「批評の神様」と呼ばれた小林秀雄は、「僕は政治が嫌いです」と公言していた。「僕の思想は反政治的です」とも。しかし、政治から目を背けていたわけではない。政治という人間の営みについて、一つの冷徹な見方を持っていた▼政治とは崇高な仕事であり、政治家とは人々を導く偉人であるといった考え方を小林は取らない。『学生との対話』に収められた質疑応答で、民主主義は日本を救うかと問われ、政治はそんな大層なものではない、とたしなめている▼小林の考えでは、政治とは「事業」である。みんなで社会を作り、うまく生活していくための方法にすぎない。「私の人生観」という講演では、政治は「一つの能率的な技術となった方がいい」と語っている。誠に実務的、散文的な政治観だ▼となれば英雄は不要。政治家は「社会の物質的生活の調整」にあたる技術者であればよい。「政治家」と題する古い文章が、きのう発売の文芸誌「新潮」で発掘されたが、ここで小林は、大臣という存在を「才腕ある事務員」と表現している▼政治を突き放して見る。過剰な期待を抱かない。なぜなら、ファシズムに見られるように、熱を帯びすぎた政治は「兇暴(きょうぼう)な怪物」となって、私たちを「食い殺し」かねないからである。そうした苦い洞察が、小林の冷めた政治観の根っこにある▼選挙権年齢が18歳以上に引き下げられ、主権者教育のあり方が問われる。その教材の書棚の一角に、これらの小林の作品が並んでいてもいい。
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