原子炉内の核燃料が溶け、大量の放射性物質が発電所の外にばらまかれる。福島第一原発事故で、私たちが目の当たりにした現実だ。

 国際原子力機関(IAEA)は、原発の安全を保つ対策を5層に分類して、各国に求めてきている。その「最後の壁」が周辺住民の被曝(ひばく)を防ぐ対策だ。

 これを具体化するのが国や自治体の防災計画と避難計画だ。

 ところが「過酷事故は起きない」としてきた日本には、多数の住民が避難する想定もなかった。実際に事故が起きると、被災地は大混乱に陥った。

 あれから4年余り。九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)が11日にも再稼働する。

 しかし、防災・避難計画は到底、住民が安心できるものではない。「最後の壁」を整え、住民の安全を守る責任は自治体にある。不安を残したまま、再稼働に突き進んではならない。

■命を守る気があるか

 事故後、国は原発の30キロ圏の自治体に防災・避難計画づくりを義務づけた。川内原発周辺の7市2町はすべて作成済みだ。対象人口は21万人にのぼる。

 原発から約17キロのいちき串木野市で、デイサービス施設を営む江藤卓朗さん(58)は、避難計画への不信感を募らせる。「命を守る気があるのか」と。

 施設に通う約10人のお年寄りの多くは認知症を患う。市の避難計画に従えば、いったん自宅に戻すことになる。

 だがある利用者の家は原発から10キロ以内にあり、ひとり暮らしだ。「わざわざ近くに帰すのか。職員にも『送って』と言えるのか」と江藤さんは悩む。

 老人ホームの入所者や病院の入院患者ら自力では動けない人たちの避難も難題だ。

 鹿児島県は10キロ圏の17施設は避難先を確保したが、10~30キロ圏の227施設は、県が事故後にコンピューターで避難先を探し、個別連絡することにした。

 30キロ圏の特別養護老人ホーム職員は「夜勤時は職員が1人だけ。いきなり知らないところへ避難しろと言われてもどうすればいいのか」と不安を漏らす。

 だが県は、避難計画の実効性を確かめる住民参加型訓練を再稼働前には実施しない方針だ。伊藤祐一郎知事は「使用前検査で九州電力に余裕がない」と説明する。

 朝日新聞の調べでは、全国の原発の30キロ圏にある医療機関の66%、社会福祉施設の49%が、避難先や経路、移動手段の避難計画をまだ作っていない。

■住民との対話不可欠

 IAEAの「最後の壁」は、ほかの4層がすべて突破されたことを前提とし、それでも有効に機能することが大原則だ。

 日本でこの対策を担うのは自治体だ。原子力規制委員会は避難計画を審査対象にしていない。首相がトップの原子力防災会議も計画を「了承」するだけだ。住民を守る責任はまず、地域の事情に通じた自治体が負っていると考えるべきだ。

 第一原発の事故では、運転休止中だった4号機燃料プールも過酷事故に陥る可能性があったと指摘されている。原発は存在するだけでリスクであることが、事故の教訓でもある。再稼働する、しないに関わらず、避難計画は必要不可欠なのだ。

 確かに、完璧な避難計画を求めることには無理はある。だが、何ができて、どんな課題があるのかを明らかにし、住民に説明することはできる。そのために自治体は訓練を通じて防災・避難計画の実効性を検証し、住民と対話を重ねるべきだ。

 原発事故時には、5キロ圏の住民がまず避難し、5~30キロ圏は屋内退避の後、避難する「2段階避難」が有効とされる。住民の理解と協力なしにうまくいかないのは、明らかだ。

 自治体が住民の安全確保に責任を負うなら、原発再稼働の是非に関与するのは当然だ。電力会社との協定を根拠に、今は原発が立地する道県と市町村だけが持つ「同意権」を、少なくとも、防災・避難計画づくりの義務を負う30キロ圏の全自治体に認めるべきだ。被害が及びうる自治体の同意さえ得られない原発は危険度も高いといえる。早めの廃炉につなげるべきだ。

■不作為を重ねるのか

 国会の事故調査委員会は、IAEAの5層の防護策のうち、「最後の壁」の前に位置する過酷事故への備え(4層)も、日本はほとんど取り組んでこなかった、と指摘している。

 旧原子力安全委員会は06年、IAEA基準に沿って防災対策重点地域を見直そうとしたが、原子力安全・保安院が「住民に不安を与える」と抵抗し、見送られたこともわかっている。

 避けられたはずの被曝を住民は余儀なくされ、救出が遅れた病院で入院患者が体調悪化で相次いで亡くなった。福島県内の関連死は1900人を超す。

 行政の不作為による犠牲者を生まないため、教訓を徹底的に引き出しているのか。自治体はそこから点検してほしい。