンブリン≫にある【鬼哭の賭場】まで到着した。
今回の同行するメンバーは俺とカナ美ちゃん、復讐者一行に加え、赤髪ショート、オプシー、オーロとアルジェント、という構成になっている。
子供の中でこの中にいない鬼若はミノ吉くんと共に各地の【神代ダンジョン】に潜っている――まだ弱い鬼若は守られ、時に自衛するだけで基本的に戦闘には参加していない――し、ニコラは子供の中で唯一の人間なので他と比べて成長が遅い為、大森林に居る錬金術師さんのところに居る。
今度は大森林に居る鍛冶師さんや姉妹さん達も連れて世界各国を巡りたいモノだと思いつつ、初めて見る本格的なカジノに物珍しそうにしている赤髪ショート達の為に、しばらく【鬼哭の賭場】で時間を潰す事にした。
赤髪ショートはこんなところがあったなんて、と心底驚愕しているが、しばらくするとルールが簡単で手軽にできるスロットマシンに突撃していった。
その後ろには面白がってついて行くオーロと、オーロに引きずられていくアルジェントがいたが、微笑ましい光景に思わず和む。
そして和んでいる俺の隣にはカナ美ちゃんが居り、その腕の中には自力で歩けるようにまで成長したが、今は眠たそうにしているオプシーの姿があった。
周囲にあるカジノゲームに興味津々でソワソワしていた赤髪ショートを見かねて、カナ美ちゃんが世話を引き受けたのだ。
その時のやりとりは省くとして、慈愛に満ちた聖母のような笑みを浮かべるカナ美ちゃんが愛おしそうにオプシーを抱く姿はとても絵になり、思わず見蕩れてしまっても仕方ないだろう。
などと惚気ながら皆が楽しんでいる様子を眺めていると、その近くで俺が軍資金調達の為に入ったカジノ――【ジェムシェ・ラクード】で最後にゲームした魔人ディーラーを発見した。
俺達が現在居るのは最深部である第五区だ。
そこに居るだけで魔人ディーラーの実力が示されている訳だが、そんな魔人ディーラーが何故ココに居るのか気になって声をかけてみると、どうやらクビになったらしい。
俺に惨敗した事が原因だそうだが、支配人に嫌気がさしていた事もあり、丁度良かったと笑いながら言っている。これまで溜まっていたストレス発散をかねて、今日は久しぶりに【鬼哭の賭場】――まだ【賭博の聖地】だと思っているようだ――に来たらしい。
まあ、そんな事情はさて置き、今フリーなら丁度いい、という事でスカウトしてみる。
しばらくの問答があった後、魔人ディーラーの雇用に成功。とりあえずイヤーカフスを装着させ、後は身支度を終えた後、分体の指示に従って大森林まで向かってもらう事にした。
大森林の拠点では今現在も順調に拡張が進んでいる。以前よりも施設は増え、大型化しているので、そこで魔人ディーラーには腕を振るってもらうつもりである。
思わぬ出会いがありつつ、昼頃には赤髪ショート達も堪能したらしいので、本来の目的のために≪ディギャンブリン≫の外に出て、魔帝国ではなく隣国の獣王国に向かう事にした。
魔帝国内にはまだまだ【神代ダンジョン】があるのだが、【重藍将】直属の【藍鋼密部隊】にマークされていた以上、一旦魔帝国内から出た方が良さそうだと思ったからだ。
そんな訳で獣王国に向け、骸骨百足に乗った俺達は≪ディギャンブリン≫が元々国境近くに存在していた事もあり、短時間で国境近くに到着できた。
国境には立派な関所があり、関所を守る国境警備隊などが居る。
遠くから観察してみると、国境を越える商人や旅人達は国境警備隊にパスポートに相当する書類を提示し、金銭を支払っているのが分かる。
残念ながら書類を持っていない俺達では通れないらしい。適性の値段よりも多く積めば通してくれるかもしれないが、それは賭けだ。
仕方ないので、今回も空から入国させてもらう事にした。
一旦国境から離れた場所にある森に入り、そこで【真竜精製】を使って二頭の“疾風竜”を精製する。
本当ならタツ四郎がいればいいのだが、タツ四郎はマークされている為、今は王国に戻している。そのため今回は飛行能力に優れた竜種を選択し、国境警備隊に気づかれないような高度を高速で突っ切る事にした訳である。
流石に飛行能力に優れた竜種だけあり、上昇速度や飛行速度はタツ四郎の比ではない。
二頭の疾風竜達は以前のように国境警備隊が反応する間も与えずに越境し、分乗した俺達は短時間の空の旅を楽しんだ後、無事に獣王国に入国する事となった。
その際、獣王国の中でも魔帝国寄りにある【神級】の【神代ダンジョン】である【アムラティアス大草原】を見る事が出来た。
【アムラティアス大草原】は獣人種が多い獣王国ではよく信仰されている【草原の神】が創造した自然包囲型のダンジョンで、だだっ広い草原が広がるだけの単純な構造をしているそうだ。
ただし単純な構造だからかは知らないが、内部の空間は拡張されているらしく【境界圏】で区切られた敷地面積からは考えられないほど広いらしい。
上空から見下ろしてみれば、確かに中央に向かうにつれて空間が歪んでいるのが確認できる。ダンジョンボスが居る中央部にまで少なくとも数日は必要になるらしいのだが、それはきっと本当の事なのだろう。
手始めに攻略してみようかと考えながら見下ろしていると、丁度【アムラティアス大草原】に入ったばかりだろう獣人の一団を発見した。
どれどれと観察していると、その先頭を進む獅子頭の獣人に目を惹かれた。
獅子獣人の立派な鬣は黄金色に輝き、三メートルはありそうな筋骨隆々の巨躯はただそれだけで凄まじい存在感を発している。
装備の類は魔法金属で所々強化された巨獣革のズボンと、太い四肢を包む赤黒く鈍い光を放つ高ランクのマジックアイテムだろう手甲具足、そして腰周りにある小道具くらいで、鬣と同じ黄金色の体毛に包まれた上半身はむき出しの状態だった。
体毛によって皮膚が露出している訳ではないが、半裸の状態で歩む獅子獣人は槍や剣などの武器を持たず、手甲具足以外の無駄な装備を取り除く事で動きやすさを優先している事から、格闘戦を得意とするのだろう、と簡単に予想できた。
そんな明らかに強者である獅子獣人は襲い来るダンジョンモンスターの排除を仲間の獣人達に任せていると、不意に上空を見上げ。
そして遥か上空に居る俺と視線が交わった。
確実に見えているのだろう、獅子獣人は不敵で、かつ獲物を見るような獰猛な笑みを浮かべて俺をその黄金の双眸で睨んでくる。
その視線に込められた明確な戦意と純粋な闘争本能に、ゾクリとした。
一国を統べる者に相応しい威風堂々たる姿だけでなく、俺を食い殺してやると告げる眼力に、思わず舌舐りしてしまう。
獅子獣人の正体は、【獣王】ライオネルだった。
“黄金獅子王・亜種”という強力な種族にして、獣王国を力で統べる百獣の王。
圧倒的な個の力で軍勢を屠る暴力を秘めた、世界有数の大戦力。
ならばその仲間は、十中八九、【獣牙将】だろう。
【獣牙将】とは十名の獣人によって構成された、魔帝国の【六重将】に相当する獣王国の重鎮達の事であり、その戦闘能力は獣人の身体能力もあって非常に高い。
そんな【獣牙将】数名を引き連れた【獣王】ライオネルとの邂逅は、ほんの一瞬の事だった。
それも遥か遠くから互いを見ただけだったが、それだけで俺は、いや俺達は理解した。
敵だと、殺し殺される不倶戴天の敵なのだと。
言葉を交わさずとも、弱肉強食の世界の掟が俺達の関係を断定したのだ。
つまり、殺し合って喰らい合う、ただそれだけの関係性。
ああ、本当に、待ち遠しいと思わざるを得ない。
【獣王】ライオネルを喰らう、その瞬間を。
“二百九十八日目”
【獣王】ライオネルという灼誕竜女帝に勝るとも劣らない、きっと美味なのだろう存在を直接見てから早一日。
昨日、疾風竜に乗って獣王国に入国し、手頃な場所を見つけて地面に降りた後はひたすら骸骨百足で移動し続けた俺達は、とある【神代ダンジョン】を内包する迷宮都市≪ドゥル・ガ・ヴァライア≫に到着し、そこで宿をとって一夜を過ごした。
迷宮都市≪ドゥル・ガ・ヴァライア≫は迷宮を内包する都市であるが、これまではなかった大海に面した場所にある港湾都市としての側面も持っている。
調教された海洋モンスターによって牽引・護衛される大型の武装船舶で構成された船団によって別大陸との貿易を行うなど海運が盛んで、非常に希少な別大陸産の品が欲しい豪商や貴族はこぞってここを訪れている。
どこか前世の≪アドリア海の女王≫を彷彿とさせる建築物が立ち並び、都市中に張り巡らされた迷路のような運河には無数の手漕ぎボードが市民の足として行き交っている。
ただ“半魚人”や“人魚”などこの世界特有の種族も多数暮らしている為、生活空間となっている水中でも地上と同じように多くの店が開かれているなどの差異があった。
その性質から獣王国の重要な貿易拠点でもあると同時に、これまではなかった都市形式から、迷宮都市≪ドゥル・ガ・ヴァライア≫は観光地としても人気だ。
そんな場所にせっかく来たのだから、楽しまなければ勿体ない。
と言う訳で、今日は観光する事にした。
どこが名所なのかまだ網羅できていないので、とりあえず旅行客などをターゲットにした遊覧船に乗り込む。
後は一定時間、適当に名所を巡っていった。
都市を回るだけでも見所が多いのだが、水中にも名所がある為、とてもではないが一日で回りきれるものではなかった。
だがゆったりと家族サービスをする事もできたし、子供達もいい思い出が出来た。
それに最近は暖かい日が続いていた事もあって、豊富な水によってほどよい涼しさのあるここでの観光はとても有意義だったと言えるだろう。
別大陸産なのでかなり高額な食器なども買い込み、明日の攻略のために今日は早めに寝た。
“二百九十九日目”
海の幸がふんだんに使用された朝食を堪能し、元気よく攻略を開始する。
迷宮都市≪ドゥル・ガ・ヴァライア≫にある【神代ダンジョン】は、【海藻の神】が創造した【藻女の深き恵みの洞窟】という。
都市中央にある多数の運河の交差点の底にある、ブルーホールめいた海底洞窟がそれだ。
水圧などの関係から深い場所での攻略は非常に困難だが、浅い場所では攻撃しない限り襲ってこないダンジョンモンスターばかりなので“魚人”の子供でも一人で帰還できるくらいには安全であり、かつ海藻を代表とした多種多様な海産物が簡単に採取出来る為、武装した攻略者だけでなく非武装の市民などもその日の食材を求めて大型量販店に行くような感覚で潜る事が多い。
それに危険な海洋に出なくても海産物を一年中安定して大量に得られるし、都市中央という運搬の面でも優れている為、商人達が内陸に運ぶ海産物を得る際にも重宝しているそうだ。
深部にまで攻略されるよりも先に大きな恵みを与える事で、【信仰】を集めると同時に自衛する強かな計算がなされた仕組みになっている、と言えるだろう。
実際、この狙い通りに攻略される事無く残っているし、元々は【亜神】だったのに現在は【神】となっているのだから、上手くやったモノであると感心させられる。
しかし今回攻略するのは【藻女の深き恵みの洞窟】ではない。
いや、後で攻略するつもりではあるが、水中戦になるので攻略は単鬼でする予定だ。
そういう訳で、俺達は港にやって来た。
大型から小型に至るまで様式も異なる多種多様な船舶が停泊している巨大な港には、漁船や商船から卸される海産物や交易品を目当てに多種多様な種族が集い、ある種の祭りのような活気に満ちていた。
行き交う人々の壁を掻き分けて抜ければ、そこに広がる転生してから初めて見る大海はどこまでも澄み渡り、美しい蒼海をずっと眺めていたいと思ってしまう。
果てしない水平線の向こうにはまだ見ぬ世界が広がり、どうなっているのだろうか、と想像を掻き立てられる。
そんな大海の港からやや離れた沖合に、一隻の船舶が錨泊していた。
雄々しい海龍に跨がる槍を持った美女の船首像、海龍の龍鱗を彷彿とさせる細かい金属板が無数に重なっているような外装の船体、クルーズ客船を彷彿とさせる高層建築物めいた全体像。
全長千メートル以上、全幅二百メートル以上、高さ百五十メートル以上という、小さな山と見間違えてしまいそうな、冗談のようなサイズの船舶である。
そんな船舶こそ今回攻略に向かう【神代ダンジョン】――【船舶の神】が創造した【アンブラッセム・ポントス号】だった。
船舶内部が迷宮となっているのだが、大海を進む船舶としての機能も持っているため自走が可能であり、その特性から世界各地を定期的に巡っている、地下階層型や自然包囲型などともまた違う、世にも珍しい世界巡回型に分類される迷宮だ。
似たような迷宮には天空を漂う島や、海底を泳ぐ巨大亀の背中にある宮殿などが存在しているそうだが、それはさて置き。
世界を巡る【アンブラッセム・ポントス号】は今回、運良く迷宮都市≪ドゥル・ガ・ヴァライア≫の沖合に錨泊していたので、今後の事を考えれば利点が圧倒的に多い為、攻略しようと思った次第である。
そんな訳で攻略するのだが、沖合にある為、【アンブラッセム・ポントス号】に挑戦する侵入経路には大きく分類して三パターンある。
一つ目は空を飛んでいく。
二つ目は水中から取水口を通って侵入する。
三つ目は船で近づいて錨を伝ってよじ登る、となる。
今回は最後の船で近づくを選び、【アンブラッセム・ポントス号】にまで定期船を出している獣人の水夫に乗せてもらった。
しばし波に揺られながら、途中で見かけた魚を銀腕を伸ばして一掴み。
銀色に輝く鱗が特徴的な“アマメヒイラギ”を包丁で生きたままサッと捌いて、新鮮な刺身にして頂く事にする。
最初はそのままで頂いたが、プリプリとした白身の歯応えとサッパリした味で、中々美味い。
次は港の露店で売っていた醤油のような調味料があったのでそれをつけたのだが、それでより一層美味さが増したようだ。
ゆっくり味わっていると船が到着したので、復讐者達を先行させて様子見しつつ、錨をよじ登って突入する事となった。
さて、中はどうなっているのだろうか。
“三百日目”
【アンブラッセム・ポントス号】の内部は、まず安全地帯と危険地帯が明確に分かれていた。
点々と存在している安全地帯はまるでリゾート地と言うか何と言うか、まるで小さなショッピングモールや高級ホテルなどが混ぜ合わされたような造りになっている。
バーらしき場所もあれば、レストランらしき場所もあり、プールやカジノゲームを楽しむ事ができる場所もある。
それ以外にも武器屋や防具屋など攻略者達からすれば必須の施設もあり、そこでは武具の修繕だけでなく、相応に高額だが強力な商品を購入する事が可能だ。
攻略を進めていけば――つまりより深部に進む事で――より上質な施設が使用可能となり、高級宿以上に豪奢な寝室に泊まる事すら可能となる。
そしてそんな施設が密集している安全地帯では、攻略しながら世界を回っている、という一風変わった攻略者の一団と出会うなんて事もあった。
移動するという迷宮の特性から、攻略が長く続けば錨泊期間が過ぎて別の海域に出航してしまうので、そんな事もあるのだろう、と納得する。
こんな感じで安全地帯では色々と攻略者に対して優遇し過ぎだろ、と言いたくなる内部構造な訳だが、その分危険地帯で出てくるダンジョンモンスターの強さは桁違いに高く、半端な力量しかない存在では攻略は遅々として進まない。
タコのような頭部に人間のような胴体を持ち、ただ在るだけで狂気を周囲に振りまく、魚人版のリッチとでも言うべき“イシリッド”
斧にも似た錨を武器に、攻略者の尽くを桁違いの身体能力によって物理的に圧殺していく六メートル級の巨人“怒りの荒くれ者”
誰もが魅了されてしまう絶世の美貌を持つ、人魚のような外見をした自然精霊の一種である“ネレイス”
全身は赤と白の強靭な外骨格で覆われ、丸く変形した鋏で岩石を容易に破壊する強烈な打撃を打ち込んでくる蟹系の亜人“剛拳闘蟹”
顔は老人そのものだが身体が鱗で覆われ、魚のような鰭と尻尾を持ち、豪奢な修道服を纏う“大海司教”
などが行く手を阻むのだが、実際、戦って見た感じではかなり強いのは間違いない。
中でも“イシリッド”の強さは、下手な階層ボスすら超えているのではないだろうか。
精神に深刻な悪影響を引き起こす【状態異常】攻撃を得意とし、配下として引き連れたダンジョンモンスター達を強化する厄介な存在だ。
単体での戦闘能力も高いので、油断していると思わぬダメージを受けてしまう。
まあ、それもチョチョチョイと朱槍や呪槍で突いてやればどうにでもなる。
“ハイボクサー・クラブマン”や“アーク・シービショップ”など“イシリッド”などと比べれば若干弱いダンジョンモンスターの集団の場合は数を削り、その後で赤髪ショートやオーロとアルジェント達に倒させた。
得られる経験値がかなり多いので、赤髪ショート達のレベルアップには持って来いである。
それに赤髪ショート達はディアホワイトの角を喰べて得た【聖獣喰い】の効果によって、ただ経験値を得るよりも格段に早く成長できる。
ここでサッサとレベルを上げておけば、後々楽ができそうだ。
無論、危なくなったら横から手助けするのだが、浅い場所では重点的に戦わせた結果、メキメキと力を上げた赤髪ショート達は大集団でなければどうにか駆逐できる段階にまで至った。
予想を上回る成長速度だ。
それに嬉しい事に、オーロとアルジェントの成長が著しい。
赤髪ショートも驚異的な成長速度なのだが、やはりまだまだ成長期である子供達の伸びが良いようだ。
これなら【存在進化】する日も近いのではないか、と思ってしまう。親バカかもしれないが、子供の成長とは良いものだ。
そんな感じで、【アンブラッセム・ポントス号】は広いし、ダンジョンモンスターが強いので侵攻速度は早くはないが、順調に進んでいった。
あと数日もあれば、攻略はできるだろう。
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