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迷宮の王 作者:支援BIS

第1部 ミノタウロス

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第9話 アレストラの腕輪



 アレストラの腕輪。

 始祖王が、女神ファラより邪竜カルダンの討伐を命じられた際に下賜され、討伐に功のあった英雄に始祖王が与えたと伝えられる、絶大な恩寵を持つアンチマジックアイテム。
 その英雄こそが、メルクリウス家の初代当主である。

 「ローガン殿。
 パーシヴァル様は、自分が迷宮で死んでも、殺した相手を探してはならぬ、と仰せられていた。
 自分は迷宮に好んで行くのであり、闘いの一つ一つは、自分にとり、名誉ある決闘であると。
 力及ばず倒れたとしても本望であり、決して恨みや憎しみをわが子に伝えてはならぬ。
 そう何度もそれがしに念を押された。
 であるから、パーシヴァル様が亡くなられた原因や様子を調べようとは思わぬ」

 それから少し間を置いた。
 言葉を選んでいるのであろうか。

 「だが、このままでは、ユリウス様が跡をお継ぎになることができぬ。
 当主就任と爵位継承は、問題なく認められるであろう。
 認められたあとが問題だ」

 「ユリウス様のお母上様が、国王陛下におとりなしを願われても、叶わないようなことなのですか?」

 家宰は、少し目をむいて、バラストを見た。

 「これは驚いた。
 あの家名を知っておったか」

 「先代国王陛下の第二王妃様が、ご実家から受け継がれた従属家名かと。
 第二王妃様のお母上様が、時折お使いであったと側聞いたしております」

 「ううむ。
 冒険者ギルド長の情報と記憶とは、すさまじいな。
 パーシヴァル様と奥様とは、秘密婚をなされた。
 ご結婚そのものは正式であるが、奥様が有される尊貴な血統と特権が、お二人の子に災いとならぬようにされたのである。
 訳あって内分に願いたいが、聖上には、ことのほか、この結婚を寿がれてある。
 ゆえに、当主就任の勅許と爵位継承のご沙汰については、問題ないと申した。
 問題は、そのあとにある。
 家名継承と襲爵にあたっては、参内して聖上への拝謁を乞わねばならぬ。
 当家当主は、その際、かの腕輪を身に着ける慣例なのだ。
 そして、聖上は、腕輪を手に取り、始祖王と初代当主の君臣の契りをお賛えになる。
 ただの慣例ではあるが、このとき、腕輪が紛失しているということでは、当家は体面を失う。
 したがって、腕輪が戻るまでは、パーシヴァル様のご逝去を届け出、ユリウス様への代替わりを願出することはできぬ。
 カルダンの短剣については、見つからねば、当面は諦めて、また時を待つこともできる。
 アレストラの腕輪については、そうはいかぬのだ」




 今度は、バラストが考え込む番だった。
 ややあって、バラストは、口を開いた。

 「順番に考えていきましょう。
 ドロップアイテムが見つかったのは、六階層の階段近くです。
 人通りの多い場所ですが、ここにパーシヴァル様が長くとどまっておられた、と思われる情報は上がってきておりません。
 ですから、パーシヴァル様は、深い階層で探索を続け、それが終わったあと、出口を目指して迷宮を上り、六階層で命を落とされた、と考えられます。
 すると、腕輪と短剣は、六階層に上がった時点ではどうなっていたか、という点がまず問題になります」

 「ふむ。
 その通りではあるが、生きているパーシヴァル様から、あの貴重なる二品を奪うのは無理であろう。
 紛失するような品でもない。
 格別な恩寵が込められた品であるから、破損して消滅したとも考えにくい」

 「わしもそう思います。
 一覧表を見ると、高性能の回復アイテムも多数残っとります。
 深い階層で傷や毒を受けたとしても、それは回復できたわけです。
 すると、やはり、六階層で、命を落とされるような出来事があったのです。
 そのとき、あるいは、その後に誰かが持ち去った、という線をまずは考えるべきでしょうな」

 結論は正しかったが、バラストの知らないこともあった。
 パーシヴァルは、修行の効果を上げるため、できるだけ回復アイテムを用いない。
 同じ理由で、五十階層より上の階層を駆け抜けるときには、わざわざ、全ステータスが低下するブーツを着用していた。
 ミノタウロスと遭遇したときには、体力も気力も絞り尽くし、本来の能力が抑制された状態だったのである。

 「そうであろうな。
 非礼を承知で訊ねるが、拾得者は、すべての物品をギルドに提出したであろうか」

 「はい。
 提出しとります。
 少なくとも、本人たちは、そう思っとりますな。
 ところで、もちろん二つのアイテムには、所有印がほどこしてありましたでしょうな?」

 「(しか)り」

 「おそらく、最上級の刻印なのでしょうな?」

 「然り。
 最上級の刻印であり、呼び戻しのまじないも加えてある。
 取り戻したい五品すべて、そのようにしてある。
 ふむ。
 貴殿の次の質問への答えも然りである。
 すでに昨日、刻印術師を呼び、探索の術を施させた。
 夕刻になり、反応が出始めたが、問題の二品のみ、反応がなかった。
 監視を続けさせたところ、今朝になり、物品がここに持ち込まれたようであった。
 そこで、出向いてきたのである」

 食えない男だ、とバラストは思った。
 それにしても、呼び戻しのまじないまで掛けてあるとは。
 アイテムと同じ重さの聖銀を使いつぶしにする術であり、効果は長くて一か月ぐらいと聞く。
 切れるたびに掛け直すんだろうなあ。
 掛け直すときには、現物はなくてもいいらしいが。
 家柄の割には金持ちでないと聞くが、やはり桁が違うわい。
 そんなことを考えながら、話を引き取った。

 「ということは、腕輪と短剣は、まだサザードン迷宮の中にあるのですな」

 「そうとしか考えられぬ」

 「なるほど。
 ところで、拾得物提出については、トラブルを避けるため、本人の許可を得て、虚偽判定の魔法を掛けながら、いくつか所定の質問をするんです。
 その中に、拾得した品は全部提出したか、というのがあります。
 八人全員について確認が取れとります。
 ですから、拾得者たちが、迷宮内に腕輪や短剣を隠匿している、ということはありませんわい。
 さらに、所定の質問の中には、元の持ち主の死に関与していないか、また関与した者に心当たりはないか、というのも含まれております。
 こちらについても、八人全員、パーシヴァル様の死因については、まったく心当たりがないことが確認されとります。
 次に、通りがかりの第三者が腕輪と短剣を持ち去った、という可能性も、考慮の外に置いてよいでしょうな。
 元の持ち主を害していないのであれば、ギルドに堂々と持ち込んで利益を得られるのですからな。
 まあ、第一、現金や高価な消耗品などが残されとりますから、強盗にせよ、火事場泥棒にせよ、単なる利益目的のはずがありませんわい」

 「さようか。
 では、残る可能性は何か」

 「まず、拾得者たちが見落としたか、途中で落としたということが考えられます。
 この場合、一階層から六階層までのどこかにあることになりますな。
 次に、モンスターが、アイテムを持ち去ったということも、考えられなくはありませぬ。
 武器や光る物に興味を示すことがありますからな。
 この場合、アイテムは、六階層にありましょう。
 次に、畏れ入る申し条ではございますが、パーシヴァル様とお家を陥れたい者が、パーシヴァル様を殺害し、二品を奪い、迷宮のどこかに隠したか、持ったまま今も隠れているという可能性です。
 パーシヴァル様が亡くなられたことが知れ渡り、若様が跡継ぎの願いを出さないわけにはいかなくなるまで待ち、お家に恥をかかせるなり、あるいは条件付きで腕輪を返す、というような筋書きになるかと思います。
 しかし、これは、どうも、ありそうであり得ない可能性かと思えますんです。
 これほどのお品なら、最上級の刻印があることは当然ですから、迷宮を出たとたん、例え移動の魔術で大陸の端まで逃げたとしても、探知されますし、呼び戻しの術で、一瞬にしてアイテムは取り戻せるわけですからな。
 ここの迷宮から、よその迷宮に直接瞬間移動したんなら、まあ、刻印の探知には引っ掛からんでしょうが」

 「待て。
 迷宮から迷宮に瞬間移動することなぞ、不可能であろう」

 「不可能じゃあありません。
 できる魔法使いを知っとります。
 しかし、複雑な術式と、しちめんどくさい準備と、大量の魔力が必要だということです。
 何より、大規模な瞬間移動は、それ自体が探知されやすいですからなあ。
 移動元と移動先の、両方のギルドにばれてしまいます。
 まあ、この可能性は、考えんでもよろしいでしょう。
 持ち去った者がいるとすれば、その者は、この迷宮におるに違いないでしょう。
 しかし、持ち主の家族とギルドが本腰を入れれば、やがて間違いなく見つかるわけですからなあ。
 そもそも、迷宮というものは、どんなに経験豊かな冒険者が、バランスのよいパーティーを組んで、たっぷりの消耗品を準備したとしても、長期間潜伏できるような場所じゃありませんわい。
 まあ、売ることはできんでも、迷宮の中でだけでも使うことができるなら、盗む意味もありますが、あのアレストラの腕輪は……」

 「うむ。
 あの腕輪には、女神ファラにより、特殊な制限が掛けられておる。
 当家の当主か、当主が心から認めた者にしか、効果を発動できぬ」

 「え?
 後半部分については、初めて聞きましたわい。
 まあ、いずれにしても、不当に得ても使えないことは、広く知られとりますからな。
 所有印の履歴は消せませんから、所持することは、刑罰や不名誉、あるいは騒乱の種を抱え込むようなもの。
 ほかに数々の高価で優れたアイテムがあるのを無視して、使うことも、よそで売ることもできぬ品だけを持って、やがて発見されるに決まっているのに、迷宮に隠れ続けているというのは、不自然すぎます。
 どう考えても、利口なやつのすることじゃない」

 まあ、お貴族様ってのは、とても利口とはいえないことを、しょっちゅうなさいますがね、とバラストは心の中で付け加えた。
 家宰も同じことを考えていたと知ったら、バラストは大声で笑ったろう。

 「ただまあ、その場合は、できるだけ深い階層に逃げるでしょうから、こちらも態勢を調えて探索に掛からねばならんですな。
 付け加えていえば、パーシヴァル様のご性質からすると考えにくいことですが、深い階層で、想定外に強力なモンスターの集団がいる所で腕輪を落としなさったが、独力では取り戻しにくいので、いったん上に上がって来られて、何か異常な出来事で命を落とされたというような可能性も、まったくないわけではありませんな。
 この場合も、態勢を調えてから探索することになります。
 つまり、まずは一階層から六階層までを調べるべきです。
 その刻印術師殿は、どちらにお住まいで?」

 どのような所有印が刻まれているかを知っていれば、膨大な距離を隔てても、たとえ特殊インベントリに格納していようとも、そのアイテムを探知できる。
 所有印を刻んだ術師本人が探索するのが手っ取り早いが、当然、刻印の記録は取ってあるはずである。
 その記録を利用すれば、どんな刻印術師でも探知ができる。
 この家宰なら、複数の刻印術師を動員して、昼夜兼行の探知態勢を取るぐらいのことはしたであろう。
 しかし、迷宮の外から、迷宮内のアイテムを探知することはできない。
 迷宮内のアイテムを探知したければ、中に入るしかない。
 迷宮一階層に行けば一階層内の探知はできるし、二階層に行けば二階層内の探知はできるのである。

 「今、馬車の中で待たせておる」

 「ご用意が行き届いておられる」

 では、すぐに迷宮に参りましょうと言いかけて、バラストは思い出した。
 今、迷宮で起きている事態について。

 「家宰様。
 今度は、こちらの事情をご説明いたします」

 バラストは、奇妙なミノタウロスのこと、死んだと思われる三人の冒険者のこと、ギル・リンクスが探索に出ていることなどを説明した。
 それに続く家宰の沈黙は、かなり長いものとなった。

 「ローガン殿。
 ギル・リンクス師がご探索中となれば、まずはそのご帰還を待つべきとは存ずる。
 しかし、勝手を申すが、まずは刻印術師を伴い、六階層までを調べてみたい。
 この点の許しと案内人の手配を頼めまいか」

 「そうおっしゃると思っとりました。
 ギルドには、迷宮に入っていいとか、いけないとか、決める権利はありませんしな。
 冒険者以外の人間に対しては、なおさらです。
 案内兼護衛については、ここに、ちょうどよいSクラス冒険者がおりますぞ」

 バラストは、自分を指して、にやっと笑った。




 ユリウスは、護衛とともに迷宮の入り口で待つことになった。
 家宰は、驚いたことに、ザックを持っており、そこから軽鎧と長剣を取り出して、装備した。
 バラストも、皮鎧を身に着け、バトルハンマーを持った。
 刻印術師も攻撃魔術が使えるとのことであった。

 迷宮の入り口の近くまで来たとき、

 「おおっ」

 と刻印術師が声を上げた。
 迷宮から、誰かが出て来たところである。
 その影は、ひどく小さい。

 「なんであんな子どもが?」

 と、バラストがいぶかるうちに、刻印術師が、子どもに駆け寄る。
 黒い目と、黒い髪をした、五歳から七歳くらいの少年である。
 顔も体も薄汚れて傷だらけである。
 右手に、ぼろぼろのナイフを、左手に、美しい腕輪を持っている。

 「あった!
 ありましたぞっ」

 少年のそばに駆け寄った刻印術師が叫ぶ。
 全員が、少年を取り囲むように集まる。

 「すまんが、その腕輪を見せてもらえぬか」

 家宰が、身をかがめて少年に言うと、少年は、すっ、と腕輪を差し出してきた。
 それをひとしきり眺めた家宰は、腕輪を若い主君の前に差し出して、

 「アレストラの腕輪に相違ありませぬ」

 と告げた。
 家宰は、片膝をついてしゃがみ、目線を少年に近づけて言った。

 「そなたの名は?」

 「パンゼルといいます」

 少しも臆するところのない、しかし、礼儀正しい物腰である。
 家宰は、少し口元がゆるむのを感じながら、言葉を続けた。

 「この腕輪は、そなたが迷宮から持ち帰った物ゆえ、迷宮の習いにより、そなたの所有物となる。
 が、この腕輪は、これなる若様の父君ご愛用の品にして、わが家の家宝たるべき品。
 しかるべき(あたい)で譲り受けたいが、いかがであろうか」

 パンゼルと名乗った少年は、家宰の目を見つめ返し、次に、自分のすぐ前に立つユリウスを見た。
 ユリウスは、腕輪をしっかりと抱きしめ、まっすぐにパンゼル少年の目を見つめている。

 「その腕輪は、あなたのお父さんの物ですか?」

 パンゼル少年の問いに、ユリウスは、うなずきつつ、「うん」と返事をした。

 「では、腕輪は、あなたにお返しします。
 お金は要りません」

 ユリウスは、はじけるような笑顔を見せて、「ありがと、パンゼル殿」と言った。




 腕輪が戻ったとなれば、無理に今すぐ迷宮に入る必要はない、と家宰は判断し、パーシヴァルが迷宮内で死去したことは公表しないことと、一連の出来事について調査が進展したら知らせることを依頼して、ギルドを辞した。
 翌日には、バラストの推薦する冒険者の案内で、メルクリウス家の家臣が六階層までを探索することになった。
 ユリウスは、父親の死んだと思われる場所で花を捧げてほしい、と言っていた。

 パーシヴァルの死を公表しないといっても、すぐに噂は流れる。
 秘密にできるわけではないが、ギルドとして公言はしない、ということである。
 メルクリウス家では、パーシヴァルは病死したと届け出る。
 これまでも、公式行事や参内義務をさぼるについては、病気のため、と理由を届け出ており、パーシヴァルは、書類上は「病弱」ということになっているらしい。
 迷宮に籠もっていたことは、宮廷でも周知の事実であろうが。

 バラストとしても、確かな事実として言えるのは、天剣パーシヴァルの冒険者カードおよび所持品とおぼしき品々が発見され届けられた、ということだけであるから、家宰の申し出を了諾するのに、何の問題もない。

 腕輪はミノタウロスが持っていた、というパンゼル少年の証言には、ひどく驚かされたが、考えてみれば、一番納得できる結末でもあった。

 もっとも、そうすると、やはりパーシヴァルを倒したのはミノタウロスなのか、という疑問も湧いてくるし、最後の遺品である短剣も、ミノタウロスが持っていたというのがそうではないか、と思えてくる。

 まだ何もかもが解決したわけではないが、ありがたいことに、あのミノタウロスは、めったに人を襲わないようだ。
 何しろ、数多い目撃証言のすべてで、襲ってこなかったことが確認されている。
 攻撃を仕掛けたパンゼル少年さえ、無事だったのだ。
 人を襲わないミノタウロスというのは、それはそれで奇怪であるが。

 あのあと、家宰は、パンゼル少年に、家族や住まいのことを訊ねていた。
 金は要らないと少年は言っていたが、あの家宰なら悪くはすまい。
 それにしても、「なぜお金は要らないと言うのか」と聞く家宰に、あの少年、

 「だって、お父さんの物が、人の物になっていたら、悲しいです」

 と答えていた。
 そんな経験があるのだろうか。
 病気の母親と二人暮らしで、その薬代欲しさに迷宮に入ったというのだから、何かあったのかもしれない。

 まあ、いろいろあったが、最後はよかった。
 忙しかったが、充実した一日だったな、とバラストは独りごちた。
 机の上に積み重なる未決書類の山も、気にならない。
 一杯やるか、と焼き酒と飲酒椀の入った引き出しを開けた。

 椀の手前に、セルリア貝が置いてある。
 忙しさにかまけて、結局まったく確認していなかった。
 ギルが死ぬわけはないから、確認するといっても、無駄なことなのだが。

 しかし、ギルの命を映す青紫の光は、失われていた。

 愕然としたバラストは、震える手で、貝殻を持ち上げようとした。
 力加減を間違えたか、その指先で、貝殻は砕け散った。

 世界が崩れていくような気がした。




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