長野市の新幹線の高架下でおととい見つかった遺体。
6年前から行方がわからなくなっていた市内のスポーツインストラクター、寺澤龍太郎さん、当時19歳と確認された。
長野県警は寺澤さんを殺害した疑いでともに当時17歳だった長野市と須坂市の会社員の男2人を逮捕。
2人は2009年12月下旬、寺澤さんを刃物のようなもので数回刺して殺害した疑いが持たれている。
警察は寺澤さんの家族から行方不明の届けが出されたことを受けて交友関係などを中心に捜査。
おととい、2人の供述どおりに北陸新幹線の高架下の土の中から白骨化した遺体を発見し、歯型などから寺澤さんと確認した。
警察は今後の捜査に支障があるとして2人が容疑を認めているかどうかについて明らかにしていない。
寺澤さんと2人は遊び仲間だったとのことで警察はほかに共犯者がいる可能性もあると見て捜査本部を立ち上げて捜査を進めている。
原爆投下から70年。
非核三原則に全く触れませんでした。
どういうつもりなのでしょうか。
長崎への原爆投下をめぐる今日の特集で皆さんにも考えていただきたいと思います。
今日午前、福井県のJR北陸線で小学1年生の男の子と祖父の2人が、特急列車にはねられ死亡した。
祖父は線路内に入った孫を助けようとしてともにはねられたものと見られている。
今日午前10時頃、福井県坂井市のJR北陸線で子どもと大人の2人が名古屋−金沢の特急「しらさぎ1号」にはねられた。
2人は近くに住む小学1年生の祖父で福井県勝山市の無職、西浦英俊さん66歳で全身を強く打ち、死亡した。
警察によると、運転士が線路内に入ってきたりょう太君に西浦さんが覆い被さる姿を見つけ急ブレーキをかけたが、間に合わなかったとのこと。
西浦さんが事故の2時間前から娘の家に訪れていて、孫のりょう太君を助けようとしてともに、はねられたものと見られている。
3年前に行方不明となった島根県松江市の飲食店従業員の女性の車が市内の川で見つかった。
引き揚げられた車の中から、白骨化した遺体の一部が見つかり警察は、この女性の可能性があると見て詳しく調べている。
行方不明となっているのは、松江市の柏木佐知子さん当時26歳。
柏木さんは2012年9月、勤務先の飲食店を出て車で客を送った後、行方不明となった。
警察は車のナンバーや車種を公開し、捜査する中で今月4日、勤務先の飲食店からおよそ3km離れた大橋川の川岸から40mほどのところに車が沈んでいるのが見つかり、今日、引き揚げて調べたところ、車種やナンバープレートが柏木さんの車と一致、車内から白骨化した遺体の一部が見つかった。
警察は、遺体は柏木さんの可能性があると見て身元の確認を進めることにしている。
東京・板橋区の住宅で高齢の3人の姉妹が死亡しているのが見つかった。
警視庁は熱中症と見て詳しく調べている。
今日午前10時過ぎ、板橋区の住宅で、この家に住む90歳の蔵津直子さんと86歳の湯浅登喜さん、82歳の坂本登茂さんの3人が倒れているのが見つかり、その後、死亡が確認された。
3人は姉妹で、夫が亡くなるなどした後、同居していて、それぞれ1階の寝室とリビングで倒れていたとのこと。
居間にはエアコンがあったが、使用していなかったと見られている。
警視庁が調べたところ、3人は死後3〜4日たっていて、目立った外傷はないとのこと。
東京では昨日まで8日連続35度以上の猛暑日が続いていたことなどから警視庁は3人が熱中症で死亡したと見て詳しく調べている。
続いて水泳の世界選手権。
女子200m平泳ぎ決勝で渡部香生子が選手が金メダルに輝いた。
200m個人メドレーの銀に続き2つ目のメダルを狙う18歳の渡部。
2位で折り返したラスト50mから脅威の泳ぎを見せる。
世界記録保持者のペデルセンを残り25mでとらえると、磨き上げてきたという後半の持久力で一気に前に出る。
想像どおりのレースができたと最後はほかを寄せつけない逆転劇を演じた渡部が見事、金メダル獲得。
これでリオオリンピック代表に内定した渡部。
笑顔の18歳への期待はますます膨らみそう。
戦後70年の今年、来週発表される総理大臣談話が注目されている。
自民党内から歴史への謙虚さが大事だという声が、また公明党から、国際社会に伝わる談話が求められている。
戦後70年の節目に公開された映画「日本のいちばん長い日」。
戦争終結に向けた当時の指導者らの決断を描いた作品。
先月下旬、国会近くでこの作品の試写会が映画議員連盟主催で行われていた。
戦争を知らない国会議員がほとんどとなる中、戦後70年をどう受け止めるのか。
日本の歴史認識を示すものとして注目される総理談話について、安倍総理は歴代内閣の立場を全体として引き継ぐと述べているが、過去の談話にあった「お詫び」などをそのまま明記することは否定的。
これに対し、連立のパートナー、公明党は中国、韓国、欧米も含め国際社会に趣旨が伝わらなければならないとしているが、公明党の支持層からはこんな声も。
安倍総理は昨日夜、公明党の山口代表らと会談。
来週14日の閣議決定を控え、談話の内容を説明、意見交換した。
英語への翻訳作業などの準備もある中、表現を詰めたと見られるが、未来志向とともに歴史を直視する姿勢を示せるのか、世界が注視している。
夏休みを海外で過ごす人たちの出国ラッシュがピークを迎えている。
今日、海外へ旅行する人は成田空港で5万人、羽田空港で2万1000人と合わせておよそ7万人を超える見込みでお盆期間のピークを迎えている。
今年はハワイ・グアムなどのリゾート路線が人気でお盆期間の出国者の合計は去年より増えて63万3000人と見込まれている。
帰国の混雑のピークは8月16日の見込み。
大型で強い台風13号が今朝、台湾東部に上陸した。
記者がレポートしようとするが、強い風で立っていられない。
AP通信によると、これまでに海で高波にのまれた親子や飛んできた看板に直撃された男性ら6人が死亡、4人が行方不明となっているほか、100人以上が負傷した。
また300万戸以上が停電し空の便では欠航が相次ぐなど、影響が出ている。
台風13号は現在、西に進んでいて今夜、中国の南部に再び上陸する見込み。
2020年東京オリンピックの追加種目選考に向けた最終ヒアリングが行われ空手やローラースポーツなど、8つの団体は競技会場やチケット収入、必要経費の見通しなど大会組織委員会からの質問に答える形で競技の魅力を猛アピールした。
組織委員会は来月28日の理事会で追加種目を決定する。
中国税関総署によると、中国の7月の貿易総額は日本円でおよそ43兆1200億円となり、前の年の同じ時期と比べ8.2%減少し、5カ月連続で去年の数字を下回った。
労働者の賃金が上昇し加工貿易品の国際競争力が落ちたことに加え、景気の減速で国内消費が落ち込んだことが主な要因。
世界経済を引っ張ってきた中国経済の減速傾向が特集です。
集団的自衛権行使の例として政府は日本人を乗せたアメリカ軍艦船を防護する事例をたびたび挙げています。
「報道特集」ではこうした事例に、国会で答弁するために政府が作成した想定問答集を入手しました。
そこには何が書かれているのでしょうか。
安保関連法案に関する国会審議。
今週はこの人物の謝罪から始まった。
私のこの発言を取り消すとともに関係者の皆様に、心よりお詫びを申し上げます。
先月、安保関連法案をめぐり法的安定性は関係ないと発言した礒崎氏。
総理補佐官が国会に参考人として呼ばれるのは初めてのこと。
辞任を迫る民主党に対し、安倍総理は礒崎氏を総理補佐官として続投させると明言した。
審議では核兵器の輸送に関する話が焦点となった。
一連の安保関連法案では戦争している他国の軍隊に対し、協力支援として自衛隊が武器や弾薬を輸送できるようになる。
中谷防衛大臣は自衛隊が核兵器を輸送することについて、法律の条文上では排除していないと述べた。
その上で、非核三原則や条約があり輸送は想定していないと繰り返した。
この核兵器の輸送について民主党は昨日、改めて安倍総理を追及した。
私たちが今、国会で議論しているのは法律ですよ。
この法律は5年、10年、20年、30年、将来の日本の国を左右するんですよ。
今の政権が政策判断で核兵器は輸送しません、そんな答弁じゃ全く安心も納得もできるはずないじゃないですか。
私は総理大臣としてあり得ないと言ってるんですから間違いありませんよ、それは。
ありえないことをやろうとしているから国民は不安に思ってるんじゃないですか。
これは去年7月1日、憲法解釈を変えた閣議決定の決裁文書。
情報公開法に基づいて開示されたもの。
一番上には内閣総理大臣、安倍の印が押されている。
そして、内閣官房長官、菅、さらに内閣官房副長官3人の印が並ぶ。
中には印鑑の代わりに古来使われている花押と呼ばれる署名も記されている。
あの礒崎総理補佐官も花押を使用している。
1年前のこの閣議決定によって、集団的自衛権行使に道が開かれていく。
安倍総理は閣議決定後の会見で集団的自衛権の行使が必要な1つの事例を挙げた。
例えば海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を同盟国であり、能力を有する米国が救助輸送しているとき、日本近海において、攻撃を受けるかもしれない。
我が国自身への攻撃ではありません。
しかし、それでも日本人の命を守るため自衛隊が米国の船を守る、それをできるようにするのが今回の閣議決定です。
日本人を乗せたアメリカの輸送艦の防護。
これは自民・公明両党による与党協議で示された15の事例の中の1つ。
この15の事例とは、武力攻撃に至らないいわゆるグレーゾーン事態への対処である3つの事例のほか、PKOでの武器使用など、国際協力に関する4つの事例。
そして総理が説明した日本人を乗せた米輸送艦の防護など、武力の行使に当たり得る活動である8つの事例。
これは政府が作成した15の事例についての想定問答集。
国会の審議などで想定される質問と回答例が詳細に書かれている。
担当した部署と見られる防、外、PKO事務局などの記述もある。
1つの事例について4問から6問の問いが想定されそれぞれに、幾つかの回答例が記されている。
中には、しつこく追及がある場合として、追及が長引いた場面を想定した回答例も用意されている。
そして頻繁に登場するのが、「いずれにせよ」で始まる回答例。
また、事例8の邦人輸送中の米輸送艦の防護については6つの質問に加えて、さらなる質問さら問いが想定されるなど、念入りな内容。
この邦人輸送中の米輸送艦の防護は自民党が作成したPRアニメにも登場する。
外務省の国際情報局長だった孫崎亨氏は有事の際の日本人の輸送についてこう指摘する。
アメリカ国務省は自分のサイトで、米国人が危機にどのように対応したらいいかというものを書いていますけれども。
これがアメリカ国務省のホームページ。
避難する場合にはアメリカ軍を頼ることはできないのかとの質問に、こう答えている。
アメリカ軍のヘリコプターや軍の防護のもとでの避難を期待しても、それはハリウッド映画での話で現実的ではありません。
事実、東日本大震災の際にアメリカ政府は、軍用機は使わず、民間機をチャーターし自国民を日本から避難させている。
また、今週国会では弾道ミサイル発射警戒時の米艦の防護に関してイージス艦などが日本の防護を必要とするような単独行動をすることはないなど、根拠に欠けるとの指摘があった。
この事例については、想定問答集の中にこんな記述がある。
一方、法案への反対の声は与党・公明党の支持層にも広がり始めている。
ほら、広島から。
先週木曜日、安保関連法案の撤回を求める署名活動がインターネット上で始まった。
1週間で77人の署名が集まった。
呼びかけたのは、白紙撤回を求めるひとりの学会員。
公明党を支持する創価学会の会員。
この人物が、「報道特集」の取材に応じた愛知県安城市に住む天野達志さん。
父親の代から続く創価学会員。
それでこんなことになって、これはちょっと嫌だなということで、こちらのポスターに貼り替えました。
これが最初、ツイッターやりましたら、すごい反響がありまして。
天野さんは毎日朝と夕方、仏前での読経を欠かさない。
平和を祈念することは、創価学会員の基本だと言う。
天野さんはインターネット上で同じ考えの創価学会員たちと出会い署名活動を行うことを決意した。
僕ら池田先生の指導を実践していると思っていますからその池田先生がどういう指導をされているかもう一度本を読み返したりとかしながら。
天野さんが記した呼びかけ文にはこうある。
一方で、署名活動では神経を使う場面もある。
創価学会の会合では直接の呼びかけは避けインターネットと個人的な接触に限っている。
宛先は公明党の山口代表。
参議院での審議が続いている間にできるだけ署名を集め、直接手渡したいとしている。
本来でしたら私たち、支持者に安心を与えて勇気を与えるのが政治家の役割といいますか、上に立つ人の役割、代表の役割だと思うんですよね。
一方、山口代表は安保関連法案の意味と党の果たす役割について、こう話している。
先週金曜日、安保関連法案に反対する人たちの集会。
中心で声を上げていた大学生の周りにさらに若い少年たちがいた。
彼らの多くは高校生。
先月、インターネットのSNS上にT−nsSOWLというグループをつくり、安保関連法案への反対活動を始めたと言う。
何が彼らを動かしたのか。
やっぱり今回の安保法制のことは自分が本当に当事者として関係してくることなので。
日曜、デモやります。
よろしかったらチラシどうぞ。
この2日後、東京・渋谷で高校生主導のデモを行うと言う。
自分たちが中心になってするの初めてなのでまだ手取り足取りで、すごい不慣れなことばっかなんですけど、めちゃめちゃ頑張ってるんで、ぜひ来てください。
デモ当日、主催者の1人、あいねさんに話を聞いた。
普段は高校でサッカー部のマネージャーを務めている。
国会前に人が集まるにつれて制服姿の子も増えてるんですよ。
何かこれ、一回全部集めたらすごいことになるんじゃないのかなと思って。
午後4時、気温は30度を超える中高校生のデモ隊はスタートした。
多くの高校生にとって、初めてのデモ体験。
今すぐこの法案を廃案にして、今すぐこの法案を廃案にしてください。
これが俺らここにいる全員の思いです。
私の記者生活の中でもこれだけまとまった数の高校生が政治的なスローガンのデモにこれだけ加わっているのを見るのは初めてですけれども。
デモ隊は渋谷駅前のスクランブル交差点を抜け、原宿へと進んだ。
主催者の発表によると、およそ5000人が参加したと言う。
先ほど友人同士で、政治やばくない?と話し合うんですという高校生の言葉がありましたけど、私が彼女ぐらいの年のときは考えたことも正直なかったですけどね。
それだけ今の子たちにとって、とても切迫していて身近な問題であるということなんでしょうね。
高校生のデモ、僕はある意味で画期的だと思ってるんですよ。
大学生のSEALDsに比べても、コールって呼びかけがテンポ速いんですよ。
それでリズミカルでね、とりま、廃案、それな、それなと言っているの、何言ってるのかわからない。
「とりま」というのは高校生言葉で、「とりあえず、まあ」。
言葉がある意味で生き生きしていて新鮮で、参加してた高校生に聞いたらSNSで知って1人で。
僕が聞いたのは山梨とか北海道とか長野から来ていた子どもたちだったですけれども、それに対して利己的だとか、就活に響くとか脅しをかけるような意図した大人の言葉を聞くと、僕はみっともない、恥ずかしいなと思いますね。
私は高校生の子の感覚にはついていけないところもあるんですけれども、じゃ、一方で大人たち、政治家たちの言葉はどうかというと、想定問答集、きっちりとつくって答えに窮すると、いずれにせよで言い抜けろとかね、あと安倍総理の総理大臣としてあり得ないと言っているんだから間違いないといった発言も相当僕は乱暴だと思ってね。
例えば社長が、私社長が言うことなんだから間違いないんだと言ったら、一般常識的に言うと、その会社は相当ワンマン会社ですよね。
総理はたびたび丁寧な説明をして理解を深めたいと言っているんですけど参議院でも、どうも議論はかみ合っていないですし、時間だけが消費されていくという感じがしますけどね。
人類史上2発目の原子爆弾が長崎に投下されて明日で70年を迎えます。
核兵器の悲劇をどのような形で次世代に伝えていくのか。
長崎市が調査に乗り出しました。
アメリカに保管されている原爆の被災写真の掘り起こしです。
これまでに見つかったのは2000枚以上。
この裏にどんな真実が隠されているのでしょうか。
トップシークレット。
かつてアメリカ政府が最高機密としていた原子爆弾ファットマンの写真。
長崎への投下準備が整った爆弾には、「裕仁へのセカンドキス」と書かれている。
1945年8月9日、長崎は一発の爆弾によって破壊し尽くされた。
その年だけで7万3000人を超える命を奪った核兵器。
その威力を調べるため、70年前、アメリカは実に多くの写真を長崎で撮影している。
それらの写真が保管されているアメリカ国立公文書館。
長崎市は眠っている記録を掘り起こすため、原爆の被災写真に詳しい被ばく者の深堀好敏さんを派遣。
おととしから調査を始めた。
膨大な量の写真を一枚一枚丁寧に調べ被ばく後の長崎で撮影されたことを特定していく。
調査が始まって3年、これまでに2000枚以上が長崎原爆に関する写真と特定された。
貴重な写真の裏には、どんな真実が刻まれているのか。
70年前の記録をもとに訪ね歩いた。
1945年9月24日、原爆投下から46日後、瓦礫の中に早くも建てられた小さなバラックがある。
調べてみると、今も物置小屋として住宅地の中に存在していることがわかった。
細い路地を進んだ先にある、その小屋。
隣にある家を訪ねると、70年前、小屋に住んでいた人がいた。
96歳の久保ソヨさん。
ちょっとここは、少しここのあいまをつないでいました。
小屋は亡くなった夫が被ばく直後に建てたものだと言う。
夫、由松さんは38歳のとき被ばく原爆で当時の妻や息子、両親の家族6人が爆死した。
小屋は自宅の焼け跡に、生きていくために建てたもの。
終戦から半年後、再婚したソヨさんに由松さんは家族を奪われた心情を語った。
ソヨさんは戦後10年以上もの間、由松さんが建てた小屋で暮らした。
中には70年前に使われた廃材がそのままの形で残っている。
当時は拾ってきた畳を敷き、雨漏りとすきま風に耐えながら過ごす厳しい生活だったと言う。
戦争だけは絶対したらあかんて。
今回の調査で長崎市が新たに入手した写真には、被ばく者の姿が数多く写っている。
瓦礫の街で撮られたこの一枚。
アメリカで発掘された写真。
その中には被ばくした人々の姿が数多く写っている。
これらの写真を撮影したのは終戦後、占領政策のため長崎に進駐したアメリカ海兵隊第二師団。
被ばく直後の人々の生活風景をとらえた写真がまとまって出てくるのは珍しいと言う。
多くの人が列をなすこの一枚は爆心地そばにいち早く建った配給所。
焼け出された人の多くはこうしてトタンを拾って回り廃材でバラックを建てた。
赤くさびたトタン屋根から、当時は赤がね御殿と呼ばれていた。
この時代では珍しい、鮮明なカラー写真もある。
今年の調査では、動画およそ30点も入手することができた。
包帯を巻いた少女の姿が映るこの映像はまだ詳細がわかっていない。
瓦礫の街で撮影された人たちは、どんな戦後を送ったのか。
消息を追った。
焼け跡で煮炊きをする女性と幼い女の子の姿をとらえた写真がある。
ここはどこで、女の子は誰なのか。
私たちは、深堀さんが会長を務める市民グループの協力を得て写真を分析し、撮影場所を探した。
写真はやや見下ろした角度が撮影されている。
手がかりは、背景に写っているガスタンクと隣にある建物の煙突。
この2つが右側に写り込む場所を推定すると爆心地より北側になる。
北側で撮影された複数の写真と見比べていくと同じ背景が写っている1枚が見つかった。
この写真は、魚雷などをつくっていた兵器工場を撮影したもの。
女の子が写った写真も同じ工場の近くで撮影されていたということになる。
工場があったのは、爆心地から北へ1.7km離れた家野町という住宅街。
見下ろせるポイントがあるのか。
市民グループのメンバーと捜し歩いた。
私たちは、その場所を70年前の地図で確認した。
すると、住んでいた人たちの名前がわかった。
竹田家とある。
当時のことを覚えている人は少なかったが、取材の結果、写真の少女は長崎市内の別の場所で暮らしていることがわかった。
今年5月、彼女に会うことができた内田千恵子さん、撮影されたのは6歳のときだった。
どこかに生きておられれば、会いたいねと思って、ずーっと捜しよったとさ。
内田さんは原爆で自宅が全壊。
近所に出かけていて、ケガはなかったが祖父や姉が犠牲となった。
一緒に写っているのは、祖母、ミヤさん。
この頃は、写真左下のバラックに母親らと暮らしていたと言う。
写真を見て内田さんは、70年前、撮られたときの記憶がよみがえった。
崖の上に現れた数人のアメリカ兵、銃を持っていた。
そのとき、祖母、ミヤさんは…私がずっと泣いとったんで、もうお前は泣くなとおばあちゃんから怒られたんですけどね。
しばらくして、ひょっと私が上を見たらいなかったんですよ。
それでおばあちゃん、今いないから逃げようって言って。
一緒に写っていた祖母、ミヤさん。
爆死した夫に代わり、野菜を売り歩いて家族の生活を支えた。
二度とこういうことは、ホント、もう願いますよ、二度と繰り返してほしくない。
やせ細り、胸にヤケドを負ったこの男性。
そばには女性の姿もある。
手がかりが裏書きにあった。
佐賀陸軍病院、長崎から被ばく者が300人も搬送されたことがわかっている。
患者の多くは長崎市内を見下ろす山の頂上で被ばくした兵士。
彼らは戦時中、敵機を撃ち落とすため、山頂に配備された高射砲の射撃部隊に所属していた。
写真に写っている男性も、そこで被ばくしたのか。
陸軍病院の関係者はほとんど亡くなっていたが、佐賀県に1人、当時のことを知る女性がいた。
永原フミエさん90歳。
佐賀陸軍病院で被ばくした兵士らの手当てに奔走した元従軍看護婦。
被ばく者が運ばれた病院は廊下までヤケドを負った重傷患者であふれていた。
手当てをする医師もなすすべがなかったと言う。
8月9日、上半身裸になり射撃演習を行っていた兵士たち。
頭上で炸裂した原子爆弾で皆、大ヤケドを負った。
写真の患者に見覚えはないか、永原さんに確認してもらった。
佐賀の病院でこれを。
男性の名は堤崇さん。
高射砲陣地で被ばくした元陸軍兵で付き添っていたのは妻、勝美さんだと言う。
運び込まれた当時は、胸や背中が焼けただれていた上、写っていない左耳を吹き飛ばされ、瀕死の状態だった。
堤さんが住んでいたのは佐賀県小城市。
同じ場所に家があった。
堤さんの長男、敏昭さんに写真を見てもらった。
堤さんは12年前に亡くなっていた。
敏昭さんが初めて見る被ばく直後の父の姿。
もう忘れろという感じで言葉を濁すといいますか。
戦後は病院の事務をしていた堤さん。
吹き飛ばされた左耳の傷跡は、伸ばした髪の毛で隠していた。
生前、一度だけ原爆のことを口にしない理由を語っている。
心の痛みといいますか、周りにたくさんの人が死んどったぞといって、お前、現実、わかるか。
現にそれを目の前に見て体験した人間じゃないとわからんて。
息子、敏昭さんは父が被ばくした際の状況について、私たちの取材によって初めて知ったと言う。
ちょっと父も、こういう苦しみを味わったものですから、私たちに、このことを味わわせたくないという思いじゃなかったろうかと。
父が話さなかったというのは、やはりそういう思いがあったからこそじゃないだろうかということでこの写真に写ってるようなことを教えていただいたというのが皆様に本当に感謝申し上げます。
被ばくしたことを隠し生きている人は今もいる。
そして70年前のことを語らない被ばく者も少なくない。
顔から上半身にかけ、ひどいヤケドを負っているこの男性。
ベッドの名札には「岩永伊八郎」と書かれていた。
調べると、昭和30年代に発刊された被ばく体験の証言集に岩永さん自身の手記が残されていた。
その日は会社の防空壕掘りに当たり、35人を指揮していたのです。
11時2分、ピカドンでその場に伏せましたが、足から頭に生ぬるい風が通り過ぎました。
岩永組長さん、やられましたかとみんなが集まってきました。
その人たちの顔を見ると、青竹の中にあるあの薄い紙のような皮が顔の端にピラピラしております。
私の顔もピラピラするようなので、戦後、同じ長屋に暮らしていたという男性が見つかった。
顔にケロイドがあり、家で療養している姿をよく見かけたと言う。
男性の情報をもとに、神奈川県相模原市に岩永さんの次男を捜し出すことができた。
幼い頃、被ばくした父を看病していたという岩永義竹さん。
この写真見ると、確かに思い出すな伊八郎さんは兵器工場で被ばく。
全身に大ヤケドを負い戦後は入退院の日々を送っていたことがわかった。
被ばく前の岩永さんは工場に勤め、子どもや妻を養っていた。
しかし、原爆で働けない体となり、家族の生活は一変。
ケロイドの手術を繰り返し、妻や子どもたちが働きに出た。
そんな姿を見て、伊八郎さんは、こうつぶやいたと言う。
自分でも全然わからないと、こういう世の中どうなっているのかということを何かちょろっと言ってましたね。
戦後苦しい生活が続き、被ばく後の写真さえ残っていない岩永さん。
手記は、家族への思い、そして、これからを生きる人たちの願いで締めくくられている。
子どもや妻、一家全員がみじめな暮らしをしております。
世界各国の方々に、どうか原爆や水爆をこの世からなくしてくださるようくれぐれもお願いいたします、戦争になったらおしまいです。
私たちがなめてきた、また現在なめつつある苦しみを皆さん方は決して繰り返さぬよう、私の願いです。
取材に当たりました、NBC長崎放送の岩本記者です。
VTR見てみましても、写真をもとにお一人お一人のお宅に伺う姿、印象的でしたけれども、取材期間はどのくらいだったのでしょうか?取材は去年の秋、始まりました。
私は長崎で生まれ育ったんですけれども、これまで原爆の写真をじっくり見る機会がありませんでした。
人を捜そうと思っても、それがどこで撮られたものかわからなかったので原爆の写真を調査されている市民グループの方々に協力していただきまして、撮影場所がわかった写真から順に現場へ行って被ばく者の方々を捜してみたんです。
ですが、ほとんど当時のことを知っている方というのがもうお亡くなりになっていらっしゃっていたり戦後に生まれた方に写真を見せても、これは長崎の写真なんですか?と問い返されてしまったりと、70年という時の流れをそういう形で感じました。
写真の掘り起こしと同時に、写真に写っている人のその後ですよね、被ばく者たちのその後の人生を知るというのは、これは限界があるかもしれまけんけれども、それも重要ですよね。
今回7人の方を特定して取材させていただいたんですけれども、本当に写真一枚一枚に、その方々が被ばくで経験された苦しみというのが刻まれていて、写真が持つ力の大きさというものを改めて感じました。
今、まだ被ばく者の方が生きていらっしゃる時代なのできちんと背景まで調べて残していくことが大切なのかなと感じます。
実は私、今年の4月に長崎に落とされた原爆の核実験場、アメリカのロスアラモス近郊にあるんですが、そこへ行ってきたんですが、今年70周年ということで、そこに核実験場に長崎原爆の模型が展示されてて、そこの前にものすごくたくさんのアメリカ市民が集まって、ピースサインで記念撮影している。
長崎の人が見たら、本当に心が痛むと思うんですがこの落差をどういうふうに埋めるかというのが、僕は本当の意味での核廃絶なんじゃないかなと思いました。
ご苦労さまでした。
来週は終戦の日です。
「報道特集」は戦争について考えます。
忘れられようとしている70年前の悲劇。
一夜にして10万人の命が奪われた東京。
そしてドイツ、中国、アメリカから加害と被害の問題を見つめる。
ぜひ、ご覧ください。
この後はスポーツ、林さんです。
高校野球、早稲田実業のスーパー1年生、清宮幸太郎選手が甲子園デビューです。
清宮幸太郎、怪物伝説誕生の瞬間を目撃しようとアルプススタンドは超満員。
早稲田実業のある国分寺からも、熱い声援が送られる。
1回、まず見る人を驚かせたのは早稲田実業のライト・玉川。
いきなりスーパープレーが飛び出す。
そのウラ、先制のチャンスで注目の3番・清宮。
しかし、ここはファーストフライに倒れる。
それでも5番・金子のタイムリースリーベースが飛び出し、先制する。
大応援団の熱い声援を背に7回、ランナーを2塁に置き清宮の第4打席。
ついに出た、甲子園発ヒットが初タイムリー。
清宮にタイムリーも生まれ、打撃力で今治西を上回った早稲田実業が初戦突破。
第2試合は春・夏連覇を狙う福井の敦賀気比が高知の明徳義塾と対戦した。
1点を追う8回、同点のチャンスに6番・松本。
センバツで2打席連続で満塁ホームランを放ったラッキーボーイが夏も勝負強さを発揮。
敦賀気比が追いつく。
3−3のまま迎えた延長10回、敦賀気比は3つのフォアボールで満塁とすると、篠原の打球は1・2塁間を抜け、サヨナラ勝ち。
世界陸上初出場、400mハードル代表の小西勇太が所属会社の壮行会に出席した。
今年6月、アジアのトップ選手が集まるアジア陸上で初優勝。
世界陸上代表の座をつかんだ。
小西は所属先の住友電工創部87年目にして初めての世界陸上出場。
会社の期待を一身に背負い、世界へ羽ばたく。
続いて、テニスです。
錦織選手、1カ月ぶりに大会に出場です。
シティオープン準々決勝に登場した錦織圭。
この日は世界最速263kmのサーブを誇るグロートに対し世界一と言われるリターンでペースを握る。
そして第2セット、驚異のフットワークとテクニックを見せつける。
相手の戦意を喪失させるようなスーパープレー。
ベスト4に進出した錦織。
次は去年の全米オープン決勝で敗れたチリッチに挑む。
来週の「報道特集」は終戦の日スペシャル。
放送時間を30分繰り上げて午後5時より放送いたします。
今回はどういった取材がなされたんでしょうか?中国で日本軍の空襲の被害者の取材をしたんですけれども、被害者の1人が家に招いてくれてそこで食べた四川料理が忘れられない。
僕はアメリカとドイツだったんですけど、2015/08/08(土) 17:30〜18:50
MBS毎日放送
報道特集[字]【安保法制の想定問答集を入手▽発掘された写真が語る原爆投下後の長崎】
あまたのニュースの中から、伝えるべき情報を厳選し、報道特集というフィルターを通して、責任をもって視聴者にお伝えします。
詳細情報
番組内容
【安保法制の想定問答集を入手】
安保関連法案に対する反対デモが全国に広がる中、去年、政府が作成した安保法制の想定問答集を報道特集は入手した。今の国会審議にどう反映されているのか。
【発掘された写真が語る原爆投下後の長崎】
70年前に原爆が投下された長崎。近年、長崎市の調査により、2000枚以上もの当時の写真が米国でみつかっている。写っている人は誰なのか。秘められた歴史をたどる。
出演者
【キャスター】
金平茂紀(TBSテレビ報道局)
日下部正樹(TBSテレビ報道局)
小林悠(TBSテレビアナウンサー)
林みなほ(TBSテレビアナウンサー)
公式ページ
■番組HP http://www.tbs.co.jp/houtoku/
■twitter
@tbs_houtoku
http://twitter.com/tbs_houtoku
■facebook
http://www.facebook.com/tbs.houtoku
おことわり
番組の内容と放送時間は、変更になる場合があります。
ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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