「中国はアフリカで嫌われているのでしょう?」

平野克己
執筆者:平野克己 2013年6月24日 無料
カテゴリ: 国際 外交・安全保障
 TICAD5でも安倍首相の積極外交が目立った (C)時事
TICAD5でも安倍首相の積極外交が目立った (C)時事

 長年のアフリカ研究生活でえた実感だが、「アフリカ」とあればとりあえず目を通してくれるコアの読者は日本全体でおそらく1000人に満たなかった。それが、ここ5~6年でかなり増えた。その最大の要因は中国だろう。中国のアフリカ参入の凄まじさが、日本におけるアフリカに対する関心を拡大したのである。今回のアフリカ開発会議(TICAD5)前後でマスメディアはじめ多くの方々から質問を頂戴したが、そのなかでもっとも多かった質問のひとつが「中国はアフリカで嫌われているのでしょう?」というものだった。

 この質問をされるたびに「どうしてそう思うのですか」「どこでそういう意見を見たのですか」と聞き返したが、明確に答えられた人は皆無だった。どうも、これといった情報や出典を欠いた“風評”のようだ。「アフリカにおける中国の評判はどうですか」というニュートラルな質問でなかったのは、中国への対抗策としてTICAD5を捉えたい、報道したいという思惑があったからだろう。また、「中国が嫌われていてほしい」という願望が日本のなかに存在することを痛感させられた。

 中国人を好きなアフリカ人もいるだろうし、嫌いなアフリカ人もいるだろう。それぞれの国でどちらの意見が多いのかは、アフリカ人ならぬ私には分からない。概してアフリカの人々は、日本人には日本人が好みそうなことを言う傾向があるので、「中国より日本のほうが好きだ」と言われても話半分として聞いておいたほうがいい。中国人に対してはきっと違うことを言っている。アフリカ各国の報道では、中国は圧倒的に感謝され、評価されている。むしろ欧米の評判のほうが悪いのである。これは、個人個人の感情ではなく報道の量に関する事実だ。

 

”風評”の誤り

 2011年にオックスフォード大学出版から『龍の贈り物:アフリカにおける中国の真実』("Dragon's Gift")という本が出版された。筆者はジョンズ・ホプキンス大学のエボラ・ボーティガム教授。彼女はアフリカ研究と中国研究双方に通じており、このトピックにうってつけの第一人者だ。「China in Africa」を扱った書物のなかではまずベストだろう。この本には政治家、ビジネスマン、学生などさまざまな階層のアフリカ人や、同じくさまざまな中国人のインタビューが記載されていて、中国がアフリカ各国で展開しているプロジェクトの現場も登場する。じつに情報が満載で、客観的な事実を知ることができる。彼女に最初に会ったのはマリの首都で開かれたChina-DAC Study Groupの会議だったが、議長のイギリス人は「援助業界の人間はみな彼女の本を読んでいる」と言って、彼女を紹介していた。

 巷間よく言われるのが「中国はアフリカ人を雇用しないで中国人労働者を連れてくる」という言辞である。このことについて"Dragon's Gift"は「事実ではない」としている。中国企業の工事現場での現地雇用比率は70%から80%くらいであり、各国政府との協定や契約で決められているという。外資のアフリカ現地雇用比率は90%程度と言われているから、まあ程度の問題と言うべきだ。「中国企業は本国から囚人を連れてくる」という話もよく聞くが、これも“風評”の域を出ない。

 

戦略を立てよ

「中国はアフリカから資源を収奪するばかりで、現地になにも残さない」という新植民地主義批判については、私はむしろ危険な物言いだと思う。なぜなら日本の政策スタンスを過(あやま)たせる恐れがあるからである。中国は職業訓練を盛んにおこなっているし、教育支援や保健衛生医療分野での支援にも積極的だ。医師をまとまった数でアフリカに派遣できる国は少ないが、中国は病院を建設すると医師・看護師を送り込む。また40カ国に農業技術移転センターを設置して農業専門家を100名以上駐在させている。中国の通信機器会社であるファーウェイやZTEは1990年代からアフリカに進出しているが、当初から研修所をつくって技術者を養成してきた。こういう事実を見ないで「中国とは違って日本は現地人を雇用します。技術移転をします」というだけでは、なんの比較優位もえられないのである。これまた、程度と質の問題なのだ。

 こういうことを述べると、とかく親中派で「中国に甘い」とレッテルを貼られる。だが私は、アフリカに関わり続けたものとして事実を言ったり書いたりしているにすぎない。これもまた多く尋ねられた「アフリカ市場に出遅れた日本は中国(や韓国)をどうやって追撃すればよいか」という質問は、東アジア的な競争心の現れでもあって心強いが、しかし戦略的思考とは程遠い。日本は日本の必要があってアフリカに行くのである。われわれのニーズに鑑みれば、どの国とどのような関係を構築するのがもっとも望ましいか――こういう問題の立て方をしないと戦略は生まれないであろう。戦略上割が合うなら、韓国や、そして中国とも、協力すればいいのである。

 TICAD5の2週間前、安倍首相はシンガポールを訪問してリー首相と会談した。その席でリー首相は「日本はアニマルスピリットを取り戻した」と語っている。日本をよく観察してきたシンガポールがそう評価してくれたことは、これもまた心強い。しかし、今度こそ戦略を立てて進みたいものだ。風評と思い込みから中国と無用に競り合い、アフリカ側に天秤にかけられたりでもしたら、結局損をする。とくにマスメディアは根拠のないドグマに捕らわれないよう心がけていただきたい。事実を追い求め、事実に基づいて報道するのは、ジャーナリストの基本だろう。

(平野克己)

執筆者プロフィール
平野克己
平野克己 1956年生れ。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院経済研究科修了。スーダンで地域研究を開始し、外務省専門調査員(在ジンバブエ大使館)、笹川平和財団プログラムオフィサーを経てアジア経済研究所に入所。在ヨハネスブルク海外調査員(ウィットウォータースランド大学客員研究員)、JETROヨハネスブルクセンター所長、地域研究センター長などを経て、現在、上席主任調査研究員。最新刊『経済大陸アフリカ:資源、食糧問題から開発政策まで』 (中公新書)のほか、『アフリカ問題――開発と援助の世界史』(日本評論社)、『南アフリカの衝撃』(日本経済新聞出版社)など著書多数。2011年、同志社大学より博士号(グローバル社会研究)。
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