「会社のキャリア支援を受けると決めてから、体調がすぐれません。私はもうすぐ退職するので、これからは休暇を消化していきます」
関東地方が梅雨入りしてほどなく、大手電機メーカーのある部署で働く社員たちは一斉にこんなメールを受け取った。差出人はバブル前夜に入社した、50代前半の部長だ。メールでの「宣言」通り、それまで普通に働いていた部長はその日からほとんど、オフィスに姿を見せなくなった。
どうやら数カ月前に、会社から転職支援プログラムを受けるように打診されていたようだ。「景気が良い今のうちに『次』を考えるほうが、あなたにとっても幸せだ」と、人事に諭されたらしい。会社の業績は悪くない。今決めると割増退職金の金額がかなり良いみたいだ、という噂はあっという間に部署中に広がった。
「転職自体は個人の選択だからいいけれど…」と、この部署で働く中堅社員は言葉を濁す。問題は、引き継ぎがほとんどないままに、部長が突然いなくなってしまったことだ。バブルの絶頂期に入社した40代後半の課長たちは動揺し、その日から応接室にこもって相談ばかりしている。部下のいない担当課長まで一緒に、一体何を話しているのか。まさか、身の上話じゃないよな。「とにかく様々な業務が、遅々として進まなくなった」
中堅・若手層の忠誠心も崩壊しかねない
細かい数字などをぼかしているが、これは最近、ある企業で本当にあった出来事だ。経営再建中の企業ではなく、黒字を出している日本の会社だ。勝手な部長だと思う反面、長年、滅私奉公して働いてきた部長の気持ちが萎えてしまったのも、わからなくはない。ただこの話を聞いているうちに、もう一つ気がかりだったことに、確信を持つようになった。登場人物たちが皆、「負の連鎖」に陥っていることだ。
流れはこうだ。まず、若き日にバブル景気を謳歌した部長が思いがけぬ「肩たたき」に合い、会社に対する忠誠心を一気に失う。次に、先輩の切ない姿を目の当たりにした「バブル入社組(1988~1992年入社)」の心にも不安がもたげる。そもそもの採用人数が多く、ポストと人数のギャップの大きさをすでに痛感している世代のためだ。早期退職・転職支援の対象を「45歳から」としている企業は多く、年齢的な現実味もある。
バブル入社組の不安によって、どんよりとした空気が部署全体を覆う。管理職がそんな状況なので部署としてのパフォーマンスが下がり、中堅・若手の担当者たちはそれに苛立つ。彼らの冷たい視線が再び、バブル入社組のモチベーションを低下させる。有給休暇なのか、さぼっているだけなのか、相変わらず部長は来ない。会社にとっても、マイナスばかりだ。
それゆえ、多くの企業の人事部では「バブル入社組(と、その少し上の世代)にやる気を持ち続けてもらうこと」に相当、神経を尖らせている。日経ビジネス8月3日号特集「社畜卒業宣言」の連動コラムでも触れたが、社員の6人に1人いるバブル入社組にやる気を維持してもらおうとするあまり、「なかなか人事制度の改革に取り組めない」という企業も、1社や2社ではなかった。
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