サワコの朝【萩本欽一▽74歳の大学1年生!】 2015.08.08


(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。
今日のゲストはなんと73?74歳で大学ピカピカ1年生になられたという。
あの…コネでもなんでもないんですよ。
本当に真剣に勉強をしたっていう。
コメディアンの萩本欽一さんです。
おはようございます!おはようございます。
1年生!はいそうです!あははっ!先生よろしくお願いします!いかがですか?学園生活は。
だから「楽しいです」って言ったらキザになるでしょ。
でも毎日通ってらっしゃるんですよね?だから大学はですね今のところ嫌なことはありません。
ほんとに?試験だって…。
あっ試験もありました。
あの〜試験はですね先生の言ってることがうまく対応できないもんですから違うところに書いたりしてそしたら隣のヤツがねトントントンってたたくの。
そこを書くんじゃないこっちだよって。
教えてくれるの?試験中に?そう。
(ナレーション)今日のゲストはテレビ界に旋風を巻き起こします。
(真屋)あ〜ん。
よしなさいよあんた。
よしなさいっていうの。
(真屋)あなたこっから食べたのね。
1976年代から80年代にかけて国民的な人気番組を次々と生み出した萩本さん。
(佐藤)いってみよう欽ちゃんバンド。
レッツゴー!
(小西)ワンツースリーフォー!
(「第三の男のテーマ」)1週間に出演した番組の合計視聴率から「視聴率100%男」と呼ばれました。
しかし人気絶頂の中突然すべてのレギュラー番組を降板。
世間を仰天させます。
その後64歳で社会人野球チーム…。
66歳のときには「24時間テレビ」で70キロマラソンを完走しました。
そして今年4月社会人特別入試枠で駒澤大学仏教学部に入学。
萩本さんの人生はあっと驚く挑戦の連続でした。
ああ〜。
あははっ!今日は年を重ねてなお輝きを増す萩本欽一さんにサワコが迫ります!もうね何度もいろんなとこで聞かれてらっしゃることではありますがその…なぜ70を過ぎて大学を受験しようと思われたのか。
あの〜簡単に言うと70でなんか挑戦しなきゃいけないと。
でいちばん今私の強敵は何かと思ったらボケだと。
ボケってなんか忘れていくっていうんでねじゃあ簡単だ。
数学でいうと足せばいいんだっていうんで。
そこの発想の転換ですよね。
(萩本)あそこ行ったらもうめちゃめちゃ…毎日ね足し算をやってくるもんですから。
でもそれが面倒くさくなるじゃないですか年をとると。
これがねですから今あの〜闘えてるっていうのはそのことでこれボケは私ならないんじゃないかっていう気がするっていうだけで。
そんな感じがしてきたんですか。
いけてるいけてるっていう。
蓄積されていくぞって。
でも気がつきました。
あの〜子供たちの3倍かかります。
明日やれっつったらもう無理ですね。
1週間あるっつっても無理ですよね。
2週間あったら互角に闘えます。
だいたいなんか大学中の人に「欽ちゃん」って呼ばれてるって…。
はい。
最初にお会いした先生が僕にいきなり「欽ちゃん」って。
先生が?そしたらね「あっいけね。
欽ちゃんはね俺の年上だしでも俺にしたら欽ちゃんなんだよね」「先生俺ね欽ちゃんに帰りたいと思ってるの」「ああそう!?学校じゃあ欽ちゃんにしよう。
決定!」って「欽ちゃん」になったの。
そしたら生徒もみんな「欽ちゃん」だったから。
みんな「欽ちゃん」になっちゃったの。
いちばんありがたいのは「欽ちゃん」に戻れたっていうのはありがたいことですよ。
ふ〜ん…。
さて2曲選んでいただいてると思いますけれども1曲目今でも記憶に残っている曲はなんですか?私はねチャップリンの…。
知ってます?「ティティーナ」。
あの〜「モダン・タイムス」の中に出てくる…。
その「ティティーナ」自体にどんな思い出がありますか?
(萩本)思い出ですか?ちょうどそのころってねええ…お貧乏ちゃんやってたの。
「お貧乏ちゃん」?貧乏っていうのは自分が自覚したときが貧乏なのね。
だから自分が貧乏してるっていうのを自覚してないんでですから一応「お」を付けてお貧乏してる頃。
そのときにたまたま電車賃がなかったの。
その映画を見てで帰りがね約50分ぐらいのとこがうちだったの。
それで映画見てからね帰ったわけ。
映画見ちゃったら電車賃なくなっちゃった?そしてでもねあそこのシーンが楽しかったなあそこおかしかったなあそこおかしかったなって思ってたら50分たったの。
うち着いたの。
ああ〜すごい!だってねこんなに…ほんとはつらくてくたびれるのにそのことを一つも思い出させないチャップリンっていう人はすごい人だ!ああ〜ああいうふうにいつまでも笑いがいつまでも語っていられるような笑いができたらいいなぁと思ってね。
あの今の「ティティーナ」のシーンのときにはチャップリンがちゃんと踊って歌ってなんか歌詞を覚えられないからって…。
それで適当にその〜訳の分かんない言葉で歌うという。
歌うんですよね。
もちろんチャップリンの影響もありますけれどもなんでコメディアンという職業を選ぼうと…。
お母さんね…お母さんがね玄関でねあの〜「ごめんなさいごめんなさい」って言うシーンを見たわけ。
でなんで謝ってるのか分かんなかったんだけどもいってみればお金払わないんで怒られてたんだね。
借金が…。
それがただ「ごめんなさい」って。
「すみませんすみません」って。
それがねこうやってゴツンゴツンってちょっと音がしたのよ。
そしたら涙が止まんなくてさ。
ああこれはね早くね10年で家の建つ仕事に就かなきゃいけないと。
それは「週刊明星」かな芸能人の新築の家っていうねなんかカラーページがあったの。
あっなるほど。
あっこんなうち建つんだと思ってこの仕事って決めて。
で映画スターっていうんで発車したんです。
映画スター?ええ。
その次の日ですか?すぐ鏡を見ましてみんな主演の人ね二重で目がぱっちりしてたの。
で主演でね目が垂れてるのがいなかったの。
いけないっつうんでそれで映画見てたら目の垂れてる役者さんがいたわけ。
それがコメディアンっていう。
あっ下がってる人は役者…大スターじゃなくてコメディアンになるのが手だと。
それでなるほどもしかしたらこっちでも家建つのかなと思って。
映画スターの中の目の垂れてるのがたまたまコメディアンだった。
人生の選択のしかたとして。
(夫)ごちそうさん。
(妻)はいありがとう。
結構残ったね。
(でんきやさん)よいしょ。
いっせーのよいしょ。
《冷蔵庫ってコンセント挿してから中が冷えるまで時間かかりますよね》《だから事前に了解を頂いたお客さまには前もって冷やしてお届けしてます》いや〜ホント冷えてるとすごい助かるよこれ。
《ほんの少しの時間でもお客さまに不便な思いをさせたくないなっていうのが一番の思いです》はよ済んでよかったわ。
ありがとうございます。
萩本さんはコント55号でコメディアンとしては頂点を極められるわけですからね。
蹴ったりなんか…。
(萩本)でしょ?どついたりいろいろかなりのことしてらっしゃいましたよね。
全部ね…オンエア後小学生の子供からお手紙もらいましたから。
「二郎さんをぶたないでくださいだからあんなにバカになっちゃったんです」って。
あははっ!あのねみんなに言っとくけどバカとボケとは違うんだから分けてね。
バカじゃないボケやってるの。
信じちゃうのね。
あんなにたたかれてるから。
なんかだって欽ちゃんはっていうか萩本さんは二郎さんと…坂上二郎さんと組むのは嫌だったそうですよね。
あのコメディアンだけね一緒に組んでやりたくなかったの。
あれだけはやりたくなかった?うん。
あの〜その理由は今だから言えるけど優れものだったんですよ。
であの優れものとやるとさ自分が悲しくなるから嫌だなと思っただけで。
じゃあやってる最中コンビを組んでからも嫌だなっていう気持ちもあったんですか?それはまったくありませんでした。
なかった?なんて気持ちのいい人だろう。
まるで文句を言わない人って。
ほう〜。
こんなに僕が年下なのになんにも文句を言わないで…。
だいぶ年下なんですね。
好きなように欽ちゃんやれ好きなようにやれって。
テレビ局の打ち合わせだと「僕が邪魔だから帰る」って帰るんですよ。
えっ!?全部僕にやらせたの。
だからどれだけ僕を信用してくれたか。
二郎さんは欽ちゃんが考えればよいって。
へえ〜。
僕がそんなとこにいたらいかんって絶対に近寄らないですよね。
なんだろう?でそのぐらい信じられたら二郎さんのために申し訳ないってなるじゃない。
それが頑張れたっていうか。
ああ〜。
じゃあコント55号は二人で考えてたというよりは本当に萩本さんが笑いをつくって…。
いやいやあの〜僕が考えたのはですからあの…マラソンって決めるのと僕がコーチで選手って。
じゃあ以上っていうんで。
そのあとはやりませんから。
えっ?それだけなんですか?立場とテーマだけ?例えば先生と生徒とか…。
そうです。
バスガイドさんと運転手さんとかいう関係が分かったらあとはもうほんとに自在に…。
ええですから二郎さんの顔を見ながら「あっ先生」って言ったら「先生?私は豆腐屋だよ」とか言ってこう…。
ええ〜!突然。
出てこないときとかないんですか?えっ?それはないですね。
むしろ出てこないのはこれを言ってくださいって2つ言われただけで出てこないですね。
あははっ!言わなきゃいけない…。
これいつ言えばいいんだいつ言えばいい?これ間違えるともうテレビ出してくれないと思うから。
あははっ!これでね練習したらコントじゃないですから。
そういうのはいらないの。
はあ〜!じゃあお稽古もしないんですか?稽古はしませんよ。
あははっ!
(スタッフ)あははっ!全然しないんですか?しないですよ。
シェ〜!えっ?ですからテレビ局はいつも「えっ?」って言いましたね。
ええあの〜とりあえずって打ち合わせでね「何やるんでしょうか?」って。
「何やるんですかって今ないですから」「どうしたらいいでしょうか?」って言うから「袖に好きな衣装を置いといてください」って。
「どういうネタやるんですか?」「それは舞台に出なきゃ分かりません」「えっ!?」って。
ですからあの〜忙しいときでもただ隣に衣装があってで二郎さんが「欽ちゃん何着てんの?ああなるほどそうなんだ」って言った瞬間にもう出てってますから。
ええっ!今出来上がって出来たてがおいしいの。
はいはいそれはさっきもおっしゃったけど。
昨日やったやつやるのはもうそれ駄目。
(子ども達の歓声)
(歓声)
(ナレーター)自分で歩きたい。
自分で食べたい。
年を重ねるとそれが当たり前ではなくなってしまう。
だから私たちはささえ続ける。
よりそうささえるパナソニック。
これからの介護。
これからの暮らし。
パナソニックのエイジフリー。
(ナレーター)ぬくもり驚きを届けてきたパナソニックの光が今進化する。
LEDの光で情報をつなぐ新たな技術を開発。
光あるすべての場所であなたと街に新しい関係を。
今日のゲスト萩本欽一さんはこれまで数々の斬新なバラエティー番組を生み出してきました。
お前たち健康のためにどんなことをやっている?
(長江)腕立て伏せジョギング。
ヨシオは?
(山口)はい。
朝・昼・晩欠かさずまむしドリンク。
ワルオは?
(西山)朝・昼・晩欠かさずお肌の手入れ。
特に1970年代から80年代にかけて出演した番組は軒並み30%を超える高視聴率を記録。
1週間の視聴率を合計して「視聴率100%男」と呼ばれました。
視聴率がいいっていう反応を聞いたときに欽ちゃんとしてはどういうお気持ちだったんです?ああ…この人よくやってくれてるし自分も結構頑張ったなっていう。
ねえ。
でそれをやってきたときにあっこれはおもしろそうだと思ったやつは全部外れたね。
あははっ!なんですか?あれおもしろいね…人生っておもしろいねああ〜そういうつまんない話嫌だなと思ったやつがみんな成功すんの。
へえ〜!だから運ってね前から来ない。
真裏から来るね。
えっなんですか?つまり自分がこうだろうと思ったところからは来ないっていうことですか?そうそうそう。
僕はだってコメディアンですから。
だから僕司会はできないから司会だけ事務所にその仕事だけ断ってって来たのが司会の仕事しか来ない。
あははっ!それしか来なくなっちゃったの?できないっていうところに。
そんときできないで嫌だなって…。
ここにまた出会いだからこの嫌だと思ってる気持ちでやってみようって。
当時アシスタントを入れるとあの…司会者が怒った時代なんですって。
隣に入れるとは何事だっていうんでタブーだったんですって。
僕そんなこと知らないからできないから隣に誰か入れといてくださいって。
なるほどなるほど。
(萩本)そしたら隣に女性アナウンサーがいて全部やりたいことを言ってくれたの。
ふふふっ。
いちばん最初にやった司会覚えてますもん。
普通だと「はい次はCMです」とか「はい次は誰々チームです」ってやるのを僕がやったのが「はい次のチームは誰だっけ?」ってやったんです。
こう隣に?あははっ!賢い!ええ。
そしたらもうどんどんあとはおもしろいことだけしか言わなくていいんですもん。
そっかいろいろこう次何か言わなきゃいけないっていうことに心が捉われない。
(萩本)そうそうそういうふうにディレクターが隣で全部やってくれたから。
ふふふっ!それ見たらその番組が始まったらば違う局から「昨日初めて見ました新しい司会。
前へ進まない司会」。
あははっ!はあ〜。
だから前から来ないでしょ?事務所に司会だけはやらないでって…当時司会5本やってましたから。
あははっ!やらないでって言ってると。
そこのちょっとしたこう心の切り替えですね。
(萩本)それはやっぱり二郎さんに教わったの。
二郎さん嫌だなと思ってやったらこんなにいい人いないしこんなに気持ちいいじゃないの。
ああ嫌だなと思ってた人なのに。
みんな嫌だ嫌だって避けてるけど嫌なとこに運があるのかっていうのがさ二郎さんに教わったから。
へえ〜。
でそのもうほんとに人気絶頂のときに…45歳のときにテレビを一切やめちゃうっていう。
もうなんか…なんか萩本さんってえっ!?っていうことをなさいますよね突然。
あれ趣味?いやそうじゃないあれごく自然だと思うの。
自然なんですか?じゃあ一つ聞きたいですけどあの〜山登ってで登ったらばそこに3年も5年もいます?いません。
いないでしょ。
山登ったらさすぐ下りるじゃないですか。
だから登るのに時間かけて帰りはできればヘリコプターで帰りたいっていう。
あははっ!もう疲れちゃったから。
そうじゃないとまた次登れないじゃないですか。
だから僕はそれを続けてるだけですぅ〜。
「すぅ〜」?あははっ!
(スタッフ)あははっ!なんかだから挑戦をするっていうよりもいくつ…いくつかの山を登ってみたいという。
じゃあそうか…じゃあつまり次のことをやるために下りてきたんですね山を。
そうそうそうそう。
ヘリコプターで。
そうですヘリコプターで…。
で次何やろうかなって…。
次何やるかなって思ったのは社会人野球ですか?「茨城ゴールデンゴールズ」ですよね。
そこの監督になって本当にちゃんと…ちゃんとっていうか…。
ちゃんとですよ。
ちゃんと優勝もしてますしね。
はぁ〜優勝も。
ただね辞めようって思ったのはね「優勝の次に次の山はどこ行くの?」って言ったらさ「来年V2」っつったんで「またおんなじ山登るの?辞めるよ」って辞めたんですよ。
それで辞めちゃったんですか。
(萩本)だっておんなじ山は登るの嫌だもん。
はあ〜!びっくりですよね。
どっちがびっくりですかね?おんなじ山登んの?嫌だ〜。
嫌だ?一回登ればもう分かったんですもん。
それで次に何をやりたい?次?山下りてきたでしょ。
野球の山から下りてきて。
それで…だから70になって70ってさあ次何やんのっていったらねそれでほらこれからいちばん大変なことってなんだろうって言ったらさこれからボケだよ。
よ〜しこのボケにね闘ってやれと思ってさ。
何かに挑戦する…。
それとねあの〜年をとったらね何がいちばん楽しいんだろうと思ったのね。
それもちょっと考えたの。
で年をとったら何したいとかもういろんなことしてるから何がしたいってないなと思って。
あれ?もしかしたらね年とったらねだんだん周りがいなくなっていくわけです。
同い年の人たちね。
そうね。
そのとき思ったのが年とったらね明日会う人がいるっていうのがきっと幸せに違いないって。
ああ〜はいはい!ねえ。
確かねテレビをやめたとき1週間ぐらいず〜っといたときねなんかさみしいなと思ったのね。
仕事がないのがさみしいんじゃなくて人に会ってないのがさみしかったのね。
へえ〜。
なるほど!と思ってそしたらね大学ウジャウジャいるの。
あははっ!
(萩本)明日会う人がウジャウジャいるってこれ大学って最高でしょ。
知らない人まで「欽ちゃん」って言うのよ。
あははっ!でもそういう人に…新しい人と出会って新しい人の友達とか…。
テレビの30%もすべてだけど新しい出会いからすべてが何かが起きてるっていう…。
ああ〜!これは…これはその〜欽ちゃんにとっては今の新しい出会いっていうのは何かの準備期間でもあるんですか。
だと思います。
ですからきっと4年後にきっといいテレビができるに違いないと思って行ってますから。
あっさようでございますか。
ええ。
そう思って行ってる…。
こんなにたくさんの人に会えたんだから。
何か大きな仕事が…番組を。
今大学に入ったお父さんのこと…。
ご子息3人いらっしゃるんですか?はい。
皆さんどういうふうにおっしゃってるんですか?息子にたまたま電話したら出たのがいるんですよ。
「出たのがいるんですよ」って…。
そう誰が出るか分かんないから。
出て…そしたら「ああ何?」って。
「お前なんか一つ言えよ」って言ったらさ「えっ…驚いたよ〜。
またマラソンやんの?」って言われましたよ。
あははっ!
(萩本)そういう点でね誰も褒めてないっていうのがね。
褒めてくれないんですか?奥様も?奥さんに「大学合格した」「あららら…あらら〜。
またなんか…あぁ〜あ」って言うから「じゃあ切るね」って切ってきましたけど。
(スタッフ)あははっ!「あらららあれ…」って。
伺うところによると3人のご子息のご長男が…。
この間までお弁当屋さんに。
お弁当屋さん。
そうお弁当屋さんやってて。
で次男の方も…。
次男がね最近なんかあの〜自分で会社始めたって…。
会社を自分でやって。
で三男坊の方は海外放浪の旅に出て?こいつが分かんないんですよね。
「アルバイトで仕事しないの?」って言ったら半年アルバイトしてほいでそのお金でどのぐらい生活できるかっていうんで海外へ行って帰って来るんですよ。
「何やってんの?」って言ったら「日本で働くのが正しいかどうか今実験してるんだ」って。
「新しいユニークだねぇ」って。
普通の路線じゃあつまんない。
(萩本)いやいや僕は「みんなが向こう向いたらこっち見ろ」って教えたもんですから。
あっやっぱりそういう教えをしたんですか?ええ。
そしたら次男坊がね予備校いきたいって言うんでお金出して予備校いったら…ほいで1年たったら「よ〜し就職だ!」って就職しちゃいましたから。
あははっ!予備校いったのに。
はい。
お金出したのに。
うん。
奥さん「信じられない!信じられない!お金だってかかってんのにこの子信じられない!これ…ああ〜ちょっとあんた言ったらどうなの!」って言うからさ「なんでだ?」「お父さんが言ったもん。
みんな向こういって…」。
大学受験受験って…。
みんないっちゃったって言うんだ。
で「こっちに誰もいないなと思ってだからこっち来ました」って…。
「お前最高だな」って言ったらね奥さんが「信じられない。
これ世間の方に誰か聞いてほしいわ。
ここに変なのが二人いるの」って言うんで…。
あははっ!
(萩本)「意外とこっちがおかしいんじゃないの」って言ったら「ええ〜!?ここどこ?頭痛いから」って…。
奥様一人で泣いちゃいそう。
「ああ〜もうここにいたらね気持ち悪くなる」って言ってさ。
あははっ!では2曲目の曲をご紹介ください。
2曲目はね僕ね大変お世話になったあの〜北島三郎さんが「僕のステージに55見たことないけどどうぞ」って言ってくれたの。
そのとき見たことなかった状態で。
(萩本)まだそういう時代に北島さんが出してくれた。
そのことで55っていうのはどんどんどんどんこう評判が出てくるんですよ。
そういう点ではね…。
そのときに歌ってたのがね「函館の女」。
ほう〜。
そこでコントやって…。
そのコントについてなんか感想とか。
ですから北島さんはそういうことでどうのっていうんじゃなくて人の顔を見たら「がははっ!」って…。
ふふふっ。
いまだにそうテレビ局の廊下で会うと「がははっ!」。
「がははっ!」ふふふっ…。
いっつもニコニコして。
そうそう。
「がははっ!」ってもうね笑顔…笑顔だけは昔とおんなじしぐさ。
ああ〜ですからね遠くでね非常に大きな感謝をしてる方でございます。
相当昔の映像が出てましたけれど。
ここからどんどんどんどん人気が出ていって人に知られるようになったってことなんですか?ですからそういう誰かが推してくれて誰かが探してくれて…。
これから誰に何を推してほしいですか?ですからあの〜これからは年をとるとなかなか探してくれるって人がいないもんだから…。
ですから今はよく雑誌の取材でええ〜「これからは何するんですか?」って必ず最後に聞かれるんですよね。
そのときに必ず答えてるのは「教えない」って。
あははっ!これ言っとくとですね負担がない。
やらなくてもいいんだもんね。
ええ。
でなくてもいいんだもん。
でもなんかありそうでしょ?ありそううん。
「ありそう」っていうだけで十分なんじゃないですか?ですからええ私はこれから大きなことを…ねっ考えてるかもしれないけれど…教えない。
番組をもう一度見たい方のために期間限定で無料見逃し配信を行います。
お手持ちのパソコンやタブレットスマートフォンで見られます。
詳しくは番組ホームページをご覧ください。
2015/08/08(土) 07:30〜08:00
MBS毎日放送
サワコの朝[字]【萩本欽一▽74歳の大学1年生!】

ゲスト・萩本欽一/コメディアン▽「知らない人まで『欽ちゃん』て言うのよ」…大学合格!ピカピカの1年生は74歳。阿川佐和子がゲストの意外な側面や表情を引き出します

詳細情報
番組内容
ゲストはコメディアンの萩本欽一さん。1966年に坂上二郎さんとコント55号を結成し、数多くの番組に出演。80年代には「欽ちゃんのどこまでやるの?」や「欽ドン!良い子悪い子普通の子」など、出演番組が立て続けに大ヒットし“視聴率100%男”と呼ばれるほどの支持を得ました。さらには、番組から“欽ちゃんファミリー”と称する人気者も輩出。
番組内容2
85年に全てのレギュラー番組を降板しますが、社会人野球チーム“茨城ゴールデンゴールズ”や“欽ちゃん劇団”を設立するなどTVの枠にとどまらない幅広い活躍で輝き続けています。
そんな萩本さんは、今年、大学受験に挑み、駒澤大学に入学しました。70歳を過ぎた今、何故、大学受験に挑戦しようと思ったのでしょうか?年齢にあらがい挑戦し続ける萩本さんのパワーの秘密に阿川が迫ります。
出演者
【司会】
阿川佐和子
【ゲスト】
萩本欽一(コメディアン)
1941年、東京都生まれ
1966年、7歳年上の坂上二郎に誘われ「コント55号」を結成。お茶の間の人気者に
1985年、休養宣言。全てのレギュラー番組を降板
1989年、欽ちゃん劇団を旗揚げ
2005年、社会人野球チーム「茨城ゴールデンゴールズ」を設立。監督を務める
2007年、24時間テレビで70キロマラソンに挑戦
出演者2
2015年、4月社会人特別入試枠で受験した駒澤大学仏教学部に入学
音楽
【番組テーマ曲】
「Tea for Two(二人でお茶を)」歌:ドリス・デイ
制作
【製作】MBS TBS
【制作協力】TBSビジョン

ジャンル :
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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