NEXT 未来のために「ヒロシマに生まれて〜被爆者と高校生たち〜」 2015.08.06


70年前の今日原子爆弾が投下された広島。
今の高校生には遠い話。
その被爆者の声を聞き続ける高校生たちがいます。
生徒たちは放送部員。
3年前から「原爆」をテーマにしたラジオドキュメンタリーを制作しています。
話を聞ける被爆者が減っていく中で始めました。
去年1人の被爆者がメッセージを残して亡くなります。
消えゆく被爆者の思いを同世代の若い人たちに届けたい。
今年も新たな作品に挑みました。
被爆70年の広島と向き合う高校生たちの記録です。
「増野幸子さんがこの傷を負ったのは1945年8月6日8時15分。
広島に原子爆弾が投下されたのだ」。
これは広島県の高校生が作ったラジオドキュメンタリーです。
「背中の114の傷は心にも深い傷痕を残したのだ」。
ラジオドキュメンタリーを制作した…放送部の取材を始めました。
部員7人の小さな部です。
入部したての1年生が最初に教わるのは「原爆」をテーマにした作品作りです。
(荷宮)広島に生きてる以上どうしても向き合わなきゃいけない歴史じゃないですか。
「忘れない」とか言うのは誰でも言えるけど何で忘れちゃいけないのか。
その理由やいろんなものをやっぱり知るっていう事をする事が大切だと思うので。

(歌声)1年生の…人前でうまく話せなくなるあがり症を克服したいと入部しました。
広島で生まれ育ちましたが原爆の話にはほとんど関心がありませんでした。
興味ないっていうかどちらかというと聞きたくなかった人なんですよね。
何か怖いしそのグロいのとか…グロいって言ったらすごく言い方失礼なんですけどそういうのも苦手だし怖いのとかも嫌だから。
木村さんが先輩に連れられて取材に行きました。
皆さんこんにちは。
(一同)こんにちは。
被爆者の…ガンの治療のため入院していた病院で話を聞かせてくれました。
藤井さんお体の方は大丈夫ですか?
(藤井)もうねこれしょうがないんですよ。
藤井さんが被爆したのは17歳の時。
女学校に通いながら路面電車の運転士をしていました。
藤井さんが通っていた…戦争に行った鉄道員の代わりに10代の少女たちを運転士として養成していました。
藤井さんは同じ年頃の女学生たちと寮で寝食を共にしていました。
藤井さんは爆心地から2キロの所で被爆。
手に大やけどを負って県内の実家に帰ります。
同じ学校に通っていたおよそ300人が被爆。
避難所で次々と亡くなっていきました。
その場に居合わせず友人の最期に寄り添えなかった事を藤井さんは悔やんでいました。
木村さんは自分たちと同じ年頃の少女たちが原爆の犠牲となった事に気付かされました。
語り部の方が話をされるっていうのはやっぱり原爆が悲惨だった事がメインなのかなっていうふうに思ってたんですけど普通の日常的な事だったりとかそういう話が多かったんでだから私が知ってた原爆っていうののイメージがそこですごく変わりました。
2か月後。
悲しい知らせが届きました。
(荷宮)昨日シンカワさんからお電話を頂いて…。
藤井さんに完成した作品を聞いてもらう事はできませんでした。
「藤井照子さん86歳は太平洋戦争中広島電鉄家政女学校の生徒として路面電車を運転していた。
友達と泣いて笑って恋をして私と変わらない少女たち。
そんな藤井さんたちの上に8月6日せん光が降り注いだ」。
「しっかり伝えて下さい」。
藤井さんの最後の言葉になりました。
広島にいる限りその被爆された方っていうのは減ってきてはいるけどまだたくさんいると思うしそういう方と出会いたいしその出会った事を大切にして聞いた事を残して伝えていきたいって思いました。
原爆投下から70年の今年。
体験を語り継いできた被爆者の平均年齢は80歳を越えました。
毎年亡くなった被爆者の名前を記す名簿。
今年も新たに5,000人を超える名前が加えられました。
放送部は新しい作品に向けて動き始めていました。
「被爆の事をしっかり伝えてほしい」とメッセージを残した藤井さん。
2年生になる木村さんがラジオドキュメンタリーの責任者として藤井さんの言葉と向き合います。
藤井さんの同級生だった…亡くなった友人を自らの手で埋葬しました。
中村モリノさんも藤井さんの同級生。
大けがを負った友人たちを看病しながら最期をみとりました。
中村さんは今も毎年同級生の慰霊碑に手を合わせています。
木村さんは藤井さんの同級生が今も友人の死を忘れられずにいる事が気に留まりました。
改めて藤井さんの話を聞き直します。
(藤井)「お水を飲ましてあげたり何か口へ入れられるもんがあったら入れてあげたかった。
何にもしてあげてないからね」。
藤井さんも亡くなった友人たちの事を涙ながらに話していました。
藤井さんの言葉を聞くと全部大事なんですけど藤井さんが一番言いたかった事は何なんだろうっていうのは考えてやっと最近になってその後悔とかいうところが私の中では一番伝えてほしかったのかなって出てきたんですけど。
藤井さんたちの後悔を同級生は関心を持って聞いてくれるのか。
藤井さんが残した言葉を本当に守れるのか。
責任を感じ始めていました。
「はて?」ってなるよね。
そう。
そうなんですよ。
だから…ラジオドキュメンタリーの完成まであと1か月。
木村さんはみんなの前で編集方針について説明を求められました。
70…70年間あの〜ずっと後悔してきた事とか心の中にずっと残ってるものっていうのが…。
どれほどのものでその8月6日に原爆が落ちた事で…。
うまく言葉が出てきません。
自分でしっかり説明できないとせっかく取材してていろんな事が頭の中に入ってもちゃんと意図があってこんなふうに整理をしてじゃあ最終的にこの言葉をもう一回見直すっていうふうに考えて取材始めたんだったらやっぱこの辺の事はもっとちゃんと説明できないと。
俺が説明できてどうすんの?言葉にならないのには訳がありました。
(すすり泣き)木村さんはこれまで聞かせてもらった証言を何度も読み返しました。
その中に気になる言葉を見つけました。
藤井さんの同級生中村モリノさんです。
「亡くなった仲間に生かしてもらっている」。
体験した人にしか分からない言葉のように思えました。
木村さんはもう一度中村さんに話を聞いてみたいと顧問の先生に伝えました。
分かんなかったら泣くの?
(荷宮)じゃあ聞いてらっしゃい。
そう思うんだったら。
中村さんも前回言ってた「友達に生かしてもらってる」ってその言葉がすごい心の中に残ってるからその言葉を…何でそういうふうな言葉が出るのかって。
こんにちは。
おはようございます。
翌日。
おはようございます。
まあ大勢来られた。
今日お時間とって頂いてありがとうございます。
いえいえ構いません。
木村さんは中村さんに被爆者の思いをうまく伝えられないと打ち明けました。
一番自分の中に残ったのは後悔の話だったんですよ。
だから後悔を同じ年代の人に分かってもらえればいいのかなって思ったんですけど…。
友達に生かされてるっていうのはどういう事なのかな…。
その人に生かされてるっていうよりかは…少しだけ中村さんたち被爆者の思いに近づけた気がしました。
後悔っていうのは70年間持ってるもので17年生きてきた自分じゃまだ分からないなって思ってじゃあどうすればいいのかなって思ってで今日聞いたんですよ。
そしたら「私らが後悔っていうものを持ったからこれからのあなたらは後悔のないように生きて」っていう事を言われて。
いよいよ収録の日。
作品に同世代の若い人たちへのメッセージを込めます。
「去年の夏1人の被爆者の方が亡くなった。
私にこんな言葉を残して」。
(藤井)「しっかり伝えて下さいよ。
後をお願いします」。
「でも私は何を伝えればいいのか分からなかった」。
(藤井)「お水を飲ましてあげたり何か口へ入れられるもんがあったら入れてあげたかった」。
(木村)「友達を助ける事ができなかったつらい記憶。
それを語り部として私に伝えてくれたのが藤井照子さんだった。
同級生の中村モリノさん。
毎年広島電鉄家政女学校の慰霊碑に手を合わせに行っている」。
(中村)「みんな亡くなっとるのに私はこうやって生かしてもろうとるけえ生きとるあれじゃけえ参るだけは毎年参る。
『私の体が動く間は参るけんね』って誓うたために私は参ります」。
(木村)「『後悔の記憶を伝えればいい』。
私はそんなふうに思っていた」。
(中村)「原爆に遭うとってない人に後悔を言ったって分からんと思うんですよ。
偉そうな事を言うようだけど自分が後で後悔のないような人生を送ってほしい思いますよね若い人に」。
「後悔を引き継ぐ事が私のできる事ではない。
被爆者の人たちの話を聞いて今という時間を大切に生きる事。
もしかしたらそれが藤井さんたちが私に伝えたかった事。
私に伝えていってほしかった事なのではないだろうか。
藤井さん私なりに見つけた事大切にしていきます」。
(藤井)「しっかり伝えて下さいよ。
後をお願いします」。
今年も放送部には新入生が入ってきました。
後輩たちに語りかける木村さんです。
被爆70年の広島を生きる高校生たち。
忘れてはならない被爆者の思いを引き継いでいきます。

(マイケル)
これは極東の国日本を訪れた2015/08/06(木) 00:10〜00:40
NHK総合1・神戸
NEXT 未来のために「ヒロシマに生まれて〜被爆者と高校生たち〜」[字]

70年前、原爆が投下された広島で、被爆者の声を聞きラジオドキュメンタリーを作っている高校放送部がある。関心がなかった高校生が被爆者の壮絶な体験と向き合っていく。

詳細情報
番組内容
70年前、原子爆弾が投下された広島。平均年齢が80歳を超えた被爆者の声を聞きラジオドキュメンタリーを作っている高校放送部がある。去年5月、新入部員の木村智子さんは、初めて被爆者の話を聞いた。藤井照子さん、86歳。同級生の多くを原爆で失った事を忘れられないと話してくれた。しかし、藤井さんは2か月後亡くなる。被爆者の思いを知り、伝えたい。2年生になった木村さんは、仲間と共に被爆者の話を聞いていく。
出演者
【語り】滑川和男

ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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