原爆投下から70年、今夜は広島からスペシャル番組をお伝えします。
核廃絶へ向けた取り組みがなかなか進まないどころか逆行する動きもあって、非常に心配です。
今日は被ばく70年の日に核と戦争についてしっかりと考えてみたいと思います。
そして今夜は、「NEWS23」で多くの被ばく者の方たちにお話を聞いてこられた広島出身の綾瀬はるかさんにも参加していただきます。
私は今、広島電鉄の車庫にいます。
特別な電車に乗ってみたいと思います。
綾瀬さんが乗るのは、被ばくしながら戦後、市内を走り続けた被爆電車です。
車内はどんな感じでしょうか?木製の窓枠が時代を感じさせます。
モデルとなった653号が被ばくしたのもこちら江波の付近を走っている最中でした。
上がグレー、そして下が濃い青という色合いは広島電鉄OBの方たちの記憶を頼りに再現したそうです。
それでは綾瀬さん、後ほどよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
今日、被ばく地広島は深い祈りに包まれました。
平和記念式典で広島市長が武力に依存しない安全保障の取り組みを求める中、安倍総理は、挨拶の中で去年、おととしと触れた非核三原則に言及しませんでした。
人類史上初めて核兵器が使われてから70年。
原爆死没者名簿に記された人は29万7000人を超えた。
挨拶で安倍総理は、去年、おととしと使った非核三原則を堅持という表現を使わなかった。
平和記念式典での総理の挨拶ですけれども、ここ数年見てみますと、2009年に当時の麻生総理が挨拶の中で、憲法遵守について触れず、そして安倍総理も就任当初からこのように触れていないんですけれども。
非核三原則に触れなかったというのは非常に異例なことですよね。
異例ですね、歴代総理は必ず触れてきましたからね。
だからなぜ、ちょうど被ばく70年のこの日にあえて言及を避けたのか、その真意は何なのか、国民にきちっと説明する必要があると思います。
つまり非核三原則というのは国の理念、いわゆる国是に近いものですよね。
ひょっとしたら、それを変えようとするんですか、もしそうだったら大変なことですからね。
核のない世界を目指すとは言っているんですけれどもね?そう言っても、もしそういうことであればそれはむなしく響きますよね。
きっちりと説明してほしいと思います。
続いては、東京のスタジオから今日のニュースを2項目、お伝えします。
安倍総理が戦後70年談話を作成する際に参考とする有識者による報告書が今日、提出されました。
安倍総理は来週14日に談話を発表する方向ですがさきの大戦について、侵略やお詫びといった表現を盛り込むかが焦点となります。
報告書は、まずさきの大戦について日本が大陸への侵略を拡大し、無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えたと、当時の国策の誤りを指摘。
植民地支配があったとも明記した。
そして、戦後日本は、さきの大戦への痛切な反省に基づき、20世紀前半とは全く異なる国に生まれ変わったとして平和主義に基づき、国際貢献を行ってきたとした。
報告書には、中国や韓国が注視する村山談話にあった侵略と反省という言葉は盛り込まれた一方、お詫びという表現は見送られた。
政府は来週14日に総理の戦後70年談話を閣議決定し発表する方向だが、報告書の表現をどこまで反映するかは、安倍総理自身が判断する方針。
生きたまま海に投げ込まれたのか、神奈川県の漁港で女性の遺体が見つかった事件で、アメリカ国籍の男が死体遺棄の疑いで逮捕されました。
先月29日、神奈川県三浦市の小網代湾で女性の遺体が見つかった事件。
今日、遺体の身元が東京・目黒区の契約社員、秋田谷まり子さんと判明し、遺体を遺棄したとして横浜市のアメリカ国籍、グレゴリー・グモ容疑者が逮捕された。
秋田谷さんの死因は溺死。
生きたまま海に投げ込まれたと見られ遺体は茶色いシートにくるまれ、コンクリートのおもりがついた状態で見つかった。
グモ容疑者は趣味の釣りを通じて遺棄現場に土地勘があったと見られている。
秋田谷さんとグモ容疑者はインターネットサイトを通じて知り合い事件直前、2人が車に乗っている姿が防犯カメラに映っていたと言う。
取り調べに対しグモ容疑者は、私は何もしていないと容疑を否認していると言う。
今夜の「NEWS23」は、原爆ドームの前からお伝えしています。
そして被爆電車には綾瀬はるかさんが乗っています。
綾瀬さん、今、どの辺りですか?私は今、原爆ドームからおよそ1.5kmとこら辺に来ています。
広島電鉄によりますと、所有していた123両のうち108両が被ばくをしています。
戦地に送られた男性社員に代わって女学生が運転や車掌を任されていたということなんですね。
綾瀬さん、今回どんな取材だったんでしょうか?今回私は初めて爆心地の至近距離で奇跡的に生き残った方々にお会いしてお話をお伺いしました。
まず、初めにお話をお伺いしたのは70年前のあの日、今、乗っているのと同じような路面電車で爆心地近くを走っているときに原爆に遭遇しました。
ご覧ください。
そのカセットテープはこれまで公にされたことがなかった。
録音された証言は、70年前、爆心の街を通過している路面電車の中で被ばくした人物の肉声。
昭和20年8月6日午前8時15分。
広島市上空で炸裂した原子爆弾は強烈な熱線と衝撃波を発した。
中心部の地表温度は4000度に達し、半径500m圏内の至近距離に生存者はいないと思われた。
しかし、わずかながら奇跡的に命をつないだ人たちがいた。
私は、あのカセットテープに証言を残した女性がご存命と聞き、向かいました。
原爆の話はしたくない、そう聞いていました。
それでも、一目お目にかかりたくてこんにちは、綾瀬はるかと申します少しお話ししても大丈夫です?自分以外ほとんどの人が死んだときの記憶。
70年の間、消したくて、でも消えてくれなかった記憶でした。
私、東京に住んでるんですけど、今は。
やっぱ戦争の、原爆のこと知らないって人、多いんですよ、若い人で。
うちの祖母の姉が被ばく者なんですよ。
亡くなっていて。
85歳になるというおばあちゃんは、私の身内が被ばくした話をしているうちに少しずつ心を開いてくださいました。
顔と名前を明かさない約束で原爆の話を聞かせてくれることになりました。
本当に近くで被ばくされてるじゃないですか。
15歳でした。
満員の乗客に埋もれていたため、爆風と熱線の直撃にさらされなかったのです。
電車の中から引きずり出されて一番最後じゃったんじゃろうと思うんじゃが。
そこで起きて連れて行かれるとき、周りは結構ヤケドの人たちとか?思い出したくないっていうか。
あの生き地獄を毎日毎日思い出しよったらここが狂うわ。
おばあちゃんの表情がこわばりました。
見れないです。
何も何も、ありがとう。
ありがとうございました。
最初は少しおっかなかったんですけど、ユーモアあふれる、素敵なおばあちゃんでした。
半径500m以内、そこには2万1000人ほどがいたとされますが、遺骨も残らなかった人が多いため実態はつかめていません。
あの日、爆心地で何が起きていたのか。
残された記録は少ないのですが、もっと知りたくて、取材を続けました。
当日の爆心地を表した貴重な絵です。
これを描いた女性は、原爆炸裂の数時間後、ここを通りかかりましたヤケドを負った人々、その周りで何が起きていたのでしょう。
作者に伺いました。
路面電車の架線が切れ、火花が散り爆心地の火災をさらに激しくしたそうです。
国立近代美術館の倉庫。
ここに厳重に管理されているフィルムがある。
原爆投下の2カ月後に日本人カメラマンが撮影した、広島の記録。
映像は、いくたびとなく公開されてきたが、ご覧の画質。
決して鮮明とは言えなかった。
今回、私たちは従来の16倍の解像度である4Kで映像化した。
何かこれ、枠組みですね、これ。
鮮明になったことで、幾つもの発見があった。
従来の画質で見る広島の焼け野原。
4K映像では、瓦礫の様子が見てとれる。
この映像、今までの画質では無人の瓦礫の街。
だが、4Kで見ると…バラック辺りから人が出てくるのがわかる。
4K映像は、被ばく者が受けた傷やそのうつろな表情さえも浮き彫りにする。
今まで、この治療室の右側には4人が見えていたが…実は一番手前にもう1人、着物の女性がいた。
さらに、奥にいる女性がカメラを見やる不安げな表情も見てとれる。
爆心地の現実を、より詳しく知るために私はある場所に向かいました。
こんにちは。
広島大学の鎌田七男先生です。
原爆放射線医科学研究所で鎌田先生たちは長年にわたり、至近距離の被ばく者を調査してきました。
インタビューしたテープがですね…、確証が得られた人もこの中にあるわけですね。
ここには、爆心の町で命をつないだ人たちの肉声がおさめられています。
そこにいた人だけが語れる生々しい証言。
これまで、ほとんど公開されてきませんでした。
どのテープからも、証言者たちがいかに爆心近くにいたかが伝わってきました。
78人、即死を免れた人のほとんどはコンクリートなど頑丈な建物の中や電車などの影にいた人でした。
テープには、その後の苦しみもたくさん語られています。
原爆の放射線は細胞の中にある染色体を傷つけそれが遺伝子の異常を引き起こします。
鎌田先生は、1万7000例を超える被ばく者の染色体を解析しました。
そして、放射線を多く浴びた人ほど何十年たっても、次々とガンを発症する可能性が高いことを突き止めたのです。
1人で3つのガンになった人は、もうこう…、数え…。
78人のうち66人が既に亡くなっていました。
私たちは、残る12人に取材を申し入れました。
しかし、思い出したくない、体調がすぐれないなど容易に会うことはかないませんでした。
その中で1人、取材を了承してくれた方を訪ねます。
その方は、380mという至近距離で被ばくしていました。
こんにちは、お話を聞かせていただきに来ました。
ちょっと待ってね、これから薬も飲まにゃいけんから。
高橋匡さん89歳。
大腸ガンを患い、心臓の病気を抱えています。
高橋さんが被ばくしたフコク生命ビル。
当時から頑丈なコンクリートづくりでした。
特に、地下の宿直室にいた高橋さんは、ヤケドひとつ負いませんでした。
高橋さんは動ける同僚を連れ、ビルを出ました。
そのとき、見たこともないものを目の当たりにしたそうです。
炎の竜巻でした。
ビルをバーッと覆ったということですか?それは、火災旋風と呼ばれる現象だった。
ここに実験映像がある。
複数の火災があり、そこに風が加わると炎がまとまって、巨大な渦を巻き上げる。
これが火災旋風だ。
関東大震災ではこの火災旋風によりおよそ3万8000人が命を落としたとされる。
原爆直後、爆心地周辺では強烈な熱線による発火のため至るところで火災が起きていた。
さらに、火災旋風の煙を吸うことで窒息死に至ることもある。
この火災旋風のために、せっかく熱線と爆風による即死を免れた命が幾つも失われました。
ここにもう1人、至近距離で被ばくした人が私たちの取材に応じてくれたのです。
高橋さんの同僚、徳清広子さんです徳清さんもフコク生命ビルで被ばくしています。
同じビルで助かった2人。
あのときは眺める気にもなれなかった爆心地の風景。
70年を経て、改めて見ることになりました。
今回4K化した、あの映像です。
あっこ、フコクビル。
丸窓があるでしょ、4カ所。
あれがフコクビル。
すごいですね、残ってる。
大変ですよね、ヤケドというのは。
痛かったでしょうね。
およそ14万人がその年のうちに亡くなりました。
そして、生き残った人たちには放射線との終わりのない闘いが始まったのです。
その中で生き残るって、本当にすごいことですよね。
お会いしたどなたからも、強さを感じずにはいられませんでした。
生き残った方は生きたかった人の思いも背負っているのかもしれません。
取材は、被ばく者の方たちの心の傷をまた掘り起こしかねないですので、こうした取材に応じてくださるというだけで本当にありがたいなと思いますし、あとこうした証言というのはこれからますます貴重になっていくでしょうね。
本当に貴重調だと思いますね。
綾瀬さんは今回の取材で何が一番印象に残っていますか?今回感じたのは、皆さん、爆心地の近くで奇跡的に生き残ったご自身の命を自分だけの命じゃないんだって思っていらっしゃって。
とっても強く生きようとされているんだなということを感じました。
岸井さんはどう感じましたか?貴重な映像と証言なんですよね。
とにかく核爆発というものの破壊力のすさまじさ、残酷さ、そして何といっても放射線の影響なんかを考えると本当に非人道的な兵器だなと改めてわかりますよね。
それともう1つは、ああいう過酷な運命の中で生き残った人たちが思い出したくもない記憶であるけれども、伝えなきゃならないという使命感の強さを感じましたね。
そして、4K化された映像にも驚きましたよね。
鮮明に見えたことによって、私、今回初めて原爆の瓦礫の大きさが人に比べるとものすごく大きいんだということを初めて知って、その破壊力のすさまじさに改めて衝撃を受けたんですね。
本当ですね、あれじゃないとわからないですね。
こうしたテクノロジーによってあの日何が起きていたのかこれから新たにわかってくることも多いでしょうし、それが次の世代へ継承していく力にもなっていくのだと思いますね。
綾瀬さんは今、どの辺りにいるんでしょうか?お二人のいらっしゃる原爆ドームから2kmほど南の御幸橋近くです。
ここで降りてみようと思います。
続きましては、その御幸橋で撮影された2枚の写真をめぐる高校生たちと被ばく者の物語です。
そこは、あの日まで広島県産業奨励館と呼ばれていた。
かつての姿がCGでよみがえった。
原爆を落としたアメリカの爆撃機も描いている。
広島県立福山工業高校。
CGの教育に力を入れていた。
全国大会で優勝したこともある。
被ばくから70年の節目に生徒たちは、被ばく直後の広島を描き出そうとしていた。
今夜は広島の原爆ドームの前からここは爆心地から2kmほど離れた御幸橋です。
私が持っているこちらの写真は、この橋のたもとで写されたものです。
原爆が投下された直後に地上で撮影された写真ですね?はい、そうです。
今回、この写真が写された場所の様子がCGでよみがえりました。
あの日を残すために高校生の新たな試みをご覧ください。
戦後70年、広島の高校生としての取り組みがあった。
被ばく直後の広島をCG化。
その惨状を再現しようというものだった。
元になる写真は、地元の新聞社が原爆が落とされたその日に撮影した貴重な写真。
原爆投下から、わずか3時間後、爆心地から2kmほどの御幸橋のたもとだ。
セーラー服の後ろ姿がある。
河内光子さん、83歳になった。
写真に写っていたセーラー服の女性、河内さんに話を聞くことから始まった。
70年前の記憶に基づき、白黒の写真に色や動きを加えるためだ。
あの日は学徒動員で貯金支局に来ていたと言う。
13歳だった。
さまよい、たどり着いたのが御幸橋だった。
このとき、赤ちゃんを抱えた女性を目にしている。
むごかったですね…。
写真には今も健在な人が、ほかにも写っている。
坪井直さん90歳。
大ヤケドを負い、御幸橋に座り込んでいた。
写真に写る人の中で、今も存命で名乗り出たのはこの2人だけだ。
河内さんは戦後、28年たってセーラー服の後ろ姿が自分だと明かした。
が、偏見を恐れ、証言は拒んできた。
そろそろ河内さんが写真に撮られた場所。
はい、あの辺です。
原爆を語り始めたのは、10年ほど前からのことだ。
夫を初め、身近な被ばく者に先立たれ語り継ぐ意欲が強まったと言う。
被ばく者の記憶を目に見える形で残す、それが生徒たちの目的だ。
まずは、被ばく前の街並みを再現することにした。
あの日の写真からは幾つかのことが読み取れる。
御幸橋の親柱から延びていた欄干がない。
爆風で倒れ、川に落ちたのか。
こちらの白っぽい建物は屋根や窓ガラスが壊れている。
原爆の衝撃は、2km離れていても甚大だった。
昔の街を再現する作業は困難を極めた。
何しろ復興した街は被ばく以前とは全く変わっていた。
写真の撮影地点だった御幸橋も、今は新しく架け替えられている。
幸い、戦前の写真から、かつての橋の姿を確認できた。
白っぽい建物については、詳しい記録が残っている。
これによると、あの建物は鉄筋コンクリートの派出所だった。
かくして被ばく前の街がよみがえった。
完成したCG。
御幸橋は欄干も含め、元の姿で描かれた。
橋のたもとには派出所が見える。
すべて資料や証言に基づいて再現した。
これをもとに、被ばく後の惨状を描き出すこととなる。
7月、河内さんが福山工業高校を訪れた。
ここで、制作途中のCGを見た河内さんから1つの指摘があった。
生徒たちはきのこ雲に覆われ暗い空を想像していた。
ここを見ると、葉っぱの影なんかも周りの家、建物が全部倒れてしまっているものとか。
今にも倒れそうな感じでしたか?破壊の度合い、炎や煙の感じまでも証言に忠実に修正していった。
しかし、戸惑いもあった。
人々のむごい姿をどこまで描くかだった。
被ばく者本人の思いを聞いた。
どこまでのことが今のこの生徒さんたちに許されると思います?悩んだ末に生徒たちは傷もヤケドも表現することを決めた。
背中がちょっと汚れているように見えますけど、あれは何ですか?靴を履いているように見えますけど、あれはどういう状態ですか?拾ったズックをかかとをつぶして履いていたと言う。
CG化されたあの日の河内さん。
母親手づくりのもんぺに、いとこからもらった三角襟のセーラー服。
背中には、血がにじんでいた。
河内さんのCGに動きも加えることになった。
あのときを思い返し動いてもらいコンピュータに取り込んでいく。
あの黒焦げの赤ちゃんを抱いた女性の動きも加えることになった。
起きてや、起きてや、起きてや、起きて!座り込んだ坪井さんのヤケドも描いた。
そして、高校生の手になるCGができ上がった。
原爆投下のわずか3時間後、御幸橋周辺は、爆心地から2kmも離れていながら瓦礫と煙で無残な光景となっている。
人物の中で、特に3人だけは細かくCG化した。
血まみれのセーラー服を着た河内さん。
どっちに逃げようか戸惑い、茫然と辺りを見回している。
熱線に焼かれた坪井さんは、半裸の状態だった。
この女性は、死んでいるであろう赤ん坊を必死に揺り起こし続けたと言う。
生徒たちが葛藤を乗り越え、再現した人々の姿だ。
貴重な証言をくれた2人とCGを見た。
自宅に戻った河内さんに思いを聞いた。
CG制作を通じて高校生が向き合った、あの日。
70年たった今、風化させないことの大切さを改めて胸に刻みたい。
時が経過するにつれて、継承するのが難しくなっていく中で、CGの制作を通じて、高校生たちが原爆と向き合っていくというのは非常に意義がある貴重な機会だったなと感じましたよね。
河内さんのお話を聞いて感受性の強い高校生たち、本当に葛藤を抱えるんですけれどもそれを乗り越えて追体験していく、ここに継承していくことの新しい可能性も感じました。
本当にそれを感じましたね。
特に高校生の新しい、しかし非常に有意義なすばらしい試みですよね。
いわゆる記録とか記憶の見える化、映像化ですが、これほど有効な手段はないんじゃないか、そこからいろいろなものを学んでいくということですね。
ただ、それについてはあれだけの証言があってなることですからこれをどうやって遺していけるかということが非常に大事になってきますね。
そして、今回、取材をさせていただいた被ばく者の方たちは多くのメッセージを遺してくれました。
原爆投下から70年、今年だからこそ伝えたい次世代へのメッセージです。
爆心の街で生き残った証言者たち。
未来に遺したい言葉を聞きました。
260mで被ばくし、今も骨髄の重い病気と闘う高蔵信子さん。
遺体の指から青い炎が出ていた様子が目に焼き付いています。
同じく260mで被ばくした光藤千代子さん。
あの日、どんなことでもするから命をくださいと祈りました。
爆心地の小学校で被ばくし、孤児となった友田典弘さん。
知人を頼って渡った韓国で朝鮮戦争に巻き込まれ、2度の戦争に苦しみました。
爆心地で大量の放射線にさらされた居森清子さん。
甲状腺ガン、大腸ガンなどを患いおととしには、危篤状態に陥っています。
そして、あのおばあちゃんは言います。
原爆ドーム前に被爆電車で市内を回っていました綾瀬さんも合流してくれました。
次世代へのメッセージ語ってくれた方々の思い、本当にしっかり引き継がなければと思いますけれども綾瀬さんは、どんなふうに感じましたか?今回はいつも以上に戦争は絶対にしちゃいけないよとか、平和への思いを強く訴えるような、そういう声が多かったようにも思います。
本当にそうですよね、岸井さん、今年っていうのは、近年まれに見るそういう平和への強い思いを感じるこの日でしたよね。
70年という大きな節目ということもあるかもしれませんがやっぱり国会での安保法制の審議が大きく影響しているんじゃないでしょうか、我々も毎日毎日、国会審議をお伝えするたびに戦争のこととか、平和のこととか考えざるを得ない、そういう問題提起、論議が多いですからね。
そういう中で戦争を体験された方とか被ばく者の方たちにとっては、まさかっていうね。
戦争がまた身近になってくるの、切迫してるのという危機感があるんじゃないかと思いますね。
さて、この後、ニュースとスポーツを挟みましてマレーシアで日本と北朝鮮の外相会談が1年ぶりに行われました。
会談で、岸田外務大臣は拉致被害者の再調査の結果の早期報告と被害者全員の帰国を求めましたが、北朝鮮側は、特別調査委員会が誠実に履行していると反論しました。
岸田外務大臣は会談後このように述べ会談の成果を強調した。
これに対し北朝鮮側は、リ・スヨン外相が、両国の合意の履行に向けて話し合ったとしたほか、外務省スポークスマンが拉致問題に関する話題は出なかったと話した。
日本政府は、キム・ジョンウン第一書記に近いとされるリ外相を通じ、拉致問題の進展を図りたい考えだが、双方の温度差が透けて見える結果となった。
ここからは「23TODAY」。
全国的に続く暑さ、東京では、観測史上初めて7日連続の猛暑日となりました。
高気圧に覆われた日本列島。
6日、最も暑かったのは群馬県館林市の39度、次いで、福島県梁川町の38.8度だった。
東京都心では午前11時前には35度を超え1875年に観測を始めて以来、最長となる7日連続の猛暑日となった。
また、沖縄の南に発生している台風13号は7日、石垣島に最も接近すると見られ注意が必要。
過激派組織イスラム国系の武装組織と見られるグループがクロアチア人男性の殺害予告ビデオを公開した。
映像では、エジプト政府が48時間以内に収監中のすべてのイスラム教徒の女性を釈放しなければ自分が殺害されるという内容のメモを男性が英語で読み上げている。
この男性は、フランス企業に勤めるクロアチア人で先月22日にエジプトの首都カイロ近郊で通勤中に拉致された。
新国立競技場について、コンパクトにするべきだと提言を続けてきた建築家の槇文彦さんが遠藤大臣と意見交換した。
槇さんは、災害やテロ予告などがあった場合、最大で8万人の観客を避難誘導するには周辺の道路などが狭く危険だと述べた。
特定の民族や人種などに対する憎悪の言葉を発し、差別をあおるヘイトスピーチ。
こうしたヘイトスピーチなどの人種差別を禁止し国や自治体が差別をなくすための施策をとることなどを盛り込んだ法案が審議入りした。
法案は民主・社民など野党が今年5月に共同で提出したもので罰則規定はないが、自民党の議員は、言論を萎縮させる危険性があるなどと慎重な姿勢も見せている。
今年もまた、熱い夏がやってきました。
高校野球100年の節目、全国3906校の頂点に立つのは、果たして。
開会式、選手宣誓は第1回優勝、京都二中の流れをくむ鳥羽のキャプテン・梅谷。
かつて早稲田実業の投手として甲子園のマウンドを踏んだ王貞治さんが始球式。
第1試合は、伝統校同士の一戦。
最多36度の出場を誇る北海は3回。
キャプテン・鎌仲が記念すべき大会第1号。
しかし、5回に10点を奪われるなど鹿児島実業の猛攻に無念の初戦敗退。
第2試合、甲子園通算勝利数トップの中京大中京はエース・上野が10奪三振の力投。
岐阜城北を下している。
第3試合に登場した上田西の2年生エース・草海は絶妙なコントロールを武器に宮崎日大を無四球完封。
甲子園初勝利を手にした。
プロ野球・広島カープのユニフォームにはPEACEの文字。
背中には、名前の変わりにHIROSHIMA。
そして、背番号は86番。
被ばく70年の記憶を次世代に継承する使命を果たすため、チーム全員が同じユニフォームを着用して試合に臨んだ。
3回までに4点を先行される苦しい展開も丸の平和への願いを込めた打球はレフトスタンドへ。
敗れはしたが、試合ができる喜び、試合を応援できる喜びを感じる一日となった。
世界陸上開幕まで、あと16日。
中国・北京で世界に挑む日本代表たちが集結しました。
今大会、男女合わせて44人。
22種目に出場する日本代表。
男子の主将は、短距離の藤光謙司。
女子は2大会連続でやり投げの海老原有希が務める。
16歳で世界陸上に挑むサニブラウン・ハキームは今から気合い十分。
世界最速18戦目で天気予報です。
現在、石垣島や宮古島が台風13号の強風域に入っています。
最も接近していくのは午後ですけれども、再び原爆ドーム前です。
綾瀬さんは被ばくされた方のお話を聞くようになってからもう10年も経ちますけれども今、何を感じますか?最初は祖母の姉の被ばく体験を聞くところから始まったんですけれど、やっぱりやっぱり多くの方があんな記憶は思い出したくないとか、その話には触れられたくないという方が多い中でそれを超えて、その重い記憶を話していただいているのでちゃんと聞いて、ちゃんと伝えていくことが大事だなということを改めて考えさせられました。
これからもずっと証言の聞き取りを続けてほしいなと思うんですよね。
というのも、今年被ばくされた方たちの平均年齢が初めて80歳を超えたんです。
証言される方たちもだんだん少なくなっていくわけですからますますそういう証言というのが貴重で重みを増してくるんだろうと思うんです。
ぜひ、よろしくお願いします。
綾瀬さんはこの番組に司会として参加されるんですね?はい、15日の夜です、ぜひご覧ください。
それにしても、核をめぐる状況というのがここ最近、残念な方向にちょっと変わってきているなと感じるんですよね。
人類の終末時計、今年に入ってから2分進みまして、残り時間、あと3分。
日々のニュースをお伝えしていてもそういった危機感、実感として感じることが増えてきましたよね。
こうやって原爆ドームの前に立つと改めてそのことを非常に強く感じるんですけれども。
核なき世界、そういうことを訴えていく上で一番説得力持っているのは日本なんですよね。
唯一の被ばく国であること、そして戦後、非核三原則を堅持して平和憲法のもとで平和国家をずっと歩んできている。
1回も戦争に参加していないんですよね。
そういう状況を日本の国民の1人として改めて肝に銘じたいなと思いますね。
次の世代にも、それを継承していかなければと本当に思いますよね。
非常に大事ですね。
綾瀬さん、今夜はどうもありがとうございました。
ではまた、明日の夜に。
まだお時間があるということですね。
70年の節目を迎えてここから先も伝えていくことの難しさも、またメディアとしても、責任を持ってね。
世代が大きく変わっていく、そして戦争体験者、被ばくされた方たちがどんどん少なくなるということはそれだけ継承していく、語り継いでいく人が少なくなっていきますから、それをどうやってメディアが役割を果たしていくか、大事なところだと思いますね。
今年の取材を通じて何かいいきっかけがあれば確実にちゃんと心と心で受け渡していうことができるなと、そんな感じも思いましたよね。
では、また明日の夜に。
2015/08/06(木) 22:54〜00:23
MBS毎日放送
NEWS23[字]【特別企画】ヒロシマ70年〜綾瀬はるかと広島から中継・30分拡大版
特別企画ヒロシマ70年 30分拡大・綾瀬はるか 岸井・膳場と広島から「被爆電車」から中継
詳細情報
番組内容
メインキャスター膳場貴子が最新のニュースをお届けします。
出演者
【アンカー】
岸井成格
【メインキャスター】
膳場貴子
【キャスター】
古谷有美(TBSアナウンサー)
蓮見孝之(TBSアナウンサー)
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