夢が醒めなくて
香散見草 1
1
希和が変わった・・・と、思う。
入学した中学校でも、小学生の時と同じように浮いてしまわないか、そればかりを心配していた。
だが、新しくできたお友達のおかげで、クラスにも馴染み、素の希和が出せているようだ。
・・・そのお友達が男ということが最初は気に入らなかったが・・・何となく憎めない太鼓持ちのような奴なので黙認することにした。
そしてもう一人、まるで希和のボディーガードのような男友達ができた。
・・・こいつのほうが、要注意人物だ。
たぶん希和の親戚にあたる、ちょっと変わった男。
くやしいけど、中学校に立ち入れない俺は、彼らが希和を守ってくれることに感謝しなければいけない。
ちくしょー。
俺だって、希和と授業受けたり、昼休みに一緒に弁当食ったりしたいんだー!
「お待たせ!」
希和が腰巾着の朝秀くんを連れて、俺の車にやってきた。
笑顔だ。
そう、これこそが最大の変化だ。
ゴールデンウイークぐらいからだろうか。
希和が自然な笑顔を見せるようになった。
俺はこの笑顔を見たくて見たくて・・・ずっと見たかったから、希和がよく笑ってくれてうれしいはずなのに・・・あろうことか、苛つくことも多い。
希和の笑顔がかわいすぎて、他のヒト、特に男に見せたくないのだ。
独占したい。
今日もへらへらくっついてる朝秀くんに、嫉妬してしまった。
「竹原せんぱーい、こんにちはー。」
「やあ。2人とも、中間テストどやった?」
こんなことを挨拶代わりに聞いてしまうなんて、俺も年をとったもんだ。
でも、のぼせた学生に冷や水をぶっかけるのに、これほど効果的な言葉はない。
希和は
「たぶん・・・大丈夫・・・やと思う・・・。」
と弱気に口ごもり、朝秀くんは
「済んだことです!聞かんとってください!あっはっはー!」
と、開き直った。
朝秀くんを少し南下したバス停でおろし、希和と2人で目指すのは、小門(こかど)一家の住まい。
「手土産のケーキは、希和の好きなパティシエのとこで買うてきたわ。」
「えー?それって、私たちも一緒にいただくの前提で買うたん?」
だって、希和の喜ぶ顔が見たいんやもん。
俺はすまして、答えた。
「囲碁は、頭使うから、糖分の補給せんとな。」
小門の家、正確には天花寺家の京都別邸は天神さんのすぐ西側にあった。
大きな門のすぐ脇の小さな扉の呼び鈴を押してから中に入る。
「すごい・・・お庭・・・建物・・・すごいー。」
いちいち興奮して感心してる希和に苦笑する。
希和は、小門の奥さんのあおいちゃんが由未の親友だということも、その縁で恭匡(やすまさ)さんから家を借りてることも知らない。
「よぉ。来たか。いらっしゃい。」
中玄関から、小門が顔を出した。
「こんちはー。これ、後でみんなで食べよー思て買うてきた。」
そう言ってケーキの箱を小門に手渡した。
「悪いね、いつも。・・・希和子ちゃん?はじめまして。小門です。」
小門は希和に会釈してそう挨拶した。
「はい!希和子です!はじめまして!今日は図々しく押しかけて、すみません!ご指導、よろしくお願いします!」
希和は、めちゃめちゃ緊張していた。
小門が俺の囲碁の師だと思ったらしい。
まあ、確かに見るからに小門は頭良さそうだし、実際に対局したらこてんぱんにやられそうだけど・・・
小門は、希和と俺を見比べて苦笑した。
「いや。俺じゃないで?俺は、竹原に教えられるほど上手くないから。」
「え・・・」
希和が絶句してると、奥の本玄関から光くんが飛び出してきた。
「わっ!かわいいっ!天使!」
希和の感嘆に、いや、希和も天使だよー、とか思ってしまう自分の阿呆さ加減を封印して、光くんに挨拶した。
「光くん。こんにちは。」
光くんは途中でピタッと足を止めて、じーっと希和を見た。
ね、値踏みしてる・・・。
そういや、珍しく俺には懐いてくれたけど、光くんは超人見知りって言ってたっけ。
この空気は・・・まずいかも。
「光。走ったら危ないゆーとーやんか!もう!・・・あー、いらっしゃい。へー、かわいぃ子ぉ。希和子ちゃん?」
あおいちゃんが遅れて出てきた。
光くんは、パッと身を翻して、あおいちゃんの足にしがみついた。
・・・これは・・・人見知りポーズか!?
「はい!希和子です!はじめまして!ご指導、お願いします!」
希和は、今度はあおいちゃんが先生だと思ったようだ。
まあ、そりゃそうか。
まさか幼稚園児に教わってるとは思わないよな。
「あーーーー。。。」
あおいちゃんも察したらしく、光くんの背中をぽんぽんと優しく叩いた。
光くんは、希和から隠れるように、あおいちゃんの背後に回った。
ダメだ。
完全に人見知りされたらしい。
「希和。あおいちゃんも間違いなく強い思うけど、違うんや。」
そう言って、俺はあおいちゃんのそぱまで行って、その足元にしゃがみこみ、光くんに話し掛けた。
「光くん。ごめんね。また日を改めたほうがいい?」
「そんな、せっかく来とーのに、こら!光!普通にしとき、普通に。・・・ごめんねー。光がお兄さんと対局しとー間、私と頼之さんでよければ希和子ちゃんのお相手しよーか?」
珍しく、あおいちゃんが気を遣ってくれてる・・・。
由未から希和のことを聞いてるのかな。
「え?・・・え?・・・あの・・・囲碁の先生って・・・光くん?・・・なんですか?」
驚いてる希和にうなずいて見せる。
「うん、光くん。ね?」
あおいちゃんの足から、ひょこっと顔を出した光くんにそう相づちを求めた。
光くんはそれには答えず、パッと出てくると、黙って俺の手をグイグイ引っ張った。
どうやら茶室に連れて行こうとしているらしい。
「わかったわかった。ほな、あおいちゃん、希和のこと、頼むわ。教えたってー。」
・・・なるほど、確かに光くんは人見知りなんだな、ということを改めて理解した。
カタンと、床の間の横から音がした。
気になるけど、光くんとの対局の時には、余計なことを考える余裕なんかない。
集中!
考えろ!
全ての可能性を一瞬でたどり、最良の一手を繰り出す。
今まで鍛えてきた脳細胞をフル稼働しても、まだ足りない。
実におもしろいよ、囲碁。
「見てる。」
ボソッと光くんがつぶやいた。
「んー?あー、それな。気が散る?ごめんな。」
光くんは黙ったけれど、やっぱり気になるらしい。
床の間の書院窓の障子を少し開けて、じーっと希和が覗いていた。
明らかに集中力を欠いた光くんに、俺は初めて逆転の一手を打てた・・・と、思う。
「あ~~~~~~~。」
光くんはそう嘆いて、盤と俺を何度も見比べた。
「・・・どう?これで。」
ドキドキしてそう聞いた。
「僕の疑問手に対して最善手。」
そう言って、光くんは足を投げ出して座り直すと、ちょっとふくれて言った。
「ここで僕が投了!」
ぶぶっ・・・と、希和が笑った。
俺は敢えて無視して、光くんに聞いた。
「ほんまに?・・・例えばここに置いても?」
光くんは、チラチラと希和を気にしながらも、俺の質問に答えてくれてたけど、3手ほどで音(ね)を上げた。
「あーちゃん、のど乾いたー。」
希和の背後から様子を覗いていたらしく、あおいちゃんが肩をすくめて出てきた。
「はいはい。ほな、お持たせのケーキ、いただきましょうか。」
光くんはパタパタと走って、あおいちゃんの足にまとわりついて台所へ行った。
「・・・これで、どうして投了しはったの?」
恐る恐る希和が茶室に入ってきた。
「えーと、俺のこの石があることで、こっちもこっちも睨み利いてるのは、わかる?」
希和の眉間にしわが寄る。
「わかるような、わかんないような・・・」
唸る希和がかわいくて、ずっと見ていたくて・・・俺は懇切丁寧に説明してく。
「竹原。お茶冷める。」
小門がそう誘いに来て、俺を見て、うっすら笑った。
希和を先に行かせてから、小門に小声で聞いた。
「・・・なに?その薄笑い。」
「何って・・・自覚ないんか?まあ、竹原は誰に対しても親切で優しいけど、あの子は特別なんやな。」
小門はニヤニヤ笑ってる。
自覚・・・ないことはない。
たぶん、俺はわかりやすく、デレてたんだろうよ
仕方ない。
マジでかわいいんだから。
「特別や。」
開き直ってそう言ったら、自分でもびっくりするほど心音が高鳴った。

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希和が変わった・・・と、思う。
入学した中学校でも、小学生の時と同じように浮いてしまわないか、そればかりを心配していた。
だが、新しくできたお友達のおかげで、クラスにも馴染み、素の希和が出せているようだ。
・・・そのお友達が男ということが最初は気に入らなかったが・・・何となく憎めない太鼓持ちのような奴なので黙認することにした。
そしてもう一人、まるで希和のボディーガードのような男友達ができた。
・・・こいつのほうが、要注意人物だ。
たぶん希和の親戚にあたる、ちょっと変わった男。
くやしいけど、中学校に立ち入れない俺は、彼らが希和を守ってくれることに感謝しなければいけない。
ちくしょー。
俺だって、希和と授業受けたり、昼休みに一緒に弁当食ったりしたいんだー!
「お待たせ!」
希和が腰巾着の朝秀くんを連れて、俺の車にやってきた。
笑顔だ。
そう、これこそが最大の変化だ。
ゴールデンウイークぐらいからだろうか。
希和が自然な笑顔を見せるようになった。
俺はこの笑顔を見たくて見たくて・・・ずっと見たかったから、希和がよく笑ってくれてうれしいはずなのに・・・あろうことか、苛つくことも多い。
希和の笑顔がかわいすぎて、他のヒト、特に男に見せたくないのだ。
独占したい。
今日もへらへらくっついてる朝秀くんに、嫉妬してしまった。
「竹原せんぱーい、こんにちはー。」
「やあ。2人とも、中間テストどやった?」
こんなことを挨拶代わりに聞いてしまうなんて、俺も年をとったもんだ。
でも、のぼせた学生に冷や水をぶっかけるのに、これほど効果的な言葉はない。
希和は
「たぶん・・・大丈夫・・・やと思う・・・。」
と弱気に口ごもり、朝秀くんは
「済んだことです!聞かんとってください!あっはっはー!」
と、開き直った。
朝秀くんを少し南下したバス停でおろし、希和と2人で目指すのは、小門(こかど)一家の住まい。
「手土産のケーキは、希和の好きなパティシエのとこで買うてきたわ。」
「えー?それって、私たちも一緒にいただくの前提で買うたん?」
だって、希和の喜ぶ顔が見たいんやもん。
俺はすまして、答えた。
「囲碁は、頭使うから、糖分の補給せんとな。」
小門の家、正確には天花寺家の京都別邸は天神さんのすぐ西側にあった。
大きな門のすぐ脇の小さな扉の呼び鈴を押してから中に入る。
「すごい・・・お庭・・・建物・・・すごいー。」
いちいち興奮して感心してる希和に苦笑する。
希和は、小門の奥さんのあおいちゃんが由未の親友だということも、その縁で恭匡(やすまさ)さんから家を借りてることも知らない。
「よぉ。来たか。いらっしゃい。」
中玄関から、小門が顔を出した。
「こんちはー。これ、後でみんなで食べよー思て買うてきた。」
そう言ってケーキの箱を小門に手渡した。
「悪いね、いつも。・・・希和子ちゃん?はじめまして。小門です。」
小門は希和に会釈してそう挨拶した。
「はい!希和子です!はじめまして!今日は図々しく押しかけて、すみません!ご指導、よろしくお願いします!」
希和は、めちゃめちゃ緊張していた。
小門が俺の囲碁の師だと思ったらしい。
まあ、確かに見るからに小門は頭良さそうだし、実際に対局したらこてんぱんにやられそうだけど・・・
小門は、希和と俺を見比べて苦笑した。
「いや。俺じゃないで?俺は、竹原に教えられるほど上手くないから。」
「え・・・」
希和が絶句してると、奥の本玄関から光くんが飛び出してきた。
「わっ!かわいいっ!天使!」
希和の感嘆に、いや、希和も天使だよー、とか思ってしまう自分の阿呆さ加減を封印して、光くんに挨拶した。
「光くん。こんにちは。」
光くんは途中でピタッと足を止めて、じーっと希和を見た。
ね、値踏みしてる・・・。
そういや、珍しく俺には懐いてくれたけど、光くんは超人見知りって言ってたっけ。
この空気は・・・まずいかも。
「光。走ったら危ないゆーとーやんか!もう!・・・あー、いらっしゃい。へー、かわいぃ子ぉ。希和子ちゃん?」
あおいちゃんが遅れて出てきた。
光くんは、パッと身を翻して、あおいちゃんの足にしがみついた。
・・・これは・・・人見知りポーズか!?
「はい!希和子です!はじめまして!ご指導、お願いします!」
希和は、今度はあおいちゃんが先生だと思ったようだ。
まあ、そりゃそうか。
まさか幼稚園児に教わってるとは思わないよな。
「あーーーー。。。」
あおいちゃんも察したらしく、光くんの背中をぽんぽんと優しく叩いた。
光くんは、希和から隠れるように、あおいちゃんの背後に回った。
ダメだ。
完全に人見知りされたらしい。
「希和。あおいちゃんも間違いなく強い思うけど、違うんや。」
そう言って、俺はあおいちゃんのそぱまで行って、その足元にしゃがみこみ、光くんに話し掛けた。
「光くん。ごめんね。また日を改めたほうがいい?」
「そんな、せっかく来とーのに、こら!光!普通にしとき、普通に。・・・ごめんねー。光がお兄さんと対局しとー間、私と頼之さんでよければ希和子ちゃんのお相手しよーか?」
珍しく、あおいちゃんが気を遣ってくれてる・・・。
由未から希和のことを聞いてるのかな。
「え?・・・え?・・・あの・・・囲碁の先生って・・・光くん?・・・なんですか?」
驚いてる希和にうなずいて見せる。
「うん、光くん。ね?」
あおいちゃんの足から、ひょこっと顔を出した光くんにそう相づちを求めた。
光くんはそれには答えず、パッと出てくると、黙って俺の手をグイグイ引っ張った。
どうやら茶室に連れて行こうとしているらしい。
「わかったわかった。ほな、あおいちゃん、希和のこと、頼むわ。教えたってー。」
・・・なるほど、確かに光くんは人見知りなんだな、ということを改めて理解した。
カタンと、床の間の横から音がした。
気になるけど、光くんとの対局の時には、余計なことを考える余裕なんかない。
集中!
考えろ!
全ての可能性を一瞬でたどり、最良の一手を繰り出す。
今まで鍛えてきた脳細胞をフル稼働しても、まだ足りない。
実におもしろいよ、囲碁。
「見てる。」
ボソッと光くんがつぶやいた。
「んー?あー、それな。気が散る?ごめんな。」
光くんは黙ったけれど、やっぱり気になるらしい。
床の間の書院窓の障子を少し開けて、じーっと希和が覗いていた。
明らかに集中力を欠いた光くんに、俺は初めて逆転の一手を打てた・・・と、思う。
「あ~~~~~~~。」
光くんはそう嘆いて、盤と俺を何度も見比べた。
「・・・どう?これで。」
ドキドキしてそう聞いた。
「僕の疑問手に対して最善手。」
そう言って、光くんは足を投げ出して座り直すと、ちょっとふくれて言った。
「ここで僕が投了!」
ぶぶっ・・・と、希和が笑った。
俺は敢えて無視して、光くんに聞いた。
「ほんまに?・・・例えばここに置いても?」
光くんは、チラチラと希和を気にしながらも、俺の質問に答えてくれてたけど、3手ほどで音(ね)を上げた。
「あーちゃん、のど乾いたー。」
希和の背後から様子を覗いていたらしく、あおいちゃんが肩をすくめて出てきた。
「はいはい。ほな、お持たせのケーキ、いただきましょうか。」
光くんはパタパタと走って、あおいちゃんの足にまとわりついて台所へ行った。
「・・・これで、どうして投了しはったの?」
恐る恐る希和が茶室に入ってきた。
「えーと、俺のこの石があることで、こっちもこっちも睨み利いてるのは、わかる?」
希和の眉間にしわが寄る。
「わかるような、わかんないような・・・」
唸る希和がかわいくて、ずっと見ていたくて・・・俺は懇切丁寧に説明してく。
「竹原。お茶冷める。」
小門がそう誘いに来て、俺を見て、うっすら笑った。
希和を先に行かせてから、小門に小声で聞いた。
「・・・なに?その薄笑い。」
「何って・・・自覚ないんか?まあ、竹原は誰に対しても親切で優しいけど、あの子は特別なんやな。」
小門はニヤニヤ笑ってる。
自覚・・・ないことはない。
たぶん、俺はわかりやすく、デレてたんだろうよ
仕方ない。
マジでかわいいんだから。
「特別や。」
開き直ってそう言ったら、自分でもびっくりするほど心音が高鳴った。
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